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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第3章(3)恐怖、巨大アッザムタートル!

作者: 刻田みのり

 けたたましい音があたりに響き渡り、天の声が聞こえた。



『警告! 警告!』


『中ボスバトル「アッザムタートル」戦を開始します』


『勝利条件 アッザムタートルの撃破』

『完全勝利条件 アッザムタートルの甲羅を破壊しない状態で撃破』

『なお、戦闘後に素材として使用可能な状態であれば条件を満たしていると判定します』


『敗北条件 冒険者の戦闘不能または死亡』



「……え」


 足下に光る青白い文様は俺たちのいる場所どころかこの捨てられた木こりの集落全体に広がっているようだった。


 てか、これ魔方陣?


 もしかしなくても召喚魔法?


 俺は全員に聞こえるよう叫んだ。


「気をつけろ、やばいのが来るぞ!」


 俺の忠告に従ったというよりもこの文様の意味するところを理解しているらしき槍使いとニジューハチが退避を始める。おっと、ニジューナナとニジュークは見捨てるつもりか?


 俺はファミマに向いた。


「あいつらを頼めるか?」

「わぁ……もう仕方ないなぁ。僕ちゃん、ルールがあるからあんまり直接手を貸したくないんだけど」


 文句を言いつつもふわふわとニジューナナたちの傍に寄って宙に浮かせていく。あのまま集落の外に連れて行くようだ。


 黒猫を拾ったジュークが俺を不安そうに見る。


「ジェイ、ここに残る?」

「まあな」


 あの天の声が中ボスバトルと言っているのだから戦わない訳にはいかないだろう。


 それに、俺は誰かにここを任せて逃げるようなことをしたくない。


 もし、誰かが戦わなくてはならないと言うなら俺がやる。


 さっさとこの一件を片づけるためにも、俺が戦った方が早いからな。


 ニジュウが(ドラゴンランス)を構えた。


「ニジュウも戦う。ドラちゃん、最強武器」

「な、ならジュークも」


 慌ててそう訴えてくるジュークに俺は微笑んだ。


「その黒猫を抱えたままやる気か? 無理すんな」


 ニジュウにも。


「ジュークたちを守ってやれ。そのドラちゃんなら守れるんだろ?」


 俺たちが話している間に文様の発する光が強まっていく。


 魔力吸いの大森林の中だというのに周囲の魔力が増大しているようだった。この文様に森の効果を弱めるか無効にする術式が施されているのかもしれない。


「早く行け、お前らがいると邪魔だ!」


 あえて怒気を込めて命じた。


 そうでもしないとこいつら動きそうになかったからな。


 渋々といった様子ではあったがジュークとニジュウがこの場から離れていく。


 やれやれだぜ。


 俺は一つ息を吐いて拳を握り直した。


 地の底から響いてくるような重低音が足下から伝わってくる。


 すぐ近くで雷が落ちた時のような嫌な臭いが鼻をついた。これ、前にお嬢様がオゾン臭って言ってたな。


 そのオゾン臭に生臭さが混じる。同時にピリピリとした完食が肌を嘗めた。


 ……来る。


 俺がファイティングポーズをとると一気に魔力密度が上がった。天の声がいかにも戦意を高めそうな音楽を奏で始める。おいおい、これ何かの余興みたいにするつもりか?


 ジャジャジャ、ジャーン!


 音楽とともに巨大な何かが魔方陣からせり上がってくる。大きい。いや、大きすぎる。


 それの出現に巻き込まれた建物が崩壊した。あまりにもあっけない。元々壊れていたとしても脆過ぎるだろ。


 そいつは集落の三分の一くらいのサイズの化け物だった。見た目は亀に似ているが常識外れにでかい。


 確かアッザムタートルって天の声が言っていたな。


 てか、こいつ宙に浮いてる?


 頭と四肢と尻尾を引っ込めた状態でそいつは浮遊していた。出て来たばかりだからかうっすらと青白い光を全身に纏っている。


「……」


 亀か。


 うん、もう亀でいいや。たぶん亀なんだろうし。


 こいつ、何だか硬そうだな。


 俺は収納から銀玉を取り出した。


 サウザンドナックルを使えればそっちにするのだが使えないのだから仕方ない。


「ウダァ!」


 全力で投げつけてやった。


 一直線に飛んだ銀玉が亀の腹に命中する。絶対に甲羅より柔らかいはずなのに銀玉は硬いものにぶつかった音を鳴らして跳ね返った。


 落ちてきた銀玉が俺の足下の地面を抉る。亀の方は無傷だ。


 ワーオ、こりゃ迂闊に投げると逆にこっちが危ないぞ。


 銀玉の回収は後回しにして俺は亀目掛けて跳び上がる。ダーティワークによって身体強化された跳躍力は容易く俺を亀の腹まで届けてくれた。


 落下が始まるまでの僅かな時間に拳のラッシュを叩き込む。


「ウダダダダダダダダ」


 だが亀の腹部は予想していたよりもずっと硬かった。


 黒い光のグローブによって守られていなければ逆に俺の拳の方がダメージを負っていただろう。


 地上へと落ちながら俺は亀を睨みつけた。


 こいつはなかなか厄介そうだな。


 銀玉を投げても駄目、拳でぶん殴っても駄目。


 マジックパンチとサウザンドナックルは使えない。


 もちろん甲羅の背中側から攻撃しても駄目だろう。普通に考えてもそっちの方が硬いはずだし。


 さて、どうするかな。


 地面に降り立ち、横目でジュークたちが退避したのを確認する。とりあえず全員が魔方陣から離れているようだった。そちらでジュークたちと槍使いたちが戦う可能性もあるが、とてもそっちにまで構っていられる余裕はない。


