第十七話 「ハネムーンの続きを」
アキレウスの葬式から三日が過ぎて。
私たちは再び旅に出ることを決意した。
行き先もなければ、目的もない。
ただのハネムーン。
そのつもりであった。
ただ、少しばかり気がかりが出来た。
「ファウルハウト。我が怠惰の姫君よ」
我が問いに。
「何だい、ゲシュペンスト」
ファウルハウトは、気だるげに答えた。
私は会話を続ける。
「今頃、我らの仲間たちは、昔馴染みは何をしているのだろうな?」
「皆が幸せになってるんじゃない? 各国の王族たちが金も、地位もどちらとも与えた。金だけもらって地位は断ったアキレウスみたいな人も沢山いたけれど、誰もが個人で百人力の力を備えていた。不幸になるはずがない」
うむ。
それはそうだ。
そうであってほしい。
そうでなくば、何のために私が魔王を倒したのかわからんわ。
全ての善なる人々を救うために、私は魔王を倒したのであって。
「そうでなければ困るな」
自分が関わらぬばかりに、手を差し伸べなかったばかりに。
その者が不幸になっていたとすれば、据わりが悪い。
まあ、私たちに。
王城という豪奢な牢獄に閉じ込められていた、このグランとトーリにその責任を求められても困るのだが。
だがしかし、だ。
アキレウスは救えた。
救ったのは私ではなく、まあトーリがだが。
「……」
「……」
二人して沈黙し、少し考える。
「なあ、ファウルハウトよ。私は君にハネムーンに行こうと誘った」
「うん、覚えてるよ」
「だが物見遊山といっても、何を自分が見たいのかもわからぬ。今の世間がどうなっているか、ランタン無くしては彷徨う次第よ」
ランタン。
本当に良い「ひろいもの」であったわ。
思いがけない得であった。
あのランタンという「ともしび」なくしては、ロクに世間を歩くこともおぼつかない。
我らにはあの案内役が必要であり。
そして、同時にだ。
何か、小目標というものが必要であった。
「ここはひとまず、世間の風に慣れながら、昔の仲間に会いに行く旅にせぬか。我ら二人が豪奢な牢獄に閉じ込められて三十年、連中は今頃何をしているのか」
「それを訪ね歩く旅にするんだね。悪いとは言わないよ」
ファウルハウトの同意を得た。
なれば、問題はない。
そうだな、ライン都市同盟といわれる国家。
70もの加盟都市が作り上げた大都市同盟国家。
この国を探せば、何人かのかつての仲間が見つかろう。
「ではそうするとしよう。ランタンにそう告げることにする」
私は旅準備がすっかり終えた荷物を眺めて、宿屋に設けられた一階の酒場で立ち上がる。
さて、ランタンは何処に行ったかと考えたが。
「その言葉を待ってたよ!」
しゃらんと現れて。
以前に見せたフルートを手に取り、ぷぺー、と適当な音を出す。
私は思わず笑ってしまった。
「私の行動は読まれていたと?」
「うん。ファウルハウトの姐さんから、事前に言われていたんだよ。そろそろゲシュペンストが『昔の仲間に会いに行こう!』だなんて言い出すだろうから、旅の準備をしておいてねって」
何もかも読まれている。
お前の考えはまるっとお見通しだ、とばかりに愛妻には読まれていた。
別にそれはよい。
よいが、すっかりしょげていたランタンが完全に復活している。
私はそれが嬉しかった。
「アキレウスに嘘を貫き通せなかったことに、種族的恥を感じていたのではなかったのか、ランタンよ」
「アレはアレでいいのさ。当人が幸せに人生を遂げたのならば、他人としてこれほど喜ばしいことはないね!」
ランタンは力強く言い放つ。
なれば、別によいが。
「それはそれとして、アキレウスのミンストレルソングを作ったよ!」
「また勝手な」
私が少し愚痴めいた、それでいて少し笑いながらに。
そんな苦笑をランタンに投げかけるが。
「ゲシュペンストの旦那、自分が実際に経験したことなら、ミンストレルソングにしても許されるって言ってたじゃない!!」
「確かにそう言った」
嘘つきは嫌いなのだ。
多少の脚色であればよいが、自分が確かに眼にした真実だけを語れ。
確かにランタンにはそう言った。
しかしなあ、この場合は御遺族がいるわけで、その迷惑になるようなミンストレルソングは。
「御遺族の許可はちゃんととったよ! 若干、苦笑していたけれど!!」
ならば文句は言えない。
あのアキレウスの息子は、ちょっと困りながらに理解を示したのだろう。
アキレウスがあんなに満足した死に顔をしていたのは、我らのお陰だろうと。
まあ、実際のところ全てはトーリのお陰なのだが。
「どんな歌?」
ファウルハウトが興味を示した。
これは怠惰の姫君にしては珍しいことであった。
「お! 姐さん、話が分かるね。まだ完全版、という出来じゃなくて、研ぎ澄ましていく過程ではあるんだけれども。歌ってもいい!? 歌っちゃうよ!!」
ランタンが景気よく笑っている。
ファウルハウトが控えめに笑っている。
それを見ていると、何もかもを許せるように思えた。
「歌え、ランタン。ただし一曲限りだぞ、それが終わったら、私たちを商業ギルドへ案内しておくれ。しばらくは、このライン都市同盟にいるであろう、かつての仲間に会うために旅をする予定だ」
私は率直に要求を告げる。
ランタンは、やはり景気よく答えた。
「そんなの、もう済ませてきたさ! いくつかの目星はつけてきたよ! だから歌うね! 沢山歌うよ! 何曲でも歌っちゃうね! オイラの歌を聴け――!!」
ランタンというと、全く私の言うことを聞いてくれず。
しかして、やることはやってるので咎めることも出来ず。
私は閉口して。
「いいね、聞きたいね。歌っちゃいなよ」
我が愛しき怠惰の姫君といえば、完全に聞く姿勢に移っており。
私の隣席に座り、のんべんだらりとばかりに全身を脱力させ、ぱちぱちと拍手をしていた。
おそらく、これは一日ずっとランタンの曲を聴くことになりそうな。
そんな予感がしてだ。
私は思わず笑ってしまって、何もかもを許すとした。
「いいさ、ランタン。歌え。まずはアキレウスの歌からだ。少しでも気に食わぬところあれば、即座に石が投げられると思えよ」
「客観的視点による校正作業は大事だね! ただ――」
ランタンは叫んだ。
「オイラの完璧なミンストレルソングに対して。出来るものならやってみな!!」
「よかろう、あえて厳しい観客になってやる。今日はここで存分に歌うがよいわ!!」
私は応じた。
ゲシュペンストとして、ただの亡霊として。
古き騎士道の具現化として、ランタンの歌を笑い興じて、評価を左右してやることにした。
「はじまり、はじまりー」
やる気なさげであるが、これでも精一杯に応援している。
そんな愛しい怠惰の姫君、ファウルハウトの拍手。
そうだ、はじまりだ。
これから始まるのだ、私と愛妻と。
小さな案内役を交えた三人での、小さなハネムーンが。
私はそう納得して、視線をやる。
「さあさあ、ここに現れたるは寡黙なる戦士アキレウス。魔王戦争をこなし、寡黙なりし、屈強な戦士にござい。ライン都市同盟のマインツに訪れて、まず彼がやったことは――」
ランタンの唄に耳を傾ける貴女を。
怠惰の姫君を優しく見つめて、また視線をランタンに戻した。
旅は続く。
昔馴染みと会うという、明確な目的を得た旅の始まりであったこと。
それを確かに実感するのは、あと少し時を経てからのこととなる。




