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01 再訪

2025.8/18

今回の更新は全5話です。隔日で更新いたします。

 陽菜が再び咲弥のもとを訪れたのは、初めてキャンプを楽しんだ日の一週間後にあたる土曜日であった。

 ちなみにこれは、あらかじめ約束していた日取りとなる。陽菜が泊まりがけのキャンプを楽しむには、どうしたって週末を待たなければならなかったのだ。


 大きなリュックを背負って玄関口に立った陽菜は、もう最初から期待に顔を輝かせている。先週末のキャンプが、それぐらい楽しかったのだろう。祖父に代わってキャンプの楽しさを伝えたいと願う咲弥にとっては、何よりの話であった。


「陽菜ちゃん、おひさしぶりだねぇ。この一週間、何も問題はなかったかなぁ?」


「うん! ドラゴンくんたちのことは、だれにもしゃべってないよ! ぜったいのぜったいに、ひみつだから!」


 陽菜の表情はいつも通り澄みわたっており、家族や友人に秘密を持つことを苦にしている様子もない。咲弥が心配していたのはその一点であったので、これまた喜ばしい限りであった。


「それじゃあ、出発しよっかぁ。荷物を積み込むから、ちょっと待っててねぇ」


「うん! ひなも、お手伝いしたい!」


「こっちの荷物は重いから、炭の袋をお願いしよっかなぁ」


 玄関口から運ぶのは、食器類を詰め直したコンテナボックスや食材を詰め込んだクーラーボックス、そして満タンに補充したウォータージャグといった品々であるため、小学四年生の手には余る重量である。それらを自力で愛車に詰め込んだのち、母屋の横手にある小屋から薪と炭を積み込む作業を手伝ってもらうことにした。


 咲弥も昔は、こうして懸命に荷運びを手伝っていたのだ。

 陽菜にキャンプの手ほどきをするというのは、咲弥にとって祖父との思い出を追体験するのとほぼ同義であった。


「よーし、それじゃあ出発だぁ」


「しゅっぱつだー!」と、陽菜は助手席にもぐりこむ。シャイな一面も持つ陽菜であるが、今はキャンプに対する期待感がすべてを凌駕しているようであった。


 ただ本日は、生憎の曇天模様である。

 きっと山中では、雨に降られることだろう。春はキャンプのシーズンであるが、ただ一点、天候不良が多い時期でもあった。


「えーと、そのリュックには、雨合羽と長靴が入ってるんだよねぇ?」


 林道に差し掛かった時点で咲弥が問いかけると、陽菜は元気に「うん!」とうなずいた。


「でも、カサはないの。カッパがあればカサはいらないだろうって、おばあちゃんが言ってたんだけど……あったほうがよかった?」


「いやいや。あたしもキャンプに傘は持ち込まないよぉ。片手がふさがったら、何もできなくなっちゃうからねぇ」


「それなら、よかったー!」と、陽菜はほっとしたように微笑む。素直で善良な、咲弥の心を和ませてやまない笑顔であった。


 そうして山中に突き進んでいくと、早くも最初の雨粒がぽつんとフロントガラスに落ちる。やがて百メートルも進まない内に、ワイパーが必要な雨足になってしまった。


「あちゃー、さっそくかぁ。今日はたぶん、降ったりやんだりの繰り返しだろうねぇ」


「そうだね。やっぱり雨だと、キャンプは大変なの?」


「うん。一番あぶないのは、手や足をすべらせることだねぇ。怪我をしないように、いつも以上に気をつけてねぇ?」


 陽菜は明るい表情のまま、「はいっ!」と返事をする。こちらが真面目に語ると、すぐに察して呼応するのだ。陽菜は素直で善良である上に、聡明でもあったのだった。


 やがて手近な空き地に到着すると、そこには真紅の巨体が鎮座ましましている。

 雨にけぶると、見慣れたドラゴンの姿までもが幻想的に感じられる。陽菜も「うわあ」と瞳を輝かせた。


「ドラゴンくん、お待たせぇ。……あれあれ? 今日は、ひとりなの?」


「うむ。アトルとチコは雨の中で畑仕事に勤しんでいたため、今は温泉のある鍾乳洞で身を休ませている。ケルベロスは、その付き添いであるな」


 細く開いたウィンドウ越しに、ドラゴンのダンディな声が聞こえてくる。おそらくドラゴンが駆使する念話の魔法には必要のない措置なのであろうが、まあ気分の問題である。何はともあれ、その黄金色の瞳は今日も変わらず優しい光をたたえていた。


