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悠久の魔女と老英雄  作者: 道造


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第九話 「戦士アキレウスの過ち」


 ゲシュペンストたち仲間と別れての話だ。

 ああ、あの愛しい怠惰の姫君に対する恋合戦において、お前に敗れての事さ。

 お前も知っての通り、俺は三十年前の魔王戦争で随分と活躍をした。

 多額の報酬を受け取ったよ。

 人生を何度も遊んで暮らせるだけの金だ。

 だがなあ。

 俺はそんなもん別に欲しくなかった。

 知ってるだろう?

 そこまで豪奢な暮らしに興味はないし。

 だからこそ、活躍に対して手配してもらえた名誉職とやらも断ったのだ。

 だから、だからな。

 どこかで小さな屋敷でも構えて、遊んで暮らすかとでも思った。

 もう俺の、戦士アキレウスの役目は終わったしな。


「都会がいいな」


 ライン都市同盟、首都マインツ。

 ああ、今でこそ首都でないが、まあ三十年前の当時は首都だった。

 この大都市同盟国家の中でも一番の都会だったよ。

 魔王戦争当時さえ、花さえ売っていたぐらいに。

 お前はその買った花を、捧げたファウルハウトにサラダとして食べられていたがな。

 まあ、そんな笑い話はいいんだ。

 とにかく、俺は都会に住もうと考えた。

 宿に入り、さて、まず何をしようかと考えて。


「名士ごっこでもするか」


 貧窮院にな、報謝でもしようかと思ったのよ。

 俺が貧窮院の出自だって知っているか?

 繰り返すが、魔王戦争の時代だ。

 親が魔獣に殺された孤児なんて珍しいものじゃない。

 俺は村が魔獣に襲われて、命からがらに逃げ出して、街で貧窮院に拾われて。

 そして食べていくために兵士となり、活躍し、最後には戦士アキレウスになった。

 知らなかった?

 そうか。

 まあ、お互いの身の上話なんてする関係じゃなかったしな、俺とお前は。

 とにかくも、貧窮院と言えば聞こえは悪いが、地域社会においてはそう権力がないわけじゃなくてな。

 領主や豪商の慈悲であったり、単に孤児の死体を路上に放置しないための、治安維持システムであったり。

 なんにせよ、名士との関りはあるものよ。

 俺はそういった色々な計算と、自分の出自へのお返しをしようと。

 割と純粋な善意をもって、貧窮院に報謝をしようと思った。

 首都マインツの貧窮院へと出かけたさ。

 そこでドアをノックした。


「何か御用でしょうか?」


 そこで、あの女に出会った。

 妙齢の女でな、二十代前半で俺より若かった。

 磨けば、かなりの美人になるだろうと思ったよ。

 精一杯の身繕いはしてあるようだが、金が無いのは一目で判った。

 何の装飾品も身に着けておらぬ。

 俺は少し、貧窮院の困窮度合いが気になったよ。


「御用というか、報謝だな。この都市マインツを訪れたばかりだが、ここに住もうかと思っていてな。まあ地域の世間話がてらに、少額の寄付でもと」

「本当ですか!?」


 俺が寄付をするといったら。

 その女ってば、まあ目をらんらんと煌めかせてな。

 俺は、なんというかドキリとしたよ。

 あの時の感情を何といえばいいのかな。

 まだ一目惚れはしてなかったんだろうな、そこまで単純な話じゃない。

 今まで死んだような目をしていた女が、元気いっぱいになった。

 なんだかな、そうさなあ。

 ファウルハウトが以前に、痩せた野良猫に自分の食事を少し分け与えていたことがあっただろう?

 それで、餌に必死でかじりつく野良猫に、珍しくも彼女が微笑んでいただろう?

 そんなことを思い出したよ。

 話がずれたな。

 まあ、そこで俺は予定より多い報謝を出す気になった。

 自分の腰にぶら下げていた、銀貨でいっぱいの袋を丸ごと差し出したよ。


「まあ――こんなにたくさんの寄付を。本当にありがとうございます」


 ぺこぺこと、頭を下げる女に対して。

 俺はなんとなくこそばゆくもなり、同時に妙齢の女にそんなことして欲しくないなあと思った。

 感謝されるのはいいが、彼女のプライドを削りたくもないと思ったのだ。

 具体的には、別な責任者に代わってもらおうとして――


「ところで、院長は? 一度お会いしておきたいのだが」


 おそらくは年老いた老婆か、豪快なオバサンが出て来るであろう。

 俺が生活をしていた貧窮院ではその二人が取り仕切っていたからだ。

 そんな予想をしたが。


「目の前におります。わたくしです」


 俺は目をひん剥いた。

 こんな妙齢の女性が院長だと?

