05 錬成とクラフトワーク
「今度はお皿を作ってみたいんだけど、また木材を拝借できるかなぁ?」
咲弥がそのように告げたのは、コメモドキだらけのランチを終えたのちのことであった。
長い身体を地面にのばしてゆったりとくつろいでいたドラゴンは、いつもの調子で可愛らしく「ふむ?」と小首を傾げる。
「皿であるか。あちらの銀の皿は、使用を取りやめるのであろうか?」
「いやいや。あれはこれからも使わせてほしいけど、もっと大きなお皿があったら便利かなぁと思ってさぁ」
「左様であるか」と、ドラゴンは安心したように目を細める。ドラゴンは自前のお宝を活用してもらうことを嬉しく思っているはずなので、咲弥もその心情をないがしろにするつもりは毛頭なかった。
「確かに丸太から切り出せば、たいそう立派な皿を作りあげることがかなおうな。しかしそれも、なかなかの手間ではなかろうか?」
「そんなきっちり作りこもうとしなければ、大丈夫じゃないかなぁ。どっちみち、時間はたっぷりあるしねぇ」
正午にランチを開始したので、夕食の支度を始めるまでは自由時間であるのだ。蔓草のハンモックで午睡を楽しむというのも魅力的であったが、咲弥としてはせっかく持ち込んだ木工キットをもっと活用したいと考えていた。
「承知した。他に不足している品はあろうか?」
「うーん。今のところ、不足はないかなぁ。できれば鍋でも欲しいところだけど、こればっかりは買いそろえるしかないからねぇ」
「鍋であるか。確かに人数が増えるたびに、調理の器具も不足するようであるな」
「うん。この前は、冒険者のみなさんに鉄鍋をお借りしたでしょ? ダッチオーブンの他にあれぐらい立派な鍋があったら便利だなぁって痛感させられたんだよねぇ」
「なるほど」とうなずいたのち、ドラゴンはちらりと置物のごときゴーレムのほうを見やった。
「ところで、サクヤが欲しているのはあくまで金属の鍋なのであろうか? 世間には、石や土で作られた鍋も出回っているのであろう?」
「んー? もちろん石鍋や土鍋でも、ありがたいことに変わりはないけど……ロキくんにそこまで甘えるのは、ちょっと気が引けるかなぁ」
「ロキにしてみれば、さしたる手間でもあるまい。夕食の時間まで為すこともないほうが、手持ち無沙汰であろうしな」
ロキもドラゴンたちと同じように、頼られるのが嬉しいという心理があるのだろうか。
しかしやっぱりゴーレムのつるんとした顔を見つめても、その内心はまったくうかがえない。咲弥としては、ドラゴンの提案に従いながら実情を見定めるしかないようであった。
「それじゃあもしロキくんが面倒じゃなかったら、お願いしてもいいかなぁ?」
「……カタチ、ヨウト、ショウサイ、モトム」
ゴーレムはロボットさながらに、事務的な返事を返してくる。
とりあえず、咲弥はダッチオーブンを引っ張り出すことにした。
「形はこんな感じで、もうひと回りかふた回りは大きくても持て余すことはないかなぁ。この中に具材を詰め込んで火にかけるから、熱に強いのが大前提になるだろうねぇ」
「また、流し台と同じように、浸水しない性質が望ましかろうな」
ドラゴンの補足説明に、ゴーレムは「……ソウ」と答えた。
「デハ、サキホド、カワベ、イドウ、ノゾム」
「承知した。では、木材を運ぶ道行きで川辺に立ち寄るとしよう。ケルベロスも、同行を願えようか?」
「ったく、次から次へとせわしないこったなー」
ということで、今回はドラゴンとケルベロスとゴーレムが離席することになった。
昨日と同じく、取り残されたのは咲弥と亜人族の兄妹とユグドラシルの四名だ。その中で、ユグドラシルが「ほほほ」と笑った。
「ロキは言われるがままなので、なかなか内心がつかめんのぉ。さしものサクヤも、難渋しておるようじゃな」
