04 味見
「それじゃあまず、みんなが準備してくれた食材ってのを拝見させてもらおうかなぁ」
「では、我はアトルとチコを迎えにいこう。さきほど念話を送ったところ、間もなく必要最低限の仕事は終わるとのことであったのでな」
「じゃ、あたしは水晶の泉でもうひと眠りさせていただくよォ」
「用がなければ、わしも休ませてもらおうかの。美味なる食事を期待しておるぞい」
咲弥の言葉を皮切りに、ドラゴンとスキュラとユグドラシルが姿を消した。
あとに残されたのは、咲弥とケルベロスとゴーレムに四名の冒険者たちである。その中で、スキュラの優美な後ろ姿を見送っていたウィツィが「ふん」と鼻を鳴らした。
「一番厄介そうなスキュラも、ずいぶん大人しいものね。あれも、あんたが手懐けたの?」
「仲良くなれるように、努力はしてるつもりだよぉ。でも、スキュラさんは綺麗な娘さんに目がないそうだから、ウィツィさんやトナちゃんのことがお気に召したのかもしれないねぇ」
「……あんなやつに目をつけられたら、水の底で精気をしぼり尽くされちまうわよ」
ウィツィは美麗な顔をしかめて、トナはぷるぷると震えながら神に祈りを捧げ始める。前回の来訪時でも、スキュラとは親睦を深める機会がなかったのだ。
「まあとにかく、おみやげの食材を拝見しようかなぁ。テクトリさん、解説をお願いできる?」
「ふん。辺境都市でかき集めた食材なのだから、それほど大層な品が入り混じっているわけではないぞ」
そのように語るテクトリの手を借りて、咲弥は二つの木箱をタープの下まで運び込んだ。
タープは『精霊王の羽衣』、荷物を置いた作業台は『祝福の閨』である。トナが切なげな眼差しでそれらを見比べているのを横目に、咲弥は木箱の蓋を開いた。
「おー、見慣れないお宝がどっさりだぁ。ちょっと整理させていただくねぇ」
咲弥は鼻歌まじりに、それらの物品を作業台の上に並べていった。
正体の知れない野菜が二種、果実が一種、謎の小瓶が二つ――野菜がいくぶんかさばっていたため、種類としてはそんなところだ。しかしこれだけの量があれば、十四名分の食事を華やかに彩ってくれそうなところであった。
「まずは、野菜から拝見しようかなぁ。これなんて、ゴボウにしか見えないねぇ」
「ゴボウ? それは、『老賢者の杖』だ」
咲弥がその茶色くて細長い野菜を取り上げると、確かに木の棒のような質感である。その断面は黒ずんでおり、中身の正体も知れなかった。
「調理刀の刃を縦に入れれば、固い皮は簡単に剥ける。少しばかり香りのきつい香味野菜だが、煮ても焼いてもそれなりの味であるはずだ」
「ふむふむ。試しに一本、剥いてみよっかぁ」
咲弥は渓流ナイフを鞘から引き抜いて、『老賢者の杖』とやらに刃を走らせた。
そうして切れ目に指先をかけると、固い皮はつるんと剥ける。その内側には、瑞々しい淡緑色の身が隠されていた。
「ほうほう。確かにちょっと刺激的だけど、爽やかな匂いだねぇ。あたしが知ってる食材の中では、長ネギに似てるかなぁ。これって、生でも食べられるの?」
「細かく刻めば、それだけで薬味として使えような。ただその汁のついた手で目に触れたら、親の死に目よりも涙を流すことになるぞ」
「了解であります。この青菜なんかは、どんなお味なんだろう?」
細かい葉をつけた青菜は青々とした色合いを保ったまま、カラカラに干されている。ちょっと強くつかんだならば、ポロポロと崩れてしまいそうだった。
「そちらは『精霊の寝床』と呼ばれる野菜で、苦みが強い。幼子などには嫌がる者も多いようだが、そのぶん滋養には富んでいる。そのまますり潰せば薬味になるし、煮込めば元の瑞々しさを取り戻す」
「ふむふむ。確かに苦そうな香りだねぇ。ちょっと慎重に取り扱うべきかなぁ」
「しかしそれは、煮汁に移ることのない苦みだ。煮物や鍋物の彩りとして、こちらの世界では重宝されている」
「それじゃあ、あとでじっくり味見させていただくとして……最後のこれは、なんだろう?」
それは真っ黒の鶏卵のごとき姿であったが、天辺に茎からもぎ取ったあとが残されており、かろうじて植物であることが知れる。手に持つと、なかなかにずっしりとした重さであった。
