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04 異変

 総勢十一名にふくれあがったキャンプメンバーは、ともにランチを楽しむことになった。

 ランチのメニューは急遽変更して、鯖缶のアヒージョである。スキュラが参加するからには魚介の料理が必要となるために、陽菜と一緒に考案したメニューは後日に持ち越すことに決定したわけであった。


 肉のアヒージョであれば下味をつけるのに時間をかけたいところであるが、鯖缶であればそのような手間も必要ない。咲弥が常備している鯖缶とニンニクに、普段は下味で使用している『ほりこし』を適量、あとは異界の食材たる『ジャック・オーの憤激』と巨大キノコをオリーブオイルで煮込んだならば、もう完成であった。


 それで足りない分はデザートリザードの肉と巨大キノコとマンドラゴラモドキのバーベキューを楽しみ、つけあわせはパスタ、デザートは焼きイブという布陣で、すべての食いしん坊に対応している。もとよりランチでは大きな手間をかけないというのが通例であったため、どこからも不満の声があがることはなかった。


「ロキくん、おいしい?」


 と、ランチのさなかに陽菜がさりげなく問いかけると、ロキの分身たるゴーレムは一瞬フリーズしたのち「……シラナイアジ」と答えた。


「うん。ひなもアヒージョっていう料理は初めて食べたの。オリーブオイルで煮込んだだけなのに、すごく美味しいね」


「……ソウ」


「うん。それでね、昨日は色んな山菜を食べたんだよ。今度はロキくんも一緒に食べようね?」


「……ヤクソク、イタシカネル」


「うん。ロキくんの都合のいいときにね」


 陽菜はにこりと笑ってから、食事を再開させた。

 ゴーレムのつれない態度にめげている様子はないし、しつこく絡もうという気配もない。やはり陽菜は、内向的な相手の扱い方というものをわきまえているのだ。咲弥は何だかとても温かな気持ちで、二人のひそやかな交流の場を見守ることができた。


「せっかくスキュラさんと合流したことだし、今日は釣りでも楽しもっかぁ。この辺りに、魚を釣れそうなスポットはあるかなぁ?」


 食後に咲弥が提案すると、ゴーレムはまたしばし思案したのち、徒歩で案内をしてくれた。断崖沿いに流れている小さな川を辿ると、やがて立派な本流と合流したのだ。川べりは黒みがかった岩場であり、いかにも渓流という趣であった。


「ざっと精査したところ、こちらに『大喰らい』は生息していないようであるな」


 ということで、『大喰らい』専用の釣り竿は持ち出されることなく、咲弥が持参した二本の釣り竿で挑むことにする。釣りは二人ずつの交代で、あぶれたメンバーは川べりでフリスビーだ。これはわりあい、咲弥が抱くグループキャンプのイメージに合致していた。


 ユグドラシルは元の場所に居残って午睡を楽しみ、スキュラはひたすら見物に徹している。残る九名で釣りとフリスビーを楽しみながら、親睦を深めるのだ。そして意外なことに、ゴーレムはその両方に参加してくれたのだった。


 きっとロキもロキなりに歩み寄ってくれているのだろう。そもそも彼は出会いの日に、仲良くなりたいと申し出た咲弥の手をそっと取ってくれたのだ。それ以降もゴーレムの無機的なたたずまいに変化はなかったものの、咲弥の側はどんどん親愛の度合いが高まっていた。


 そうして咲弥はさまざまな相手とさまざまな形で交流を深めて――三時間ていどが経過したところで、十尾以上の釣果をあげることがかなった。その内容は、咲弥もよく知るイワナと、異界との融合で変異したニジマスモドキである。