 魔方陣の外でファミマが言った。


「これは女神プログラムのルールに基づいて行われる戦闘だっ。だから、僕ちゃんは生命の精霊王の名の下において宣言するよ。この宙ボスバトルが終了するまでそれ以外の戦闘を許さない。これに背く者には僕ちゃんの力により拘束しちゃうからねッ!」


 即座にニジュウと槍使いが七色の光のロープでぐるぐる巻きにされた。俺には戦っているように見えなかったがどうやら戦っていたらしい。


「あ、戦おうとしても発動するから。宙ボスバトルとは関係ない戦闘の意思の有無で自動的にこの七色のロープは動くからねっ!」

「ニジュウ、あいつやっつけたいのに」

「ニジューロク、ドラゴンランスのドラちゃんで偽物ぶっ壊したいのに」

「違う。本物のドラちゃん、ニジュウの」

「嘘つき。本物、ニジューロクの」

「うーっ」

「うーっ」

「……」


 どうやらあちらでは真のドラゴンランスを巡る争いが勃発していたらしい。


 つーか、そんなもん二つも作るなよ。めんどい。


 とか思っていたらキュイキュイと音がして亀の腹から複数の黒い光線が放たれた。


 光線の速度は遅い。余裕で躱せる速さだ。


 だが、連続で撃ってくるので地味に鬱陶しい。


 光線を浴びた瓦礫や地面が黒焦げになる。あの黒い光線は触れた物を瞬時に焼き尽くしてしまうようだ。凶悪だな。


 まあ、当たりさえしなければどうってことないが。


 どういう仕組みになっているのか亀の胸から腹にかけて光線の発射口があった。そこから同時に数発ずつ光線が放たれているようだ。


 俺を狙っているのかと思っていたがどうやらそうではないらしく光線の発射はランダムに行われているようだ。まあ、頭は引っ込めたままなんだから視覚で判断とかはできないだろうな。そうなるとそれ以外の方法で俺の位置を特定する必要がある。


 けど、そんな暇は与えないぞ。


 俺はジャンプすると頭を引っ込めた部分に取り付く。僅かな凹みに左手を突っ込み、両足で踏ん張って姿勢を維持した。


 ぐっと右拳を握る。


 食らえっ!


 隠れている亀の鼻面に右拳をぶち込んだ。


 ガチンッ!


 ちっ、こっちも硬いのかよ。


 俺は毒づきながらも右拳で殴りまくる。だが、想定していたよりずっとこのやり方は駄目だと痛感した。


 こいつめっちゃ硬い。


 右目も殴ってみたがそちらも硬質な目蓋に阻まれて駄目だった。甲羅じゃないのにこれだと、甲羅はどんだけだよ。


 亀が噛みついてきたのでひょいと避ける。また噛みついてきたのでひょい。


「……っ!」


 不意に何かを感じて俺は首穴(この呼称が合っているかどうかは知らん)から飛び退いた。


 落下しながら亀を見ると六角形の何かが俺のいたあたりを高速で通り過ぎていく。な、何だあれ?


 硬質な音が幾重にもなって響く。


 どうやら甲羅からその六角形の何かを射出したらしかった。しかも一枚や二枚ではない。数十枚の六角形が亀の周囲を飛び回っている。何て言うかイアナ嬢が円盤を操るより巧いオールレンジ攻撃になってないか?


 こいつはきついな。


 地上に降りると俺は銀玉を取り出してみた。能力を発動させようとしたがやはりサウザンドナックルは行使できない。


 亀が六角形を操っているからひょっとして……なんて期待したのだが無駄だったようだ。


 それにしても、この森であれだけのことができるってのはどんな絡繰りがあるんだ?


 やはり魔方陣に秘密があるのか?


