第十一話 「花言葉」
「どうしてランタンはさっきから泣いているの?」
ファウルハウトが尋ねる。
せっかく町で一番美味い店とやらを、アキレウスの奴めに聞いてだ。
我が愛しのファウルハウトを誘って、ちゃんとランタンも仲間外れにせずにだ。
誘ってやって、三人で食事をしようというのに。
ランタンはずっと泣いていた。
「だって、だって……」
ええい、泣くな。
まるで我が子が幼い頃の、聞かん坊であった頃を想い出す。
さて、あの子は今頃王城で何をしているのだろうか。
私とファウルハウトが王族の義務を放棄して、旅に出たことを怒っていないと良いが。
さんざんに謝ったが、一向に許してくれなかった。
なかば逃げ出すように、私とファウルハウトは旅に出たのだ。
ゆえに、まあ確実に怒ったままであろうが。
「あんまりじゃないか! アキレウスが! あの人が、そこまで思い悩むほどに悪いことをしたってのかい!? こんなの絶対おかしいよ!」
ランタンは泣いている。
アキレウスの話を聞いて、すっかり共感してしまって嘆いているのだ。
奴めの嘆きを、まるで自分の事のように考えていた。
確かに、私とランタンは奴に託された。
「甘い束縛」という言葉について。
奴めが愛した妻が残した、最期の言葉がどういう意味かを共に考えて欲しいと。
だがな、ランタンよ。
幸いにして、我がパーティーには、誰よりも優れた知恵者がいるのだから。
聞いた方が早い。
問題は、どのようにして聞くかだ。
まさか、アキレウスがこんな情けない男の泣き言は聞かれたくないと。
わざわざファウルハウトには席を外させて語ったのがあの話だ。
ゆえに、事情の全てを詳らかに説明するわけにはいかぬが。
「ランタン。赤子のように泣き叫ぶのは止めなさい。いくら個室だといっても、他のお客さんに迷惑でしょうに」
ファウルハウトが、まるで我が子が幼き時に言い聞かせてきたような言葉を放つが。
ランタンめは泣き止まぬ。
もはや全身の水分が出尽くしたかのように、あれからずっと泣いていた。
ファウルハウトの困った顔など久しぶりに見たな。
その困り顔も愛おしいが、それはさておき。
「ファウルハウトよ、ランタンを泣き止ませる良い方法があるのだが」
「言って」
とにかく、言葉の意味を尋ねるのが一番良かろう。
我々などより、よっぽど頭が良いファウルハウトに。
そう考えて、こう尋ねる。
「『甘い束縛』という言葉があったとして、君はどういう意味に受け取る?」
「甘い束縛?」
きょとんとした顔をして、ファウルハウトは少しだけ小首をかしげて。
そうして、少しだけ考えるそぶりを見せて、やがて元の姿勢に首を戻し。
その手のフォークで花を突き刺した。
食用花であった。
メイン料理の添え物のサラダである。
「これだよ」
ファウルハウトが告げる。
「これとは?」
私は意味が分からずに聞き返した。
「花言葉」
端的に、更にファウルハウトが告げた。
そこまで言われれば、脳血のめぐりが悪い私でも理解できる。
「この食用花の花言葉は『甘い束縛』であったか」
かつて、自分がファウルハウトに送った食用花。
その花言葉の意味を初めて知った。
彼女はその髪飾りのナズナの花を揺らしながら、こう口にする。
「あのねえ、ゲシュペンスト。女性に花を贈る際は、これが綺麗だからとか、これは美しいから贈るのにふさわしいとか、そういう自分勝手な想いだけじゃ駄目だよ。その愛情は一方通行としか言えないよ」
ファウルハウトが嗜めるように、私に語り掛ける。
相変わらずランタンが泣き止まないので、困り顔のままで。
「花言葉ぐらいは調べておきなよ」
「以後はそうしよう」
いやいや。
ちゃんと考えたさ、少なくとも。
貴女に告白する際の、ナズナの花言葉は「あなたに私のすべてを捧げます」である。