「よしよし。今日はこれぐらいで切り上げよっかぁ」


 咲弥がそのように宣言すると、のきなみフリスビーを楽しんでいたケイが不満げな声をあげた。


「これっぽっちじゃ、ひとり一匹しか食えねーじゃねーか。あとはまた、肉を焼くだけなのかー?」


「まっさかぁ。メインディッシュは決まってるから、ケイくんも楽しみにしててよぉ」


 そうして咲弥たちは、設営したスポットに舞い戻った。

 釣果はドラゴンが準備した水の球体に収納されている。ハンモックで揺られていたユグドラシルは薄く目を開けながら、にこりと微笑んだ。


「実に立派な収獲じゃな。もう夕餉の準備を始めるのかの?」


「うーん。けっこう遊んだけど、もう小一時間ぐらいはゆとりがあるかなぁ。陽菜ちゃんは、どうしたい?」


「ひなは、何でもいいよ! ……あ、でも、体を動かすのはちょっと疲れちゃったかも」


「だよねぇ。それじゃあ、陽菜ちゃんが持ってきてくれたトランプでも――」


 咲弥がそのように言いかけたとき、異変が生じた。

 魔族の面々が、いっせいに同じ方向を振り返ったのだ。咲弥の足もとでにこにこと笑っていたアトルとチコは、きょとんと目を丸くした。


「ど、どーされたのです? みなさん、きんぱくのけはいなのです」


「何か、おかしな波動を感じる。これは……如何なる事態であろうか?」


 ドラゴンが神妙な声でつぶやくと、スキュラが「ふン」と鼻を鳴らした。


「こいつは何か、大がかりな術式が練られてる気配だねェ。こんな真似をできるやつが、いつの間に入り込んでたのさァ?」


「いや。これは術式の類いではなかろ」


 と、ハンモックで横たわっていたユグドラシルも、ぴょんっと地面に降り立った。


「いや、術式は術式であるのじゃろうが……しかし、生あるものの仕業ではあるまいて」


「はァん? だったら、いったい何だってのさァ? 大地の魔力がこんな勝手に暴れまくることはないはずだよォ?」


「うむ。よって、これは……生なきものの思いであるのやもしれんのぉ」


 ユグドラシルがそんな風につぶやいたとき――突如として、雷鳴のごとき雄叫びが響きわたった。

 陽菜は「きゃっ」と悲鳴をあげて、咲弥に抱きついてくる。その小さな体をしっかり抱きとめながら、咲弥はドラゴンを振り返った。


「今のは、何かの声だよねぇ? けっこう、近いみたいだよぉ」


「うむ……声の主は、あやつであるな」


 ドラゴンは同じ方向を向いたまま、力強い足取りでタープの外に出ていく。魔族の面々がそれに続くと、陽菜はいっそうの力で咲弥の身を抱きすくめてきた。


「みんなと一緒のほうが安全だから、あたしたちも行こっか?」


「う、うん……」


 咲弥は震える陽菜の肩を抱いたまま立ち上がり、ドラゴンたちの後を追った。

 そうして、ドラゴンたちの視線を追うと――そこには、ありうべからざる光景が待ち受けていた。


 ドラゴンたちが見据えているのは、切り立った断崖の上である。

 その岩場の天辺に、極彩色の何かが蠢いていた。


 断崖は数十メートルの高さであるため、咲弥の視力でははっきりと見て取ることもかなわない。わかるのは、鮮烈なる原色の色彩だけだ。

 ただ――咲弥の目測に間違いがなければ、それは体長十メートル以上の巨体であるようであった。


「なるほど……そういう次第であったか」


 ドラゴンが凛々しい声でつぶやくと、ルウが引き締まった面持ちで振り返った。


「竜王殿、あれはもしや……」


「うむ。さきほど検分した恐竜の化石が、魔力によって新たな生命を得たようであるな」


「はあ?」と驚きの声をあげたのは、ケイである。


「そんな馬鹿げたことがあるかよ! どんな魔法でも、死んだやつを再生できるわけねーだろ!」