「それは『大地の卵』と呼ばれている。北方では『ハーピィの卵』、東方では『ガルーダの卵』などと呼ばれているようだが、なんの魔力も備わっていない果実だ。……まあ、神の気まぐれで生まれた実りなのだろうな」
「み、みだりに神の名を口にするのはつつしむべきですよ、テクトリ」
トナが慌てて声をあげたが、テクトリは知らん顔をしている。そういえば、咲弥は彼らの世界でどのような宗教が形成されているのか、微塵も知らなかった。
「ともあれ、このあたりでは指折りの奇妙な果実だ。卵と同じように扱えば中身を取り出せるので、あとは果汁をしぼって使うがいい。ただし、生のままでは生臭いぞ」
「果実なのに、生臭いの? じゃ、こいつから味見をさせていただこうかなぁ」
咲弥はアルミ製の調理器具たるメスティンを準備してから、『大地の卵』とやら
を作業台の角に打ちつけた。
そうしてメスティンの上で殻を割ると、黄色い塊がべしゃりと落ちる。ねっとりとした果汁をたっぷり含んだ、実に奇怪な代物であった。
「ひゃー、なんだこれ。どうやって果汁をしぼったらいいんだろう?」
「適当な器具で押し潰してみろ。さして手間はかからん」
テクトリの指示に従って、咲弥はレードルの底を黄色い実に押し当ててみた。
大して力を入れるまでもなく、果実はぐじゅぐじゅと潰れていく。そうして粘度の高い果汁がメスティンの底に広がっていき、あとにはしぼんだスポンジのような本体が残された。
「その実は筋張っていて食えたものではないし、無理に食っても消化に悪い。腹を壊したくなければ、捨てる他あるまいな」
「ではでは、おさらばということで」
咲弥はしおしおにしぼんだ実の残骸をレードルですくいあげて、『貪欲なる虚無の顎』に投じ入れた。
メスティンには、ねっとりとした果汁が残されている。実に濃厚な黄色をしており、それこそ溶いた卵のようだ。咲弥が鼻を近づけても、取り立てて生臭さは感じられなかった。
「殻が汚れていたならば、腹を下す恐れもある。熱を通したほうが、無難だぞ」
「ますます本物の卵みたいだねぇ。このまま煮込んじゃっていいのかなぁ?」
「……煮込めるものならばな」と、テクトリはどこか笑いをこらえているような顔で言った。
咲弥は好奇心のおもむくままに、メスティンをバーナーの火にかけた。
黄色い果汁は、すぐにふつふつと煮えたっていき――そして、端からじわじわと凝固していく。咲弥は「おやおや?」と言いながら、ターナーを取り上げた。
「なんか、ほんとの卵みたい……うわ、メスティンにこびりつきそうだ」
「油でもひいておくべきであったかな。まあ、お前の腕なら焦がすこともあるまい」
咲弥はバーナーの火からメスティンを遠ざけつつ、ターナーで果汁を攪拌した。
凝固した部分と生焼けの部分が入り混じり、さらに空気も混入したようで、黄色い果汁はふわふわに焼きあがっていく。その姿は、スクランブルエッグそのものであった。
「なんか、脳がバグりそう……うわ、味まで卵みたいじゃん」
「どうしてそのようなものが大地に実るのか、説明できる者はおらん。もしかしたら本当に、大地そのものが卵を生んでいるのやもしれんな」
咲弥の驚く姿に、テクトリはぴくぴくと口もとを震わせている。どうしても、笑顔を見せるつもりはないようである。しかし、テクトリが笑いをこらえているというだけで、咲弥は愉快な心地であった。
「これはなかなか、びっくりだねぇ。でも、卵そっくりの味をした果実なんて、使い勝手がよさそうだなぁ。……みんなも、味見してみる?」
「卵なんざ、美味いのかよ? 焼きあげるのが面倒だから、食ったこともねーぜ」
「ですが、サクヤの料理にもたびたび卵は使われていましたね」
「うむ……しかし、卵そのものの味というのは、まったく予測がつかん……」
と、ひとりで意見交換をしながら、ケルベロスは黒い竜巻と化して三体に分裂した。
咲弥はスクランブルエッグめいた果汁の残りをメスティンの蓋に移動させつつ、ひと口ぶんだけスポークですくいあげる。そして「あーん」と言いながら、ゴーレムの顔にスポークを差し出した。
