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03 挨拶

「こちらがじっちゃんのお友達だった、ドラゴンくん。こっちが畑のお世話をしてくれている、アトルくんとチコちゃん。それでこっちがケルベロスの、ケイくんとルウくんとベエくんね」


 咲弥があらためて紹介すると、陽菜は「はじめまして!」と勢いよく頭を下げた。


「ひなは、田辺ひなっていいます! 小学四年生で、十さいです!」


「うむ。どうかよろしく願いたい」


 ドラゴンが粛然と頭を垂れると、アトルとチコも大慌てでそれに続いた。

 陽菜よりも大きな図体をしているのは、大型犬サイズのドラゴンただひとりだ。ケルベロスたちはもっとちんまりしているし、アトルとチコはせいぜい身長百センチていどであったので、年齢の割に小柄な陽菜のほうが二十センチ以上も上回っていた。


 それも影響しているのか、陽菜のほうに怯んでいる様子はない。初めて相対した異界の住人たちに、ただただ昂揚している様子だ。ずいぶん胆が据わっているのだなと、咲弥は感心することしきりであったが――ドラゴンたちと早々に親睦を深めることになった咲弥には、文句をつける資格もなかった。


「それでは交流を深める前に、三点ほど伝えておきたい話がある」


 ドラゴンがいくぶん厳粛な口調になると、素直な陽菜は「はい!」と背筋をのばした。


「まず、一点目。さきほどサクヤも申し述べていたが、我々の存在は秘密にしてもらいたい。我はこの山で静かに暮らすことを願っているので、そちらの世界の者たちに騒がれたくないのだ」


「はい! ひみつは、ぜったいに守ります!」


「うむ。ヒナであれば、約定を違えることはなかろう。……ただ、幼き身である其方は、ふとしたはずみで我々の存在を口走ってしまう恐れもあろう。しかし、それで外界の者たちがこの山に踏み込んでこようとも、さきほどまでのヒナと同様に、我々の姿を目にすることはかなわない。よって、ヒナが嘘つき呼ばわりされる恐れが生じてしまうのだ。自らの尊厳を守るためにも、どうか口をつつしんでもらいたい」


 ドラゴンの言葉には時おり難しい単語や言い回しが入り混じったが、陽菜は懸命に理解しようとしている様子で「はい!」とうなずいた。


「では、二点目。……もしもヒナが家族や親しい友人に秘密を持つことを負担に感じた場合、我の術式で記憶を操作することが可能である。ただ我々の記憶を消去するばかりでなく、この山に足を踏み入れた際にだけ記憶を復活させることも可能であるのだ。もしもこの先、そういった処置が必要であると感じた際には、遠慮なく申し出てもらいたい」


「はい! ひなは、だいじょうぶです!」


 陽菜はそのように答えたが、やはり十歳という幼さではこの先どのような心境に至るかもわからない。きっとドラゴンは、そこまで見越しているのだろうと思われた。


「それでは、最後の三点目だが……我はかつて、そちらの村落に住まう人間の心根を精査したことがある。ヒナの心を勝手に覗き見たことを、どうか容赦してもらいたい」


 ドラゴンが深く頭を下げると、陽菜はきょとんとした。


「えーと……ドラゴンくんは、ひなが考えてることがわかるの?」


「魔法で、心を読むことが可能である。この山の近在に悪しき心を持つ人間がいないかどうか、確認する必要があったのだ。しかし今後は決してヒナの心を盗み見たりはしないと約束するので、どうにか容赦を願いたい」


「うん! まほうって、すごいんだね! ほんとにゲームとかマンガみたい!」


 と、陽菜はあくまで屈託がない。

 やはり十歳の身では、心を覗かれるという行為の重大さが理解しきれないのだろう。なおかつ、陽菜に限っては、心を覗かれても困らないという純真さが備わっているのかもしれなかった。


