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02 遭遇

「……だんだん山っぽくなってきたね」


 山道を進む車の中で、陽菜が弾んだ声をあげる。

 咲弥が横目で確認すると、陽菜はサイドウィンドウにべったりと張りついて山の様子に見入っていた。


「陽菜ちゃんも、山菜とかキノコ狩りに参加してるんだっけぇ?」


「うん! この前は、ひなが一番たくさんわらびを見つけたんだよ!」


「山菜は、これからがシーズンだもんねぇ。あたしもその内、チャレンジしてみよっかなぁ」


 と、陽菜と言葉を交わしていると、不安よりも楽しい気分がまさってくる。これもまた、祖父が紡いでくれたご縁であるのだ。咲弥よりも小さな時分からキャンプに興味を持っていたという陽菜に、咲弥が好感を抱かないわけがなかった。


 そうして車は、もっとも手近なキャンプスポットに到着する。

 咲弥がエンジンを止めると、陽菜はそわそわしながら輝く瞳を向けてきた。


「もう外に出てもいい?」


「うん。茂みの中には入らないようにねぇ」


「うん!」と大きくうなずくや、陽菜は車外に飛び出した。

 十メートル四方の、小さな空き地である。陽菜は「うわあ」とはしゃいだ声をあげながら、周囲を取り囲む樹林に視線を巡らせた。


 運転席を降りた咲弥は、そんな陽菜の姿を見やりながら、小さく息をつく。

 咲弥の目に映るのは、異界の花が咲き乱れる極彩色の風景だ。同じ場にたたずむ人間がまったく異なる風景を目にしているのだと考えるのは、やはり奇妙な心地であった。


(まあ、なるべく茂みに近づかないようにすれば……なんとかなるかな?)


 そうして何気なく周囲を見回した咲弥は、思わず「のわあ」とのけぞってしまう。

 それに気づいた陽菜が、きょとんと振り返ってきた。


「さくやおねえちゃん、どうしたの?」


「い、いやいや、なんでもないよぉ」


 咲弥はそのように答えたが、何でもないどころの騒ぎではなかった。茂みの中に屹立した大樹の陰から、ドラゴンとアトルとチコとケルベロスが仲良く顔を覗かせていたのである。


「……陽菜ちゃん、ちょっと待っててね」


 咲弥は陽菜をその場に残して、なるべく平静な足取りでそちらに近づいていった。


「……あのさぁ、いくらなんでも心臓に悪いよぉ」


 咲弥が囁きかけると、木陰のドラゴンは「うむ」と首肯した。ドラゴンはすでに大型犬サイズに縮んでいたので、三身一体のケルベロスのほうが高い位置から三つの首を覗かせている。ドラゴンのすぐ下はアトル、その下は中腰のチコであり――合計六つの顔が縦一列に並んでいるさまは、愛くるしい限りであった。


「驚かせてしまったのなら、申し訳なかった。しかし、今後の振る舞いについて、話し合うのであろう? 姿を隠したまま念話を送るのは余計に驚かせる結果になるかと判じて、ひそかに姿を見せることにしたのだ」


「それはいいけど、みんな一緒だとは思わなかったよぉ」


「うむ。皆々も、サクヤとのキャンプを心待ちにしていたのでな」


 そのように言われてしまうと、咲弥も文句はつけられない。

 その間も、ケルベロスと亜人族の兄妹は食い入るように陽菜の姿を観察していた。


「あれが、そっちの世界のガキかよ? やっぱり、魔力は感じねーな」

「魔法の文明が発展していないのなら、魔力を身につけるすべもないのでしょう」

「うむ……その上、コメコ族のような膂力も備えていないのだから……ああまで幼いと、脆弱に見えてしかたがないな……」

「だ、だけど、とてもそーめいそうなおこであるのです!」

「そーなのです! さすが、サクヤさまのごどーはいなのです!」


 囁いているのは咲弥だけで、他の面々は遠慮なく声を張り上げている。彼らの声は陽菜の耳に届かないため、声をひそめる必要もないわけであった。


「それで、どうしよっか? あたしだけで、無事に陽菜ちゃんをおもてなしできるかなぁ?」


「うむ? やはり、我々の存在を明かすことは気が進まないのであろうか?」


「いやぁ、それはどうなんだろう? 陽菜ちゃんがどんな反応を見せるか、まったく見当がつかないし……こっちの世界でドラゴンくんたちの話が広まっちゃうのは、まずいでしょ?」


