03 さらなる歓談
「それでケルベロスくんは、しばらく都で暮らしてたんだよねぇ?」
パスタの具材となるタマネギとキャベツを炒めながら、咲弥はなおも問いかけた。
生真面目なルウは面倒がるでもなく、「はい」と応じてくれる。
「生まれてしばらくは辺境区域を放浪していましたが、根無し草の生活にも飽きた折に中原の都に移り住みました。それはまた、竜王殿の布告に若干の好奇心を刺激されたためでもあります」
「おー、その頃にはもうドラゴンくんが王様だったんだぁ?」
「はい。時代としては、竜王殿の御世になってから三十年ていどが経過した頃でしょうか。すべての争いを禁ずるという竜王殿の布告が真実であれば、さまざまな種族が住まう中原も多少は平穏になっているかと期待したのですが……その期待は、あえなく潰えました」
「うーん。周りのみんなには、ドラゴンくんの気持ちが伝わらなかったっていう話だもんねぇ」
「はい。いずれの種族も自らの欲得ばかりを考えて、けっきょくは領土争いの絶えない日々でありました。恥ずかしながら、この身もその騒乱に加わってしまった次第です」
「……この身にとって、ワーウルフの一派は初めて相まみえた魔狼族であったからな……多少ばかりの仲間意識が芽生えたとしても、おかしなことはあるまい……」
ベエが鬱々と口をはさむと、ケイも「へん」と鼻を鳴らした。
「魔狼族なんてくくりは、狼の因子を持ってるかどうかの話なんだからなー。それだけで気が合ったら、世話はねーや」
「ふむふむ。ワーウルフのみなさんとは、あまり仲良くなれなかったの?」
「それでも、諍いを起こすほどではありませんでした。個体種としての力を持つこの身は大きな戦力でしたので、ワーウルフたちも歓迎してくれたのです。その中には、好ましく思える相手もいなくはありませんでした」
「ふん。腹の立つ相手も、同じぐらいいたけどなー」
「群体種というのはこれほどに個体差が大きいのかと、当時は驚かされたものです。そうしてしばらくは他なる種族と小競り合いを繰り返しつつも、それなりに平穏に過ごしておりました」
「にゃるほど。その間、ドラゴンくんとご対面する機会はなかったっていう話だったよねぇ?」
「はい。竜王殿は王城におられましたので、この身が足を運ぶ機会はありませんでした。ただ、竜王殿が出陣する姿を何度かお見かけしたぐらいとなります」
「出陣かぁ。ドラゴンくんはあんなに争いごとが嫌いなのに、どうしても武力を使うしかなかったっていう話だもんねぇ」
「ええ。それでも竜王殿は可能な限り、言葉で争いを諫めようと努めておられるようでしたが……大きな戦を食い止めるには、やはり武力を行使する他なかったのです」
「とりわけ大ごとであったのは……やはり聖王国ヴェイロムの、亜人族に対する侵攻であろうな……」
「ほうほう。冒険者のみなさんもそんなようなことを言ってた気がするけど、それってこの銀の食器の出どころだよねぇ」
熱の通ったタマネギとキャベツに鯖缶と『ほりこし』とオリーブオイルを投入しながら、咲弥は相槌を打つ。
鯖の焼ける匂いにすんすんと鼻を鳴らしつつ、ケイが「そーだよ」と応じた。
「ヴェイロムってのは、もともと人間族の領土で一番でっけー国だったんだけどなー。竜王の目を盗んで、亜人族の領土に攻め入ろうとしたんだよ」
「そちらはそちらでエルフやドワーフといった亜人族たちが果てなき領土争いを繰り広げていたのですが、大きな戦が終結してどの陣営も疲弊しきった頃合いを見計らい、ヴェイロムの軍勢が侵攻したのです。あれを放置しておけば、数多くの亜人族が滅亡の憂き目を見ていたことでしょう」
「うむ……しかし竜王は、数万から成るヴェイロムの軍をも無血で制圧した……否、少なからず血は流れたのであろうが、ひとりの死者も出さなかったのだ……それも竜王の比類なき力あってのことであろうな……」
ベエの言葉に、咲弥は「そっか」と安堵の息をついた。
「さすがはドラゴンくんだねぇ……ベエくん、ありがとう」
「へん。竜王が人間族を死なせる姿なんざ、おめーは想像したくもねーんだろうからなー」
「ぎゅう」
「えへへ。ギューちゃんも心配してくれて、ありがとう。あたしは大丈夫だよぉ。……それで、その後はどうなったのぉ?」
