04 歓談は果てず
「ドラゴンくんたちが合流するまで、あと二、三十分ってところかなぁ。次はなんのお話をしよっか?」
咲弥がそのように呼びかけると、ケイが「まだしゃべるのかよ!」とわめきたてた。
「だって、せっかくのチャンスだしさぁ。それとも、何かして遊ぶ?」
「うむ……しかし、あまりに力を使っては、さきほどの食事で満たされた分もすぐさま消耗してしまおうな……」
「じゃ、トランプでもしよっかぁ。みんなでどうぞって、陽菜ちゃんが預けてくれたんだよぉ」
これから梅雨に突入するため、陽菜がそんな配慮をしてくれたのだ。以前も雨の日に、こちらのトランプは活用されていた。
ただしケルベロスはカードを持つことも難しいため、プレイできるゲームはごく限られる。以前に好評であったのは、神経衰弱であった。
「あ、そうそう。前にこれで遊んだとき、ルウくんがどうして『神経衰弱』なんていう愉快な名前なのかって不思議がってたよねぇ。あのあと家で、ちょちょいと調べてみたんだぁ」
食器を片付けたレジャーシートの上に伏せたカードを配置しながら、咲弥はそのように告げた。
「そうしたら、目当てのカードを当てるのに集中して、神経がすりへるような緊張が生まれるからっていう説が濃厚みたいだよぉ」
「へん。こんなお遊びで、誰がそこまで真剣になるってんだよ」
などと言いながら、こういった勝負事にもっとも熱中するのはケイである。その黒い瞳は、早くも期待にきらめいていた。
「あ、ギューちゃんはどうだろうねぇ。さすがにルールを理解するのは難しいかなぁ?」
「さて。それは推測も難しいところです」
とりあえず、ギューは興味深そうに卓上のトランプを眺めている。このひと月弱でフリスビーやモルックなどはさんざん楽しんできたので、好奇心は刺激されている様子であった。
「まずは、お手本を見せますかぁ。ではでは、じゃんけん、ぽん」
普通の狼であればジャンケンを行うのも難しいところであろうが、ケルベロスたちはモフモフの指先を握ったり開いたりすることができる。二本の指をぐっとのばして無理やりチョキの形を作るさまなどは、なかなかの愛くるしさであった。
「じゃ、勝ったベエくんから左回りってことにしよぉ。……それにしても、心はひとつなのにジャンケンはできるんだねぇ」
「はい。心根はひとつでも、意識は別々ですので」
咲弥とルウが語る中、ベエは鋭い爪をひっかけて二枚のカードを裏返した。
最初の一手は勘だのみであるため、やはり外れだ。ベエは同じ要領で、カードを元に戻した。
そうして四名が一巡しても、当たりは出ない。
そして、ギューがそわそわと身を揺すり始めた。
「お、ギューちゃんも参加したそうだねぇ。でも、カードをひっくり返せるかなぁ?」
ギューのちんまりとした腕は、自分の口先に届かないぐらい短いのだ。
すると、ギューは長い尻尾をにゅるりとのばして、その先端をカードにひっかけて裏返した。
「おー、上手い上手い。ギューちゃんは器用だねぇ」
ギューは嬉しそうに「ぎゅう」と応じながら、二枚のカードを裏に戻した。
一巡して、ベエの手番である。しかしそこでも、当たりは出なかった。
次のケイも外れたが、三番手のルウが見覚えのあるエースを引き当てる。最初の手番で、ルウ自身が引き当てた数字だ。ルウは素晴らしい記憶力を発揮して、見事に二枚のエースを獲得した。
お次は、咲弥の順番である。
無作為に一枚を裏返すと、これまた見覚えのあるジャックだ。
咲弥は記憶を掘り起こしつつ、別の言葉を口にした。
「……それでサンドウォームとの死闘を終えたケルベロスくんは、このお山に逃げのびたわけだねぇ」
「けっきょくしゃべるのかよ!」
「ぬっふっふ。相手の集中を乱す高等テクニックと思ってもよろしくてよ?」
そんな風に語りながら、咲弥はジャックを獲得した。
お次はギューの手番だが、もちろんそちらは大外れだ。ただみんなと同じ行為に及んでいるだけで、ギューは楽しそうだった。
「しかし……この山に辿り着いてからのことは、サクヤもわきまえていよう……? これ以上、語る話はないのではなかろうか……?」
一枚目のカードをひっくり返し、それと合致するカードを探し求めながら、ベエはそのようにつぶやいた。
「であれば……次は、サクヤが語るがよかろう……?」
「えー? あたしなんて、キャンプだけが生き甲斐のつつましい人生だからなぁ。なぁんも面白いことはないと思うよぉ?」
