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06 思い出の味

 ギューという新たなメンバーを迎えた一行は、ドラゴンの背中に乗ってキャンプスポットに舞い戻った。


 咲弥と心を通じ合わせたのち、ギューは他なる面々に対する警戒心も解いてくれたのだ。ただし、陽菜に対してはうろんげな眼差しを向けており、それは護符の結界を解除することで解消された。


「この者はまだまだ幼いが、敵と味方を見分ける感覚は本能で持ち合わせているのであろう。サクヤの同胞と見なしたならば、決して牙を剥くこともあるまい」


「ふン。こんな小娘の同胞になった覚えはないけどねェ」


 咲弥とて、このメンバーを同胞呼ばわりするのは面映ゆいばかりである。しかし、ギューがまとめて味方と判断してくれたのなら何よりの話であった。


 そうしてスポットに到着すると、ギューは好奇心を剥き出しにしてキャンプグッズを嗅ぎ回った。

 そんな挙動も、幼い動物を連想させる。なおかつ、見知らぬ存在に迂闊に触れようとはせず、ひたすら匂いを嗅ぐばかりであった。


 そして、ひょこひょこと歩き回るその姿は、ちょっとユーモラスでとても可愛らしい。陽菜やアトルやチコなどはすぐさま魅了された様子で、瞳を輝かせていた。


 しかしまだまだ不明な点も多いため、キャンプメンバーの一行は遠巻きにギューの姿を見守っている。

 ひと通りの検分を終えたギューは、咲弥のほうに向きなおり――そして、ちょっと切なげに「ぎゅう……」と鳴いた。


「うーん? ギューちゃんは、もしかしてお腹が空いてるのかなぁ?」


「うむ。ロキのゴーレムと全力で戦ったのであるから、いささかならず体力を消耗しておろうな。さすれば、空腹を覚えるのが道理である」


「ということは、ロキくんもお腹ぺこぺことか?」


「俺だって、腹は空いてるぞ! さんざん動き回ったんだからな!」


 ランチを食べ終えたのは一時過ぎで、それから後片付けをしたのちに三時間ばかりも遊んで、そしてギューを迎えることになったのだ。辺りには、すでに夕刻の気配が漂い始めていた。


「それじゃあ、ディナーにしよっかぁ。お魚もさばかないといけないしねぇ」


 というわけで、咲弥たちは調理の開始であった。

 事情のわかっていないギューは、きょとんとした眼差しで咲弥たちの姿を見守っている。そしてそのかたわらには、いつしかゴーレムがひっそりと寄り添っていた。


 ゴーレムとは死闘を繰り広げた間柄であるが、ギューはそちらにも敵意を向ける様子はない。このゴーレムは別人であると認識しているのか、あるいは過去の確執を水に流したのか――何にせよ、ぬいぐるみのような外見をしたゴーレムと並ぶと、愛くるしさも倍増であった。


「実は今日は、こんなものを準備してるんだよぉ。ケイくんには喜んでもらえるんじゃないかなぁ」


 咲弥がクーラーボックスから取り出したものを掲げると、ケイははしゃいだ声で「肉だな!」と応じた。


「そー、あたしの世界の豚肉でございます。これを知ってるのは、ドラゴンくんとアトルくんとチコちゃんぐらいのはずだよねぇ」


「うむ。以前はたびたびトシゾウに、豚肉や牛肉をふるまわれたものである」


 そんな風に言ってから、ドラゴンは小首を傾げた。


「しかし、デザートリザードの肉が準備されるようになってからは、ずいぶんと頻度が減っていた。今日は、豚肉ならではの料理が供されるということであろうか?」


「いや、デザートリザードのお肉も使わせてもらうつもりだよぉ。ただ個人的に、今日はこいつを食べたい気分だったのさぁ」


 そして咲弥は、他にも大量の食材を準備している。それは、タマネギとジャガイモとニンジンとダイコンであった。

 ダイコンだけは陽菜の祖母からの贈り物であるが、残る食材はすべて自前だ。キャンプメンバーの人数は流動的な部分もあるので、代用のきかない野菜類は豚肉よりもゆとりをもってたっぷりと準備していた。


