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ドラゴンと山暮らし  ~休日は異世界でキャンプライフ~  作者: EDA
第15話 五人のキャンプ

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01 狼と恐竜

2026.1/12

今回の更新は全4話で、毎日更新いたします。

 ゴールデンウィークを終えたのちも日々は平和に過ぎ去って、時節は六月に突入した。

 咲弥が祖父の家に転居してからは、すでに三ヶ月半が経過している。咲弥の生活もすっかり落ち着いて、安定期とでも呼びたくなるような様相であった。


 月に十日ほど働いて、残りの日々はキャンプざんまいという、それが咲弥の獲得した生活スタイルである。咲弥個人の預金の残高もおおよそ横ばいで、時には前月を上回ることもある。キャンプの場では異界の食材によって食費が助けられるため、咲弥はこのように安楽な日々を過ごすことがかなったのだった。


 そうして六月の最初の水曜日である本日も、咲弥は鼻歌まじりにキャンプの準備を整えている。

 本日は平日であるため、準レギュラーのキャンプメンバーとなった陽菜もおやすみの日取りだ。四月の中旬からキャンプに参加した陽菜は、おおよそ隔週のペースで同行していた。


(陽菜ちゃんはすっかりみんなと打ち解けられたみたいだし、ギューちゃんのほうも問題なさそうだし、順調すぎるぐらい順調だなぁ)


 しかし世間には、好事魔多しという格言も存在する。物事が順調に進んでいる時ほど注意が必要であるという、ありがたい戒めの言葉である。もとより呑気な咲弥であっても、キャンプの場で油断をするつもりは毛頭なかった。


 今日は気温も高いので、出発の段階では半袖のTシャツの上からサロペットエプロンを装着する。下半身はこれまで通り、ハーフパンツとレギンスだ。あとはもちろん夜間の冷え込みに備えて、マウンテンパーカーを準備した。


 そうして咲弥が、いざ七首山に乗り込んでみると――そこには、普段と異なる光景が待ちかまえていた。

 とはいえ、『魔』と呼ぶほど厄介な事態ではない。普段から待ち合わせの場所として活用しているスポットに、ケルベロスとギューの姿しかなかったのである。


「あれあれぇ? 他のみんなはどうしたのかなぁ?」


 愛車から降りた咲弥がのんびり呼びかけると、いつでも凛々しいルウが「はい」と一礼しながら答えてくれた。


「実は、畑に面した山腹の地盤がゆるんでいたために、竜王殿とコメコ族の両名は補強の作業に取り組んでいます。それほど時間はかからない見込みですので、その間は私がサクヤ殿のお相手をするようにと申しつけられました」


「おー、そっかぁ。梅雨はこれからが本番だから、色々と大変そうだねぇ」


「はい。私にとっては初めて迎える時節ですので、油断なく取り組む所存です」


 あくまで慇懃なルウであるが、すでに可愛らしく分裂した姿である。ベエは地面にうずくまっており、ケイはギューと取っ組み合っていた。


 ケイとギューは地面を転がり回りながら、時には相手の身に牙を立てている。まるで本気でいがみあっているような騒ぎであるが、これは怪力を有するギューに力加減を教えているのだ。言ってみれば、子犬同士でじゃれあっているのと同じようなものであるのだろう。そのように考えれば、咲弥も微笑ましい心地で見守ることができた。


「ケイくんもギューちゃんも元気そうで、何よりだねぇ。そんなに暴れたら、おなかもぺこぺこでしょ?」


「おう! ちょうどいいから、ひと休みするか!」


 ギューのもとから飛び離れたケイがそのように宣言すると、ギューも身を起こしながら「ぎゅう」と応じた。

 そうして咲弥のほうに向きなおってきたならば、左右で色の異なるギューの瞳が明るく輝く。そしてギューは「ぎゅぎゅう」と鳴きながら咲弥のほうに駆け寄ってきて、足もとに大きな頭をこすりつけてきた。


 ティラノサウルスのような外見で、頭から背中にかけては色とりどりの羽毛がびっしりと生えた、奇妙な姿である。しかし、頭でっかちのずんぐりとしたフォルムで、今は中型犬ていどのサイズであるため、ひたすら愛くるしいばかりであった。