「うん。あんまりしつこくすると、迷惑がられそうだからねぇ。まあ、焦らずのんびり仲良くさせてもらえたらなぁって思ってるよぉ」
「うむ。あやつは何十年も独りで過ごしてきたので、他者との関わり方を忘れてしもうたのじゃろ。実のところ、わしもロキ本人とはいまだに顔をあわせておらん身じゃしな」
「あ、やっぱりそうだったんだぁ? ロキくんとユグドラシルさんは、どっちが先にこの山で暮らし始めたの?」
「最初に居座っておったのは、ロキじゃよ。その後にわしやスキュラがやってきて、お山を荒らしていた魔獣どもを一掃したのじゃ。あやつはその頃から、自分のねぐらしか守ろうとしておらんかったのでな」
「なるほどねぇ。ロキくんは、どうして引きこもっちゃったんだろ」
「それは知らんが、何にせよ世間の騒がしさが煩わしかったんじゃろうな。中原では領土争い、辺境では魔獣の襲撃と、どこにいっても騒がしいことに変わりはないからのぉ。このお山は、騒がしさを嫌う魔族にとってうってつけの場所であったのじゃ」
そのように語りながら、ユグドラシルは翡翠のような瞳に透き通った輝きをたたえた。
「竜王が参じた折には、ついにこの静かな隠れ家も潰えるのかと危ぶんだものじゃが……あやつのおかげで魔獣などは近づきもせんようになったし、うぬの世界と融合させたことでいっそう実りは豊かになった。ロキやスキュラも内心では、竜王の所業をありがたく思うておるはずじゃよ」
「そうだったら、あたしも嬉しいなぁ。自分ばっかり楽しいのは、やっぱり申し訳ないからねぇ」
「ほほほ。わしにとっては、うぬの存在も新たな実りのひとつじゃがの。おかげで、退屈せずに済むわい」
無邪気な目つきに戻りながら、ユグドラシルはまた笑った。
どのような目つきであっても、ユグドラシルは咲弥の心を安らがせてくれる。アトルやチコやケルベロスたちは咲弥に刺激と安息を等分にもたらしてくれる存在であるが、ユグドラシルは安息の比率が大きいように思われた。
(どっちにせよ、みんな大好きだけどね。……ロキくんとも、仲良くなりたいなぁ)
そうして和やかに語らっていると、やがてドラゴンたちが帰還した。
すると、アトルとチコが「きゃーっ!」とおたがいの身を抱きすくめる。ゴーレムが、再び全長二メートル強の巨体に変じていたのだ。そしてその身は、これまでよりも深い色合いの暗灰色に変じていた。
「石の鍋を錬成するために、必要な石を体内に取り込んだのだ。何も恐れる必要はないぞ」
ドラゴンがそのようになだめたが、ゴーレムが地面に降り立つとどすんと地響きがして、またアトルたちに「ひゃーっ!」と悲鳴をあげさせることになった。
いっぽうドラゴンは、長さ一メートルにも及ぶ巨大な丸太を尻尾に巻きつけている。それで咲弥が視線を投げかけると、ドラゴンはゆったりと目を細めた。
「必要な厚みを聞くのを失念していたので、こちらで切り出そうと思案したのだ。また、トシゾウもアトルたちの酒杯を作るにあたっては、何度か失敗していたようであるからな」
「にゃるほど。確かにまな板よりは難易度が高いだろうから、失敗する恐れもあるかもねぇ。お気遣いありがとう」
今回の丸太は直径四十センチほどで、まな板で使われた丸太とは木目の感じも表皮の色合いも異なっている。それに関しても、ドラゴンは咲弥が問いかける前に説明してくれた。
「こちらは、トシゾウがアトルたちの食器を作るのに使用したものと同じ種の丸太である。まな板で使用した丸太よりも硬度は劣るが、そのぶん加工しやすいのではなかろうか?」
「ああ、それはありがたいなぁ。昨日ぐらい硬かったら、ノミで彫るのも大変そうだもんねぇ」
咲弥が想定しているのは平皿であるが、やはり多少は窪みをつけたほうが望ましいことだろう。また、刃物にさらされるまな板ほどの頑丈さは必要ないはずであった。
「では、厚みはどのていどにするべきであろうか?」