 いや、その前にもニジュークがニジューナナを魔法で守っていた。杖の補助を受けていたようだがたぶんあれは防御系の魔法を使っていたに違いない。


「……」


 何かが変だ。


 だが、その「何か」がわからなかった。


 しかし、ゆっくり答えを探している暇はない。


 亀が六角形を俺に飛ばしてきた。


 黒い光線の攻撃も継続していてどちらも避けなければならない俺としては忙しいことこの上ない。


 本当にマジックパンチとサウザンドナックルを使えたらどんなに楽だったことか。


 ちなみに亀の硬さのせいでマジックパンチとサウザンドナックルが効かない、なんていう最悪の展開は考えていません。ありそうだけどそこまで考えるのは……ねぇ。


「……」


 俺はふと思いつき銀玉を収納に戻した。


 そして、収納の中にある別のものを調べてみる。


「……」


 うん、いけそう。


 てことで発射。


 俺がそう念じると収納から膨大な量の魔力を持った黒い光の球が現れた。


 闇の精霊王リアが魅惑の悪魔コサックに放とうとした力だ。


 漆黒の黒に彩られた滅びの魔力の塊。バチバチとスパークする黒い放電がすげぇ禍々しい。


 なお、収納した全量では出していません。そんなことしたらここ一帯に被害が及ぶどころじゃ住まないだろうしね。


 しかしまあ、リアさんはこれのフルパワーでコサックを攻撃しようとしたのか。とんでもない精霊王だな。


 あれ、俺が収納できていなかったら大惨事になるところだったぞ。


 黒い光球がバチバチとスパークしながら亀へと飛んでいく。


 着弾までそれほど時間はかからなかった。的も大きいから当然外したりはしない。


 上空で轟く爆音。真っ黒な光に亀が吸い込まれながら四散していく。


 おおっ、一撃か。やっぱすげーな。


 そう思った次の瞬間、俺は意識を失った。



 **



 暗闇の中で誰かの声が響いていた。



『ジェイクリーナス』

『ジェイクリーナス』

『ジェイクリーナス』



 懐かしい名前と言うべきなのだろうか。


 古い記憶が呼び起こされる。



『ジェイクリーナス』

『ジェイクリーナス』

『ジェイクリーナス』



 その名で呼ばれるのはいつぶりだろう。


 ずっと昔に捨てた名前。


 忌まわしい記憶とともに心の奥底に封じた名前。



『ジェイクリーナス』

『ジェイクリーナス』

『ジェイクリーナス』



 声の主は誰だろう。


 やけにくぐもった声は男のものとも女のものとも言えず本当に人の声なのかも怪しくなる。


 けれど恐らくは俺の知っている相手、そんな気がした。



『ジェイクリーナス』

『ジェイ……クリーナス』

『ジェイ……』



 俺を呼ぶ声が変容し、暗闇だった世界に光が差し込んでくる。


 あちらからもこちらからも幾筋の光が闇を切り裂き、暗闇だけだった世界に彩りを添えていく。


 そこは瓦礫の広がる世界。


 いや、俺が以前に暮らしていた村だった場所。


 煙と焦げ臭さがあたりに漂っている。


 フレイムジャイアントが蹂躙し尽くしたことを示すように何もかもが燃やされ破壊されてしまっている。


 俺の中にいる「それ」が囁いた。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 両拳を包む黒い光のグローブ。


 身体に満ちていく熱は魔力のせいかそれとも怒りか。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 嘲笑うかのように別の声が俺を煽る。



『そうだ、怒りたまえ』

『そして、その身に精霊を宿すのだ』


『ジェイクリーナス』

『我が最強の魔法戦士ッ!』



 あいつの姿が空間に滲み出るように現れる。


 燃えるような赤髪の痩せた男。


 右目に片眼鏡をつけ、美しい顔を自信と狂気に歪めている。


 バロック・バレー。


 自称、天才魔導師。


 バロックが陰湿な笑みを浮かべて右手を振る。


 奴の周囲に吹き出す炎。その炎から生まれる炎の巨人。


 巨人が吠えただけであたり一面が炎熱の海に沈む。全てが炎に焼かれ、後には何も残らない。



『ジェイクリーナス』

『さぁ、戦いたまえ』

『その力を示すのだ』

『最強を示したまえ』

『お前の存在はそのためにある』



 これは現実ではない。


 俺にもそのくらいわかる。


 その証拠にあの人たちの亡骸がない。


 俺を庇って炎に焼き殺されたあの人たちはどこだ。


 あいつなんかどうでもいい。


 フレイムジャイアントもどうでもいい。


 最強の魔法戦士? そんなの知るか。


 そんなもののためにあの人たちの命が奪われるだなんておかしいだろ。


 ふざけんなッ!


 俺の怒りに呼応して「それ」が囁く。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 拳を包む黒い光のグローブが波打ち肥大化する。


 黒い光がグローブの形を失い俺の身体を侵しだした。


 狂ったように「それ」が喚く。


 怒れ!


 怒れ!


 怒れ!


 左右の拳に浮かぶ黒い宝石。


 ちかちかと点滅を繰り返し何事かを訴えてくる。


 だが、俺にはその意味がわからない。


 心に浸蝕していく黒い感情。


 上昇する体温。


 怒れ!


 怒れ!


 怒れ!


 ギュッと拳を握り直す。


 とめどなく沸き上がってくるのは衝動。


 ぶちのめす。


 高笑いするあいつをぶん殴ろうと俺は一歩前に踏み出す。


 瞬間、足下から吹き出す炎。


 熱いはずなのに、焼けているはずなのに何も感じないのはこれが現実ではないからだろうか。


 それとも、俺の中に宿る「それ」のお陰か。


 あいつ……バロック・バレーが嘲るように俺を指差す。



『お前は最強の魔法戦士。そうなるべくして生まれた存在』

『さあ、力を示したまえ』



 沢山の炎があいつのまわりに噴出しフレイムジャイアントへと姿を変える。


 それだけでこれが現実ではないと俺に認識させる。


 だが。


 俺の中の「それ」は喚き続ける。


 怒れ!