 咲弥が屈んで背中の羽毛を撫でてあげると、ギューはいっそう嬉しそうに「ぎゅう」と鳴く。ギューはまだまだ赤ん坊の部類であるし、知性のほどは人間以下と見なされていたが、すでにそれなり以上のコミュニケーションが取れるようになっていた。


「ギューちゃんが生まれてから、あと何日かで一ヶ月だねぇ。毎回聞いてるけど、何も問題はないかなぁ?」


「はい。まだ仕事らしい仕事を果たすことはかないませんが、他者に迷惑をかけたり山を傷つけたりするような事態には至っておりません。強大な膂力を有しているものの、一角ウサギと同程度に無害であると言えることでしょう」


 根っから生真面目であるルウがそのように評するのであれば、何も心配はいらないだろう。咲弥は「そっかそっか」と笑いながら、ギューの首筋を撫でくり回した。


 ドラゴンはいつも空を飛んで山を見回っているため、ケルベロスがギューの教育係に任命されたのである。ケルベロスは普段から山の見回りにも同行させつつ、力の扱い方や危険な場所などを教え込んでいるとのことであった。


「あと先日には、ロキのもとにも預けられました。東の峰の様相を知るには、ロキを頼る他ありませんので」


「ほうほう。ロキくんとも仲良くやってるのかなぁ?」


「はい。ロキは他者との交流を苦手にしておりますが、知性の未熟なギューであれば気を張らずに相手をできるようです」


 ちんまりとしたゴーレムとギューが仲良く山を見回っている姿を想像すると、咲弥の胸はいっそう温かいもので満たされた。


「ギューちゃんは、東の峰で生まれたんだもんねぇ。もしかしたら、そっちで過ごすのが落ち着くのかなぁ?」


「それは私には、わかりかねます。いずれギューに知性が育って、念話の能力を取得するのを待つ他ないでしょう」


「うんうん。その日が楽しみだねぇ。まあ、今のままでもかわゆいけどさぁ」


 咲弥の思いが伝わったのか、ギューは嬉しそうに「ぎゅう」と鳴いた。


「それで、この後はどーするんだよ? まさか、竜王たちが戻ってくるまで、なんにもしねーつもりなのかー?」


 と、ケイは期待に満ちた眼差しを咲弥のほうに向けてくる。


「んー? あたしは別に、それでもかまわないけど……やっぱりケイくんは、おなかが空いちゃったのかなぁ?」


「当たり前だろ! もうすぐ中天なんだからよ!」


 確かに太陽は、ほとんど真上に上がりつつある。本来であれば、ランチに備えて設営を進めている頃合いであるのだ。


「そっかぁ。今日も畑の収穫をあてにしてたから、大したものは準備できないんだよねぇ」


 そんな風に答えながら、咲弥は軽ワゴン車のリアゲートを開帳した。

 しかし、食材はついさっき詰め込んだところであるので、目視で確認するまでもない。咲弥の側で準備をしたのは夜に備えての野菜やホットケーキミックスのみであり、動物性タンパク質を担うのはお馴染みの鯖缶のみであった。


「ドラゴンくんたちは、あとどれぐらいで合流できるんだろう? それによって、こっちも打つ手が変わってくるからさぁ」


「だったら、念話で聞いてやるぜ!」


 ケイはぎゅっとまぶたを閉ざすと、歯痛でもこらえるように顔をしかめた。

 遠方の相手に念話を飛ばすというのは、それほどに難儀な話であるのだろうか。そういえば、ロキもドラゴンと念話を交わすために、通信用のミニチュアゴーレムを預けているのだった。


(ああいうアイテムがないと、いっそう大変になっちゃうのかなぁ。普通に考えて、何キロも離れた場所にいる相手と言葉を交わすなんて、ただごとじゃないもんなぁ)


 咲弥がそんな感慨を噛みしめていると、ルウが「ほう」と声をあげた。


「サクヤ殿。どうやら、不測の事態が生じたようです」


「不測の事態? どうしたのぉ?」


「ユグドラシルから、救援要請が入ったようです。また凶暴化したキバジカが大量発生してしまったようですね」


「ありゃ大変……というか、ルウくんにもドラゴンくんの声が聞こえてるのぉ?」


「はい。心根は、ひとつですので」


 いっぽうケイは、まだ難しい面持ちでうんうんとうなっている。相変わらず、ケルベロスの生態というのは咲弥にとって大きな謎であった。


「なるほど……地盤の補強に関してはアトルたちに任せて、竜王殿はユグドラシルのもとに向かうようです。サクヤ殿の世界で言うところの一時間ていどで合流できる見込みですので、それまでは引き続きこちらでサクヤ殿のお相手をするようにと申しつけられました」


