第一話 「取るに足らぬ盗賊退治にて」
むかしむかしあるところに、一組の男女がおりました。
男の名前はグラン。
女の名前はトーリ。
男は勇者で、悪い竜や巨人や魔王をやっつけました。
女は魔法使いで、色んな魔法で勇者を手助けしたり、多くの邪を打ち払いました。
普通でない二人は、あまり普通でない恋をし、あまりにも普通ではない結婚をしましたが、それよりなにより、一番違っていたのは種族の違い。
夫は人間で、奥様はエルフだったのです。
これはそんな二人が送る、ささやかな新婚旅行のお話。
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これは私が、とある盗賊団退治の任務に赴いた時の話である。
まずはその時の自分の身分と、名前を紹介しておこうか。
黒騎士カーライルだった。
黒騎士とはなんぞや?
まずそこから説明せねばならぬのか?
一言で言うと「主君と明確な主従関係を結んでいない騎士」の事を黒騎士という。
ああ、そうだ。
私は騎士を名乗れど、その実は期間雇われのようなもので。
従者の一人すらおらず、ようするに個人の傭兵業を営んでいた。
その時もそうだった。
とある領主の依頼で、登録していた冒険者ギルドから要請があり。
私は盗賊団退治の任務に参陣していたのだ。
もちろん、私一人だけで任務に当たるわけではない。
賊は徒党を組んでいるのだから、こちらも徒党を組む必要がある。
その時のメンバーはこうだった。
まずは私。
そして斥候役として、亜人種である矮人。
魔法使いのエルフに、その仲間だという奇妙な老騎士。
他にも数名いたが、まあ別に語る必要はない。
アイツらは大して役に立たなかったのだから。
――いや、それどころか、まあとにかく名を覚えてやる必要もないし。
そもそも、この話には邪魔な存在であろう。
とにかく傭兵ギルドは、その十名ほどのパーティーを集めた。
「皆殺しにしてきてよい。領主様から許可は出ている」
オーダーはキル・ゼム・オール(皆殺し)であった。
まあ、容赦をしてやる必要もない。
すでに被害は出ており、何の罪もない辻馬車が襲われて死者も出ており。
その盗賊団が、領主の支配する村周辺をうろついているとのことであった。
可能ならば、村を襲って財を奪おうということであろう。
一刻も早い救助が必要であった。
私は黒騎士である。
傭兵働きである。
なれど、悪事だけは働いたことが無かったのが自慢である。
こういった胸をはって正義であると名乗れる依頼ならば、勇んで参陣することができた。
だが。
「自身の兵力で解決すればよいものを」
依頼を共にした、老騎士殿は明らかに不服そうであった。
イライラとした素振りを隠そうともせずに、愚痴を口にしている。
「領主自らが出向けとは言わぬが、わざわざ冒険者ギルドを使ってパーティーを募るな。モンスター退治ではないのだぞ?」
まあ、それはそう。
明確に善男善女に被害が出ており、領内で盗賊団が跋扈している。
ならば自分で兵を率いてとまでは言わぬが、自身の騎士団なり兵隊なりが出向き、これを罰するのが筋であった。
とはいえ、あれだ。
「老騎士殿。そうは申しましても、私のような黒騎士はこれで食べておるわけでしてな。領主様も何も考え無しではありますまい」
少し恥ずかしいが、そう口にする。
これは領主に言わせれば雇用対策の一環でもあるのだろう。
正直言って、こういった食い扶持がなければ、私のような黒騎士や傭兵は賊に身を落とす可能性もあるのだから。
領主が金を払い、冒険者ギルドに依頼してくれるというのであれば有難い話であった。
「ふむ、まあそれもそうか。そういう考え方もあるか」
老騎士は何とか納得してくれたようだ。
うんうんと頷いて、少しだけ肩をすぼめた。
「君は昔から見解が狭いんだよ」
老騎士の相棒であるらしい、魔法使いのエルフも私の意見に味方してくれた。
責めるような口調で、老騎士に言い聞かせる。
「まあ、言われてみればわかるさ。だがな、冒険だよ冒険。盗賊退治が冒険と言えるか? 冒険とはもっと未知に溢れた、心が飛び跳ねて踊るようなものだ」
老騎士に言わせれば、盗賊退治は冒険ではないと。
それはそう。
私もそれに関しては頷ける。
「誰も彼もが必死こいて魔王を倒して三十年も経つというのに、今度は人間同士の争いが止まぬ。盗賊だと? 真面目に働いたところで食っていけない世ならばわかる。だが、今の世は昔ほど乱れてはおらんぞ」
これも老騎士の仰る通りである。
別に世間はそこまで乱れておらぬ。
この黒騎士カーライルも、冒険者ギルドから依頼がない時など、どうしようもない時は日雇いの力仕事を請け負う時もある。
要するに、別に職さえ選ばなければ食べていくことぐらいはできるのだ。
悪事など強いて働く必要はなかった。
だが、まあなんだ。
「悪行を働いた方が儲かると。誰だって楽してズルして頂き、という思想は消えないねえ。なんだっけ、『浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ』だっけ。東洋の大泥棒が詠んだ辞世の句だそうだよ」