 怒れ!


 怒れ!


 俺を突き動かすものは紛れもなく「ぶちのめしたい」という衝動。


 怒りの精霊が俺の魔力を喰らい、魂を喰らい、狂戦士へと変えようとする。


 向かってくるフレイムジャイアントたち。


 俺は拳を構え……。


 あいつが嗤った。



『そうだ、それでいい。化け物のお前は最強の魔法戦士として戦うのだ』

『さあ、存分にその力を示すがいい』



 あいつの高笑いが木霊する。


 俺の中の「それ」とあいつの声が反響してうるさい。


 俺は拳を振るった。


 その一撃で、その拳圧で全てのフレイムジャイアントを消し去る。


 あいつと「それ」の声は止まない。


 俺は化け物なのか。


 この力は戦うためにあるのか。


 俺は何故戦うのだ。


 あいつ、バロックが片眼鏡をくいっと上げる。


 もう片方の目が細まった。内面の狂気を隠そうともしない禍々しさであいつは嗤った。



『そうだ、この化け物め』

『お前は最強の魔法戦士』

『私のために戦うのだ』



 明滅。


 世界が切り替わるように変化し、一人のドレス姿の少女が俺の目の前に現れる。


 ブロンドの可愛らしい少女。


 俺と出会った頃の、五歳の時のお嬢様。


 シスターエミリアではない、公爵家令嬢のミリアリア・ライドナウ。


 俺を見上げている。


 拳どころか肩まで真っ黒な光に包まれた俺を怯えることなく見上げている。


 彼女は俺の拳に手を伸ばし、そっとその小さな両手で包むと告げた。


「あなたは化け物なんかじゃありません」


 その声が妙にはっきりと聞こえた。


「あなたは人間です。ジェイ・ハミルトン」


 彼女の声に反応するように黒い光が消えていく。


 肩から肘に、肘から拳へと黒い光が縮むように消えていく。


 これは夢だ。


 俺はもうはっきりとそれを理解している。


 しかし、お嬢様が俺の心を救ってくれたのは間違いなく事実なのだ。


「ところで」


 と、お嬢様は俺から両手を離すとドレスの袖口から一体の人形を取り出した。


 青色のワンピースを着た濃い緑色の長い髪の人形だ。表情がどこか虚ろなのが何となく不気味である。


「これ、毎晩髪の毛が少しずつ伸びるんです。幽霊に取り憑かれているのかなぁって思ったんですけど違ったんですよねぇ」


 ……うん?


 何これ?


 お嬢様が楽しそうに説明する。


 その姿がぼんやりと変化し、十七歳のシスターエミリアとなる。


「これ実は植物の精霊が憑いているみたいなんです。わかります? この人形、グレートトレントの枝を彫って作った物なんです。ほら、グレートトレントの素材って精霊との親和性が凄く高いじゃないですか。だから精霊が憑いたり精霊の影響を受けたりしやすいんですよね。そのせいで害になるケースもあるみたいなんですけどこれの場合は単に植物の精霊のせいで少しずつ髪の毛が伸びるというかその髪自体が精霊の一部のようでして……あ、これを応用して何か作れたら楽しいですよね。ジェイもそう思いません?」


 ……お嬢様。


 何だか五歳の時とは別人みたいですけど。


 中身、同一人物ですよね?


 あ、あれ?


 そ、そうだ。これは夢だった。


 そうそう、夢なんだよ。


 てか、さっき何気に袖口から人形を出していたよな。


 ええっと、あれは収納?


 それともドレスの袖口に仕込んだマジックバッグ?


 あーはいはい、どうせ夢なんだよ。。


 細かいこと気にしてどうする俺。


「ジェイ」


 俺が考え込んでいるとお嬢様が言った。


「私が(ピーッと雑音が入る)になってもあなたはそれでも私を守ってくれますか?」


 え?


 雑音があったせいでお嬢様の言葉をちゃんと聞き取れなかった。


 私が何になっても?


 私がおばあさんになっても、とか?


 いやいや、たとえ幾つになってもお嬢様はおばあさんにならないから。いつまでも可愛いお嬢様のままだから。


 よし、ファミマに頼んでお嬢様を不老不死にしてもらおう。


 永久保存してもらわないと。あの可愛さは世界の至宝だからな。


 とか思っていたらお嬢様が後ろを向いた。


「……ジェイ」


 お嬢様がぼそぼそと何かを呟いてから俺の名を呼んだ。


「私のこと守ってくれますよね」


 もちろんです。


 俺がそう答えようとした時、彼女は振り返った。


 その姿が片眼鏡の男に変じる。


「守ってくれるよな、ジェイクリーナス」


 ぎゃあ!