 俺は訝しがるが――


「その、先代の院長はもう亡くなってしまいまして。貧窮院で一番年長だった私が院長となり、ずっとそのまま」


 こんなに見栄えが良いなら、嫁としての引き取り先など数多にあったろうに。

 俺はすっかり彼女に同情した。

 

「その、何といいますか、恥じ入るばかりですが。お茶もお菓子も、何一つ出せず申し訳ありません。その余裕すらなくて」

「気にしなくて良い」


 彼女が卑屈な目で、俺に謝罪した。

 俺はそれが嫌だった。

 あまり、世渡りが上手でないのだろうな。

 貧窮院の外の世界など知らぬから、無理もないだろうな。

 そんなことを考える。


「その、なんだ。茶も菓子もないというなら、今度は報謝と一緒にそれも持ち寄るさ。報謝は今回一回限りとするつもりはない」


 俺はそう告げる。

 好意ではない。

 少なくとも、女性に対する好意ではない。

 憐みや、同情に近いものであったと思う。

 幸い、俺は金には困ってないのだから、何度か報謝をしてやろうかと思った。


「本当ですか?」


 また彼女が目を輝かせた。

 まるで餓えた野良猫が、餌をもらって、何の疑いもなしにそれを口にしたように。

 俺は困ってしまったが。


「本当だ」


 永遠にとはいかぬが。

 まあ、何度か付き合ってやろうと思った。

 それからだ、彼女との関係が始まったのは。

 思えば、あの時間をちゃんと楽しむべきだったな。

 彼女が貧窮院という存在に束縛されつつも、ちゃんと彼女自身として自由でいられた僅かな時間だったのだから。

 その彼女との会話を楽しむべきだった。

 そう後悔している。


「――まずは家を買うか」


 別に金に困っているわけではないが。

 とりあえず、家を買ったよ。

 普通の家さ。

 ボロいあばら家というわけではない。

 かといって、立派な門構えに使用人が沢山いそうな屋敷というわけでもなかった。

 いや、買ったのは三十年前の魔王戦争時代だから、あの頃にしては立派な家だったんだぜ?

 俺は都市マインツに居を構えて。

 週に一度、銀貨でいっぱいの袋を携えて、彼女の下を訪れた。


「ありがとうございます」


 何度も腰を低くして感謝されたよ。

 悪い気分じゃなかったんだよ。

 俺の金は決して汚い金じゃない。

 あの魔王戦争時代に自分の貢献に対し、正当に支払われた金銭で。

 自分の出自である貧窮院に対し報謝を。

 寄付をして、それに対して感謝をされる。

 俺も立派な人間になったもんだ!

 少なからず、そんな思いがあったのは否定できない。

 この後、立派な人間でなくなるんだけどな。

 俺も惚れた女を金で得んとする、醜いクズの一人でしかなかったのが後で証明されるんだが。

 話の続きを?

 そうだな、続けようか。

 

「嫁入りを?」


 それは唐突な話であった。

 俺が持ってきた菓子、俺が持ってきた茶。

 俺が持ってきた報謝で得た食糧で、食事を供されながら。

 そんな話が、俺の耳に飛び込んできた。


「そうだよ、院長先生。このままだとお嫁に行っちゃうんだよ」


 そう口にしたのは、貧窮院の子供の一人であった。

 ちゃんとした服ではあるが、ほつれは目立ち、それを院長が夜中に必死に縫ったのであろう。

 そんな跡が見て取れる。


「……」


 俺は戸惑った。

 戸惑って、わざと落ち着いたそぶりを見せた。


「ふん。良い話ではないか。妙齢の女性が、ずっと貧窮院に縛られているよりずっと良い」


 俺はここで勘違いをした。

 てっきり、彼女にも好いた男がいると思ったのだ。

 ならば、惚れた男と惚れた女が結婚するのだから。

 別にそれでよいと。


「違うよ」


 子供は否定した。


「僕たちのために嫁に行くんだよ。それも愛人の一人だよ。貧窮院のスポンサーになっている豪商で、今後も支援して欲しいなら、援助を続けて欲しいなら自分の愛人になれって」


 俺は思わずカッと顔面が赤くなるのを感じた。

 怒りであった。

 金ずくで彼女を物にしようだと!