エルフは博識である。
私は感心しながら、ま、そういうものだよなと思う。
悪事を働いた方が、楽だという人間はどうしても存在する。
「くだらぬ」
老騎士は気に食わぬようであった。
エルフの言葉がではなく、世を憂いているのだ。
「何はともあれ、この愛剣スターホーンの錆にしてくれるわ」
老騎士殿が自信の剣を抜き、きらりと閃かせた。
この方、剣に名前を付けるタイプなのか。
正直言って、あまり名剣には見えない。
ゴテゴテとした気取った装飾はない。
鞘も平凡とした物で、何処ででも手に入りそうであった。
エルフと共に旅をしているらしいが、馬にも乗っていないし。
正直言えば、あまり金はもっていなさそうな風貌だ。
「スターホーンって、勇者グランの剣と同じ名前だよね」
矮人が話題に加わった。
この矮人という亜人種は、人間の半分前後の小柄で。
誰も彼もが人間の少年少女のような容姿であり、冒険心に溢れた種族である。
「明日は明日の風が吹く」とばかりに世の中をうろうろと、何か楽しいことはないかと常に探し続けている生き物そのものだ。
「うん? ああ――その通りである。勇者殿の剣にあやかった名よ。この横に下げたるは、何処にでもあるただの剣に過ぎぬが。せめて名前ぐらいは立派でなければな」
「アンタ、まさかその齢で勇者ごっこのつもりかい?」
からかうように声をかける。
老騎士は怒るかと思ったが、そうではないようで。
むしろどこか「おかしみ」さえも感じたように、微笑んで答える。
「勇者ごっこか。それもよいな。そうさ、魔王が滅んだ今、真面目に働けば食べていける時代である。そんな世で冒険者をするのだぞ。『勇者ごっこ』を気取って肩で風を切るくらいの騎士でなければ、面白くはない」
そう老騎士が言い張る。
矮人は、一瞬だけきょとんとしたあと。
かえっておかしくなったらしく、笑う。
「それには同意だね。『冒険』にはアンタのようなユーモアと、愚かさが必要なのさ」
おどけたように、手を大きく広げて矮人が笑った。
亜人種としての身長130cmにも満たぬ背の低さを覆い隠すかのように、大声で笑う。
「気に入ったよ。オイラの名前はランタン。アンタの名前は?」
矮人が、その名を明かした。
名の意味は「たいまつ」「照明」「ともしび」。
ランタンが、老騎士に名前を尋ねる。
「ゲシュペンスト、と名乗らせてもらおう」
名の意味は「幽霊」、「亡霊」、「幻」。
本名かどうかは疑わしい。
だが、一期一会の縁に過ぎぬこの場にて、老騎士殿はそう名乗るのを決めたようである。
これに嘘はなかった。
老騎士の名は只今を以て、ゲシュペンストである。
「で、美人のエルフさん。貴女の御名前なんてーの?」
これにエルフは答えた。
「ファウルハイト」
名の意味は「怠惰」。
七つの大罪の一つである。
明確な虚偽ではあったが。
「それが貴女さんの名前でいいの?」
「問題ない。私の体を名で表した言葉だから」
もちろん虚偽であるが、それでよいと。
エルフがそう言い張ったのならばそう仕方ない。
彼女の名は本日この場にては、少なくともファウルハイトであった。
怠惰の姫君である。
「仲間さん、こんなこと言ってるけどいいの?」
「そんなところを好きになったのだ」
老騎士ゲシュペンストはそう口にする。
好きになるところ、怠惰なところなの?
まあ別によいのだけれど。
一期一会の縁だ、文句を言うても仕方なし。
「さて、黒騎士の旦那さん。貴方の御名前なんてーの?」
ランタンが問うた。
微笑を浮かべ、はて、どうしたものかと一瞬だけ悩むが。
私は虚偽の名前などは吐かぬ。
「黒騎士カーライルである」
名前の意味は特にない。
何の由来もない、ただの人名であるからして。
「平凡だね」
ランタンはそう言って笑った。
別に良い、平凡で。
このままだ。
別に、このままの人生で構わぬと思うていた。
あれだ、何というか、私は現状に満足していたのだよ。
別に誰も、この黒騎士が黒騎士のままで生きていて、主君を延々と探して、見つけられぬ哀れな立場であっても。
このカーライルが一抹の正義と純真を宿していれば、賊になどならぬ。
だから、誰の迷惑もかけぬ。
だから、それでよいと思っていた。
死ぬまでこれで良いと思っていた。
嫁も貰えぬ。
心から真に信じられる友も出来ぬ。
なれど、我が人生に悔いはなし。
最後まで自分は卑劣漢にも悪漢にもならなかったぞと。
そう演じきれれば、そうでよかった。
その人生が。
その運命が、明確に変動したのは、この取るに足らぬ盗賊退治にて。
何があったか?
それは知っているだろうに、このカーライルの口からわざわざ聞きたいと。
あの「道化師」ランタンがこの場におれば、私の言葉などに耳も貸さぬだろうに。
きっと「あやつ」に銅貨を投げる観衆の群れの一人になっていようぞ。
だが、まあよろしい。
別に語るに不自由があるほどに、私が口下手というわけでもないのだ。
語ろうではないか。
あの取るに足らぬ盗賊退治にて、何があったかを。
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