「ヒナの理解を得られて、心からありがたく思う。……では、親愛の証として、こちらを贈らせてもらいたい」


 と、ドラゴンが尻尾の先端を陽菜のほうに差し出す。

 そこに掲げられていたのは、赤い炎のごとき鱗のペンダントであった。


「こちらには、退魔の術式が施されている。サクヤの心の安息のためにも、どうか受け取ってもらいたい」


「うんうん。あたしもおそろいのペンダントをプレゼントされてるんだよぉ」


 咲弥が胸もとからペンダントを引っ張り出すと、陽菜はたちまち瞳を輝かせた。

 そして、「ありがとう!」と告げながら手をのばしたのだが――何故だか、ドラゴンはひょいっと尻尾を引っ込めてしまった。


「失礼した。こちらはまず、サクヤに捧げさせてもらおうかと思う」


「んー? そのココロは?」


「ヒナがこちらの品を家まで持ち帰ったならば、家族に出所を問われる可能性が高かろう? サクヤの手からこちらを贈れば、ヒナは虚言を吐くことなく事実を伝えることがかなおう」


「おー、さすがドラゴンくんは、気が回るねぇ」


 納得した咲弥は、笑顔でペンダントを受け取った。


「ではではつつしんで、陽菜ちゃんにプレゼントいたします。これは、魔除けのお守りだよぉ」


「ありがとう!」と、陽菜はあらためて喜色をあらわにした。

 そうして頬を火照らせながら、さっそくペンダントを装着する。その幸せそうな表情が、咲弥の胸を温かくしてやまなかった。


「では、言語解析の術式を解除する。その護符を携えていれば、自然に術式が発動されるのでな」


 と、ドラゴンは尻尾で虚空を撫でるような仕草を見せた。

 そういえば、咲弥が異界の住人と言葉を交わせるのも、このペンダントの効能であったのだ。今まではドラゴンが別なる魔法を発動させて、陽菜と言葉を交わせるように仕立てていたのだと察せられた。


