04 コメモドキのランチ
予告通り、ドラゴンたちは正午を目処に舞い戻ってきた。
ドラゴンの背中には、ケルベロスとアトルとチコが居揃っている。数時間ぶりに再会したアトルとチコは、咲弥と顔をあわせるなりもじもじととした。
「またサクヤさまとおあいできたのです。れんぱく、うれしーうれしーなのです」
「うん。あたしも嬉しいよぉ」
咲弥が遠慮なく頭を撫でくり回すと、アトルとチコは「きゃーっ!」と嬉しげな悲鳴を響かせる。その姿に、ケイが「ふん」と鼻を鳴らした。
「ったく、毎度毎度、よく飽きねーもんだなー。……おい、こっちに近づくな!」
「最近、ケルベロスくんをモフモフする機会が減ってる気がするなぁ。さびしいなぁ」
咲弥の魔手から逃れたケルベロスは、ドラゴンを盾にしながらグルグルとうなり声をあげた。もちろんうなっているのは右側の首たるケイだけで、ルウとベエはそれぞれつつましく口をつぐんでいる。
そうして無事に再会の挨拶を終えたところで、咲弥はロキの力作たる流し台を指し示した。
「あれがロキくんの作ってくれた、流し台だよぉ。すっごく立派な出来栄えでしょ?」
「なるほど。さすがロキは、大地の精霊の扱いが巧みなようですね」
ルウは凛然たる声で言いながら、ロキの使い魔たるゴーレムへと向きなおる。そちらに目をやったアトルとチコは、たちまちわたわたと慌てふためいた。
「そ、そちらがロキさまのつかいまさまなのです? ごあいさつがおくれてしまったのです」
「わ、わたしはチコで、こちらはあにのアトルなのです。てーきゅーなコメコぞくですが、おみしりおきいただけたらぼーがいのよろこびであるのです」
アトルとチコが懸命に言いつのっても、小さなゴーレムは無言にして不動である。
こうして比べてみると、やはりゴーレムはアトルたちよりもちんまりしていて、ぬいぐるみのように可愛らしかった。
「ふん。相変わらず愛想のねー野郎だなー。一緒にメシを食おうってんなら、ちっとは態度をあらためやがれ」
ケイがにらみつけても、やはりゴーレムのたたずまいに変化はない。ケルベロスはロキと対面したことがないという話であったが、使い魔たるゴーレムとは面識があるようであった。
「ふむ。こちらの流し台は、『貪欲なる虚無の顎』を設置できるように細工を施したのであるな」
と、ひとり熱心に流し台の検分をしていたドラゴンが、穏やかに輝く黄金色の瞳で咲弥とゴーレムの姿を見比べた。
「これならば、転移の魔法も不要である。サクヤの機転も、それを実現するロキの手腕も、大したものであるな。我が大地の精霊に働きかけても、こうまで細かな細工を施すことは不可能であろう」
「うん。何から何まで理想通りで、あたしもびっくりしちゃったよぉ。ロキくん、本当にありがとうねぇ」
ゴーレムは、やはり無反応だ。
しかし咲弥もこの数時間でロキの寡黙さには耐性がついたので、へこたれることはなかった。
「それじゃあ、ランチにしよっかぁ。今日は試作品ばっかりだけど、量だけはたっぷりあるからさぁ」
「試作品? ……ああ、ユグドラシルから新たな食材を授かったのであるな」
「そう、例のコメモドキだよぉ。やっぱり本当のお米とはあれこれ勝手が違ってたから、試行錯誤することになったんだよねぇ」
昨日の昼下がり、ドラゴンの要請に従って、ユグドラシルは米に似た穀物を準備してくれたのだ。それはヤマイモのような茶色い皮に包まれた、真っ白のトウモロコシのごとき食材であった。
粒の大きさはトウモロコシより小ぶりであるが、生米よりは遥かに大きい。そしてやっぱり水加減や火加減も米とは違っていたので、咲弥はそれを追求する過程でさまざまな試作品をこしらえることに相成ったのだった。
「まず一番の成果は、こいつだねぇ。ちょっと食感に違いはあるけど、けっこう米に近い感じに仕上げられたと思うよぉ」
咲弥は銀の大皿に掛けられていたラップを外して、その成果を小皿に取り分けていった。
コメモドキで作製した、おにぎりである。水を吸ったコメモドキは直径六、七ミリていどの大きさに膨らみ、まん丸の形状と化していた。
焼きのりの準備はなかったので、塩むすびのように真っ白の外見をしている。その姿に不服を申し立てたのは、無類の肉好きたるケイであった。
「こいつは、なんの細工もねーじゃねーか。こんなもんを喜ぶのは、左側の首ぐらいだろーぜ」
「ぬっふっふ。あたしが愛しきケイくんの欲求を二の次にするとお思いか?」
「気色悪いこと言うなよなー」と身をよじりつつ、ケルベロスは黒い竜巻と化すとともに三体に分裂する。ドラゴンも赤い輝きを発して縮小しつつ、小皿のおにぎりを覗き込んだ。
「なるほど。実物を目にするのは初めてであるが、数多くの人間の記憶にこちらの料理の姿が残されている。サクヤの世界においては、きわめて一般的な料理なのであろうな」
「うんうん。一万人の全員が知ってても不思議はないだろうねぇ。とりあえず、みんなも味見してみてよぉ」
咲弥が素手でおにぎりをつかみとると、アトルとチコもおずおずとそれにならう。ドラゴンは器用にスポークですくいあげ、ケルベロスたちは皿から直食いだ。それぞれ作法は違っていたが、食した後の目の輝きに大きな違いはなかった。
「なんだ、肉が入ってるのかよ! だったら、先に言えよなー!」