「はい。結果的に死者を出さなかったことで、竜王殿の比類なき力はより強烈に証明されることになりました。当時のヴェイロム王などは恐怖のあまりに、一夜で白髪に成り果てたそうです」
「で、国の宝だったその銀細工を差し出して、許しを願ったわけだなー」
「それでヴェイロムは国としての勢いを失い、衰退の一路を辿ったわけですが……残念ながら、乱世が終わることはありませんでした。人間族の最大勢力であったヴェイロムが力を落としたことで、魔族と亜人族が活気づいてしまったのです」
「うむ……なおかつ、人間族のほうでも力の均衡が崩れてしまい、数々の小国が領土争いに加わり始めた……それで領土を奪われたヒュドラの一派が、ワーウルフの領土に侵攻してきたのだ……」
「あー、それでケルベロスくんたちも、大忙しになっちゃったんだっけ?」
「おー。ヒュドラってのは個体種の蛇野郎で、手下の魔蛇族をぞろぞろ引き連れてやがったんだよ。こっちも本気でかからねーと、ただじゃすまなかったからなー」
「さらには人間族や亜人族の勢力も入り乱れて、中原に大きな戦乱が勃発いたしました。そうしてついには、ワーウルフの一派の中でも内乱が生じて……私は中原に留まる意義を見失ったのです」
「にゃるほどにゃるほど。いよいよ核心に迫ってきましたにゃあ」
咲弥は焼きあがった具材を大皿に移し、さらに茹であがったパスタもそちらに投入した。それらを入念に攪拌すれば、鯖缶パスタの完成である。
「お待たせしましたぁ。いま取り分けるから、お席のほうにどうぞぉ」
三名のケルベロスとギューは、いそいそとレジャーシートを取り囲む。咲弥は大皿のパスタを四等分にして、それぞれの皿に盛りつけた。ケルベロスたちは聖王国ヴェイロムから献上された銀の皿、ギューはゴーレムに錬成してもらった深皿だ。
「……サクヤは、食さないのであろうか……?」
「あたしは、味見分だけいただくよぉ。どうせこの後には、本格的なランチが待ってるんだしねぇ」
大皿に、ひと口分だけパスタを残しておいたのだ。ランチの本番はドラゴンたちを迎えた後だとしても、今この場の喜びも分かち合いたいと願ってのことであった。
「ではでは、どうぞぉ。大した量じゃないけど、前菜と思ってお召し上がりくださいませ」
「はい。サクヤ殿の温情に感謝を捧げつつ、頂戴いたします」
そんなやりとりを合図として、食事が開始された。
鯖缶とタマネギとキャベツだけを具材にして、ニンニクと『ほりこし』とオリーブオイルだけで味を作った、ごく簡単な仕上がりだ。それでもケルベロスたちはぶんぶんと尻尾を振ってくれたし、ギュウは嬉しそうに「ぎゅうっ」と鳴いてくれた。
咲弥は存分に心を満たされながら、ひと口分のパスタを口にする。
そして自前の緑茶をみんなに配膳しながら、あらためて問いかけた。
「それで、都から出たケルベロスくんは、また放浪の生活に舞い戻ったわけだねぇ」
「なんだよ。話は終わったんじゃねーのかー?」
「食事の合間でいいから、お話を聞かせてよぉ。こんな深掘りできる機会は、なかなかないからさぁ」
すると、パスタを半分ほど食したところで、ルウが顔を上げた。
「戦いが大きくなれば、いずれ竜王殿が鎮圧に乗り出します。私はそれを危惧して停戦を申し出たのですが、ワーウルフたちもヒュドラの一派も肯んじませんでした。それもあって、都を捨てる決断を下したのです」
「へん。竜王に尻尾のひと振りでひねられるなんざ、屈辱だからなー」
「うむ……しかし、ワーウルフどもはまったく想像が及ばないようだった……それで、このような連中とともにあっても健やかな未来は望めないと見切りをつけたのだ……」
と、ケルベロスは順番に顔を上げながら、ひとりで会話のリレーを見せてくれた。ひとりがしゃべっている間、もう二名は食事に勤しむのだ。
「この身はヒュドラとの戦いを打ち捨てて、都を出奔いたしました」
「どーせあいつらは、まとめて竜王にひねられたんだろうなー」
「しかし、そんな風聞を耳にする機会もなく……我々は、中原を離れて辺境をさまよった……」
「辺境には魔獣も多いですが、この身ひとつであれば何も思い悩むことなく、戦いに集中できます」
「たいていの魔獣は、俺の敵じゃねーからなー」
「そして、辺境にもさまざまな種族が住まっているが……おおよそは、都の争いを忌避する平穏な気性であった……」
