大盛りカツカレー
私は大型トラックドライバーをやっている。
この仕事をやっているとわかるが、女性の同業者は意外と多い。とはいえ出会ってもすぐに女性同士仲良くなるということはない。
私は『動くひきこもり』なのだ。
同性の同業者を見たら、むしろ話しかけられないように目をそらす。
まぁ、実際には話しかけられるようなことは滅多にないのだが。みんな自分の仕事や休憩に忙しいのだ。
みんなそうなのかもしれない。
明るく外向的なように見えて、みんな私と同じような『動くひきこもり』、あるいは『動くオタク』なのかもしれない。トラックキャビンの中は自分の部屋だ。薬屋のひとりごとグッズで埋め尽くしているひともいる。いつも壬氏と猫猫を後ろに乗せて笑顔でトラックを転がすおばちゃんを知っている。
長距離から帰る途中、いつもの峠の手前でトラックを停めた。
大衆食堂『いかりや』、ここには大型専用駐車場があるのだ。
そして私の手元には一綴りの食事券がある。会社から支給されたものだ。
ここでごはんを食べれば食費が浮く。
そして何より、ここのカツカレーが私の大好物なのだった。
食券を出し、私は迷うことなく、おばちゃんに言った。
「カツカレーで」
カツカレーは780円。
500円の食券2枚をおばちゃんに渡す。
おばちゃんは憐れむような顔で私を見ると、聞いてきた。
「お釣り、出ないよ? いいの?」
わかっている。
500円券1枚と現金280円で払えば損はない。
しかし今月、現金の残りがわずかなのだった。
「あっ。いいですよ」
なるべく気前がいいひとみたいな笑顔を作って私がそう言うと、おばちゃんはまた気の毒そうな顔をした。
「じゃ、ごはん大盛りにしてあげよっか? ……あっ」
私がそんな量を食べるわけもなさそうな、つまようじみたいな体型をしているのを見て、おばちゃんは失言だったと思ったようだ。
「いいんですか!?」
しかし私はその言葉を逃さなかった。
「それでお願いします!」
痩せは大抵、大食いなのだ。
すぐに呼ばれた。
「食券でお待ちのカツカレーのお客様ー」
ここは早いのも魅力のひとつだ。仕事中の身にはとても助かる。
早いわりにはトンカツがまるで揚げたてのようにアツアツのサクサクだ。どうやっているのだろうか?
おおきな丘のように盛られた白ごはんと、その大地に着陸したわらじ型UFOのごときトンカツ、そして牛すじ肉の溶け込んだ茶色いカレーを私は見下ろした。
大盛りだ──
ホンマに大盛りだ!
ただでさえカロリー・キングと知られるカツカレーの大盛りなんて、これをこんなお昼に食べたら、今日一日もう食事はできないんじゃないだろうかと思いながらも、私は白い紙ナプキンに包まれたスプーンを手に取った。
カレーはごはんにカレーをかけて食べるものだが──
カツカレーは三位一体の洋食メニューだ。
海と陸と空がひとつの壮大な景色を作るように、カレーとごはんとトンカツは別々のものでありながら、口の中でひとつに溶け合う。
ちょっと近くのカニさんと戯れたい気分になったら福神漬。
しっかりイメージトレーニングをして、いただきます。
まずは白いごはんをそのまんま──
よく見たら端っこにカレーがちょっとだけついているのを横目に見ながら──
ぱくっ!
もぐ、もぐ……
甘くて、清々しくて、うまし!
そこへこれもカレーのちょびっとついているトンカツを──
スプーンに乗せて、放り込む!
サクッ!
じゅんわ〜……
力強く染み出る油と肉汁!
そしてそして!
カレーをごはんに絡ませたその一山を、福神漬も巻き込んで──
ハシュッ!
もう、止まらん!
私のすぐ前では茶色い長髪のお姉さんが、気だるそうにラーメンを啜っている。気だるそうながら、食うスピードがなかなか速い。
私がハシュッと口に入れる音とお皿にスプーンの当たる音を交互に響かせる間に、お姉さんは3口ズルズルといい音を立てる。
チラリと見るとラーメンもなかなかの大盛りだ。1.5玉はありそうに見える。
このひとも食券でお釣りをもらわず、代わりに大盛りにしてもらったのだろうか。
会話など一言も交わさなかったが、よくわからない仲間意識のようなものと、どうでもいいライバル意識のようなものが、私の胸の内に芽生えた。
ちょっとさすがに大盛りは手強かった。特大のおむすびを食べた気分になった。三位一体なはずなのに、その中のごはんの存在がでかすぎたのだ。
今度からは『ちょっとだけ大盛り』にしてもらおう。
そして私は再び大型トラックに乗り込むと、すぐに出発した。
発進する時、ふと横を見ると、さっきの茶色い髪のお姉さんが、隣のトラックの運転席でタバコを吸っていた。フロントガラスとハンドルの間にはスティッチのぬいぐるみがたくさん並べられている。良い趣味だ。
さようなら、もうおそらくは二度と会うことのないライバルよ。
どこへ行くかは知らないが、あなたもどうか気をつけて。
カレー、白ごはん、トンカツ──口の中に残る三位一体の後味をブラックコーヒーで少し洗い流すと、動くひきこもりは夏の緑の中へと走り出していった。