「だから、ケイくんの好みを二の次にしたりはしないってばぁ」
おにぎりの半分には、甘辛く仕上げたキバジカの焼肉を封入していた。ニンニクと生姜とゴマ油の風味をきかせて、醤油と砂糖と調理酒のタレで仕上げた、シンプルながらも力強い味わいだ。
もう半分は、薬味として常備しているカツオブシを使ったおかかである。シンプルさでは焼き肉に負けていないが、咲弥としてもおにぎりで奇をてらうつもりはなかった。
「あ、ロキくんとユグドラシルさんも食べてみてよぉ。たくさんあるんだから、遠慮は無用だよぉ」
「うむ。ずっとくつろいでいたわしには、過ぎた昼食じゃな」
そんな風に述べながら、ユグドラシルは笑顔でおにぎりを頬張った。
「なるほどのぉ。サクヤの手にかかると、あの硬くて味気ない種子がこのように仕上がるのじゃな。実に心地好い味わいであるぞよ」
「それなら、何よりだよぉ。……ロキくんも、どうぞ」
咲弥が小皿を差し出すと、ゴーレムは数秒ほど不動の状態を保ったのち、長い腕をのばしておにぎりをつかみ取った。
そして、目の穴の下に黒い亀裂が走って、大きな口と化す。『貪欲なる虚無の顎』を思い出させる暗黒の中に、おにぎりが丸ごと投じられた。
「どうどう? お口に合うかなぁ?」
「……コチラ、シラナイアジ」
「うん、そっか。他にも色々あるから、あとで感想を聞かせてねぇ」
ということで、唯一の成功作であるおにぎりの披露を終えた咲弥は、そこまでに至る紆余曲折で出来上がった試作品の数々を供することになった。
まず、水加減を間違えてぐずぐずの仕上がりになってしまった分は、けっきょくスープの煮汁に成り果てた。当初はおかゆにでも転用しようかと思案したのだが、煮込むと完全に溶け崩れてしまったので、もはや取り返しはつかないと断念することになったのだ。
不自然なとろみを強烈な味わいで覆い隠すべく、こちらはトマトとトウガラシの特性をあわせもつ『ジャック・オーの憤激』をベースにイタリア風に仕上げている。具材はキバジカの肩肉とタマネギと巨大キノコのみであるが、『ほりこし』とコンソメを添加するだけで、それらしい仕上がりを目指すことができた。
反対に、水気が足りなくてごわごわになってしまったコメモドキは、チャーハンに似た何かに仕上げている。キバジカのロースとタマネギとハクサイに似た『黄昏の花弁』を具材として、塩と醤油と中華だしを添加しつつゴマ油で炒めた品だ。コメモドキはいっそう表面が固くなってしまったが、その内側には多少の粘り気が残されており、苦肉の策としては十分な出来栄えであった。
そして最後に、火加減の妙で予想外の品が完成した。
最初にコメモドキを手掛けた際、通常の米と同じ加減で炊きあげたならば、すべての粒が同化して餅のような仕上がりになってしまったのだ。これこそ取り返しはつかなかったので、砂糖を添加しつつ練りあげていっそう餅に似た食感を追求したあげく、ひと口サイズの丸い形状に成形して、煮込んだ果実のソースを掛けて甘いデザートに仕上げたのだった。
「コメモドキだらけで重いランチになっちゃったけど、食いしん坊のみんなだったら大丈夫かなぁと思ったんだよねぇ」
「はいなのです! どのりょーりも、みんなおいしーおいしーなのです!」
チコはそのように言ってくれたし、他の面々も満足そうに食欲を満たしている。肉と穀物と甘味がそろっているため、ケルベロスたちもみんな尻尾を振りたてていた。
そんな中、ゴーレムだけは何の感情もうかがわせずに、あらゆる料理をぽいぽいと口の中に放り込んでいる。
土台、目と口の穴しかない石の顔であるので、感情表現のすべもないのだ。それで咲弥が目の奥の感情を読み取るべく凝視していると、丸い頭がこちらに向けられてきた。
「……ワガハイ、ヨウジ?」
「いやいや。どれかお好みの料理はあったかなぁと思ってさぁ」
「……ドレモ、シラナイアジ」
すると、チャーハンに似た何かをむさぼっていたケイがとげのある視線をゴーレムに突きつけた。
「そりゃー初めて食ったもんなら、知らない味なのが当たり前だろーがよ。そいつが美味いかどうかを聞いてるんじゃねーのか?」
「……ドレモ、キミョウナアジ」
「美味いかどうかを聞いてるのに、それじゃあ答えになってねーだろーがよ」
咲弥は「まあまあ」とケイの背中を撫でた。
「ケイくんの気持ちはありがたいけど、感想を強要したってしかたないさぁ。とりあえず、こんなにたくさん食べてもらってるだけで、あたしは満足だよぉ」
「ふん! こんな不愛想なやつに食事を分けるのは、無駄に思えてしかたねーけどな!」
「うんうん。ケイくんも愛想はないけど、愛くるしさにあふれかえってるもんねぇ」
「うるせーな! いつまでさわってんだよ!」
と、ケイは落ち着かなげに身を揺すりつつ、咲弥の手から逃げようとはしない。それで咲弥も、ひさびさのモフモフを満喫することがかなった。
(スキュラさんだって、そうそう甘い顔は見せてくれなかったもんな。相手のペースに合わせて、のんびりいくしかないさ)
そして、のんびり待つというのは、咲弥にとってもっとも馴染み深い行為である。そもそも咲弥こそマイペースの権化であるため、余人にペースを合わせろとはとうてい言えない立場であったのだった。