 まずはコメモドキで炊飯の準備を整えたのち、四人がかりで食材を切り分けていく。川魚も同時に処理をして、その一部は炊き込みご飯の具材に活用することにした。


 デザートリザードは硬い肉質であるため、切り分けたのちにポリ袋に封入して揉みしだいておく。

 炊き込みご飯の具材は、川魚とニンジンと巨大キノコだ。陽菜たちの手を借りて、咲弥はどんどん作業を進めていった。


「あ、そうだ。実は今、鍋がひとつ埋まっちゃっててさぁ。申し訳ないけど、鍋と焚火台をひとつずつ臨時で準備してもらえるかなぁ?」


 咲弥がそのように呼びかけると、ゴーレムは「イサイショウチ」と卓上の石鍋に手をのばした。

 それに気づいた陽菜が、ぱあっと顔を輝かせる。陽菜はかねがね、ゴーレムの錬成の術式に興味を抱いていたのだ。


 石鍋の成分を取り込んで黒みの強い色合いに変じたゴーレムはタープの外に出て、あまり草の生えていない場所に立つ。すると、石鍋と焚火台に必要な質量の分だけ地面がへこみ、ゴーレムは大きくなった。

 そして、ゴーレムの身は泥人形のようにぐしゃりと潰れて、暗灰色の卵めいたものを吐き出す。その球体はもとのゴーレムの形を造り、潰れたほうはうにょうにょと蠢いたのちに石鍋と焚火台に変化した。


「すごいすごーい! ロキくんは、そうやって石の道具を作るんだねー! すごいなー!」


「……スゴイ、アラズ」と、ゴーレムは虚空に視線をさまよわせる。照れているのか困っているのか判断が難しいところであったが、陽菜の真心は伝わったことだろう。そして、無言で見守っていたギューもどこかはしゃいでいるような様子で「ぎゅう!」と鳴いた。


「ありがとう。大事に使わせていただくねぇ」


 咲弥はゴーレムの手を借りて、新たな石鍋と焚火台をタープの下に運び込んだ。

 もともとゴーレムにはふた組の石鍋と焚火台を錬成してもらっていたので、新しい分も横に並べる。もともとの石鍋の片方には昨日の揚げ物で使った油が残されていたため、それも別なる料理で転用する算段であった。


 咲弥と祖父の焚火台では、炊き込みご飯を詰め込んだダッチオーブンと兵式飯盒を火にかける。それらの作業が完了したのち、咲弥は調理のメンバーたちに笑いかけた。


「じゃ、あたしと陽菜ちゃんが豚肉のほうを受け持つから、チコちゃんたちはそれを手本にしてリザードくんのほうをお願いできるかなぁ?」


「りょーかいなのです! どのようなりょうりなのか、わくわくなのです!」


 アトルとチコは期待に瞳を輝かせていたが、今日はシンプルな献立である。咲弥が作りあげようとしているのは、肉じゃがに他ならなかった。


 まずは石鍋にサラダ油をひいて、肉から炒め始める。そちらの表面が焼きあがったならば他なる具材も投入して、全体に油をなじませる。そして、醤油ベースの調味液を加えたのちは、蓋を閉めて煮込み作業だ。


 肉を焼き始めた時点で、ギューは瞳を輝かせている。そして、尻尾を振る代わりにせわしなく首を前後させるのが、なかなかの愛くるしさであった。


「そういえば、ギューちゃんって見るからに肉食恐竜だよねぇ。お肉以外の食事も食べられるのかなぁ?」


「うむ。ギューは恐竜の化石を触媒にして生まれたが、あくまで魔族であるからな。何か好みが存在するとしても、あらゆる献立を口にすることがかなおう」


「それなら、よかったよぉ。せっかくなら、同じ料理を楽しみたいからねぇ」


 そうして咲弥が笑顔を届けると、ギューはうなずくように首を振りながら「ぎゅう」と答えた。


「じゃ、肉じゃがと炊き込みご飯の完成を待ちながら、魚をやっつけちゃおっかぁ。こいつは昨日の油を使って、素揚げにしようと思うよぉ」


 川魚はすべて三枚におろした上で、塩水に漬けている。キッチンペーパーでその水気をぬぐったのちに天ぷら粉をまぶして、熱した石鍋に投入だ。あとはつけあわせとしてマンドラゴラモドキも素揚げに仕上げれば、立派な副菜であった。


