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06 対話と調理

「それじゃあお次は、カニくんたちの下ごしらえだねぇ」


 咲弥の指示で、次なるステップに進行する。ケルベロスたちの雷撃で眠らされた巨大ガニの、下処理である。昼前にも同じ作業に取り組んだアトルとチコも、もはや手慣れたものであった。


 ただ今回は、さきほどの倍近い量である。味見と昼食で十二体をたいらげても、まだ二十体以上の巨大ガニが残されていたのだ。冒険者たちの再来がなければ、ひと晩で食べ尽くすことも難しい量であった。


「まあ、カニくんだけを食べてたら、なんとかなったかもしれないけどさぁ。それじゃあ、さすがに飽きちゃうしねぇ」


「うむ。それで腹は満たされようとも、心は満たされまいな。サクヤの手腕は、心強い限りである」


 しばらく考え深げな眼差しを見せていたドラゴンも、普段通りの温かさでそんな風に言ってくれた。

 咲弥はアトルとチコの三人がかりで、巨大ガニの洗浄および解体の作業を進めていく。キッチンバサミはひとつしかなかったが、アトルとチコは持ち前の器用さと怪力を発揮して、黒曜石の刀でも綺麗に解体することができた。


「テクトリさんも、カニくんを使ってみる?」


「うむ……キバジカの肉のほうが、無難であろうが……あの味わいなら、使えなくもなかろうな」


 テクトリもようやく献立が決定したようで、三体の巨大ガニを所望した。そうして最初に取り掛かったのは、カニミソの下ごしらえである。

 三体分のカニミソを石の深皿に集めて、貝醬なる調味料と咲弥が貸した塩と砂糖を加えていく。それを味見したテクトリが満足そうに目を光らせるのを、咲弥は見逃さなかった。


「よかったら、カニミソは好きなだけ使っちゃってよぉ。こっちはそんなに、応用のネタが思いつかないからさぁ」


「……では、もう三体分だけ、もらいうけよう」


 やはりテクトリは、ずいぶん調理に手馴れているようである。

 そしてひそかに、アトルとチコが尊敬の眼差しを送っている。どうもコメコ族というのは勤勉を美徳としているようで、巧みな働きを見せる相手に敬愛の心をかきたてられるようであるのだ。思えば咲弥も、キャンプ料理に熱を上げることでアトルとチコの信頼や敬愛を勝ち取れたのかもしれなかった。


 そして、作業を終えたトナやミシュコもウィツィと合流して、時おりケルベロスたちと言葉を交わしつつ、調理のさまを見学している。その中で、ずいぶん驚いた顔を見せているのはトナであった。


「テ、テクトリは、料理がお上手なんですね。わたし、ちっとも知りませんでした」


「まあ、旅先では立派な料理なんて無縁だしな。……だから、返礼の品に食材や火酒を選んだわけか」


「ふん。とんだ本性を隠していたものね。普段よりも、よっぽどいきいきしてるじゃない」


 仲間たちの聞こえよがしの寸評にも我関せずで、テクトリはきびきびと作業を進めていく。そうしてカニミソの処置を終えると、咲弥のことをにらみつけてきた。


「……その火の器具を、ひとつ借り受けたい」


「はいはい。ご自由にどうぞぉ」


 咲弥は三台のバーナーの中から、もっとも安定感のあるCB缶のバーナーを選び取った。OD缶のバーナーはガス缶の上にゴトクが設置されているため、油断をすると容器をひっくり返す危険があるのだ。


「このツマミをひねると火がついて、こっちに回すと火力を強めることができるんだよぉ。火力を絞りすぎると火が消えちゃうことがあるから、そうしたらまた点けなおしてねぇ」


「ふむ……やはり、魔法具のごとき器具だな。まったく、あやしげなものだ」


 愛想のないことを言いながら、テクトリはコッヘルに移したカニミソをバーナーで弱火にかけた。それを見守る目つきは、真剣そのものである。


「サクヤさま! こちらも、さぎょーかんりょーなのです!」


「ほいほい。そしたら、どういう順番で進めようかなぁ」


 すべての料理を熱々の状態で食べてもらうには、調理の順番が重要になってくる。思案の末、咲弥は鍋物とパスタソースとコメモドキの炊飯から着手することにした。


「テクトリさんの手際のよさに、みんな驚いてるみたいだねぇ。いつも町に戻ったら、別行動なんだっけ?」


 咲弥が小声で問いかけると、野菜の処置に取りかかっていたテクトリは「ふん」と鼻を鳴らした。


「俺たちは仕事のために集まっているのだから、仕事を終えた後まで行動をともにする理由はない。……仕事の拠点にしている辺境都市には共同で家を借りているが、そこも寝るだけの場所だな」


「にゃるほど。だから料理をふるまう機会もなかったわけだねぇ」


「……ちなみに俺たちは、その家で待機するように城主から申しつけられていた。その禁を破って転移の術式を使い、この山まで参じたのだ。今頃は、大罪人として手配されている頃であろうな」