 彼女は物ではない、人だ!!


「相手は四十歳を超えたデブのオッサンだよ」


 貧窮院の子供はそう告げた。

 こんな惨いことが許されていいのか。

 そんなことを言いたげに。


「……俺にどうしろというのか」


 俺は困った。

 何故、子供がこんなことを俺に言うのかわからなかったからだ。


「院長先生を連れて逃げてよ」


 俺は驚いた。


「あのなあ、それをすれば商人からの援助は――」

「それで援助を辞めるならば、豪商の名声はどうなると思うんだよ」


 まあ死ぬであろうな。

 自分が金の力で囲うはずだった女に逃げられたから、貧窮院への支援は辞めます。

 クズ極まりない。

 名士としての名声などは地に落ちるであろう。

 だから、さすがにやらんだろうな。


「なるほど、考えておる」

「でしょう」

「だから、院長先生を連れて逃げてよ」


 それはそれとして、何故そうなる。


「どうしてそんな話になる? 他に男はいないのか?」

「いないよ」


 いないのか。

 彼女ほどの美人であれば、喜んで金など報謝する人間もいようが。

 実際に豪商がおるし。

 

「毎週律儀に報謝に来て、菓子や茶を持って、今日もお美しいですな、なんて褒めてくれる男はアンタ以外に居ないんだよ。アキレウスさんだっけ? 先生、アンタが来る前は精一杯お洒落してるんだよ。アレでも」

「うむ……」


 それを聞けば悪い気はしないし。

 確かに、俺は「たまには院長先生もお洒落を如何ですかな」と髪飾りや装飾品を贈った。

 彼女は俺が報謝に訪れた際は、いつもいつでもそれを身に着けている。


「鈍いよ、アキレウスさん。院長先生は普通にアンタの事を好きだよ」

「そうか」


 ならば、よいか。


「すぐ告白に向かおうか」

「そうしなよ」


 俺は席を立ち、院長室へと向かった。

 兵は拙速を尊ぶという。

 40歳のデブなオッサンの愛人になるという覚悟を彼女が固める前に口説く必要があった。

 俺は院長室のドアをノックして、許可を得て部屋に入り。

 そうして告白をするつもりであった。


「俺は君が好きだ。だから、きみをここでもない、何処かへつれていく。他の誰かのものになってしまう前に」


 と。

 とんでもない気障な台詞を。

 だが、ここで邪念が生じた。

 本当によいのか?

 彼女の手を引いて、この都市マインツから逃げ去っても。

 それは困るのではないか。

 豪商がいくら寄付を止めぬからと言っても、

 やはり寄付の額は落ちるであろうし、院長の代わりを務める者もおらぬだろう。

 だから、だからだ。

 俺は自分の照れ隠しがあまりに。

 とんでもないことを口走ったのだ。


「俺は遊んで人生を何度も繰り返せるだけの財産を持っている。貧窮院への数十年の報謝と引き換えに、貴女が俺の妻になるというのは如何か? ずっとこの提案を考えていた」


 その時だ。

 俺がとんでもない愚かなミスを、告白に失敗したということに気づいたのは。


「……」


 彼女は何とも言えない顔で口ごもったのだ。

 そんな言葉、貴方からは聞きたくなかった。

 君を攫って何処かに連れて行くと。

 「きみをつれていく」と。

 そう言って欲しかったと言わんばかりの表情で。


「それも悪くないかもしれませんね」


 と。

 聞け、ゲシュペンストに、ランタンよ。

 この戦士アキレウスは、惚れた女を金で買ったのだ。

 俺はこれを生涯の恥としている。

 惚れた女の求める答えを出せなかった、とんでもない恥晒しよ!!

 俺は、俺は。

 とんでもなく醜い告白を彼女にしたのだ!!

 金ずくで彼女を自分の物にしたのだよ!!


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