 俺は反射的にそいつをぶん殴った。



 **



「う……ん」


 俺が目を醒ますと右頬に猫パンチを食らっていた。


 黒猫にかなり手加減されていたからか、それとも俺が眠っていたからか痛みはほとんどない。


「ニャ」


 ぼんやりと黒い毛並みを眺めていると黒猫が少し呆れたように鳴いて前足を引っ込めた。


 ゆらりと尻尾を揺らして黒猫が視界から消える。


 どうやらベッドから降りたらしい。


 何かにぶつかってから遠ざかっていく黒猫の足音を聞きながら俺は首だけを動かしてあたりを見回した。


 ここはどこかの一室らしく俺の寝ているベッドの他に小さなテーブルと椅子しかない。


 窓は俺の寝ている側にあり反対側に半開きのドアがあった。部屋は全体的に簡素な造りだ。


 天井には丸い光の球が浮かんでいた。窓の外は夜だというのにまるで昼間の太陽のように明るい。


 魔法による光ではない。


 あれは……そう、魔道具だ。


 どたどたと駆け足が近づいてくる。


 慌ただしくドアを開けて入室してきたのはギロックだった。


 チョーカーの色からニジュウだとわかる。


「ジェイ、目が醒めた?」

「ニャ」


 黒猫が「目を醒ましたからお前を呼んだんだろうに」と言いたげに鳴く。呆れが態度に出てるぞ。


 とてとてとニジュウが俺に寄ってきて身を乗り出した。ふわりとミルクのような匂いがする。いやこれはお菓子の匂いか?


 そういやこいつ口のまわりに食べカスがついてるぞ。食ってたな?


 まあ今はそれをつっこんでいる場合じゃない。


 俺はゆっくりと半身を起こした。


 見上げてくるニジュウに尋ねる。


「俺、いつから寝てた?」

「一昨日から。天使様(ファミマのこと)が命に別状はないって言ってた。でも心配した」

「そうか」


 ぽん、と右手をニジュウの頭に置いた。


「心配してくれてありがとうな」

「えへへー」


 ふにゃりとニジュウが嗤う。だらしない顔だ。食べカスを口のまわりに残しているからか残念感が酷い。


 黒猫がフンッと鼻を鳴らした。


 ぱしんぱしんと尻尾で床を叩いている。


 その音に呼ばれたからではないだろうがすうっと空間からファミマが現れた。


 少し遅れてドアを壊さんばかりの勢いでジュークが部屋に飛び込んでくる。


「……」

「えへへー」

「ええっと」

「ニジュウ、ずるい」

「ニャア」


 俺、ニジュウ、ファミマ、ジューク、そして黒猫。


 室内に微妙な空気が漂う。つーか、ちょい気まずい?


 ファミマがコホンと咳払いした。


「あ、あれだね。うん、わかってたけど無事で何よりだよっ」

「お、おう」


 俺はニジュウの頭から手を離した。何となく手をひらひらと振りたくなるが止める。


 ジュークが突進して俺とニジュウの間に割り込もうとした。ムキになっている顔が可愛い。


 ……いや、俺はロリコンじゃないぞ。


「ニジュウばっかりずるい。ジュークも」

「ジューク、遅れて来たのが悪い」


 押し退けられそうなニジュウは迷惑そうだ。


「ジューク、夕飯作ってた。炒め物」

「アカニガカラシの匂い、そのせい?」

「たっぷり使う、美味しい♪」

「ジューク、本当に酷い奴」

「料理するのジューク。嫌なら自分で料理しろ」

「料理、面倒。ニジュウ、食べるの専門」


 ぎゃあぎゃあと言い争うギロックたち。


 ファミマは苦笑い。


 黒猫はやれやれとため息をついているし……て、人間みたいだな。


 まあいいや。


 俺はギロックたちを無視してファミマに訊いた。


「宙ボス……あのでかい亀は倒せたんだよな?」

「あ、うん」


 ファミマがうなずいた。


「粉微塵どころか消滅レベルで滅んじゃったよ。あれじゃ倒せても素材なんか取れないね。アッザムタートルなんてすごーくレアな素材が獲得できるはずなのに」

「……」


 あ、あれ?


 ひょっとして俺、勿体ないことした?


 でも、あんなの放置していたら素材どころじゃなくなったかもしれないし。


 はあっと深く嘆息してからファミマが言った。


「そりゃバトルな訳だし僕ちゃんがどうこういうのは筋違いかもだけどさ。なーんでリアの滅びの玉を撃っちゃうかなぁ」

「殴っても効かなかったしな。それにマジックパンチもハンドレッドナックルも使えなくなっていたし」

「それであれ? もっと他の攻撃手段とかなかったの?」

「ベストな選択だと思ったんだが」

「はぁ……」


 またも嘆息。何故だ。


「いや、もういいけど。お陰でアッザムタートルも撃破したんだしね。ただ、そのせいでリアが調整食らったんだけど」

「リアさんが?」


 確かにあの攻撃はリアさんの力を使ったようなものだが。


 それでリアさんが調整?