 そうして三十分ていどが経過したところで石鍋の蓋を開き、熱の通りを確認する。ジャガイモに箸を刺してみると、さしたる抵抗もなく貫通した。


「よぉし、あとは炊き込みご飯だけだねぇ。食卓の場を整えましょうぞ」


「りょーかいなのです! おまかせあれなのです!」


 アトルとチコが先陣を切って、作業台たる『祝福の閨』に広げられていた調理器具をレジャーシートに下ろしていく。そして陽菜の手によって台の上が拭き清められ、みんなで食器を並べることになった。


「ギューちゃんも、こちらにどうぞぉ」


 と、咲弥は丸太の椅子を設置したのちに、ギューを招き寄せた。冒険者たちの来訪に備えて、丸太の椅子には予備があるのだ。ギューはけげんそうにまばたきをしていたが、ユグドラシルたちが同じものに腰かける姿を目にすると、椅子の上にぴょんっと飛び乗った。


「ギューちゃんは口が大きいから、取り皿も大皿がよさそうだねぇ」


 ギューは二足歩行であるが、その腕は口に届かないぐらい短いのだ。この大きな口で直食いをするには、ケルベロスよりも大きな皿が必要になるはずであった。


「うーん。でも、余ってるのは銀の大皿ぐらいかぁ。こいつは平皿だから、肉じゃがをのせるには頼りない感じだなぁ」


「……サラ、ヒツヨウ?」


 と、ギューの隣に陣取っていたゴーレムが、咲弥の顔を見上げてくる。


「あ、うん。ギューちゃんの口にフィットする深皿があったら、ありがたいんだけど……お願いできる?」


「……イサイショウチ」


 そうして再びの、石の器具の錬成である。

 咲弥の要望に従って、ギューの大きな口にフィットするサイズの深皿が三枚ほど仕上げられる。それが目の前に並べられると、ギューはまるでお礼を言うように「ぎゅうっ!」と声高く鳴き声をあげた。


 やがて炊き込みご飯も完成したならば、いざディナーの開始である。

 二種の肉じゃがと、川魚を具材にした炊き込みご飯、川魚とマンドラゴラモドキの素揚げだ。それほど品目は多くないが、量はそれなり以上であった。


「あ、ギューちゃんってお酒は飲めるのかなぁ?」


「うむ。魔族も酒を楽しむが、人間族のように酩酊するわけではないのでな。酒気もまた、心を満たす重要な滋養であるのだ」


 ということで、ギューの深皿の一枚にも『イブの誘惑』の果実酒が注がれることになった。

 ギューは興味津々の様子で、果実酒の香りを嗅いでいる。その舌がのばされる前にと、咲弥は食前の挨拶を申し上げた。


「ではでは。新たな仲間をお迎えして初めてのディナーを始めましょう。今日も一日、お疲れさまでしたぁ。かんぱぁい」


 陽菜だけは持参した緑茶であるが、その笑顔に変わるところはない。

 そしてギューは酒杯を掲げる面々の姿を見回したのち、大きな舌で果実酒を舐め取り――そして、燦然と瞳を輝かせた。


 ギューにとっては、これが生まれて初めて摂取する滋養であるのだ。

 咲弥はとても温かな心地で、ギューに料理を取り分けてあげた。


「はい、どうぞぉ。ギューちゃんのお口に合えば幸いだねぇ」


 ギューは「ぎゅう」と鳴いたのち、肉じゃがの深皿に鼻先を突っ込んだ。

 そうして大きな口で咀嚼したならば、いっそう瞳を輝かせながら「ぎゅぎゅうっ」と鳴く。やはりティラノサウルスに似ているギューは、肉が好物であるようだった。


「美味しいかなぁ? 慌てずゆっくり食べてねぇ」


 咲弥はギューの頭を撫でてから、自分も肉じゃがを口にした。

 まずは、豚肉を使用した品からだ。普段はダイコンを使用しないが、田辺老婦人から差し入れがあった際には具材として追加するのが通例であった。


 こちらには異界の食材をいっさい使用していないため、咲弥にとっては食べ慣れた味である。

 その味が、咲弥の心に深くしみいって――そして、胸を詰まらせた。


 陽菜はチコたちとはしゃぎながら、さまざまな料理をつついている。

 ケルベロスたちは、初めての豚肉を堪能しているようだ。もっとも勢いがあるのは肉好きのケイであるが、ルウとベエもぱたぱたと尻尾を振っていた。


 スキュラはすました顔で川魚の素揚げをかじっており、ユグドラシルはにこにこと微笑みながら炊き込みご飯を口に運んでいる。ロキはギューの様子をうかがいつつ、大きな口にぽいぽいと料理を放り込んでいた。