ゴーレムはしばし無言で咲弥の顔を見返してから、何もなかった場所に大きな口を開く。その口の中にスクランブルエッグモドキを投じると、ゴーレムはもにゅもにゅと咀嚼してから呑み込んだ。
「……コレ、シラナイアジ。タマゴ、コンナアジ?」
「うん。あたしは、そう思うよぉ。ケルベロスくんたちは、どうだったかなぁ?」
メスティンの蓋からスクランブルエッグを食した三頭のケルベロスたちは、それぞれ首を傾げていた。
「まずくはねーけど、うまくもねーなー。そもそも、味が薄いんだよ」
「そうですね。わずかに塩気をきかせるだけで、右の首は喜ぶのではないかと思うのですが」
「……それを言うならば、砂糖を入れるだけで真ん中の首も満足しそうなところであるな……」
それが、ケルベロスたちの感想であった。
まあ、調味料を加えていないスクランブルエッグであれば、まったく過不足のない評価であろう。そして彼らも、この品のポテンシャルを十分に感じ取っているようであった。
「他のふた品も気になるところだけど、まずはこっちからやっつけちゃうかぁ。この小瓶は、調味料か何かかな?」
「うむ。黒い瓶は黒豆貝の貝醬で、白い瓶は百里香だ」
「ひゃくりこう? なんか、聞いた覚えがあるようなないような……おー、これはルウくんが喜びそうな香りだねぇ」
白い瓶を開けてみると中には濃い褐色のパウダーが詰め込まれており、バニラに似た甘い香りを匂いたたせていた。
しかし甘いばかりでなく、ツンとした鋭さと清涼な香りも入り混じっている。きわめて異国的な香りであるが、咲弥の世界のエスニック料理店に存在してもおかしくない香りであった。
「百里香は肉の臭みを消すのに適しているし、菓子に使うのも悪くはない。……『イブの誘惑』とも相性は悪くなかろうな」
「うんうん、確かに。カニくんに合わないようだったら、デザートで使わせていただこうかなぁ」
「それにこっちには、小麦粉も準備しているぞ」と、ミシュコがもう片方の木箱から小さからぬ袋を引っ張り出した。火酒が詰められていた木箱には、そんなものも隠されていたのだ。
「小麦粉かぁ。それもありがたいねぇ、ベエくん?」
「……我は、米とコメモドキで満足していたが……」
陰気な声で言いながら、ベエはふるふると尻尾を震わせている。もともとベエの好物は、小麦粉で作られたパンであったのだ。この場でパンを作るには材料も設備も足りていないが、それに近い品でベエに喜んでもらいたいところであった。
「あと、テクトリの提案で重曹も準備したのだが……重曹など、料理に使えるのか?」
「おー、重曹かぁ。そういえば、テクトリさんは重曹に興味を持ってたもんねぇ」
咲弥が笑顔を向けると、テクトリは「ふん」とそっぽを向いた。
「パン屋の親父に問い質したところ、パン作りに重曹を使うこともなくはないそうだ。ただし、入れすぎると苦みが出るという話だったぞ」
「にゃるほどにゃるほど。それじゃあそれも、おいおい試させていただくよぉ。とりあえずは、野菜の味見を済ませちゃうねぇ」
そうして『老賢者の杖』と『精霊の寝床』の味見をしてみると、前者は外見通り長ネギに似た味わいで、後者はエスニックな香りのする春菊とでもいった味わいであった。
「これはどっちも、鍋物で活用できそうだなぁ。今日の食事には、うってつけだねぇ」
そんな感想を述べながら、咲弥は後方に向きなおる。
ドーム型の結界に閉じ込められた巨大ガニたちは、相変わらず元気いっぱいだ。テクトリを除く冒険者たちは、またげっそりとした顔になっていた。
「俺たちは……あれを食わないといけないのだな」
「あはは。あのカニくんたちが美味しいとありがたいねぇ。とりあえず、あっちも味見してみよっかぁ。……でも、どうやって引っ張り出したらいいんだろ?」
「それは、私におまかせください」と、ルウがドーム型の結界の前まで進み出た。
ぼんやりと光る結界に鼻先が触れそうなぐらい近づいて、動き回る巨大ガニたちの姿を鋭く見据える。いったい何をする気であるのかと、咲弥が興味深く見守っていると――ふいに、ルウの口から青白い雷光が閃いた。
その雷光に直撃された一体の巨大ガニが、びくりと身を震わせてから動きを停止させる。たちまち他の巨大ガニたちは、反対側の壁際まで逃げていった。