「しかしそれはこの身にとって、異界における生活であるのだ……どのような話であっても、退屈することはないように思う……」
そんな風に語りながら、ベエも札を的中させた。
そしてケイがプレイに励んでいる間に、今度はルウが発言する。
「サクヤ殿は幼き時代から、こちらの山に通っていたのだと聞いています。それは、どれほどの昔であるのでしょう?」
「あたしが初めてお山に踏み入ったのは十歳の頃だから、今から十二年前だねぇ。あたしはそのときに、初めてじっちゃんに会ったんだよぉ」
「初めて? 祖父というのは人間族にとって、近しい血族なのでしょう?」
「うん。うちの母親が田舎出身ってことにコンプレックスを持ってて、じっちゃんや故郷のことを隠してたんだよぉ。だから、十歳になるまでじっちゃんがいることも知らなかったのさぁ」
「なるほど。血族といえども親愛の念を抱くばかりでないということは、私もワーウルフと過ごす日々で思い知ることになりました」
クールな面持ちで語りつつ、ルウもまた当たりを引き当てた。
「おー、こっちが集中を乱されちゃいそうだなぁ。……やっぱり、外れだぁ。はい、次はギューちゃんね」
「ぎゅう」
「それから、祖父君の家とこちらの山に通うことになったのですね。移り住んだのは、祖父君が亡くなられてからなのでしょう?」
「うん。十歳から二十歳までの十年間は、長い休みがあるたびに通いたおしてたよぉ。あたしにとって、人生最初の黄金期でございやす。……おー、ギューちゃん、当たりだねぇ」
「ぎゅうっ」
「そしてしばらくの間、山から離れることになったのですね。よほど多忙であられたのでしょうか?」
「うん。あたしの働いてた会社で、一番の苦労を背負ってた人が行方をくらましちゃってさぁ。それで会社が無茶苦茶になっちゃって、あたしも無茶な仕事を抱えることになったんだよぉ。一転して、人生の暗黒期でございやす」
「へん。だけどそっちは、戦もねー平和な世界だってんだろ?」
「うん。でも、海の外では戦争もしょっちゅうだし、あたしの国も完全な無関係ではなかったよぉ。まあ、あたしはそんなこととも関係ない仕事で、へたばってただけだけどさぁ」
「こちらとて、戦乱の場から離れても平穏な地などは存在しませんでした。人間族や魔族が生きる限り、何らかの苦難はつきまとうのでしょう。……この山は、限りなく平穏に近い地であるかと思われますが」
「うんうん。何か困ったことがあっても、みんながぱぱっと解決してくれるもんねぇ。ほんと、みんなには感謝してるよぉ」
「へん。そんな騒ぎが起きるのも、たいていは竜王が二つの世界をくっつけちまったせいだけどなー」
「しかし、世界が融合したことにより、サクヤ殿と相まみえる機会が得られたのです。サクヤ殿のもたらす幸いと比べれば、この地の苦難など無きに等しいでしょう」
「えへへ。そんなことないよぉ。二つの世界がくっつく前から、そっちのお山も平和だったんだろうしねぇ」
「ですが、スキュラとロキとユグドラシルの間に親交はありませんでした。竜王殿が祖父君と交流している期間も、それは同様であったのです」
「うむ……あれらの三名と竜王を深く結びつけたのは、サクヤの存在に他ならぬのであろう……」
「あとは、コメコ族もなー。ユグドラシルはともかくとして、ロキやスキュラがコメコ族とつるむなんざ、普通じゃ考えられねーだろ」
「それを言うなら、この身もです。というよりも、個体種の魔族同士が親交を結ぶなど、なかなか例のあることではないのですからね」
ルウは新たな手札を獲得してから、理知的な眼差しで咲弥を見つめてきた。
「すべてはサクヤ殿を中心として、我々の絆が結ばれたのです。それは竜王殿でも成し遂げられなかった、偉業であるかと思われます」
「へん。どいつもこいつも、そいつの呑気さに毒っ気を抜かれてるだけだろうけどなー」
「あはは。あたしの呑気さがお役に立ってるなら、何よりだよぉ。……おー、ギューちゃんはまた当たりだねぇ」
「ぎゅうっ」
「それでサクヤ殿は、祖父君が亡くなられたことを契機として、そちらの家に移り住んだということですね。ひとつ疑問があるのですが……どうして祖父君が存命の内に、移り住むことができなかったのでしょう?」
「そーそー。そんな真似ができるんなら、とっとと移り住めばよかったじゃねーか」
「うん。それには色々あるんだけど……じっちゃんが亡くなったときの家族の態度が、決定打になったんだよねぇ。じっちゃんのことを粗末に扱う人たちの中で生きていくことに、うんざりしちゃったんだよぉ」