 具体的に「調整」が何なのかはわからないがえらい目に遭いそうだな。気の毒に……て、自業自得感がハンパないが。


 まあ、あの黒い光球はかなりやばい威力だ、ということで。


「威力もだけどあの一発で付近一帯消滅しちゃうからね。フルパワーだったら世界が終わってた。そのくらいやばいんだよ」


 ファミマが中空に光球を生み出した。さして長持ちもせず光球が消えて光の残滓が淡く残り、やがてそれも消える。


「あーうまくいかないや。僕ちゃん、やっぱり攻撃系は苦手だなぁ」

「……」


 精霊王にも得手不得手はあるのか?


 割と何でもアリな気もするが。特にリアさんとか。


 ファミマが俺に向いた。


「あの力は封印扱いで頼むね。それを厳命するって条件で僕ちゃん今回の宙ボス戦のアナウンスを遅らせることができたんだから。だって眠ってる間に結果報告なんて嫌でしょ?」


 てことで、とファミマが一拍置いて言った。


「宙ボスバトルの結果報告よろしくっ」


 ファミマの呼びかけに応じるように天の声が響いた。



『お知らせします』


『魔力吸いの大森林・旧木こりの集落エリアにて中ボス「アッザムタートル」がジェイ・ハミルトンによって撃破されました』


『なお、この情報は一部秘匿されます』



「……」


 天の声による結果報告がまだあるかと待っていたが続きはなかった。


 ギロックたちが不満を零す。


「ええっ、ジェイ頑張ったのにそれだけ?」


 ジューク。


「ご褒美は??」


 ニジュウ。


 ふっ、と黒猫が小馬鹿にするように笑った。尻尾がゆらりと揺れる。


「ニャ」

「……」


 こいつ、俺に「大物倒したのにくたびれ儲けでやんの」とか思ったな。


 とんでもない黒猫だな。


「あーうん、ところでさ」


 ファミマ。


 ぽりぽりと頬をかきながら。


「僕ちゃんたち精霊王ってさ、女神様ほどじゃないけどこの世界を管理する資格を持っているんだ」

「資格?」


 俺がそう返すとファミマはうなずいた。


「正確には管理じゃなくて管理補佐の資格だけどね。上位権限は管理者である女神様が握っているんだ。いわゆるルールで僕ちゃんとかの行動を制限できるのはそのせい」

「……」


 なるほど。


 でもその割にはリアさんとかはルールを無視してなかったか?


 ネンチャーク男爵(悪魔ジルバ)とやり合ったときとか結構やらかしていたぞ。


「まあ、ね。リアみたいに無茶する奴もいるけどさ。ロッテも割と好き勝手やってるし。そのあたりは個人差もあるんだよ。僕ちゃんのように真面目な精霊もいるけどね」


 フフンとファミマが胸を張った。両手は腰だ。何か偉そうでムカつく。


「それで」


 と俺。


「何故そんな話を?」

「ちょっと厄介なことになっていてね」


 ファミマが腕を組んで顔をしかめた。


「アッザムタートルと戦う前に襲ってきたギロックたちがいたでしょ。言ったと思うけどあの子たちはあれで生後一ヶ月くらいなんだ。詳しいやり方は教えられないけど無理矢理成長速度を速めた結果があれな訳」


 俺は相槌の代わりに首肯する。


 ギロックたちが騒いだ。


「あれずるい。ジュークもおっきくなりたい」

「妹の癖にニジュウより大きいなんて納得いかない」

「マム、ジュークたちの成長止めた」

「ニジュウ、いつまでもお子様。実験成功していても嬉しくない」

「……」


 ん?


 俺は自分の耳を疑った。


 こいつら実年齢で五歳とか六歳とかじゃないのか?


 えっと。


 じゃあ、こいつら何歳?


「なあ」


 俺は恐る恐る訊いてみた。


「お前ら今幾つなんだ?」

「ほえ?」


 ニジュウが阿呆面でこちらを見る。


 ジュークがベッドから離れた。


 丁寧にポーズをとり、淑女の挨拶をしてくる……て、そんなのどこで覚えた?


「ジューク、十五歳」


 慌ててニジュウも横に並んだ。


「ニジュウも十五歳。もう大人」


 なお、アルガーダ王国の規定では十五歳から成人とされている。


 ただ、農村などでは七歳くらいから大人扱いされて農作業などの仕事を与えられているし貴族とかだと二十歳になっても子供扱いされて自由気ままに遊んでいたりする。まあ後者はもれなく駄目貴族になるが。


 一応貴族なら大人の仲間入りを示すためのセレモニーというかデビュタントがあるのだがそれでも馬鹿な親によって甘やかされて実質子供な大人になる子息は後を絶たない。


 ああ、嫌だな。


 俺は数人のお貴族様を頭に浮かべてしまいげんなりした。全員が何かしらやらかしているであろうことは容易に想像がつく。


 全員どっかで野垂れ死にしたらいいのに。


 ……じゃなくて!


 いかん、あまりのことに現実逃避しちゃったよ。


「お、お前ら十五歳なのか?」


 信じたくない気持ちが勝って俺は質問してしまう。


 答えたのはファミマだった。


「そうだよ。この子たちは二人とも十五歳。可哀想にマリコーのせいで成長を止められてしまったんだ」



 **



「以前からマリコーには注意してたんだ」


 場を変えて現在食事中。


 テーブルを囲んで俺とファミマ、ジュークとニジュウが座っている。黒猫は床だ。


 俺の隣の席に座りたがったギロックたちがちょい争ったりしたがそれは割愛。最終的にファミマが俺の隣になることで落ち着きました。


 黒猫がテーブルの上に陣取ろうとしたのは四人がかりで阻止。


 いや、一柱と三人と言うべきか?