「まずはそちらと合流してから、今日の予定を立ててはどうであろうか?」


「うんうん。それじゃあ支度をするから、ちょっと待っててねぇ」


 ドラゴンの背中に乗れば結界によって雨からも守られるが、その行き道だけでびしょ濡れになってしまいそうな雨量であったのだ。

 しかしドラゴンは、「否」と答えた。


「車の中で雨具を纏うのは、難儀であろう。よければ、このまま鍾乳洞まで案内したい」


「ほうほう。つまり、車ごと運んでくれるってこと? それは、初挑戦だねぇ」


「うむ。車に浮遊の術式を施すため、我の爪で車を傷つける恐れもない。危険はないと約束するが、如何であろうか?」


「うん、ありがとう。それじゃあ、お願いするよぉ」


「では」というドラゴンの言葉とともに、黄色い軽ワゴン車がふわりと浮かびあがった。

 陽菜は「わあ」とはしゃいだ声をあげながら、咲弥の手の先をつかんでくる。べつだん揺れたりはしなかったが、やっぱり多少の不安を喚起されたのだろう。咲弥は真心を込めて、その小さな手をそっと握り返した。


「出発する」というドラゴンの宣言とともに、ワゴン車はさらなる高みに浮かびあがる。そして、翼を広げたドラゴンがすぐ隣に舞い上がってきた。


 その後は、ドラゴンと横並びとなって空の旅である。

 車体ごと結界に包まれているらしく、ワイパーを動かす必要もない。咲弥と陽菜は濡れたウィンドウ越しに、普段といささか趣の異なる遊覧を楽しむことに相成った。


 巨大なドラゴンと並走する格好で、ワゴン車が天空を翔けているのだ。これはこれで、実に現実離れした体験であった。

 ドラゴンの背中に乗ったときと同様に、風圧や振動などは感じない。ひたすらなめらかに、ものすごいスピードですいすいと天を飛翔していくのである。雨粒のヴェールをかきわけているのにまったくの無音であることも、非現実感に拍車をかけていた。


 そんな不可思議な空の旅は数分ばかりで終わりを迎えて、目的の地に到着する。

 西から三番目の峰の麓近くに位置する、鍾乳洞の前である。かろうじて、その場には車を置くだけのスペースが存在した。


「頭上に雨よけの結界を張ったので、雨具を持って移動するがいい。慌てる必要はないので、足もとに気をつけてな」


「うん。重ねがさね、ありがとぉ」


 咲弥は荷物の天辺に積んでおいた雨具の袋を手に取って、車を出た。

 咲弥の頭上数十センチの高さで、雨粒は見えざる壁に弾き返されている。しかしやっぱり無音であるのが、魔法らしい手際であった。


「それじゃあ、行こっかぁ」


 こちらの鍾乳洞は入り口の部分がせまくて足もとが悪いので、咲弥は陽菜の手を取って誘導する。自前のリュックを背負いなおした陽菜は、瞳を輝かせながら初めての鍾乳洞に足を踏み入れた。

 そうしてせまい入り口をくぐると、すぐに開けた場所に出て――そこに、他なるキャンプメンバーが待ちかまえていた。


「わーい! みんなも、ひさしぶり!」


 陽菜が喜びの思いを真正面からぶつけると、アトルとチコはおずおずとはにかみながら頭を下げ、ルウも粛然と一礼する。ケルベロスもせまい入り口をくぐるために分裂しており、ケイとベエはそれぞれくつろいだ姿を見せていた。