 いつも通りの、賑やかなディナーである。

 冒険者たちが来訪した折にはもっと大人数であるが、レギュラーメンバーの七名だけでも十分に賑やかであるのだ。陽菜やユグドラシルたちに加えてギューまで増えたのだから、賑やかさには事欠かなかった。


 その賑やかさが、咲弥の心を深く満たして――そしてまた、胸を詰まらせる。

 すると、果実酒を味わっていたドラゴンがふっと心配げな眼差しを向けてきた。


「サクヤはずいぶんと、物思わしげであるな。それは何か、今日の献立にまつわる話なのであろうか?」


「あはは。さすが、ドラゴンくんは鋭いねぇ」


 すると、他なる面々も咲弥に視線を向けてきた。

 まだ言葉を理解できないはずのギューまでもが、きょとんとした目を向けてくる。それで咲弥は頭をかきながら、事情を打ち明けることにした。


「実はこの肉じゃがっていう料理は、あたしがじっちゃんと最後にキャンプを楽しんだときに作った料理なんだぁ。それで、その最後のキャンプっていうのが、ちょうど今ぐらいの時期だったんだよねぇ」


 陽菜は、ハッとした様子で身を強張らせる。

 咲弥はふにゃんと笑いながら、その小さな頭を撫でた。


「だから、ちょっとばっかり感傷的な気分になっちゃったけど、心配はいらないよぉ。あたしはみんなと出会えたから、これっぽっちも寂しくないしねぇ」


「……サクヤ殿は一年以上、こちらの山を離れていたという話でありましたね」


 神妙な面持ちで問うてくるルウにも、咲弥は「うん」と笑顔を返した。


「じっちゃんと最後にキャンプを楽しんだのは、二年前だねぇ。でも別に、正確な日付をチェックしたわけでもないんだぁ。この二泊三日の間に肉じゃがを作ろうと思って、材料を準備しただけなんだよぉ」


「……トシゾウさまはこころただしくいき、てんめーをまっとーされたので、てんじょーであんそくをさずかっているのです」


 チコが指先を組み合わせながらそのように告げると、アトルも「そうなのです」と同じポーズを取った。二人の顔に浮かぶのは、とても澄みわたった微笑みだ。


「トシゾウさまにあえないのはさびしーさびしーですけれど、トシゾウさまはてんじょーからサクヤさまをみまもっておられるのです。そしてサクヤさまもてんめーをまっとーされたなら、またトシゾウさまにおあいできるのです」


「ふん。死んだ後のことなんて、誰にもわからねーけどな」


 むすっとした面持ちで、ケイはそう言った。


「……でも、おめーがしょぼくれてたら、そのトシゾウとかいうやつも浮かばれないだろーぜ」


「うん。だからこうして、元気な姿を見せてるつもりだよぉ」


 咲弥が笑顔で酒杯を掲げると、ケイは「へん」と不敵に笑った。


 ユグドラシルは慈愛のあふるる眼差しで、スキュラは皮肉っぽい横目の眼差しで、ロキは感情の読みにくい丸い穴の目で、それぞれ咲弥を見守ってくれている。ギューでさえもが、食事を忘れて咲弥のことを見つめていた。


 こんなにもたくさんのキャンプメンバーに囲まれていれば、咲弥が寂しがるいわれはない。

 そして、咲弥がひそかに祖父の追悼を意識していた今日という日に、ギューが生まれ落ちたのだ。七首山の魔力によって誕生したギューは、咲弥にとって山の一部も同然であった。


 きっと祖父も眠たげに目を細めて笑いながら、咲弥のことを見守ってくれていることだろう。

 そうして咲弥がドラゴンのほうを振り返ると――彼もまた、祖父にそっくりの眼差しで咲弥を見つめていたのだった。

2025.11/18

今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

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あったけぇ食卓は元気になれるよな……しけた顔してちゃいけねぇ。
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