04 異界の山菜
途中で休憩をはさみつつ、山菜採りは二時間ほどで終了した。
別行動であったアトルたちも無事に帰還して、おたがいの収穫を『祝福の閨』の上に広げる。その立派なありさまに、陽菜たちは「わあ」と感嘆の声をあげた。
メタリックな色合いをした大ぶりのゼンマイ、タケノコのように巨大なタラの芽――咲弥たちの世界と変わりのない姿をした、コシアブラとコゴミとワラビ――そして、人間の拳ぐらいの大きさをした、フキノトウである。九名分のディナーで不足が出ないように、いずれもそれなりの量が採取されていた。
「下処理の加減が異なるのは、こちらのフキノトウであるな。こちらは変異によって毒性が強まっているため、高い熱で煮込む必要があろう」
そんなドラゴンのアドバイスに従って、まずは大きなフキノトウを煮込むことにした。
下茹でとは次元の異なる火力でもって、ぐつぐつと煮込むのだ。そうして五分ほどが経過すると湯がうっすらと紫色に染まり、ドラゴンが「ふむ」と目を細めた。
「溶けた毒が、湯に行き渡ったようであるな。そちらは処理して、新たな水で煮込むべきであろう」
「ほいほい。ではでは、虚無ツボくんの出番だねぇ」
火傷をしないように気をつけながら、咲弥は『貪欲なる虚無の顎』で排水した。
それからあらためて強火で煮込むと、また五分ほどで紫の色合いがにじんでくる。そこでまた、ドラゴンが声をあげた。
「これにて、毒抜きは完了したようである。あとは、本来のフキノトウと同じ処置で問題なかろう」
「ふーん。ずいぶんな手間がかかるもんだなー」
分裂したままであったケイは、ぴこぴこと尻尾を振っている。もともとのフキノトウもまだ口にしていないため、期待を募らせているのだろう。先刻のランチで、ケルベロスたちも山菜の美味しさを実感できたようであった。
「それじゃあ肉料理の下準備も済ませておいてから、ひと休みしよっかぁ」
天ぷらで使った油を無駄にしないように、ディナーのメインディッシュはデザートリザードの唐揚げである。そちらは醤油ベースの調味液に漬け込んで、味をしみこませようという所存であった。
そちらの下準備を終えたならば、しばしの休憩時間である。
しかし、ケルベロスとコメコ族の両名は、二時間に及ぶ山菜採りに取り組んだ直後でも体力が有り余っている。それでひさかたぶりに、モルックが持ち出されることになった。
「みんな、ほんとに元気だなぁ。陽菜ちゃんも、無理はしないようにねぇ」
「うん! ひなもつかれてないよ!」
陽菜は午前中にも山菜採りに取り組んでいたのに、楽しさが疲れを塗りつぶしたようだ。そこそこ体力に自信のある咲弥でも、陽菜の元気さは眩しかった。
「じゃ、またくじびきでペアを決めよっかぁ。……あ、ユグドラシルさんはどうするぅ?」
「うむ。まずは見物させてもらおうかの」
以前にフリスビーが持ち出された際も、ユグドラシルはずっと見学していたのだ。
そうして咲弥たちがモルックに興じるさまを見届けたユグドラシルは、ハンモックに揺られながら「うむ」と笑った。
「やはり、わしのような老いぼれには不向きな遊戯であるようじゃな。わしは見物しておるので、思うさま楽しむがよいぞ」
「そっかぁ。今度はユグドラシルさんも楽しめそうな遊びを考えてくるねぇ」
「ほほほ。このような老いぼれに気をつかう必要はないぞよ。うぬらのはしゃぐ声を聞きながら午睡を楽しむのも、一興じゃからな」
外見上は十歳児のユグドラシルであるが、やはり内面には老人らしさが感じられる。咲弥としても、ユグドラシルがフリスビーやモルックに興じる姿というのは、ちょっと想像しにくいところであった。
(ま、キャンプの楽しみ方は人それぞれだからなぁ)
咲弥はこのメンバーの他にグループキャンプを楽しむ相手もいないが、どのようなグループでも多少の別行動は許容されることだろう。なんなら、このメンバーでもグループを分けて、別なる遊びに取り組んでも悪いことはないはずであった。
しかし、今日のところは誰もがひさびさのモルックに熱をあげている。それで咲弥も心置きなく、その熱気に身を投じることに相成った。