「それに関しては、我もよくよく吟味した。しかしあのヒナであれば、サクヤの信頼を裏切ることはないのではなかろうかな?」


 と、ドラゴンは優しく目を細めた。


「以前にも話したかと思うが、我はそちらの村落の住人たちの心根を、ひとり残らず精査している。近在に悪しき心を持つ人間が住まっていたならば、なんらかの対処が必要であろうからな。その際に、我の警戒心をかきたてるような人間は発見できなかったし……あのヒナというのは、その中でもひときわ純真な性根であったように記憶している」


「ああ、なるほど……でも、ドラゴンくんたちのことを怖がっちゃう可能性もあるよねぇ? あたしやじっちゃんみたいにふてぶてしい人間は、そうそういないだろうからさぁ」


「うむ。我々との出会いがヒナの精神に悪しき影響をもたらす可能性は否めまいな。その際には、記憶を消去する術式をかけることも可能であるが……やはりサクヤにとっては、それも望ましからぬ所業であろうか?」


 そのように語りながら、ドラゴンはいっそうやわらかい眼差しになった。


「あのヒナはトシゾウとも健やかな絆を結んでいたため、我としても懇意にさせてもらえればありがたく思う。なおかつ、記憶を消去する事態に至っても悪しき影響が残らないことは約束するが……サクヤの同意を得られなければ、無理を通すつもりはない」


 それは何とも、悩ましい申し出である。

 それで咲弥が「うーん」と思い悩んでいると、ベエが鬱々とした調子で発言した。


「何にせよ……この状態でひと晩を過ごすというのは、サクヤにとって心労がつのるばかりではないだろうか……?」


 ベエの視線を追った咲弥は、「うひゃあ」と腰を抜かしそうになった。

 陽菜は空き地の端で、茂みの向こうを覗き込んでおり――その小さな頭が、巨大なチューリップのごとき花にぱっくりくわえこまれていたのだ。


「あちらの花は虫を喰らうが、人間族を脅かすほどの力は有していない。しかし、鼻や口をふさがれる前に引き離すべきであろうな」


「い、言われなくても、そうさせていただくよぉ」


 咲弥はおっとり刀で陽菜のもとに駆けつけて、「陽菜ちゃん陽菜ちゃん」と呼びかけた。

 巨大チューリップに頭をくわえられたまま、陽菜はくるりと向きなおってくる。巨大な花弁はちょうど頭の上半分にかぶさっており、サイケデリックな帽子でもかぶっているような風情であった。


「なんかね、がさがさって音がしたの。リスかなぁ? ウサギかなぁ?」


 陽菜はにこりと、屈託なく微笑む。

 咲弥は「あははぁ」と気の抜けた笑い声を発しながら、その頭にはりついた花弁をそっとひっぺがした。


「とりあえず、あっちに行こうねぇ。……うーん、こいつは、どうしたもんかなぁ」


「なにが? やっぱり……ひなといっしょは、いやだった?」


「いやいや、そうじゃなくってさぁ。……うん、あたしも覚悟を決めるしかないかなぁ」


 咲弥は頭をかきながら膝を折り、小さな陽菜と目線の高さを合わせた。


「陽菜ちゃん、ひとつ話しておきたいことがあるんだけど……このお山にはね、あたしやじっちゃんのお友達が暮らしてるんだよぉ」


「おともだち? だれのこと?」


「ドラゴンくんと、ケルベロスくん。あとはアトルくんにチコちゃんっていう子たちが畑のお世話をしてて、他にも何人かお友達が増えたの。あたしにとっては、すごく大切なお友達なんだよねぇ」


 そのように語る咲弥のもとに、ドラゴンたちがしずしずと近づいてきた。

 しかし、陽菜の目はひたすら咲弥の顔を見つめている。懸命に、咲弥の言葉を理解しようとしているようだった。


「ドラゴンくんと、ケルベロスくん……変わったお名前だね? おにいちゃんたちがやってる、ゲームのモンスターみたい」


「うん。ドラゴンくんたちは、ゲームみたいな世界からやってきたんだよぉ。でも、みんな優しくて、いい人たちばっかりなの。できれば、陽菜ちゃんとも仲良くしてもらいたいんだけど……どうだろう?」


