05 新たな遊戯
「あたしがチャレンジしようと思ったのは、モルックっていう遊びだかスポーツだかの道具なんだぁ」
楽しいバーベキューを終えたのち、咲弥がそのように宣言すると、その場に集った全員が小首を傾げることになった。
「モルック……一万名の人間の思考を精査した我にも、聞き覚えがないようであるな」
「あらそう? 一万人もいたら、ひとりやふたりは知ってそうなところだけどねぇ」
「うむ。思考の密度が薄い物事に関しては、我の記憶にも残りにくいのだ。さすがに一万名分の思考をのきなみ記憶に残すのは、精神に負担が大きいのでな」
「にゃるほど。まあそんなに難しいルールじゃないから、心配はご無用だよぉ。その前に、まずは道具を自作しないといけないけどねぇ」
しかしそちらも、大して手のかかる加工ではない。普通であればそれなりの労力なのであろうが、何せこちらには『竜殺し』というお宝アイテムが存在するのだ。石でも簡単に寸断できるその短剣があれば、丸太を寸断するのも皮を剥がすのも思いのままであったのだった。
まずは直径十センチていどの太さをした丸太の皮を剥ぎ、十五センチの長さに寸断していく。
ボーリングで言うところのピンであり、正式名称はスキットルというらしい。このスキットルを投擲で倒して遊ぶのが、モルックの基本的なルールであった。
スキットルは十二本も必要となるので、手伝いたくてうずうずとしているアトルたちと交代で仕上げていく。
十二本の丸太が仕上がったならば、お次は上面の加工だ。スキットルの上面は四十五度の角度に仕上げて、その断面に数字を記すとされていた。
「でも、みんなはこっちの世界の字を読めないよねぇ?」
「うむ。我は知識に修めているが、他の者たちは読めまいな。その数字に該当する記号でも記せばよいのではなかろうか?」
頼もしいドラゴンの提案に従って、咲弥は数字の下に記号を記していった。視認性を考慮して、基本の数字は小さな点、五を表すのは大きな丸形、十を表すのは大きな星形ということにさせていただく。最大値の『12』であれば、『★・・』ということだ。
次に必要になるのは、投擲のためのピン――その名も、モルックである。
そもそもモルックというのは、フィンランド語で「木の棒」を意味するらしい。咲弥が参照したウェブサイトにおいては混同を避けるため、こちらのアイテムをモルック棒と称していた。
こちらのモルック棒はスキットルよりもいくぶん長めで、二十二・五センチというサイズになる。厳密には太さも決められているのであろうが、それはもともとの丸太のサイズで仕上げることにした。
そもそもモルックというのは、公式の大会なども開催されている立派な競技であるようなのだ。日本においてもじわじわと普及して、それなりに知れ渡っているようであった。
しかし咲弥はキャンプの場に相応しい遊びをインターネットで検索し、初めてモルックの存在を知った。競技人口はいまだ一万名未満であるようであるし、まだまだこれからの競技であるのだろう。何にせよ、咲弥はキャンプメンバーと楽しく遊べれば、それで十分であった。
「よーし、完成だねぇ。素人の作にしては、まずまずなんじゃないかなぁ」
『祝福の閨』に並べられたスキットルを前に、咲弥はそのように宣言した。
原材料であった三本の丸太は多少サイズも異なっていたが、皮を剥ぐ工程で均一になるように意識したので、それほど不揃いな印象ではない。表面がいくぶんザラついているのも、手作りらしい野趣と言えるだろう。咲弥としては、満足のいく出来栄えであった。
「すごいねー! これで、どうやってあそぶの?」
「うん。まずは地面に、このスキットルを立てて――」
そのように言いかけて、咲弥はぽんと手を打った。
「ああ、この岩場だと、スキットルを立てられないねぇ。これはうっかりしてたなぁ」
「なんだそりゃ!」と、ケイが呆れたようにわめきたてる。
咲弥は「ごめんよぅ」と泣き真似をした。
「あたしの考えが足りてなかったよぅ。モフモフしてあげるから、許しておくれよぅ」
「だーっ! ドサクサにまぎれて、ひっつくんじゃねー!」
咲弥とケイのいつものやりとりに、陽菜は「あはは」と笑い声をあげる。
そしてその後は、すみやかに移動である。スキットルを立てられるていどに平地であればどこでもかまわなかったので、咲弥が以前から利用していたスポットのひとつを目指すことになった。
