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06 午睡

「よーし、これでひとまず完成かなぁ」


 合間に何度かの休憩をはさみつつ二時間ほどの時間をかけて、ついに三枚の木皿が完成した。

 何せ直径四十センチというサイズをそのまま活かそうと考えたので、それほどの時間がかかってしまったのだ。しかし、それだけの労力をかけたからこそ、咲弥たちは大きな充足感を手にすることがかなったのだった。


 ノミで一・五センチほどの窪みをつけたのちは、底面もあわせて紙やすりで研磨している。そちらに亜麻仁油を塗布すると艶々と照り輝いて、実に美しい仕上がりであった。


「それじゃあひと晩乾燥させて、使うのは明日からだねぇ」


「はいなのです! たのしみいっぱいいっぱいなのです!」


 同じ作業に励んだアトルとチコも、小さな身に達成感をみなぎらせている。ドラゴンやユグドラシルは、そんな姿を温かく見守ってくれていたが――ケイはひとりでうずうずと身を揺すっていた。


「こっちはぼーっと眺めてるだけで、すっかり体がなまっちまったぜ! この後は、どーすんだ?」


「んー? ディナーの準備には、まだ早いけど……そんなに元気が有り余ってるなら、またフリスビーで遊んでみる?」


「どーしてもって言うなら、つきあってやらなくもねーぜ!」


 どうやらケイは最初からそれを期待していたようで、きらきらと瞳を輝かせている。それはそれで、咲弥の心を和ませてやまなかったが――いかんせん、咲弥は慣れない木工作業で、すっかり腕が疲れてしまっていた。


「あたしはちょっと休憩しないと、みんなのパワーを受け止めきれないかなぁ。……あ、ロキくんやユグドラシルさんはどうだろう?」


「はて? それは如何なる遊戯であるのじゃろうな」


 異界の住人たるユグドラシルたちが、フリスビーの存在を知るわけがない。それでひとまずケルベロスの三名とアトルとチコに模範演技を示してもらったが、ゴーレムはふるふると首を横に振り、ユグドラシルも笑顔で固辞した。


「精霊の力でも借りんことには、ケルベロスやコメコ族の膂力を受け止めることはできそうにないのぉ。わしはいささか眠とうなってきたので、見物させていただくぞい」


 そのように告げるなり、ユグドラシルは木と木の間に蔓草のハンモックを作りあげる。それで今度は咲弥がうずうず身を揺すると、ユグドラシルは「ほほほ」と楽しげに笑った。


「そういえば、サクヤはこちらの寝床に関心を持っておったんじゃったな。サクヤも見物に回るのなら、準備してやるぞよ」


 咲弥が答えるよりも早く、新たに出現した蔓草がうにょうにょとハンモックを編みあげていく。咲弥がその誘惑にあらがうことは、きわめて困難であった。


「ユグドラシルさん、ありがとう。ドラゴンくんとロキくんは、どうする?」


「我もしばし見物させてもらおうかと思うが、寝床は不要である。精霊たちも、魔力を持つ存在に対しては気安く振る舞えなかろうからな」


 それは、残念な限りである。

 そうしてこちら陣営の方針が決定されると、尻尾を振りたてたケイが遠い場所から呼びかけてきた。


「けっきょく全員、見物かよ? ったく、情けねーなー! それじゃーそこで俺様の勇姿を見届けやがれ!」


 そちらの五名は誰もがフリスビー遊びを気に入ったようであるが、その中でもケイはひときわであるようだ。そのさまにまた胸を温かくしながら、咲弥は待望のハンモックに手をかけた。


 すると、一メートルぐらいの高みで揺れていたハンモックが、咲弥の膝の高さにまでするすると下がってくる。これは生きた蔓草であり、ユグドラシルの意のままに動かすことができるのだ。そうして咲弥が手始めに腰かけてみると、力強く体重を受け止めてくれた。