そうして、さらに二時間後――午後の五時半を過ぎて夕刻の気配が漂い始めたところで、ついにディナーの準備を開始することにした。
「今日はなかなかに、体力をつかったなぁ。がっつり食べて、栄養を補給しないとねぇ」
「うん! お山の山菜がどんな味なのか、楽しみだねー!」
咲弥と陽菜、アトルとチコの四人がかりで、元気に調理を進めていく。
ただやはり、扱いが難しいのは、ひときわ巨大なタラの芽とフキノトウであった。
「うーん。この大きさだと揚げることもできないし、やっぱり細かく切り分けるしかないかなぁ?」
「うん! 普通のフキノトウも、家では刻んでみそ和えにしたりするよ! あとは、たきこみごはんとか……いろいろまぜて、お肉にかけたりとかね!」
やはり山菜の扱いに関しては、陽菜が頼りである。
それと咲弥の調理の知識を掛け合わせて、数々の山菜をさばいていくことになった。
まず、オーソドックスなフキノトウは天ぷらである。
ころんと可愛らしい形状をしたフキノトウの葉を開き、まんべんなく片栗粉をまぶす。それからさらに水で溶いた天ぷら粉をまぶし、揚げるのだ。出来立てを味わうために、片栗粉をまぶしたところで一時保留とした。
異界の巨大なフキノトウは細かく刻んで、三種の料理に活用することに決定する。陽菜の提案に従って、味噌和え、炊き込みご飯、肉料理のソースというラインナップであった。
「そういえば、今日もキバジカのお肉はあるんだっけ?」
「はいなのです! なんにちかまえに、りゅーおーさまからいただいたのです!」
凶暴化したキバジカは、定期的に捕獲されている。咲弥は三回に一回ぐらいの割合で、キバジカの肉を口にすることができていた。
「ではでは、キバジカは焼肉に仕上げるとして……他の山菜はどうしよっか?」
「ワラビとコゴミとコシアブラはたくさんあるから、こっちもたきこみごはんに使っていいと思うよ。あまったぶんは、おひたしにして……あとは、おっきなゼンマイとタラの芽だね」
協議の末、異界のゼンマイとタラの芽も一部は炊き込みご飯に使用して、余った分は天ぷらとおひたしに仕上げることにした。まずは同じ料理で使ったほうが、味や食感の違いを楽しめるだろうという判断である。
ちなみに畑のコメモドキが無事に育ったため、ついに今回から使用の運びとなる。さらに明日には、いよいよ温暖な時期にしか育たない作物の栽培を開始するとのことであった。
「そちらのさくもつも、みんなおいしーおいしーなのです! サクヤさまとヒナさまのおきにめしたら、しあわせいっぱいいっぱいなのです!」
「うんうん。今度はどんな作物が飛び出すのか、楽しみにしてるよぉ」
そんな会話を楽しみながら、咲弥たちは着々と作業を進めていく。ドラゴンたちは期待に満ちみちた眼差しで、そのさまを見守っていた。
そうしてとっぷりと日が暮れた頃、すべての料理が完成した。
メインディッシュはデザートリザードの唐揚げ、およびキバジカの焼肉である。みじん切りにした巨大フキノトウは、生姜焼きのタレに添加した。
コメモドキの炊き込みご飯には、異界の山菜と巨大キノコがふんだんに盛り込まれている。肉類を使用しなくとも、実に豪華な仕上がりであった。
あとは天ぷらとおひたしであるが、おひたしの量がかさむと持て余しそうであったので、最後の最後で新たなアイディアがひねり出された。陽菜の家では余ったフキノトウをオイル漬けにして、お酒のアテやパスタの具材などにしていたという話であったのだ。オリーブオイルと塩と胡椒の簡単な味付けであるとのことであったので、今回はそこに『ほりこし』も加えてみた。
そして本日は水煮の小豆を持参したので、コメモドキの餅でぜんざいを作りあげた。トッピングは、煮込んだ『イブの誘惑』だ。これだけどっしりとしたメニューであれば、食いしん坊のキャンプメンバーからも不満は出ないはずであった。
ドリンクは陽菜のみ持参した緑茶で、他なるメンバーは『世捨て人の悦楽』の果実酒だ。『世捨て人の悦楽』も栽培の目処が立ったため、冬の前に準備した果実酒は遠慮なく飲み干していただきたいとのことであった。
「ではでは、今日も一日、お疲れ様でしたぁ」
