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05 試食兼ランチ

 それから、およそ三十分後――それぞれ休息を取っていたスキュラとユグドラシルも、こちらに招集されることになった。

 そちらの両名もようやく人心地がついたようで、さっぱりしたお顔になっている。そしてスキュラは、さっそく皮肉っぽい言葉を投げかけてきた。


「ふん。準備は万端みたいだねェ。これだけの獲物が無駄にならないことを祈るばかりだよォ」


「うん。少なくとも、あたしたちには不満のないお味だったよぉ。二人の口にも合うといいねぇ」


 咲弥たちは二体の巨大ガニを試食した上で、ランチの内容を決定したのだ。現在は追加で十体分の巨大ガニが、『祝福の閨』に並べられていた。


 半分は茹であげられており、半分は炙り焼きにされている。茹であげた分も解体したのちにキッチンバサミで殻を切っておいたので、あとはセルフサービスであった。


 ちなみに咲弥が除去したドス黒い部位は、やはり可食部ならぬ存在であった。ドラゴンが解析したところ、熱を通しても人間族やコメコ族の害になりかねない成分が含まれていたのだ。それはどうやら消化器官と、エラであったようであった。


「調味料はたくさんあるから、好きに使ってねぇ。あたしのおすすめは、ポン酢だよぉ」


「ふん。やっぱり食いにくい野郎だねェ」


 スキュラは白魚のごとき指先で巨大ガニの足の殻を力強く開帳すると、そこからつまみあげた白い身をポン酢の小皿にひたして、口にした。


「どうどう? スキュラさんなら、嫌いな味じゃないんじゃない?」


「……ふん。まあ、見た目ほど不細工な味ではないようだねェ」


 皮肉屋のスキュラとしては、十分な賛辞であろう。

 いっぽうユグドラシルは、屈託のない笑顔を見せてくれた。


「確かに、悪くない味じゃのぉ。この汁も、なかなかに美味じゃぞよ」


「ああ、ユグドラシルさんは昨日のドレッシングもお気に召したみたいだもんねぇ」


「うむ。いずれ、大地の恵みで作られた品なのじゃろうからな」


 咲弥もポン酢の成分などはわきまえていないが、まあ柑橘類と酢が主成分であることに疑いはないだろう。もとを正せば、おおよそは大地の恵みに区分されるはずであった。


「夕食にはもっと凝った料理を準備するつもりだから、お昼は味見がてらってことで勘弁してねぇ。じゃ、みなさんもどうぞぉ」


 スキュラたちの味見が完了するのを待っていた面々が、勢い込んで巨大ガニに手をのばしていく。誰もが味見の段階で、咲弥と同程度の満足感を覚えたようであるのだ。巨大ガニの解体で顔色をなくしていたトナも、頬を火照らせながら殻を剥いていた。


 殻むき作業が難しいケルベロスたちのために、アトルとチコはせっせと殻をむいている。そしてドラゴンも尻尾一本では不自由であったので、咲弥が面倒を見ていた。


「いらぬ手数をかけさせて、申し訳ない限りである。どうかサクヤも、自分の食事を進めてもらいたい」


「うん。剥いた身は、順番に食べようねぇ。ケルベロスくんたちも、どうぞよろしくぅ」


「うっせーなー。言われなくても、わかってるよ」


 言葉の内容はやんちゃなケイであるが、待ちきれない様子で尻尾を振っているさまは愛くるしい限りである。これも肉であることに変わりはないので、ケルベロスの中でもっとも熱心であったのはケイであったのだ。


 こちらの巨大ガニは、咲弥が期待していた通りの味わいであった。ズワイガニともタラバガニともどこか風味が違っているように思えるが、ともあれ蟹らしい味わいであったのだ。しかも、咲弥がこれまで口にしてきた蟹よりもみっしりと身が詰まっており、食べごたえも十分であったのだった。