「しかし、それが実現している。おそらくあの遺跡に施されていたのは、太古の人間族による再生の術式であったのだ」


 揺るぎない声で、ドラゴンはそう言った。


「そして、あの地は長らく閉ざされていたが、今日になって外界への道が開かれた。それで一気に魔力の流れが活性化して、再生の術式を完成させてしまったのであろう」


「ですが、サクヤ殿の世界に魔法は存在しないのでしょう?」


 ルウが凛然とした口調で問いかけると、ドラゴンは「否」と応じた。


「サクヤの世界にも、魔法の概念は存在する。ただし、確かな技術体系が確立される前に、潰えてしまったのだ」


「では……二千年以上も前に、どうしてこのような術式が……?」


 ベエがうろんげな声をあげると、ドラゴンではなくユグドラシルが答えた。


「これはおそらく術式の前段階である、儀式と呼ぶべきじゃろうな。古代の人間族が化石というものを神に見立てて、再臨を願ったのじゃ。その不完全な儀式の残骸に、こちらの世界の魔力が影響を及ぼしてしまったのじゃろ」


 すると、スキュラが皮肉っぽく「ふン」と鼻を鳴らした。


「そんな御託は、どうでもいいさァ。重要なのは、あいつが馬鹿みたいに暴れ回ってることだよォ」


「うむ。あのまま放置しておけば、山を傷つけてしまおうな」


 ドラゴンの姿が真紅に輝き、本来の大きさを取り戻す。

 すると、ゴーレムが無機的な声をあげた。


「ココ、ワレ、ナワバリ。ワレ、タイショスル」


「うむ? さしもの其方でも、分身で対処するのは難儀なのではなかろうか?」


「……モンダイ、アラズ。タイショスル」


 そんな言葉を最後に、ゴーレムは丸い目を糸のように閉ざした。


「あちらに、新たなゴーレムを生み出すようであるな。……サクヤも山の所有者として、顛末を見届けるがよい」


 ドラゴンの尻尾の先端が、咲弥の肩にそっと触れた。

 その瞬間、咲弥の視界がズームされる。そこに映し出された光景に、咲弥は思わず「うひゃー」と声をあげてしまった。


 断崖の上で、巨大な恐竜が暴れている。

 ただし、咲弥が知る恐竜の姿ではない。その恐竜は、巨体のあちこちに極彩色の羽毛をなびかせていたのだ。


 プロポーションは、ティラノサウルスに似ているようである。

 大きな頭部に、小さな腕。足や胴体はがっしりとしており、長大なる尻尾がぶんぶんと振り回されている。そして、巨大な口には鋭い牙がぞろりと生えそろっており――そのシルエットは、確かに先刻の化石から想像される通りのものであるようであった。


 しかし、頭の天辺から背中を伝い、尻尾の先端にまで色とりどりの羽毛が生えている。それが南国の鳥のように、鮮烈なる赤や青や紫や白といったカラーリングであるのだ。


 羽毛はおもに背面を埋め尽くしており、顔や腹や足の先などは爬虫類のような鱗に覆われている。その色合いは、くすんだ赤褐色であった。

 そして、右目は黒々と輝いていたが――左目は、サファイアのような碧眼であった。


「ああ……さっきの化石も、目のあたりに宝石が埋め込まれてたよねぇ」


「うむ。あれが再生の儀式の触媒であったのであろうな」


 ドラゴンがそのように語る中、新たな異変が生じた。

 恐竜から少し離れた場所の岩盤が、もこもこと盛り上がり始めたのだ。


 暗灰色の岩が、じょじょになめらかな質感を帯びていく。

 そしてそれは、恐竜に負けない図体をした巨大なるゴーレムと化した。


 丸い頭に丸い目しか存在しないユーモラスな面立ちであるが、とほうもない巨体である。体高五、六メートルはありそうな恐竜を高みから見下ろす巨大さであった。


「ロキはずいぶんな魔力を振り絞ったようであるな。あれならば、本体が出向いたほうがよっぽど面倒も少ないはずであるが……やはり、あの場から動く心づもりはないのであろう」