ルウは悠然たる所作で結界の中に上半身を突っ込んで、動かなくなった巨大ガニの胴体をくわえこむ。かくして、味見用の一体が無事に捕獲されたのだった。
「キバジカと同じ要領で、意識を奪いました。このまま調理すれば、死を自覚する前に息絶えることになるでしょう」
「ありがとう。近くで見ると、本当に大きいねぇ」
そうして咲弥が両手で持ち上げてみると、ずっしりと重い。これほど大きな蟹を持ち上げた経験はなかったが、想定を上回る重量であった。
まずは流し台に運び込み、新しいスポンジをおろして全体を洗い清める。どのように調理するにせよ、入念な洗浄が必要であろう。かえすがえすも、立派な流し台がありがたくてならなかった。
「まずは無難に、茹でてみようかなぁ。でも、足やハサミを切り落とさないと、鍋に収まらないよねぇ」
「……オオキナナベ、ヒツヨウ?」
と、いつの間にか足もとに忍び寄っていたゴーレムが、丸い穴の目で咲弥を見上げてくる。
「うん。これが収まるぐらいの鍋があったら、ありがたいけど……でも、今から準備するのは大変でしょ?」
「……タイヘン、アラズ」
ゴーレムは子供のペンギンのようにぺたぺたと歩いて、タープの下に戻っていく。そして作業台の上に鎮座ましましていた石鍋に、ひたりと手の先を触れさせた。
咲弥とケルベロスと冒険者たちが見守る中、ゴーレムの色彩が変化していく。昨日と同じように、石鍋の色彩がゴーレムの身を染めあげていったのだ。
そうして全身が深い暗灰色に染めあげられたならば、空き地の中央にぺたぺたと進み出て、下生えの草が生えていない場所で立ち止まる。
すると、突如としてゴーレムの小さな体が倍ほども膨張して、トナとミシュコに悲鳴をあげさせた。
やがてゴーレムの背中から元の色彩をした球体が生み落とされると、本体のほうはぐしゃりと潰れる。昨日も何度か拝見した光景の再現である。そうして球体は小さなゴーレムとしての姿を取り戻し、潰れたほうはうねうねと蠢いたのちに巨大な石鍋に変じたのだった。
「……あっちの鍋で石の組成を解析して、ゴーレムの身で再現したあげく、地面から必要な量の砂を吸い上げて、錬成の術式を組み立てたわけね。どれだけ大地の精霊を手懐けていたら、そんな真似ができるのよ?」
ウィツィは溜息まじりに、そんなつぶやきをこぼしていた。
ゴーレムは何事もなかったかのように石鍋を抱えあげて、咲弥のもとに舞い戻ってくる。咲弥としては、心からの笑顔を届けるしかなかった。
「ありがとう。ロキくんは、また大活躍だねぇ。これで美味しい料理を作ってみせるよぉ」
「……ソウ」と言いながら、ゴーレムは咲弥の足もとを通りすぎ、石の焚火台の上に重そうな石鍋を設置してくれた。
「重ねがさね、ありがとう。それじゃあ、このまま茹であげちゃうねぇ」
咲弥は洗浄を終えた巨大ガニを石鍋の内側に運び込み、『ウンディーネの恩寵』から大量の水を注ぎこんだ。
やがて巨大ガニの巨体が余すところなく水に浸かったならば、かまどの内側に薪を積んで火を灯す。そのさまを、冒険者たちは食い入るように見つめていた。
「こっちはけっこう時間がかかりそうだから、炙り焼きも試してみようかなぁ。ルウくん、お手数だけどもう一体お願いできる?」
「承知しました。少々お待ちください」
ケルベロスとゴーレムに手伝いをお願いして調理に励むというのは、なかなかに新鮮な心地である。さらに、見物人が冒険者のみというのも、そんな心地に拍車を掛けていた。
「さてさて。この頑丈そうなカニくんを、上手にさばけるかなぁ」
新たに洗い清めた巨大ガニは、作業台に敷いたアルミホイルの上に広げる。そうして長大なる足の関節部にキッチンバサミをあてがうと、硬い感触とともに寸断することができた。
「おー、これなら、なんとかなりそうだぁ」
八本の足と巨大なハサミは胴体から切り離して、関節ごとに切り分けていく。そうして足の殻の内側をキッチンバサミで断ち切っていくと、赤い筋の入った半透明の身があらわにされた。
「ふむふむ。中身は普通のカニと大差ないみたいだなぁ。お味のほうも、期待したいところだねぇ」