「そうだなぁ。あんまり薄いとすぐに割れちゃいそうだから、五センチぐらいにしてもらおうかなぁ」
咲弥の要望で、ケルベロスがまた見事な剣技を披露してくれた。
そうして丸太が五センチの厚みに切り分けられたならば、今度は咲弥の手で表皮を削り落としていく。咲弥が『竜殺し』の短剣を扱ったのはこれが初めてとなるが、それなりの硬度を持つ丸太の表皮がリンゴの皮のようにするすると剥けていった。
そんな中、アトルとチコの「ひゃわーっ!」という悲鳴が響きわたる。
しかし今回は、感嘆の思いが入り混じっているようだ。咲弥が見てみると、ゴーレムの足もとに大ぶりの鍋が放り出されていた。なんの指示もないままに、石の鍋を生み落としてくれたのだ。
「……レンセイ、セイカ、イカガ?」
「うわぁ、こいつは見事だねぇ。こんな細かい細工までできるのかぁ」
そちらはダッチオーブンとそっくりの形状をしており、サイズも咲弥の要望通りふた回りほど大きい。さらには、可動式のハンドルに蓋まで備えてあったのだ。蓋はともかくこのように細いハンドルを石で加工するなど、咲弥の世界ではなかなか考えられない所業であった。
「うーん。でも、ハンドルは必要ないかなぁ。運んでる途中に折れたりしたら、危ないしねぇ」
「……ハンドル?」
「ああ、この細っこい持ち手のことだよぉ。申し訳ないけど、この部分はなくしちゃってもらえるかなぁ? その代わりに、左右のここをもう少し大きくしてほしいんだよねぇ」
咲弥はダッチオーブンを吊るすための器具も所有していないので、ハンドルも必要ないのだ。それよりも、手でつかむ持ち手のほうを大きく作ってもらうほうが、利便性は高かった。
ゴーレムは気を悪くした様子もなく、長い腕で石鍋に触れる。たちまち石鍋がうにょうにょと変形し始めたため、またアトルたちに感嘆の悲鳴をあげさせた。
「……レンセイ、セイカ、イカガ?」
「うんうん。これで、ばっちりじゃないかなぁ」
何せゴーレムはダッチオーブンを参考にしているため、申し分ない形状である。この大きさではダッチオーブンに負けない重量であるが、深い暗灰色をした石材がしっとりと照り輝き、なんとも趣のある姿であった。
「ゴーレムも、まだまだ材料が有り余っているようであるな。せっかくなので、予備の鍋も準備してもらってはどうであろうか?」
「予備の鍋かぁ。もし迷惑じゃなかったら――」
咲弥がそのように言いかけたところで、新たな石鍋が生み出された。最初の品と、寸分変わらぬ姿である。
しかしまた、二つの鍋を生み出してもゴーレムの巨体に大きな変化は見られない。鉄鍋ふたつ分の質量が、そのまま減じただけであるのだろう。まだまだ二メートル近い巨体であった。
「……ホカ、レンセイ、ヒツヨウ?」
「うーん、そうだなぁ。熱に強い石で作るとなると……あ、それこそ焚火用の台座なんてどうだろう? その上で火が焚ければ、もうあの綺麗な織物を引っ張り出す必要もなくなるからねぇ」
綺麗な織物とは、タープの代用として使用している『精霊王の羽衣』である。以前にそれを耐熱シートの代用にしようとしたところ、冒険者のひとりであるトナが悲鳴まじりの声をあげていたのだ。
また、そうでなくともタープとして使っている『精霊王の羽衣』をポールから外すのはなかなかの手間であるし、途中で雨でも降ったら大惨事であったのだった。
かくして、その場には石の焚火台が生み出された。
咲弥が所有する金属製の焚火台を参考にしてもらったが、強度を保つために足の部分は太目に調整していただく。これだけ足が太ければ火を焚いた際の熱が地面まで伝わる恐れもそうそうなかったが、念のために二センチ厚の石板も錬成してもらい、それを防熱シートの代用として地面に敷くことに取り決めた。
また、焚火台の上に設置する焼き網も、石で錬成してもらう。