「サクヤ殿もヒナ殿も、おひさしぶりです。息災なようで、何よりです」


 ルウの言葉に嬉しそうな笑顔を見せてから、陽菜は咲弥のほうを振り返ってきた。


「さくやおねえちゃんも、ひさしぶりなの?」


「うん。あたしは、四日ぶりだねぇ。ゴールデンウィークの影響で、早めに仕事を片付けることになっちゃったからさぁ」


 咲弥は先週の日曜日に陽菜を家まで送り届けたのち、また七首山に舞い戻った。そこから月曜日の朝まで連泊して、帰宅してからは仕事ざんまいであったのだ。


「そっか! もうすぐゴールデンウィークだもんね! そうしたら、ひなもいっぱいおとまりできるかなぁ?」


「それは、親御さん次第だねぇ。こっちはいくらでもウェルカム状態だから、ご両親におねだりしてみなよぉ」


 陽菜はいっそう嬉しそうな笑顔で、「うん!」とうなずく。

 そこに、小型化したドラゴンも颯爽と踏み入ってきた。


「さて。今日はどのように過ごす算段であろうか?」


「そうだねぇ。陽菜ちゃんに雨のキャンプを体験してもらおうかと思うんだけど、どうだろう?」


 咲弥がそのように答えると、あくびをしていたケイが横目でにらみつけてきた。


「また雨の中で、野営するのかよ? 竜王に結界を張らせりゃあ何の苦労もねーのに、酔狂なこったなー」


 その結界の魔法は、ここまで来る間にもさんざんお世話になった。そしてドラゴンはその気になれば、ひと晩中でも結界の屋根を張ることが可能であるそうなのだ。さすれば、咲弥たちも雨具を纏うことなく、いつも通りのキャンプを楽しむことが可能であったのだった。


「しかしそれでは、山の息吹を正しく感じることもかなうまい。……というのが、トシゾウの口癖であったな」


 ドラゴンに優しい眼差しを向けられて、咲弥は「うん」とうなずく。それで咲弥も雨の日は、雨の日ならではの不自由さを満喫していたのである。


 ちなみにドラゴンやケルベロスは、魔法で雨粒を弾くことができるらしい。それでいつでも、すべすべのモフモフを保てるのだ。いっぽうアトルとチコは、もともと纏っているポンチョのような装束のフードをかぶって、咲弥におつきあいしてくれるのが常であった。


「アトルくんとチコちゃんには、いっつもお手数をかけちゃうねぇ」


「とんでもないのです! しゅーらくではあめがすくないので、おやまのあめはたのしーたのしーなのです!」


 アトルは不満を押し殺している様子もなく、そんな風に言ってくれた。確かに砂漠で暮らしていれば、雨に見舞われる機会は少ないのだろう。すでに彼らの装束は、しっとりと濡れそぼっていた。


「こっちは朝から降りそうで降らない空模様だったけど、やっぱりお山では降ってたんだねぇ」


「はいなのです! あめがふるとみずまきをしょーりゃくできるので、そのぶんくさむしりをがんばったのです!」


「そーなのです! それに、ぽかぽかのひがふえてきたので、あたたかいじきにそだつさくもつのたねやなえもうえてきたのです! しゅーかくのひが、たのしみいっぱいいっぱいなのです!」


 そういえば、冬の間は収穫できる作物の種類が半減するという話であったのだ。今後どのような作物が披露されるのか、咲弥としても楽しみなところであった。


「では、何処に移動いたそうか?」


「そうだなぁ。いっそ、すぐそこのスポットにしよっかぁ。雨で冷えたら、温泉を楽しみたくなるかもしれないしねぇ」


 しかしまずは、雨中の設営である。

 期待に瞳を輝かせる陽菜とともに、咲弥は出立の準備を整えることにした。

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― 新着の感想 ―
雨中のキャンプは結構大変そうですけど、準備次第で楽しめるのですね。
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