 ドラゴンが冷静に語るさなか、巨大ゴーレムが恐竜につかみかかった。

 ゴリラのように長く逞しい腕が、恐竜の首と尻尾の付け根をつかみ、抑え込もうとする。


 すると恐竜は再び雷鳴のごとき咆哮をほとばしらせて、その身を横合いに旋回させた。

 その勢いで振るわれた尻尾が、ゴーレムの短い足もとを薙ぎ払う。それでゴーレムはあえなく横倒しとなり、咲弥たちのもとにまで地響きが伝わってきた。


「なーにやってんだよ! しっかりしやがれ!」


 ケイが荒っぽい声援を送ると、ゴーレムはぱらぱらと砂塵をこぼしながら巨体を起こした。

 恐竜は低く身を伏せて、炎のような眼光をゴーレムに突きつけている。それは、凶暴な野獣そのままの迫力であった。


 数メートルの距離を置いて対峙した両名は、おたがいの動きを探るように睨みあっている。

 咲弥としては、怪獣映画でも観賞しているような心地であるが――しかしその緊迫感と迫力は、決して絵空事ではなかった。


 ひりひりするような静寂の後、恐竜がやおら突進する。

 するとゴーレムは、右の拳をハンマーのように振り下ろした。


 だが、恐竜は思わぬ俊敏さで横合いに跳びすさり、その一撃を回避する。

 そして再び尻尾を振るったが、足もとを殴打されたゴーレムも今回は根を生やしたように動じなかった。


 ゴーレムは、左拳を横薙ぎにスイングさせる。

 すると恐竜は、その拳を巨大な口で受け止めた。


 ゴーレムは岩でできているので、そんな真似をしたらただではすまないはずであったが――しかし、恐竜の牙によって、ゴーレムの左拳は粉々に砕かれてしまう。


 恐竜は大きく踏み込みながら身をねじり、ゴーレムの太い胴体を横向きにくわえこんだ。

 ゴーレムの胴体に牙が食い込み、そこから亀裂が走り抜ける。


 次の瞬間、ゴーレムの巨体がどろりと溶け崩れた。

 咲弥はゴーレムが破壊されてしまったのかと思い、息を呑んだが――とろけたゴーレムはそのまま恐竜を包み込み、地面に押し倒した。


 恐竜は横倒しとなり、ゴーレムはその上にのしかかった不定形の形状のまま、固形化する。恐竜は怒りの咆哮をあげたが、もはや身動きを取るすべもないようであった。


「……ホカク、カンリョウ」


 と、咲弥の足もとでゴーレムの声が響きわたった。

 咲弥がそちらを見下ろすと、視界がゴーレムの丸い顔に埋め尽くされる。それで咲弥が「おおう」とのけぞると、ドラゴンが肩から尻尾を離した。


 ズームの機能が解除されて、ゴーレムの姿はちんまりとしたサイズに縮む。

 ゴーレムは何事もなかったかのように、ドラゴンのほうを振り返った。


「コノママ、ショブン、カノウ。リュウオウ、ハンダン、モトム」


「うむ。あれもまた、二つの世界の融合によって生まれた存在であるのだからな。我が責任をもって、処遇を決するべきであるのだろう」


 そのように語りながら、ドラゴンは穏やかな眼差しを咲弥に向けてきた。


「しかし我は、山の所有者たるサクヤの意向を尊重したいと願っている。サクヤはあれなる存在を、どのように取り扱うべきであると考えようか?」


「ええ? そんなこと言われても、あたしは恐竜の扱い方なんてわかんないし……そもそもあの子は、どういう存在なの? 大昔の恐竜が、ただ生き返っただけ?」


「否。あれなる化石に新たな生命を与えたのは、この山の魔力である。あえて言うならば……恐竜の化石と宝具を触媒にして生まれた、人造の魔族であろうかな」


「人造の魔族……魔獣ではなくて?」


「魔獣とは、知性なき魔族である。あれなる恐竜に知性があるか否かは、検分しなくてはわかるまいな」


「そっか」と、咲弥は腹をくくった。


「それじゃあまず、それを確認させてもらいたいかなぁ。話してわかる相手だったら、やみくもに退治はできないからねぇ」


「左様か」と、ドラゴンは満足そうに目を細めた。

 きっと咲弥の答えなどは、事前に予測できていたのだろう。しかし咲弥は内心を見透かされたというよりも、深い理解を得られたような心地で、心からの笑顔を返すことができた。

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