 咲弥はうきうきと胸を弾ませながらトレッキングシューズを脱ぎ捨てて、ハンモックの上に横たわる。

 すると、ハンモックはまた音もなく動いて、咲弥の身を一メートルほどの高みに浮かべてくれた。


「あー、やっぱり気持ちいいなぁ。うっかりマジ寝しちゃいそうだよぉ」


「ほほほ。お気に召したのなら、幸いなことじゃな」


 ユグドラシルもまたハンモックに身を横たえて、心地よさげにまぶたを閉ざす。

 咲弥がハンモックから腕をのばしてドラゴンの首を撫でさすると、黄金色の目が心地よさげに細められた。


 フリスビー遊びを再開させたケイたちは、楽しそうにはしゃいでいる。

 絶え間なくゆらめく木漏れ日の効果か、なんだか御伽噺のワンシーンでも眺めているような心地である。

 そんな中、ゴーレムはひとりぽつねんと草むらに立ち尽くしていた。


「えーと……あたしがロキくんを抱きかかえたら、精霊さんたちも怯まずに済むかなぁ?」


 咲弥がそのように提案すると、まずはゴーレムがふるふると首を横に振り、その後にドラゴンが発言した。


「あれなるゴーレムは挙動も軽やかであるが、あくまで石の塊であるのだ。サクヤの腕力で抱きかかえるのは負担が大きかろうし……何より、ロキも落ち着かぬ心地であろうな」


「そっかぁ。じゃ、ひと休みしたら夕食の支度をするからさぁ。ロキくんも、のんびり待っててねぇ」


 ゴーレムはひとつうなずくと、そのまま動かなくなった。

 そうすると、やはり石の人形かぬいぐるみさながらである。


「……これはロキにとっても数十年ぶりの交流であるので、休息の時間は必要であろう。サクヤも憂いなく身を休めるがよいぞ」


 ドラゴンがそんな風に囁きかけてきたので、咲弥も小声で「りょうかぁい」と応じた。

 そして、ドラゴンのぽかぽかとした首筋を撫でながら、ゴーレムの姿をぼんやりと眺める。ドラゴンの言葉の効能か、確かにそれはほっとひと息ついているように見えなくもなかった。


(ロキくんも、楽しんでくれてるのかなぁ。そうだと、嬉しいんだけどなぁ)


 そんなことを考えている内に、咲弥はうとうとと微睡んでしまった。

 やはりハンモックの浮遊感と揺れ具合が、咲弥の心身に安息をもたらしたのだろう。ここ最近のキャンプでも休息の時間を入れることはなくもなかったが、本当に寝入ってしまったのは初の体験であった。


 そして――咲弥は、夢を見た。

 朝方に拝見した、ロキ本体の夢である。


 山腹に体育座りした岩山のごとき巨人は、微動だにしないまま外界の砂漠を眺めている。

 朝になっても夜になっても――晴れの日も雨の日も――太陽のぎらつく真夏でも、雪がちらつく真冬でも、ロキはそうして砂漠を見つめ続けているのだ。


 食事も使い魔にして分身たるゴーレムが代わりに果たしてくれるので、ロキ本体は一歩として動く必要もない。やがてその巨体が苔むしても、ロキはずっと座り込んでおり――亀裂のように黒い目で、ぼんやりと砂漠を眺めていた。


(ロキくんは、それで楽しいの? 楽しいんだったら、あたしも邪魔したくはないけど……)


 しかし、黒い目の奥に灯される黄色い鬼火のような瞳には、いったいどのような感情が宿されているのか――咲弥には、まったく判ずることができなかった。


 ただ、それを見守っている咲弥のほうは、まったく楽しくなかった。

 なんだかとても物悲しくて、やりきれない心地であるのだ。


(もし……もしロキくんも、あたしと同じ気持ちなんだったら……)


 そんな想念に至ったとき、咲弥の意識が夢の中から急浮上した。

 そうして咲弥は、まぶたを開き――「おおう」と驚きの声をあげることになった。至近距離から、ドラゴンが咲弥の顔を覗き込んでいたのだ。


「びっくりしたぁ。ドラゴンくん、どうしたの?」


「うむ。サクヤの様子が常と異なっていたため、つい懸念を抱いてしまったのだ。サクヤの眠りを妨げてしまったのならば、詫びよう」


 ドラゴンは身を引きつつ、頭を垂れる。それを見返しながら、咲弥はハンモックの上で身を起こした。


「……あたし、何か変だったかなぁ?」


「うむ。そこまで深刻な様子ではなかったのだが……何やら、親とはぐれた幼子のごとき風情であったのだ」


 ドラゴンがずいぶん心配げな眼差しをしていたので、咲弥は「あはは」と笑ってみせた。


「あたしは自分から親と縁切りした身だけどねぇ。ちょっと不思議な夢を見てただけだから、心配はご無用だよぉ」


「左様であるか」と、ドラゴンはほっとしたように目を細める。

 そちらにうなずき返してから視線を巡らせると、ケイたちはまだフリスビー遊びに興じており、ゴーレムとユグドラシルの様子にも変わりはなかった。


「あたし、どれぐらい眠っちゃってたんだろ?」


「うむ。ざっと二時間といったところであろうかな」


「ええ? そんなに寝ちゃってたのぉ?」


 咲弥は心から驚かされてしまったが――しかしまた、夢の中では何十年も過ごしていたような感覚であったのだ。その間に、ロキの姿はどんどん苔むしていったのだった。


「……ケイくんたちは、元気だねぇ。あれからずっと、フリスビーで遊んでたの?」


「何度か小休止をはさんでいたが、基本的には左様であるな。投げ方の工夫で軌道を変化させるすべを見出したようで、ずいぶん昂揚していたようであるぞ」


「あはは。そんなに盛り上がってもらえたら、あたしも嬉しいなぁ」


 石像のように立ち尽くしているゴーレムの姿を確認してから、咲弥は「よーし」とハンモックから下りる姿勢を取った。


「それじゃあそろそろ、夕食の準備を始めよっかなぁ。ロキくん、お待たせしちゃって、ごめんねぇ」


 ゴーレムはこちらを振り返り、ふるふると首を横に振った。

 夢の中のロキと同じように、その内心はまったくうかがえない。しかし何故だか、そんなゴーレムの姿を見返しているだけで、咲弥の内なる意欲はぐんぐん高まってきたのだった。

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