「……蟹を食べると、静かになっちゃうよねぇ」


 咲弥がそんなつぶやきをもらすと、巨大なハサミの内側をほじくっていたテクトリが不愛想な眼差しを向けてきた。


「なんだ、それは? お前の世界の定説か?」


「うん。蟹って食べるのに手間がかかるから、ついつい集中しちゃうってことなんだと思うよぉ」


「……ふん。食事に没頭するさまを揶揄しているわけか。人の悪い言い草だな」


「ごめんごめん。夜には手間のかからない料理で、賑やかに食事を楽しもうねぇ」


 巨大ガニが素晴らしい味わいであったため、咲弥が考案した献立ものきなみ活かせそうなところである。さらにテクトリたちが持参してくれた食材のおかげで、さらに献立の幅を広げられそうだった。


 そうして合計十体に及ぶ巨大ガニの身を食べ尽くしたならば、試食を兼ねたランチも終了である。

 みんなそれなりに満足げな面持ちであるが、きっと蟹だけではすぐに食欲中枢が騒ぎ始めることだろう。今日はこのまま調理を開始して、早めのイブニングディナーを楽しむ心づもりであった。


「それにしても、あれには少しばかり驚かされたぞい」


 と、満腹の子猫めいた顔をしたユグドラシルが、タープの外を指し示す。それはゴーレムが追加で準備してくれた、巨大な石鍋と焚火台であった。石鍋などは人間がすっぽり収納できそうな巨大さで、地獄の釜茹でさながらの迫力である。


「うん。カニくんたちをいっぺんに茹でるために、準備してもらったんだよぉ。使い終わったら、もとの砂に戻せるって話だったからさぁ」


「……ソウ。タダシ、センジョウ、モトム」


 鍋を汚れたまま砂に返したら、地面が汚染されてしまうのだ。巨大ガニを茹でただけでも多少の成分は湯に溶け込んでいるだろうから、万全を期す必要があった。


(みんなこのお山を大事にしてくれて、ありがたい限りだなぁ)


 咲弥がそんな思いを込めて笑いかけると、ゴーレムは丸い穴の目の奥で何らかの感情をゆらめかせたようであった。


「さてさて。それじゃあこっちは、のんびり準備を始めようかと思うけど……ねえ、トナちゃん。よかったら、後片付けを手伝ってもらえないかなぁ?」


「は、はい。何をしたらよろしいでしょうか?」


「殻を小さく切り分けて、その壺くんで処分してほしいんだよねぇ。このままだと、壺に収まらないからさぁ」


 そのように答えながら、咲弥はテクトリに向きなおった。


「それで、テクトリさんには夕食の手伝いをしてほしいんだけど、どうだろう?」


「……料理を作れというのなら、作ってやろう。ただし、人を使うのも人に使われるのも、俺は気が進まんな」


「りょうかぁい。それじゃあ必要な道具とかあったら、声をかけてねぇ」


 咲弥も根っこは個人主義であるので、個人行動を疎む筋合いはない。テクトリの調理は横目で拝見しつつ、自分の作業を進める心づもりであった。


「あと、あたしが持ってきた薪は、ほとんど使いきっちゃったんだよねぇ。よかったら、また丸太を頂戴できるかなぁ?」


 咲弥の言葉に、ドラゴンはむしろ嬉しげな眼差しをした。


「承知した。すぐさま運んでこよう」


 巨大化したドラゴンは弾丸のごとき勢いで飛び去って、咲弥たちがランチの後片付けを済ませる頃には巨大な丸太を尻尾に巻きつけて舞い戻ってきた。


「お待たせした。ケルベロスよ、こちらを適当な大きさに切り分けてもらえようか?」


「ちぇっ。めんどくせーなー」


 などと言いながら、ケイは分裂した可愛らしい姿のまま、『竜殺し』の短剣をくわえこむ。その斬撃で丸太が細かく刻まれていくさまを、冒険者たちは呆れた顔で眺めていた。


 そうして適度に切り分けられた薪は、咲弥とアトルとチコの三人がかりで片っ端からさらに細かく割っていく。それで本日使用する分はあっという間に準備できたが、残った分で数日分のキャンプを楽しめそうな質量であった。