咲弥の号令で、賑やかなディナーが開始される。
まず巨大ゼンマイの切り身の天ぷらから頬張ったユグドラシルは、満足そうに目を細めた。
「やはり変異した山菜は、いくぶん味わいが異なるようじゃの。実に美味じゃぞよ」
「あ、ほんと? それは楽しみだなぁ」
咲弥も同じものを食してみると、確かに食べ心地はまったく違っていた。苦みが強いぶん風味が豊かであるし、切り身にしても肉厚であるため食感も心地好い。ゼンマイとはまた異なる山菜を食しているような気分であった。
いっぽう巨大なタラの芽は、逆に風味が薄いようである。
ただその代わりに、弾力にとんでいる。根に近いほうなどはタケノコのような食感であり、それは炊き込みご飯のほうでも大きな魅力となっていた。
オーソドックスなフキノトウの天ぷらはほのかな苦みがアクセントになっており、ほくほくとした食感が素晴らしい。
いっぽう異界の巨大フキノトウは、入念に煮込んだためか苦みもわずかであり、野菜らしい甘みが豊かであった。そしてやっぱり肉厚であるためか、食感の心地好さも倍増である。
「うーん、どれも美味しいねぇ。ちょっと山菜にハマっちゃいそうだなぁ」
「まったくじゃの。毎度毎度、何もせずに腹を満たすばかりで申し訳ない限りじゃよ」
「いやいや。今日はユグドラシルさんが案内をしてくれたじゃん。おかげで、たっぷり収穫できたよぉ」
「あのていどの案内であれば、竜王ひとりで事足りたじゃろ。そやつは誰よりも、この山のことをわきまえておるのじゃからな」
デザートリザードの唐揚げに舌鼓を打っていたドラゴンは、穏やかな眼差しで「否」と応じた。
「我はあくまで調和を保つために山の実情を把握しているのみであり、特定の実りを探索するすべは持ち合わせておらぬ。本日踏み入ったのも、肉眼で目にするのは初めての場所であったしな」
「そうそう。何にせよ、一緒に食べるだけで楽しいんだからさ。役に立ったとか立ってないとか、そんな話はどうでもいいんだよぉ」
そんな風に語りながら、咲弥は隣の陽菜を振り返った。
「とはいえ、今日は陽菜ちゃんが大活躍だったねぇ。みんな、陽菜ちゃんに感謝してるよぉ」
「ううん。今日は、たまたまだよぅ」
と、陽菜は気恥ずかしそうに頬を染める。
すると、ユグドラシルが「ほほほ」と笑った。
「そちらのヒナは、まだこの山に参じてから日が浅いのじゃろ? そうとは思えぬほど、竜王たちと親睦が深まっておるようじゃの」
「うん。みんなのことは、大好きだよ」
陽菜がにこりとあどけなく微笑むと、ユグドラシルも楽しげに目を細めた。
「わしが知る異界の人間族というのは、うぬらのみであるのじゃが……そちらの世界の人間族というのは、こうまで魔族を恐れぬものであるのかのぉ?」
「いやぁ、これはきっと、たまたまだと思うよぉ。普通だったら、腰を抜かしたりするんじゃないかなぁ」
「そうなのじゃな。では、そのたまたまの巡りあわせに感謝するべきかのぉ」
ドラゴンは穏やかな眼差しのまま、「否」と声をあげた。
「それはおそらく偶然ではなく、トシゾウが紡いだ縁なのであろう。トシゾウの孫たるサクヤとトシゾウの友たるヒナには、ひときわ純真な心根が宿されていたということなのであろうと思う」
「あはは。目の前で純真とか言われるのは、小っ恥ずかしいよぉ。陽菜ちゃんはともかく、あたしは神経が太いだけだからさぁ」
咲弥は笑いながら、ドラゴンの背中をぺちぺちと叩いた。
しかし確かにドラゴンの言う通り、これは決して偶然ではないのだろう。きっと祖父は、咲弥であればドラゴンたちを忌避しないだろうと見込んだからこそ七首山を相続させてくれたのだろうし――同じ理由から、陽菜との約束も取り消さなかったのだろうと思われた。
(あたしは最初からじっちゃんの人を見る目を信じて、陽菜ちゃんをみんなに紹介するべきだったのかなぁ)
そんな思いを抱きながら、咲弥はかたわらの陽菜に笑いかける。
陽菜はきょとんとしていたが、すぐに純真なる笑顔で咲弥の思いに応じてくれた。
2025.10/6
今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。