それだけは覚えているのだ。
貴女が好きだったぺんぺん草の花言葉は覚えているのだ。
それ以外の花言葉に関してはとんと知らないが。
まあ、なんだ。
それについての無知の言い訳は辞めておこう。
「なるほど、花言葉か」
アキレウスは自分が告白した際に、食用花を使ったと確かに言っていた。
私がかつてファウルハウトに花でも買って見せようと意気込んで、送った花を。
奴めは私と違い、花言葉も知らぬ食用花を貧窮院の院長に捧げたのだ。
醜き告白ではなく、誠意ある告白をちゃんとやり直したのは良い。
だが、院長は花言葉を知っていたのだろう。
そして、二十七年もの歳月を経ても覚えていた。
ずっと。
女とは恐ろしいものよ。
「なるほど」
これは良い情報であったが。
さて、これをどうアキレウスに説明したものか。
やはりアキレウスの考えている通り、思い悩んでいる通り。
貴方は夫として最善を尽くしてくれたが、やはり、貧窮院の院長は。
アキレウスの妻は、あの男を心底からは愛していなかったのではないかな。
それが『甘い束縛』という言葉の意味なのではないかな。
そういう結論が出てしまう。
それを悟ったのか。
「嘘だと言ってよ、ファウルハウトの姐さん」
ランタンが片手で両眼を覆いながら、かぶりを振る。
否定したいように首を振るのだ。
私と同じ結論に至ったのだろう。
「嘘じゃないよ。その食用花の、エディブルフラワーの花言葉は『甘い束縛』だよ。これについては嘘じゃない」
だが、ファウルハウトは残酷な事実を告げるのみである。
ランタンは絶望した表情を見せている。
私はというと。
さて、この話をどのように上手く落着させるべきか。
どんな嘘を付くか。
それとも本当の事をいうか。
騎士道精神から、どういう結論を出すかを悩んでいる。
「ランタンよ。さて、我々はどうすべきであろうな?」
私はランタンに問うた。
どうしてよいかは決めかねる。
このゲシュペンストは騎士であり、同時に不器用なのだ。
よくも勇者グランとして、王様を今までやってこれたなと思うほどに。
「知らないよ、そんなの。旦那が考えてよ!」
ランタンはまた泣いている。
ファウルハウトは困っている。
泣き止むはずのランタンが泣き止まないから困っているのだ。
「いや――」
ランタンは少し時間を経て、ようやく泣き止むのを止めた。
そして、赤い眼で俺をじっと見つめた。
「旦那だけじゃ真実を教えるだけになりそうで、不安だ。オイラが加工する。ミンストレルソングを作ってやる勢いで、考えるんだ。そうじゃないと!」
ランタンは叫んだ。
「そうじゃないと、アキレウスの旦那が可哀想にも過ぎる!」
嘘を。
アキレウスに告げるための嘘を必死に考えると宣言して。
すこし沈黙した後、バクバクと今までフォークも触れていなかった食事を食べだした。
うむ、元気があってよろしい。
まあ、今回はランタンに協力してもらった方が良かろう。
真実が全て正しいとは限らんのだ。
嘘でいい。
仮に、今にも死ぬであろう老人が曖昧になり、自分を息子と勘違いしたとしてだ。
何か愛情ある言葉をつらつらと言い残そうとしている老人に対して。
自分は貴方の息子ではないと誰が言えよう。
何も口にできず、わかりました、父上というべきである。
「全て承知しました、父上。ゆっくりとお休みください」というべきであるのだ。
それ以外の言葉を述べることが騎士道であろうか。
違うだろう。
嘘で良い。
私はそのような事態に遭遇したとき、間違いなく嘘をつくだろう。
この世には口にしてよい嘘と、してはいけない嘘がある。
前者は人を慰めることで。
後者は人を騙すためのものだ。
私はそう考えて、どうアキレウスを慰めたものかと。
そんな嘘をつくことだけを考え始めた。