 陽菜は「うん!」と瞳をきらめかせた。


「さくやおねえちゃんがなかよくしてるなら、ひなもなかよくしたい! ……あ、でも……そっちのみんなが、いやがらないかなぁ?」


「みんな、陽菜ちゃんのことを嫌がったりはしないよぉ。でもね、ドラゴンくんたちは人間じゃないから……陽菜ちゃんは、びっくりしちゃうと思うんだよねぇ」


「うん……?」と、陽菜は頼りなげに小首を傾げた。


「よくわかんないけど……人間じゃないのに、お友達なの?」


「そう。見た目は、竜とか狼とかなの。アトルくんとチコちゃんは、頭に角が生えてるねぇ。でも、みんなすごく優しくて、いい人たちばっかりだよぉ」


「それなら、ひなもなかよくしたい」


 咲弥の真剣な思いが伝わったのか、陽菜も懸命に表情を引き締めている。

 咲弥は「ありがとう」と、その小さな肩に手を置いた。


「でもね、みんなのことは外で秘密にしておきたいんだよぉ。竜とか狼とかが喋ったら、みんなびっくりしちゃうからねぇ。……だから、陽菜ちゃんの家族とかにも黙っておいてほしいの。それが嫌だったら、あたしと二人でキャンプを楽しもう?」


 すると、陽菜は「ううん!」と首を横に振った。


「ひな、ひみつ守れるよ! ほしのちゃんの好きな男の子とか、ぜったいのぜったいにひみつなの!」


「そっか」と、咲弥は笑顔を返した。

 やっぱり陽菜は、とても純真な女の子であるのだ。咲弥が守れるような話は、きっと守ってくれるはずだと信じることができた。


「それじゃあ、みんなを紹介するねぇ。……あ、ケルベロスくんは、三人に分かれてもらえるかなぁ?」


「なんでだよ?」と、ケイはうろんげに顔をしかめる。今はライオンぐらいの巨体をした三つ首の狼であるため、迫力も満点だ。


「こっちの世界には、三つ首の狼って存在しないからさぁ。三人に分かれたラブリーな姿のほうが、陽菜ちゃんも仲良くしやすいと思うんだよねぇ」


「ちぇっ。めんどくせーなー」とぼやきつつ、ケルベロスは黒い竜巻と化すとともに、三体のちんまりした姿に分裂してくれた。


「……さくやおねえちゃん、だれと話してるの?」


 いっぽう陽菜は、不安そうに周囲を見回している。しかし、その目の決然とした光に変わりはなかった。


「今はドラゴンくんの魔法で、みんなの姿が陽菜ちゃんに見えなくなってるんだよぉ。……みんながいきなり登場するのは、やっぱり刺激が強いかなぁ?」


「うむ。ヒナにはまぶたを閉ざしてもらい、その間に目くらましの術式を解除するべきではないだろうか?」


「りょうかぁい。じゃ、ヒナちゃん。ちょっと目をつぶってもらえる? その間に、みんなの姿を見えるようにしてもらうからさぁ」


「うん!」と大きくうなずいてから、陽菜はぎゅっと目をつぶる。

 ドラゴンはいつもの調子で、長い尻尾を虚空に走らせた。


「目くらましの術式を、解除した。これでヒナも、我々の姿を認識することができよう」


「……陽菜ちゃん、準備できたってよぉ。びっくりしないように、心の準備をしてから目を開けてねぇ」


「うん……」といくぶん震える声で応じてから、陽菜はゆっくりとまぶたを開く。

 そうして、周囲の光景を見回すと――陽菜は「わあ!」と、その目を輝かせた。


「すごいすごい! ほんとに、ドラゴンだー! ドラゴンくん、こんにちは!」


「うむ。ヒナに挨拶できることを、喜ばしく思っている」


 ドラゴンがダンディな声で答えると、陽菜は興奮おさまらぬ様子でじたばたとした。


「ドラゴンくん、ほんとにしゃべれるんだね! ほかのみんなも、こんにちは! みんな、かわいー!」


 普段の内気さなど吹き飛んでしまった勢いで、陽菜ははしゃぎまくっている。

 それで咲弥も、ようやく安堵の息をつくことがかなったのだった。

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