 大皿に盛られた謎肉と野草の炒め物から美味そうな匂いが漂っている。もちろん豆のスープとコメと呼ばれる穀物を調理した物も並んでいるが、大皿の肉料理から匂う香辛料の強烈さの前ではどうしても存在感が薄れてしまっている。


 それにしてもこの匂いは凄いな。ちょっと嗅いだだけで食欲を刺激しまくっているぞ。


 まあ、ニジュウだけはめっちゃ嫌そうな顔をしているが。


 ファミマが言葉を接いだ。


「人には手を出してはいけない領分があるんだよ。生命を悪戯に翫ぶのもその一つだ。そして、マリコーのしている実験も生命を玩具にしている。絶対に見過ごせないよね」

「そうだそうだ」

「天使様、もっと言ったレ」


 見た目お子様のギロックたちが囃し立てる。


 気を良くしたのかファミマが鷹揚にうなずいた。


「実験の名の下に村を襲って村人の血液を採取しまくったり、旅人を騙してラボに連れ込んで解剖しまくったり、魔物を狩りまくって魔石を集めまくったり……とにかくマリコーは限度なしにやりたい放題なんだ。そのせいでどれだけの生命が失われたことか。ああっもうっ、思い出しただけでも腹が立つッ!」

「マム、それ全部ジューニたちにやらせてた」

「マム、基本自分の手は汚さない」

「……」


 ふむ。


 俺はジュークたちを見た。


 ジューニというのはジュークとニジュウの姉になるのだろう。ちゃんと聞いてはいないが生まれた順に名前(番号)を付けたのは容易に想像できる。


 それはそれとして、マリコーは何を目的に実験しまくっているんだ?


 訊いてみた。


「なぁ、マリコーは何のために実験しているんだ?」

「あれは無目的だね」

「マム、実験したいからやってるだけ」

「マム、実験したい病患者。しかも治らない確率1000%」


 ファミマ、ジューク、ニジュウ。


 つーかニジュウ、治らない確率1000%ってそれもう駄目だろ。


 ……じゃなくて。


「おいおい、そんな目的もないのに実験しまくってるなんてどこのマッドサイエンティストだよ。てか、俺が思うにマッドサイエンティストだって普通は何かしらの目的があって実験しているはずだぞ」


 ちなみにマッドサイエンティストという言葉もお嬢様から教わりました。


 うん、あの当時のお嬢様もプチマッドサイエンティストだったね。まあ可愛いから無問題だけど。


「うーん」


 ファミマが目を瞑りながら腕組みした。


「本当に目的もなく実験しているようにしか見えないんだよねぇ。強いて言えば自分が楽しむためかな。何にしてもかなり出鱈目だよ彼女は」

「俺たちがあの四人と戦っていた時も実験していたな。遠隔でこちらの様子を見聞きしていたぞ。詳しいやり方は皆目見当もつかんが」


 あのアッザムタートルの召喚も実験だったようだし。


 となると、生命関連以外でも実験してるってことか。


 そういや、万能銃で広範囲殲滅魔法(ニュークリアブラスト)を撃とうとしてたんだよな。失敗したみたいだけど。


 それで手榴弾にしたんだっけ?


 ああ、黒猫が防いだニジュークの手榴弾って安全ピンを抜かないタイプだったな。あれって実験しつつ改良したとかかな?