車で行き来できる場所の中では、もっとも高台に位置するスポットである。異界と融合した後の話でいうと、咲弥がアトルやチコと初めてのキャンプを楽しんだ場所だ。優雅な空の旅を経てそちらに降り立った陽菜は、また瞳を輝かせることになった。
「よく見ると、ふしぎな花がいっぱい咲いてるねー! これなんて、ヒマワリのオバケみたい!」
「うむ。この近辺に毒を持つ種は存在しないが、この蔓草などは動くものに巻きつく習性を持っている。たとえ巻きつかれても危険はないので、慌てぬようにな」
ドラゴンの声が厳粛な響きを帯びたときだけ、陽菜は「うん!」ではなく「はい!」と応じる。どんなに楽しくても羽目を外さないという、陽菜らしい心意気が垣間見えていた。
「ではでは、モルックのルールを説明させていただくねぇ。まずはこのスキットルを、決められた順番で並べていくんだよぉ」
スマートフォンのメモ帳を参照しながら、咲弥は手ずから模範を示した。
十二本のスキットルをぴっちり密集させた形で、四列に並べていく。最初の列が『1』と『2』で、次の列が『3』『10』『4』、次が『5』『11』『12』『6』、最後が『7』『9』『8』という配列である。
「そして、三、四メートル離れた場所に、投擲のポイントを設定いたします。本当はモルッカーリっていう道具を準備するんだけど、今日のところは薪で代用するねぇ」
大人の歩幅の平均は約七十センチと聞き及ぶので、咲弥はスキットルから五歩ほど離れた場所に薪を並べる。四列に並べたスキットルを真正面に見る位置取りで、五十センチの見当で横向きに薪を置き、さらにその両端から四十五度の角度をつけて、二本の薪を追加した。
「この薪のスペースから足を踏み出さないようにして、このモルック棒を投げるんだよぉ」
「ふむ。それで、倒したスキットルの数を競うのであろうか?」
「そうそう。ただし、一本倒した場合はスキットルに書かれた数字がポイントになって、二本以上倒した場合は本数がポイントになるんだってさぁ。それで、合計50ポイントになった人が勝ちっていうルールみたいだねぇ」
「なるほど。ですが、最初の競技者がすべての的を倒してしまった場合は、如何様に取り計らうのでしょうか?」
「倒れたスキットルは、毎回復活させるんだってよぉ。ただし、元の形ではなくって、倒れたり転がったりした場所に立てなおすんだってさぁ」
さらに咲弥は、細かいルールを説明していった。
モルック棒の投擲は、下手投げで行う。
倒れたスキットルが折り重なった場合、スキットルの側面が地面に接していない分はポイントに加算されない。
投擲の際に、モルッカーリ――今回で言えば、足もとの薪――に触れたり踏み越えたりした場合は、反則となって無効となる。ただし、その投擲で倒れたスキットルは従来通り、倒れた場所に立てなおす。
一度の投擲で一本のスキットルも倒せなかった場合はもちろん0ポイントであるが、それが三回連続すると失格負けとなる。
ポイントの合計が50をオーバーした場合は、25ポイントに減点された上でゲームが継続される。勝利するには、きっかり50ポイントを目指さなくてはならない。
「とりあえず、そんなところかなぁ。ま、遊びでガチガチに縛る必要はないから、あとは実践で試してみよっかぁ」
「うん! よくわかんないけど、おもしろそー!」
陽菜ははしゃいでいるし、アトルとチコはもじもじしながら期待の面持ちである。ケイは興味なさげにそっぽを向いており、ベエは陰気にうつむいたままであったが、フリスビーに興じた際も最後には全員が夢中になっていたのだった。
「で、大人数の場合はチーム戦がおすすめらしいからさぁ。とりあえず、ペアで四組つくってチャレンジしてみよっかぁ」
「またメシでもねーのに、分裂するのかよ」
ぶちぶちと文句を言いながら、ケルベロスは三体に分裂する。これも、毎度のことであった。
「ではでは、ペア決めのくじびきだねぇ」
咲弥はスマートフォンではなく本物のメモ帳をサロペットエプロンのポケットから引っ張り出して、あみだくじを作成した。
その末に、四組のペアが結成される。咲弥とベエ、アトルとルウ、チコとケイ――そして、陽菜とドラゴンという組み合わせであった。
「ドラゴンくん、よろしくね!」
頬を火照らせた陽菜に「うむ」とうなずき返してから、ドラゴンは大型犬サイズに縮小する。
かくして、七首山における第一回モルック大会が開催されたのだった。