「よーし、これで下準備はばっちりだねぇ。それじゃあ、野菜を切り分けていこうかぁ。チコちゃん、カッティングボードを準備してくれる?」


「りょーかいなのです!」と、チコは意欲もあらわにコンテナボックスの蓋を開く。

 そこでウィツィが眉を吊り上げかけたが、二組のカッティングボードと手作りのまな板が並べられるのを目にして、きょとんとした。


「……あんたたち、『プロフェーテースの黒碑』はどうしたのよ?」


「ああ、新しいまな板を作ったから、あの石板くんはお役御免になったんだよぉ。ナイフで傷とかつけちゃったら、申し訳ない限りだしねぇ」


「……普通は最初から、そう考えるべきなのよ」


 と、ウィツィは眉をひそめつつ、もじもじとする。きっと嬉しい気持ちを押し隠しているのだろう。そういう素直でない部分は、ケイにも通ずる愛くるしさであった。


 いっぽうミシュコは自主的にトナの作業を手伝い始めたので、咲弥は(よしよし)とほくそ笑む。咲弥などはゆきずりの相手なのだから、大事な仲間同士でしっかり絆を深めていただきたいところであった。


「あ、テクトリさんも、こっちの食材を自由に使ってねぇ」


「ふん……『ジャック・オーの憤激』に『黄昏の花弁』、『マンドラゴラモドキ』に『イヴの誘惑』か……あとは、デザートリザードの肉に、キャメットの乳脂と乾酪もそろっていたはずだな」


「うん。それにタマネギやニンニクに、調味料もお好きにどうぞぉ」


「見知らぬ食材や調味料など、いきなり使いこなせるものか。……塩と胡椒と砂糖があれば、ひとまずは十分だ」


 ぶっきらぼうに応じながら、テクトリは真剣な面持ちで考え込んでいる。きっとそれらの食材から、相応しい献立を考案しているのだろう。彼は前々から料理に一家言ありそうな態度であったので、どのような品が準備されるのか楽しみなところであった。


 そして気づけば、魔族のメンバーは思い思いにくつろいでいる。ユグドラシルは蔓草のハンモックに揺られ、スキュラは木陰でしどけなく横たわりながら、遠目にこちらの様子をうかがっていた。

 ケルベロスたちはそれぞれ身軽にうろつきながら各人の手もとを覗き込んでおり、咲弥のもとに留まっているのはドラゴンとゴーレムのみだ。みんな食休みの心持ちなのか、なんとものどかな雰囲気であった。


(なんか、冒険者のみんなもすっかり馴染んで見えるなぁ)


 さまざまな案件が穏便に片付いたため、おたがいに警戒心がやわらいだのであろうか。それとも、ともに食事をしたことで連帯感が生まれたのか――何にせよ、咲弥にとっては望ましい雰囲気であった。


「……あの者たちも、すっかりサクヤと打ち解けたようであるな」


 と、ドラゴンが首をのばしてそんな風に囁きかけてくる。

 マンドラゴラモドキの皮をスライサーで剥きながら、咲弥も「いやいや」と囁き返した。


「あたしひとりの問題じゃないはずだよぉ。そもそもは、ドラゴンくんのおかげだしねぇ」


「うむ? 我などは、何も関与していないはずであるが」


「そんなことはないさぁ。城主だとかお宝だとかの問題を解決したのはドラゴンくんだし、一緒に食事をしようって後押ししてくれたのもドラゴンくんでしょ? みんな、ドラゴンくんのことを信頼したからこそ、こんなにくつろいでるんだと思うよぉ」


 ドラゴンはずいぶん驚いた様子で、黄金色の目をぱちぱちと瞬いた。

 そしてあらためて、冒険者たちの様子を見回していく。テクトリはいまだ考え込んでおり、トナとミシュコは殻の処分の作業中、ウィツィはいつしかルウと何やら語らっており――やはり、平穏そのものであった。


 何か思うところでもあったのか、ドラゴンは考え深げな眼差しで口をつぐんでしまう。

 そんなドラゴンに笑いかけてから、咲弥は丸裸になったマンドラゴラモドキをすりおろすことにした。

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