「我からは、以上である。……其方たちも、ヒナと挨拶を交わすべきではなかろうか?」


「は、はいなのです! ぼくはコメコぞくの、アトルともうしますのです! なんそつよろしくおねがいしますなのです!」


「わ、わたしはアトルのいもうとの、チコともうしますのです! サクヤさまには、いつもごおんじょーをたまわっているのです!」


「うん! よろしくおねがいします!」


 アトルとチコに対しても、陽菜は屈託がない。こちらは紫色の髪と瞳に立派な巻き角という姿であったが、陽菜を困惑させるには至らないようであった。


「私は、ケルベロスと申します。今は三体に身を分けておりますが、本来は一体の身と相成ります」


「わっ! ケルベロスくんも、しゃべれるんだね!」


 陽菜は、いっそう瞳を輝かせた。


「それで、えーと……あなたが、ルウくん? ケイくんとベエくんもケルベロスくんで、みんななかよしってこと?」


「仲良しと申しますか、同一の存在であるのです。……やはり本来の姿もお見せしたほうが、理解も早まるのではないでしょうか?」


「うん、まあ、陽菜ちゃんだったら、大丈夫そうだねぇ」


 というわけで、ケルベロスは三つの黒い竜巻と化して、本来の姿に舞い戻った。

 その雄々しい姿に、陽菜は「わあ!」とはしゃいだ声をあげる。


「すごいすごい! いまの、どうやったの? まほうの力?」


「はい。こちらが本来の姿であり、三体に分かれるのが魔法の術式と相成ります」


「かっこいいね! おにいちゃんたちに言ったら、うらやましがるだろうなあ。……あ、でも、ぜったいにひみつだから!」


「はい。それに関しては、さきほど竜王殿が仰った通りです。ご自分のためにも、ご自重を」


「りゅーおー?」と陽菜が小首を傾げると、ルウではなくドラゴンが説明をした。


「我はかつて、その名で呼ばれていたのだ。ヒナは、好きなように呼んでもらいたい」


「それじゃあひなは、さくやおねえちゃんとおんなじに、ドラゴンくんってよぶね!」


 ドラゴンは優しい眼差しで、「うむ」とうなずいた。


「これでようやく、一段落であろうかな。この後は、ヒナにキャンプの楽しさを教示するのであるな? 我々も、同行を許されようか?」


「うん。陽菜ちゃんが断るとは思えないねぇ」


 咲弥はドラゴンに笑いかけてから、同じ表情で陽菜のほうに向きなおった。


「あたしはこっちに引っ越してきてから、ずっとドラゴンくんたちとキャンプを楽しんでたんだよぉ。今日もみんな一緒でかまわないかなぁ?」


「うん! みんなといっしょがいい!」


 陽菜の元気な返答に、アトルとチコはもじもじしながら紫色の瞳を輝かせる。ケルベロスも凛然と立ちはだかったまま、大きな尻尾をぱたぱたと振りたてた。


「では、設営の場所は、何処に?」


「うーん、そうだなぁ。今日はひさびさに、釣りでも楽しもうかと思ってたんだけど……そうすると、スキュラさんも紹介しなくちゃだよねぇ」


「うむ。しかしスキュラは偏屈であるので、ヒナにいらぬちょっかいをかける恐れがあろうな。まあ、決して危険なことはあるまいが……多少はヒナの身を思いやるべきではなかろうか?」


 陽菜は誰に会わせようとも、難なく受け入れてくれそうな頼もしさを発散させている。むしろ、昂揚の度が過ぎて、知恵熱でも出してしまいそうな恐れがまさっていた。


「今日は陽菜ちゃんの初キャンプだし、レギュラーメンバーだけでおもてなしすることにしよっかぁ。となると、釣りは次の楽しみとして……よし、それじゃあ前々から夢想してたお遊びにチャレンジしてみよっかなぁ」


「ふむ。どのような試みであろうか?」


「今ってフリスビーぐらいしか遊び道具がないから、新しいやつを自作しようかと思ってさぁ。また木材を拝借できる?」


「うむ。であれば、皆で丸太の保管場所に出向いてみてはどうであろうか? あの場所は、サクヤもいまだ踏み入っていなかったからな」


「おー、いいねぇ。ここんところ、お初の場所には出向いてなかったもんねぇ」


 咲弥が喜んで応じると、ドラゴンは穏やかな眼差しを陽菜のほうに移動させた。


「では、我も本来の姿を見せようかと思う。我はずいぶん大きな図体をしているので、心の準備を願いたい」


 陽菜はむしろ期待の念をみなぎらせながら、「うん!」と応じる。

 そうしてドラゴンが真紅の輝きとともに体長五メートルの正体をあらわにすると、陽菜はまんまと歓喜の思いをみなぎらせたのだった。


「すごーい! かっこいー! ドラゴンくんって、おっきいんだね!」


「うむ。やはりヒナも豪胆さでは、サクヤに負けておらぬようであるな」


「うんうん。頼もしい限りだねぇ」


 さらにドラゴンが魔法陣を描いて咲弥の愛車を亜空間に消し去ると、陽菜はまた歓声を張り上げる。

 そしてその後は、ドラゴンの背中に乗って空の旅である。本当に手加減をしないと、陽菜は熱でも出してしまいそうだった。


(でも、十歳でドラゴンくんたちと出会えたなんて、ちょっぴり羨ましいかなぁ)


 咲弥はそんな風に考えかけたが、すぐに自分で打ち消すことになった。

 咲弥は十歳になってすぐ、祖父と出会うことができたのだ。その喜びは、今の陽菜に負けていないはずであった。


 咲弥はその年齢まで、祖父の存在を知らされていなかったのである。

 咲弥の母は田舎の出身であることを恥じていたため、自分の子供たちにすら故郷と祖父の存在を隠し通していたのだ。

 それをいきなり白状したのは、心置きなく夫婦喧嘩に励むためとなる。咲弥の父親の浮気が発覚したために、咲弥と弟は一週間ばかりも祖父の家に預けられることになったのだった。


(まったく、呆れた話だけど……あの一件がなかったら、じっちゃんのことを知らないままだったかもしれないんだもんなぁ。間抜けな父さんにも、感謝しておくかぁ)


 そんな思いを胸に秘めながら、咲弥は陽菜に手を差し伸べた。


「それじゃあ、移動しようかぁ。危ないことはないけど、また心の準備をよろしくねぇ」


 陽菜は輝くような笑顔で、咲弥の手を取った。

 その小さな指先は、ドラゴンに負けないぐらいすべすべで温かかった。

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