 ていうか、本当にいろんなこと実験していそうだなぁ。


「マムの実験でジュークとニジュウの無限袋出来た」


 ジュークが腰の小袋を持ち上げた。見た目はただの革袋だ。


「あと照明の光球とかも実験の成果」

「家を出る時に結構パクった」


 ジュークとニジュウがいろいろと魔道具をテーブルの上に積み上げていく。


 おいおい、まだ食ってる最中なんだから余計な物広げるなよ。


 魔道具の山から一つ手に取るとファミマがため息をついた。


 円筒形の黒光りする棒である。ぼんやりと薄青い文様が現れたり消えたりしている。


「あちゃあ、これ女神様がバランスクラッシャーって言ってた奴だよ。なーんでこんなのまで持ち出しちゃうかなぁ」

「バランスクラッシャー?」


 めっちゃ不穏である。


「うん、これジェイの拳くらいの大きさだけどアルガーダ王国どころかこの世界の半分を焦土に変えちゃう代物だよ。」

「はぁ?」


 思わず声が頓狂になった。


 ファミマが問答無用で自分の収納に棒を仕舞った。どうやら没収らしい。


「マリコーが世界征服とか始めないのがせめてもの救いだよ。彼女がその気になったら一日で達成しかねないからね」

「……」


 マジか。


 いや、確かにちっちゃい棒一本で世界の半分を焦土にできるのなら世界征服なんて楽勝か。


 とんでもないな。


「マム、世界征服なんかしない」


 ジューク。


「そんなことする暇あったら実験してる」


 ニジュウ。


 うんうんとファミマがうなずいた。


「だよねー。それにマリコーなら世界征服のために動くというより実験した結果世界を征服しちゃってたって方がありそうだし」

「……」


 何それ怖い。


 俺たちが話しに夢中になっていたからかいつの間にか黒猫がテーブルの天板に上がっていた。


 ピンと尻尾を立てながら謎肉の炒め物の大皿に頭を突っ込んでいる。


「わぁ、ダニーさん止めて止めてッ!」


 ジュークが気づいて黒猫を大皿から引き離した。


 口のまわりどころか頭をベトベトにした黒猫が不満げに「ウニャア」と鳴く。


 つーかこいつ肉ばっかり食いやがった。どうせなら野菜も食え。


「ああ、これじゃニジュウの分はない」


 何だかニジュウは嬉しそうだ。


 そんなニジュウの取り皿にジュークがまだ手を付けていない自分の分から分ける。


 これほぼ意地悪だね。だってほら、半笑いだし。


「ニジュウ嬉しい? ジュークのおかず半分あげた」

「嬉しくない。これ色が真っ赤。絶対辛い」

「人の好意、無碍にしたら駄目」

「これ好意違う。ジューク、マムより悪質」

「それ言い過ぎ。ジューク、あんなのと一緒にされたくない」

「じゃあこれ食べて」


 と、ニジュウが問題の皿をジュークに差し出した。


 真っ赤な炒め物をしばし見つめ、仕方ないといったふうにジュークが受け取り自分の前に置く。


 黒猫が「ニャア」と鳴いた。


 すっげぇ呆れた声だ。


 炒め物をパスしたニジュウが豆のスープをスプーンでかき混ぜる。


「もういい。食後にジェイのおやつ貰う」

「はぁ?」


 そんな約束した憶えはないぞ。


「おい、俺はいつお前におやつをやるなんて言った?」

「言ってない」


 ニジュウ。


「でもニジュウがお腹空いてたら可哀想。違う?」

「いやここでちゃんと食べれば済む話しだろうに」

「えー、ニジュウ辛いの苦手」

「……」


 子供かっ。


 あーうん、外見は子供なんだよな。中身は十五歳だけど。


 てことは大人か(アルガーダ王国では十五歳で成人扱い)。


 わぁ、めんどい。


 マリコーの実験のせいでこっちもプチ被害だよ。


「わぁ、ニジュウおやつ貰えるんだ。いいなぁ」


 ファミマがさり気なく自分の取り皿をジュークの前に移動させた。


 こいつも辛いの苦手かよ。


 パンを千切ってスープに浸しながら物欲しそうな視線を俺に投げてくる。


「いいなー、ニジュウだけずるいなぁ、僕ちゃん精霊王なのにおやつ貰えなくて可哀想だなぁ」

「……」


 わぁ、マジで面倒くせぇ。


「わかった。ファミマにもやるから。けど、食事はちゃんと摂ろうな」

「えっ、いいの? やったあ」


 ファミマがそう喜んでからスープを浸したパンをパクリ。


 じっとりとした視線が二方向から俺に放たれる。


 ジュークと黒猫だ。


 てか、ジュークはともかく黒猫もかよ。


 猫の癖におやつなんて欲しがるなよなぁ……て、こいつ既にウマイボー食ってたんだった。さては味を憶えやがったな。


 やれやれだぜ、と肩をすくめていると天の声が聞こえてきた。



『お知らせします』


『ノーゼアエリア・旧領主館において「悪魔ブレイク」が勇者シュナにソロ討伐されました』

『なお、この情報は一部秘匿されます』



「……」

「おおっ、悪魔討伐」

「勇者、格好良いっ」

「これまたロッテ絡みかなぁ」

「ニャア」


 俺、ジューク、ニジュウ、ファミマ、そして黒猫。


 えっと、あれだ。


 俺とイアナ嬢がいない方がシュナにとっていいんじゃないか? 大活躍のようだし。


 あとロッテは何をしているのやら。


 あんまり無茶なことしていると調整とやらが待ってるぞ。


 などと考えているとまた天の声がした。



『お知らせします』


『魔力吸いの大森林エリア・奇跡の一本ギスギスギ付近において「一角獣ショジョスキーホース」が次代の聖女イアナ・グランデにソロ討伐されました』

『なお、この情報は一部秘匿されます』



「……」

「おおっ、またソロ討伐」

「今度は次代の聖女……痺れるっ、憧れるっ!」

「こっちはラキアさん絡みかぁ。皆自由すぎて僕ちゃん反応に困るよぉ」

「ニャ」


 俺、ジューク、ニジュウ、ファミマ、そして黒猫。


 あれか、俺のパーティーって実はソロ活動の方が向いているんじゃないか?


 じゃなくて!


 ちょい待て、ファミマの奴今何て言った?


 ラキア……ラキアだと?


「おい、ラキアってまさかあの……」


 俺が立ち上がってファミマに詰問しようとした時、またまた天の声が聞こえてきた。

 

 

 


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