『煙の向こう側』【9】大輔の苦悩 完結
本作『煙の向こう側』は、ひとりの青年が異世界で農業を通じて人々と心を交わし、成長していく姿を描いてきました。
第9話となる本章は、その旅の「完結編」となります。王からの褒美、アニーとの温かな時間、そして避けられぬ別れ。笑顔と涙が交錯するひとときに、主人公の苦悩と希望が込められています。
【9】大輔の苦悩 完結
「大臣、お願いがあります」大輔は深く頭を下げた。
「王様に謁見をお願いできませんか。今後の行動と、黄金国からのお土産についてお伝えしたいのです」
「午後二時に、謁見の間へ」と返事が届く。
大輔は作業小屋から空中浮遊車に乗り、お城へ向かった。
謁見の間。扉が開くと、王は笑顔で迎え入れた。
「博士、黄金国での働きは見事であった。疲れは取れたか」
「身に余るお言葉です。おかげさまで、畑の様子も見て回れるようになりました」
大輔は持参した黄金の種子を侍従に差し出す。
「これは黄金国からのお土産です」
「見事なものだな」王は手に取り、しばし眺めた。
「これはアニーと博士、二人の働きへの褒美だ。仲良く分けるとよい」
「はい。大切に保管いたします」
その夜。
大輔は小さな宝石箱に「アニー」と刻み、金の種子を詰めて渡した。
「君へのご褒美だ」
アニーが蓋を開けると、中には金色の種子がぎっしりと詰まっていた。
『活躍に感謝、愛するアニーへ』と刻まれている。
「大輔さん…ありがとう」
涙をにじませながらも、アニーは笑みを見せた。
翌日、二人は浮遊車で畑を視察しながら空の散歩へ出かけた。
昼食は高台の公園。アニーの作ったサンドイッチを広げ、笑い合いながら過ごす。
――「こうして外で食べると、同じサンドイッチでも何倍も美味しいですね」
アニーが頬をほころばせる。
「本当だ。風も気持ちいいし、君と一緒だからなおさらだよ」
大輔は空を仰ぎながら答えた。
「いつか、この種子で空いっぱいに花を咲かせたいです。鳥たちが集まって、村の人が見に来てくれて…そんな未来、素敵じゃありませんか?」
「きっとできるさ。君なら必ず叶えられる」
アニーは嬉しそうにうなずき、少し照れくさそうに笑った。
「大輔さんと一緒なら、どんな未来も怖くありません」
「ありがとう、アニー。君がいるから、僕も頑張れるんだ」
まるで恋人同士のように見えた。
やがて作業小屋に戻り、机を挟んで座ったとき。
大輔は静かに切り出した。
「アニーは、ずいぶん成長したね。もう私がいなくてもやっていける」
「……それは、大輔さんが帰るということですか」
アニーの目に涙が浮かんだ。
「私も一緒に行きたい!」
「アニーがいなくなったら、この畑を誰が守るんだ?」
沈黙。 アニーの頬を、涙がつたった。
「私が我慢すればいいのですか…?」
大輔は胸が締めつけられるのを感じながら答えた。
「必ず戻る。三か月に一度は戻る。三度目には、新しい栽培法を持ち帰る」
「……本当に、約束してくれますか?」
「約束する」
アニーは嗚咽をこらえながら、大輔の胸にすがりついた。
「アニー、これを渡しておくよ。雑草とカンゾを粉にして線香にしたんだ」
「毎月十日の夜に火をつければ、その間だけ話せるはずだ」
「アニーの心に、かすかな安らぎが灯った。その約束こそが、二人を結びつける唯一の希望だった。」
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
『煙の向こう側』は、異世界という舞台を借りながらも、「人と人が信じ合い、支え合うこと」を描きたいと思い紡いできました。
王と民をつなぐ農業の営み。
師と弟子のように、時には親子のように、そして次第に恋人のように絆を深めていく大輔とアニー。
その出会いと成長の物語を最後まで見届けていただけたことを、とても嬉しく思います。
アニーの胸に残った「必ず戻る」という約束は、小さくとも確かな光です。
この物語が、読者の皆さまにとっても心に残る灯火となれば幸いです。
新シリーズにご期待ください。
改めて、ご愛読に感謝申し上げます。