咲弥は心を乱すことなく、そんな風に語ることができた。
「そんで、じっちゃんがこの山と家をあたしに遺してくれたからさぁ。家族とも会社とも縁を切って、引っ越してきたの。ほんとだったら、苗字も戻したかったところだなぁ」
「苗字とは、氏のことですね? サクヤ殿は、祖父君と氏が異なっているのですか?」
「うん。母親が別の家に嫁いだから、大津見っていうのはそっちの苗字なんだよぉ。じっちゃんの苗字は、諏訪っていうんだぁ」
「なるほど。我々は氏というものに関わりがありませんので、その重みを理解することも難しいのですが……サクヤ殿にとっては、小さからぬ話であるのでしょうね」
「うん。でも、そんなのは自分の心持ちひとつだからねぇ。じっちゃんだって、そんな話は気にしないだろうしさぁ。いつか辛抱たまらなくなったら、苗字の変え方を調べてみようかなって思ってるよぉ」
そこでまた、ギューが「ぎゅうっ」と声をあげた。ギューが三度目の当たりを引いたのだ。
「おやおや? これは偶然じゃなく、狙って当ててるみたいだねぇ」
「うむ……我々の行いを見て、遊戯の仕組みを理解したのであろうな……感性ばかりでなく、知性もずいぶん育っているのやもしれん……」
「それは何よりの話だねぇ。いつかギューちゃんとおしゃべりできる日を楽しみにしてるよぉ」
咲弥が頭を撫でてあげると、ギューは二枚のカードを引き寄せながら「ぎゅぎゅうっ」と瞳を輝かせた。
「ま、そんな感じでさぁ。じっちゃんとキャンプを楽しめなかったのは無念のきわみだけど、その代わりにみんなと出会えたからねぇ。おかげさまで、毎日ハッピーのきわみでございやす」
「へん。俺たちなんざ、オマケだろ」
「うむ……祖父と友誼を結んでいた竜王と、祖父の畑を託されたコメコ族の両名は、サクヤにとっても親愛なる相手なのであろうが……この身などは、偶然出会っただけの存在にすぎん……」
「だから、その偶然に感謝してるんだよぉ。あたしの熱い気持ちは伝わってるんじゃなかったっけぇ?」
咲弥が心を込めて笑いかけると、ケイはまたそっぽを向き、ベエはうつむいた。そして、ルウだけが粛然と一礼する。
「そもそもこの身が山に留まることを許されたのは、最初にサクヤ殿から温情を授かった結果となります。サクヤ殿に対する感謝の思いを忘れたことは、ひとときもございません」
「こっちこそ、ケルベロスくんには感謝いっぱいだよぉ。あたしがお山にいるときに来てくれて、どうもありがとうねぇ」
そうして咲弥が温かな心地を抱く中、ゲームは終了した。
その結果は――なんと、十二枚の札を獲得したギューが一位である。僅差で二位となったルウも、驚きに目を見張ることになった。
「ギューはまだまだ未熟な知性であるはずですが……記憶力や適応力に関しては、すでに熟しつつあるのかもしれません」
「うんうん。ギューちゃんはすごいねぇ」
咲弥がまた頭を撫でてあげると、ギューはとても誇らしそうに「ぎゅぎゅうっ」と鳴いた。
そのタイミングで、頭上のタープが頼りなく揺れる。期待を込めて横合いを振り返った咲弥は、期待通りの光景を目にすることになった。
「すっかり遅参してしまった。サクヤには、申し訳ない限りである」
ダンディな声で語るドラゴンの背中から、アトルとチコがぴょんっと跳び下りる。これまでの苦労を示すかのように、二人の髪や鼻の頭には土が付着していた。
「や、やくそくのこくげんにおくれてしまい、きょーしゅくのいたりなのです!」
「は、はいなのです! でもでも、サクヤさまとおあいできて、よろこびいっぱいいっぱいなのです」
「うむ。しかしサクヤも退屈している様子はないので、何よりである」
咲弥たちはレジャーシートで車座を作り、トランプのカードを囲んでいたのだ。
ドラゴンの優しい眼差しとダンディな声に心を満たされながら、咲弥は「うん」と笑顔を返した。
「ケルベロスくんとギューちゃんのおかげで、すっごく楽しかったよぉ。これでこの後はドラゴンくんたちともキャンプを楽しめるなんて、幸せすぎてバチが当たりそうだなぁ」
ドラゴンはやわらかく目を細め、アトルとチコは嬉しそうにもじもじとする。
そうしてケルベロスとギューとの五人で過ごす幸せな時間は、無事に終わりを迎えて――今度は八人で過ごす幸せな時間が開始されたのだった。
2026.1/15
今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。




