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悠久の魔女と老英雄  作者: 道造


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第十二話 「優しい嘘」


「すまん、苦労を掛けたな。ランタンよ」


 ランタンは語った。

 優しい嘘をだ。

 アキレウスの妻が27年間もずっと恨んでいた。

 いや、アキレウスの努力は認めるし、誠実も知っている。

 その上であの時の告白の「花言葉」は覚えていた。

 ずっと。

 そういった真実を吐かずに、ランタンは語った。

 まるでミンストレルソングのような語り口で、『甘い束縛』という言葉の意図に対して嘘で塗り固めたのだ。


「そうだよ、アキレウスさん。決して奥さんは貴方を愛してなかったわけじゃない」


 ランタンは嘘つきだ。

 但し、優しい嘘つきだ。

 これは許される嘘だった。


「むしろ愛していたよ。ただ、貴方は奥さんを愛しすぎていた。愛する者同士の抱擁は心温まる物だ。だけど、ずっと抱きしめられていたままじゃ別の事ができやしない。それを奥さんは「甘い束縛」と呼んだんだよ」


 ランタンは脚色した。

 虚偽で全てを埋め尽くした。

 「甘い束縛」という言葉を、ただアキレウスの愛が強すぎたゆえに。

 その愛が少しばかり窮屈だったのではないかな。

 誰だって一人自由になりたいときはあるさ。

 そんな嘘を拵えた。

 大張り切りで、ランタンは真実を見つけたような語り口で喋っている。

 もし観衆がいたとすれば、ランタンの言葉を確実に信じたであろう。

 それだけ凄みのある語り口であった。

 ランタンが矮人としての種族尊厳全てを懸けてまでの、乾坤一擲の、一世一代と言っても過言ではない語り口であったということは認めよう。


「――ランタンよ、ゲシュペンストよ。本当に苦労をかけた」


 だが。

 それで、当人であるアキレウスが騙されてくれるとは限らないのだ。

 真実が何かであったことは、それこそ当人にしかわからないのだから。


「ところで、俺が紹介した店でサラダは口にしたか。ゲシュペンストよ。お前がファウルハウトに、怠惰の姫君に送った食用花は美味かったか? 彼女は喜んでくれたかね?」

「……」


 私は黙っている。

 ああ、駄目だ。

 ランタンの絶妙な語り愚痴をもってしても、騙しきれない。

 騙されてくれない。


「あのエディブルフラワーの花言葉は『甘い束縛』というらしい」


 アキレウスは全て知っていたのだ。

 花言葉の意味を。

 それがどういう意味を指すのかを。


「アキレウスさん」

「すまんな、実は気付いていたのだ。ずっと気付きながらに目を背け続けていたのだ。違うはずだと。そうでなければよいと。別な人間ならば。ゲシュペンストやランタンならば別の答えを導き出せるのではないかと」


 アキレウスは目を閉じて。

 そこから一筋の涙を溢した。


「だが、やはりそうだったのだな。私は間違えたのだ。一度醜き告白をして失敗し、やはり二度目の告白でも間違えたのだ。貴方を束縛するだなんて花言葉の花を贈って、何を格好つけて勘違いしていたのやら……愚かにも程がある」

「アキレウス」


 私は何か慰めの言葉を探したが。

 ただ奴の名を口にするだけで、その先の言葉は何一つ出なかった。


「ずっと覚えていたのだ。優しい彼女は言い出せなかったのだ。いや、私の事は嫌いではなかったのだろう。それぐらいは長い間連れ添って子供まで作ったのだ。それは理解している。だが、やはり心に引っ掛かりがあったのだろう」


 アキレウスが語っている。

 誰にも吐き出せなかった泣き言を、私とランタンに語っている。


「彼女には可能性があったのだ。好きな男を見つけられる可能性があった。心の底から惚れこむことのできる異性と添い遂げる権利があった。そう望むことをどうして咎められよう。その可能性を俺なんかが奪ってしまった」

「アキレウス」


 私はまた奴の名を呼んだ。

 だが、奴の口は止まらない。


「俺は卑劣な真似をした。金ずくで彼女を手に入れて、彼女の一生涯はそれで閉じた。真実はそれだけ、それだけだ。何もかも私が悪かったんだよ、ゲシュペンストにランタンよ」

「それは違う!」


 私はたまらずに叫んだ。

 アキレウスの嘆きを否定したかったのだ。


「どれだけの人間がどれだけ自由に生きていけたと思っているのだ! あの魔王戦争時代が終わったばかりの混乱期に! お前は死に物狂いで彼女を愛した! 彼女はそれをどんな理由であろうが受け入れた! その真実だけで十分ではないか! それ以上を望むなど、ただの傲慢ではないか!!」


 私は理由を探した。

 アキレウスが、この男の愛情がその妻に伝わらなかったなどと。

 どうしても信じられないからである。

 人の誠意は伝わろう。

 人の愛は伝わろう。

 そうでなければ、そうでなければ。


「見返りを欲しないのが愛なのだよ、ゲシュペンスト。自分が投げたボールを相手が投げ返してくれれば、これほど嬉しいことはこの世にないだろう」


 そうでなければ。


「だがな、それは自分が嬉しいだけで、自分勝手な愛だ。やはり愛情に見返りを求めてはいけないのだ」


 あまりにもアキレウスが惨めすぎるではないかと、このゲシュペンストは思うのだ。

 

「このアキレウスは沢山のボールを投げた。愛の詰まったボールだ。それを妻はちゃんと投げ返してくれた。だがな、彼女にとっては嫌々の――そこまでは言わずとも、義務めいたキャッチボールであったのさ、きっと」


 ランタンは口ごもった。

 この矮人が何も語れぬ状況で、私が何かを語れるわけもない。


「すまんな、ランタンにゲシュペンストよ、手間をかけた。何も礼などできぬが、少なくとも真実を知ることが出来て、理解することが出来て、ほっとした気分だ。せめて、心の底から礼を言わせて頂きたい。有難う、と」


 アキレウスはもはや何の言葉も受け付けぬとばかりに。


「さて、ここまでだ。二人ともすまんな。俺はきっとこのまま後悔を抱えて死ぬだろうが、それは俺のせいだ。俺の罪だ。俺への罰だ。だから、ここまでだ」


 もはや語る必要はないと、そう判断して、誠意を込めて。


「さらばだ。もう二度と出会うことはないだろうが。ゲシュペンストよ。お前の愛が、ファウルハウトに伝わっていることを、心の底から願っている。これは本当の気持ちだ」


 私たちに病室からの退去を命じた。

 躊躇ったが――これ以上何を訴えることができようか。

 大人しく、ランタンと共に病室を出ていく。


「終わった?」


 その先にはファウルハウトが廊下の椅子に座り、待っていた。


「ああ、終わった」


 但し、何もかも失敗に。

 それはファウルハウトには伝えない。

 アキレウスの恥であるし、奴はこんなことを以前口説いていた相手に聞かれたくないだろう。

 それに――。

 私自身の事もある。

 言われたくなかったのだ。

 気づかれたくなかったのだ。

 私はアキレウスの奥さんの気持ちが判るよ、王城に三十年も拘束されていたからね。

 あれは甘い束縛にも似ていたよ。

 そんな、私が絶対に言われたくない言葉を。

 そんなことを言われれば。

 私はすぐに自害をしてしまうだろう。 


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