これもまた、咲弥の世界ではなかなか実現が困難な加工であろう。こちらも強度の関係から、網の部分はやや太めに調整してもらった。
「いやぁ、ロキくんはほんとにすごいねぇ。どれも大切に使わせていただくよぉ」
咲弥がそのように告げると、頬を火照らせたアトルとチコも「すごいのですー」と拍手をする。しかしやっぱり、ゴーレムは無反応であった。
「……レンセイ、オワリ?」
「うん。これだけ作ってもらえたら、もう十分だよぉ。材料がずいぶん余っちゃったみたいだねぇ」
これだけの品を生み出しても、ゴーレムはまだそれなりの巨体をしている。
すると――その巨体がいきなり砂の山と化して、ぐしゃりと地面に広がった。
そして、砂の山の真ん中から暗灰色の卵めいたものが生み出されて、それが小さなゴーレムに変じる。どうやら、余った分を大地に返したようであった。
「よーし。それじゃああたしも、作業を開始しようかなぁ」
魔法を扱うすべを持たない咲弥は、自前の体力で大皿を作りあげる所存であった。
しかし『竜殺し』の短剣のおかげで、ずいぶん苦労は減じられた。底の側の丸みをもたせるのに、『竜殺し』の短剣はきわめて有用であったのだ。これは電動のグラインダーに匹敵する作業効率なのではないかと思われた。
そうして粗い切り出しが完了したならば、お次は表の側に窪みをつける作業である。こればかりは、地道にノミで彫っていくしかなかった。
ノミの扱いに関しても、インターネットで予習をしている。祖父の遺品たる木工キットを活用するために、咲弥は仕事の合間にもパソコンと向かい合っていたのだった。
基本は木目に沿って、すくいあげるように彫っていく。刃先が詰まったならば左右をひっくり返して、逆側から再チャレンジだ。焦って深く彫り込もうとすると木材が割れてしまう恐れがあるため、慎重に作業を進める必要があった。
しかしやっぱり直径四十センチの大皿ともなると、なかなかの重労働である。十五分ばかりも続けたところで、咲弥は額の汗をぬぐうことになった。
「ふひー。いったん休憩しよっと。……おやおや? チコちゃんたちも、うずうずしてるみたいだねぇ」
「はいなのです! ……でもでも、しっぱいしてしまったらもうしわけがたたないのです」
失敗して木材を割ってしまっても、咲弥はいっこうにかまわない。しかし、本人たちは小さからぬ罪悪感を抱え込んでしまうことだろう。それぐらい、アトルとチコは純真なる心を持っているのだ。
「それじゃあ、チコちゃんたちもそっちの丸太を切ってもらったら? おたがいに休憩をはさみながら、順番でノミを使っていけばいいよぉ」
咲弥の言葉に、アトルとチコはぱあっと顔を輝かせる。きわめてつつましい気性でありながら、こういった作業には能動的な両名であるのだ。きっと根っから、勤勉なのだろうと思われた。
そうして咲弥たちがクラフトワークに励む姿を、ドラゴンたちはそれぞれの気性に見合った面持ちで見守っている。
その中で、ゴーレムがユグドラシルへと語りかけた。
「……ユグドラシル、レンセイ、フカノウ?」
「ほほほ。わしが自由に扱えるのは、生ある植物のみじゃよ。大地から切り離された丸太をどうこうする力は持ち合わせておらんのぉ」
「……リュウオウ、レンセイ、フカノウ?」
「うむ。そもそも我は、錬成の術を苦手にしているのだ。……そうでなくとも、これはサクヤたちが自身の手で作りあげることに意味があるのであろう」
「……イミ、ワカラナイ」
「左様であるか。であれば、自分の目で見届ける他あるまいな」
ドラゴンがそのように示唆する前から、ゴーレムは丸い穴の目で咲弥たちの行状をじっと見守っていた。
ロボットのように無機的な雰囲気に変わりはないが、やはりその黒い目の奥には何らかのゆらめきが感じられる。それをひそかに喜ばしく思いながら、咲弥はノミを振るい続けることになったのだった。