「えー? それで大丈夫なのぉ?」


「身の潔白を明かすには、竜王に助力を願う他なかったからな。首尾よく書簡を持ち帰れば、すべての疑いを晴らすことがかなおう」


 咲弥が「そっか」と笑うと、テクトリは横目でにらみつけてきた。


「……なんだ? 眠そうな目つきで笑いおって」


「眠そうな目つきは、生まれつきだよぉ。……そんな状況だったら一刻も早く帰りたいだろうに、ウィツィさんのためにひと晩おつきあいすることにしたんだねぇ」


「ふん。ひと晩かかろうがふた晩かかろうが、書簡さえ持ち帰れば自由の身だ。二度も往復するよりは、手間も少ない」


 つまり何にせよ、ウィツィのためにこの山まで参じることに異存はないということだ。冒険者たちの絆を感じ取ることができて、咲弥は大満足であった。


「そ、それであの……先日は、大変失礼いたしました。もうあのようなことがないように取り計らいますので、どうかご容赦をいただけますか?」


 と、横合いからはトナのそんな声が聞こえてくる。語りかけている相手は、先日の祝宴でトナに絡まれていたベエであった。


「……そのように言われても、なんと答えればいいのかもわからんが……そもそもそちらは、何を語ったのかも覚えていないのであろう……?」


「は、はい。ですが何か、失礼なことを口走ってしまったのではないかと……」


「……べつだん、失礼なことはなかったが……まがりなりにも神に仕える身であるのならば、我を忘れるほど酒を口にするべきではなかろうな……」


「は、はい。本当に、返す言葉もございません」


 ぺこぺこと頭を下げるトナは、真っ赤な顔になっている。その隣で、ミシュコは仏頂面であった。


「まったく、魔族に頭を下げる僧侶なんて、初めて見たぜ。……この山にいると、調子が狂うよな」


「ふん。あんたなんかは、コメコ族に頭を下げてたしね」


「あ、頭までは下げていないぞ! 俺はただ、コメコ族というものを風聞でしか知らなかったから――」


「はいはい。人間族にしてみれば、魔族も亜人族も大差ないんだろうしね」


 ウィツィがそのように言いつのると、いつの間にか足もとに近づいていたルウが発言した。


「確かに人間族と亜人族が手を携える機会は、そう多くないように思います。では、あなたはなぜ人間族と行動をともにしているのでしょうか?」


「……エルフやドワーフが人間族に協力することは、そう珍しい話でもないでしょうよ」


「ええ。ですが、ダークエルフが人間族と徒党を組むなどという例は、寡聞にして存じあげません」


 ルウの沈着なる追及に、ウィツィは音高く舌打ちをした。


「本当に、いちいちやかましい野郎ね。……あたしはもう、冒険者として生きるしか道がなかったのよ。ダークエルフの冒険者なんてそうそういやしないんだから、選り好みする余地なんざなかったってだけの話よ」


「なるほど。そういえば、あなたは地竜族に故郷の森を燃やされたのだという話でしたね。それで多くの仲間を失い、人間族を頼る他なかったということですか」


 ウィツィが眉を吊り上げかけると、ルウは迅速に目礼をした。


「失礼。個体種たるこの身は、同胞を失う悲しみというものを正しく理解することも難しいのです。私の不用意な発言があなたの心を傷つけてしまったのでしたら、お詫びを申し上げましょう」


 ウィツィはわなわなと肩を震わせてから、「ふん!」とそっぽを向いた。

 ただその切れ長の目が、横目で迷うようにルウのほうをうかがう。


「こっちこそ、個体種の気持ちなんざこれっぽっちも理解できないわよ。……この世に生まれ落ちてから死ぬまで独りきりってのは、いったいどんな気分なの?」


「さて。それが常態でありますため、べつだん不自由は感じませんが……私が身を寄せていたワーウルフの一派も内乱で醜悪なさまを見せていたため、同胞のある身を羨む気持ちも生じないようです」


「あっそ」と、ウィツィはむくれた顔で口をつぐんでしまう。

 咲弥が口をはさむべきか悩んでいると、こちらにはケイが忍び寄ってきた。


「どいつもこいつも、くだらねーおしゃべりに興じてやがるな。まったく、酔狂なこったぜ」


「ふむふむ。でも、ケイくんもルウくんたちと心はひとつなのでは?」


「心はひとつでも、頭は別々だからなー。俺には、関係ねーこった」


 抱く心情は同一でも、考える頭は別々ということであろうか。相変わらず、咲弥はケルベロスの不可思議な構造に理解が及んでいなかった。


「だけどまあ、みんなが気兼ねなくおしゃべりできるようになって、あたしは嬉しく思ってるよぉ。このお山の中だけでも、みんなには仲良くしてほしいしねぇ」


「へん。うざってー話だぜ」


 ケイは愛想のかけらもなかったが、冒険者たちを忌避している様子はない。指先に巨大ガニの香りがしみついていなければ、そのモフモフの頭や背中を撫でくり回したいところであった。

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