自前の焚火台にも火を焚いて、処置を終えた足から順番に鉄網に並べていく。
残るは、胴体と巨大なハサミである。さすがにこれ以上は、咲弥の知識の及ぶところではなかった。
「ま、なるようにしか、ならないかぁ」
咲弥は思い悩むことなく、巨大なハサミにもキッチンバサミを入れていった。
何せ巨大なハサミであるので、その内側にもけっこうな身が隠されている。咲弥は可能な限り裏面のやわらかい部分を除去して、それも鉄網に陳列した。
最後の難関、胴体である。
とりあえず、側面のやわらかそうな場所を選んでキッチンバサミを入れていくと、背中側の甲羅をひっぺがすことができた。
甲羅のほうには大して身も残されておらず、暗緑色のカニミソがわずかに付着しているのみである。カニミソは、腹部のほうに収納されているようであった。
それをナイフの切っ先で甲羅のほうに移していくと、やがて見覚えのない存在を発見する。カニミソよりもさらにドス黒い色合いをした、何かだ。
咲弥の実家では蟹を食する機会も少なくなかったが、このような部位を口にした覚えはない。
それにこの巨大ガニは森に侵入して虫などをあさっていたのだから、どこかに未消化のものが残されていることだろう。このドス黒さは、いかにも不純物めいていた。
(食べていいものかどうかは、ドラゴンくんが判断してくれるもんな。危なそうな部分は、とりあえず保留しておこう)
安全そうな身とカニミソだけを甲羅に移して、それも鉄網で炙り焼きにする。
これにて、作業は完了だ。咲弥が「ふいー」と息をつきながら背後を振り返ると、顔面蒼白となったトナが仏頂面のウィツィの手に支えられていた。
「おやおや? トナちゃんはお気分でも悪いのかな?」
「その生き物がバラバラにされる姿に、怖気をふるったようね。獣を解体するさまでも見たら、卒倒するんじゃないかしら」
「だ、だって、こんな光景を目にしたのは、初めてですから……」
「ふん。育ちがよくて、けっこうなことね」
ウィツィはそっぽを向きながら、舌を出す。
トナはしゅんとしていたが、ウィツィの手はしっかりトナを支えたままであったので、咲弥としては微笑ましさのほうがまさっていた。
「すっかり遅くなってしまったな」
と、そんなタイミングでドラゴンが戻ってきた。
その背中から降り立ったアトルとチコは、まず冒険者たちにぺこぺこと頭を下げ始める。彼らの来訪に関しては、もちろんドラゴンから伝え聞いていたのだろう。
「ご、ごそくろーさまなのです。みなさんのおじゃまにならないようにみをつつしみますので、どうかおくつろぎいただきたいのです」
「な、なんだよ。お前らがあんまりへりくだると、こっちが偉そうにしてるように見えちまうだろ」
ミシュコが慌てて声をあげたので、咲弥は「大丈夫だよぉ」と笑いかけた。
「アトルくんたちは、誰に対してもこんな感じだからねぇ。ミシュコくんも変に意識しないで、自然に振る舞えばいいんじゃないかなぁ」
ミシュコは「お、おう」と応じながら、またいくぶん頬を赤らめる。そうして悄然としていたトナがまたじっとりとした眼差しになるのを、咲弥は見逃さなかった。
(まずは、トナちゃんと仲良くなるのが先かなぁ)
咲弥がそのように思案していると、チコが「わあ」と弾んだ声をあげた。焚火台で火にかけられている巨大ガニの存在に気づいたのだ。
「なんだか、おいしそーなのです! サクヤさまが、おひとりでじゅんびしたのです?」
「いやいや、ゴーレムくんとケルベロスくんも手伝ってくれたよぉ。これで問題なく食べられるようだったら、人数分準備しないといけないからさぁ。そのときは、チコちゃんたちもお手伝いをよろしくねぇ」
「はいなのです! どんなあじなのか、わくわくなのです!」
チコやアトルは、巨大ガニの試食にも物怖じしていないようである。それはこの一年少々で、祖父や咲弥からさんざん見慣れないものを食べさせられてきた恩恵であるのかもしれなかった。
ともあれ、石鍋で茹でられている巨大ガニはじわじわと赤く変色していき、鉄網で焼かれている身はいかにも蟹らしい匂いをたちのぼらせ始めている。試食の時間は、もう目の前に迫っているようであった。