「そっかぁ。でも、キバジカを追っかけるんだったら、ケルベロスくんたちの出番なんじゃないのぉ?」


「この身が加われば、より速やかに仕事を果たせることでしょう。ですが、ギューだけを残すのは心配な面もありますので、この場に留まるようにとのことです」


 すると、ケイがうなるのをやめて「ふいー」と息をついた。


「あー、余計に腹が減っちまったぜ! おい、これだけ働かせて、なんにも食わせねーつもりじゃねーだろうなー?」


「うん。一時間もあるんだったら、こっちも腰を据えるべきだろうねぇ。もう今日はここに設営することに決めて、とりあえずタープだけでも張っちゃうよぉ」


 こういう不測の事態に備えて、咲弥の車にはひと通りのキャンプギアが搭載されているのだ。その中から自前のタープを引っ張り出した咲弥は、ひとりでてきぱきと設営した。


 そしてお次は二台のローテーブルにローチェア、焚火台と焼き網とバーナーコンロも設置する。あとはテントも設営すれば、ソロキャンプを敢行できる設備であった。


「さてさて。鯖缶を軸に考えると……ここはやっぱり、お手軽にパスタかなぁ」


 最近はコメモドキも収穫できるようになったので、そのぶん非常食のパスタをどっさりと買い込んでいる。あとはディナー用の野菜を少しばかり拝借すれば、どうとでもできるはずであった。


「お手数をかけまして、申し訳ありません。何かお手伝いできることはありますでしょうか?」


 ケイがそのように言ってくれたが、四足歩行たる彼らには道具を扱う腕がない。それで毎回、調理の際は見守りに徹しているのだった。


「あ、それなら薪割りはどうだろう? ホニャララ殺しはドラゴンくんのところだから、手斧とナイフしかないんだけどさぁ」


「はい。でしたら、手斧というものを所望いたします」


 祖父の形見たる手斧を差し出すと、ルウではなくケイがその柄をくわえこんだ。

 いっぽうルウは、焚火台の脇に準備されていた薪の一本を口にする。そして、他人顔でうずくまっていたベエがのそりと身を起こし、三者で正三角形を作る位置取りをした。


 咲弥は渓流ナイフでタマネギを刻みながら、興味深くケルベロスたちの動向をうかがう。

 そんな中、まずはルウがケイに向かって薪を投げつけた。

 ケイは横合いに首を振って、薪の天辺に手斧の刃を叩きつける。

 すると、二つに割れた薪がベエのほうに飛んでいき――後ろ足で立ち上がったベエが、左右の前足でその両方を地面に叩き落とした。


 あとは、その繰り返しである。

 やはり、三位一体というのは伊達ではないのだろう。三者の呼吸はぴったりで、どんどん薪が叩き割られていった。


 すると、ギューが「ぎゅぎゅう」と鳴きながら、ベエのもとに駆け寄っていく。

 ベエは陰気な眼差しで、瞳を輝かせるギューの姿を見返した。


「これは、遊びではないのだが……自信があるならば、試してみるがいい……」


「ぎゅうっ!」


 ギューは横向きの体勢になり、顔だけをケイのほうに向ける。

 そんな中、ルウが薪を投じると、ケイに割られて二本になった薪が、ベエの前足とギューの尻尾で叩き落とされた。


「不備はないようですね。それでは、続けます」


 かくして、奇妙な薪割りが粛々と進行されていく。

 それを見物しながら、咲弥はひそかに微笑むことになった。


(なんだか、面白いことになってきたなぁ)


 ドラゴンのいない場でキャンプを楽しむというのは、咲弥にとって初めてのことである。しかし、一時間後に合流できるのであれば、何も寂しがる必要はなかったし――こんなに楽しい四名がかたわらにいてくれるのであれば、なおさらであった。

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― 新着の感想 ―
ケロベロスさんの世態は面白いし、こうして新発見するのが楽しいですね。
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