「多少の差はあれど、コメコ族のようなものです。中には辺境で力を蓄えつつ、中原への侵攻を目論んでいる輩もいるようでしたが」
「あー。あんな連中は中原に乗り込んでも、竜王にひねられるだけだろうけどなー」
「あとは辺境にも人間族の都市があり、そちらは独自の生活を築いていた……この山を訪れる冒険者たちも、ああいった辺境都市を根城にしているのであろうな……」
「時にはそういった辺境都市や亜人族の集落などに立ち寄って、パンや酒などを所望しておりました」
「こっちは辺境でとっ捕まえた獲物を手土産にしてなー。俺は肉さえ食えりゃー十分だけど、他の首がうるせーからよー」
「しかし……右の首とて、酒を所望していたであろう……」
「ええ。果実は山野でも収穫できますので、私よりは右の首のほうが人里の恩恵を受けていたはずです」
「うるせーなー! とにかく俺は、そーやって辺境区域をうろついてたんだよ!」
「そして、広大なる砂漠を踏み越えて、南の最果てでも目指してみようかと考えたのだが……そこで、サンドウォームの群れに襲われてしまったのだ……」
「サンドウォームは中級の魔獣ですが、いかんせん数十体に及ぶ数であったのです。なおかつ、倒しても倒しても無限にわきでるかのようでした」
「それでも普通なら、サンドウォームなんざに後れは取らねーけどな! あのときは、腹がぺこぺこだったんだよ!」
「うむ……それで戦いは三日にも及び……すべてのサンドウォームを退けたのちには、魔力も体力も枯渇してしまったのだ……」
次に顔を上げたルウは、咲弥に向かって深々と頭を下げてきた。
「馳走になりました。美味なる食事を、ありがとうございます」
見れば、銀の皿はぴかぴかに舐めあげられている。その間にケイとベエも同じ行いに及び、ケルベロスの食事は終了した。
いっぽうひたすら食事に励んでいたギューは、ひと足先に食べ終えている。そしてちょっぴり切なげな眼差しで咲弥の顔を見やりつつ、「ぎゅう」と鳴いた。
「あはは。これは前菜だから、物足りないだろうねぇ。ドラゴンくんたちが合流したらどっさり食事を準備するから、ギューちゃんも待っててよぉ」
とたんにギューは、「ぎゅうっ」と瞳を輝かせる。
咲弥は小首を傾げつつ、ルウのほうに向きなおった。
「あのさぁ。ギューちゃんって、もう言葉を理解できてるんじゃないかしらん?」
「いえ。ギューの知性は、まだその域に達しておりません。しかし個体種の魔族というものは感性が発達していますので、サクヤ殿の言葉ではなく心情が伝わっているものと推察されます」
「そーそー。嘘だと思うなら、そいつの悪口でも言ってみろよ」
「えー? そんな可哀想なこと、できないよぉ」
「口先だけでいいんだよ。そーしたら、おめーにも理解できるだろ」
咲弥は「うむむ」とうなってから、ギューのほうに向きなおる。
そして、心を込めずに「ギューちゃんのばかー」と言ってみると――ギューはきょとんとした目つきで、「ぎゅう?」と首を傾げた。
「きっと今はサクヤ殿の惑いの心情が理解できず、いぶかしんでいるのでしょう」
「ふむふむ……ギューちゃん、だいすきー」
咲弥が心を込めて伝えると、ギューは嬉しそうに「ぎゅうっ」と鳴いた。
「ほんとだぁ。魔族って不思議だねぇ」
ローチェアに陣取っている咲弥は腕をのばして、ギューの大きな頭を撫でくり回した。ギューはいっそう嬉しそうに、「ぎゅぎゅう」と咽喉を鳴らす。
「うむむ? しかし、魔族のみなさんがそんなに鋭い感性を有しておられるとなると……あたしのケルベロスくんに対する熱き思いも、筒抜けなのでは?」
「なんだよ、そりゃ!」とケイはそっぽを向き、ベエは陰気にうつむく。そしてルウは、凛然と言い放った。
「サクヤ殿の仰る通り、魔族は敵と味方を見分ける力に秀でております。そうだからこそ、この山にて過ごしたいと願うことになったのです」
「そっかぁ。あたしだけじゃなく、ドラゴンくんもアトルくんもチコちゃんも、ケルベロスくんのことは大好きだもんねぇ」
咲弥がにっこり笑いかけると、ルウは肯定も否定もしないまま一礼する。
ただし、ルウばかりでなくケイもベエも、そのふさふさの尻尾はぱたぱたと振られていたのだった。




