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03 錬成

「では、他なる岩場に移動するとしよう」


 ドラゴンのそんな宣言とともに、空の旅が再開された。

 身の丈二メートルを超す岩の巨人に乗られても、ドラゴンの巨体はびくともしない。いっぽうゴーレムもドラゴンの飛行能力に感銘を受けた様子もなく、ぬぼーっと突っ立ったままであった。


 やがて到着したのは、宝物が眠る洞穴の前に広がる、高台の岩場である。

 その灰色の岩盤を見下ろしながら、ゴーレムはまた丸い頭をふるふると振った。


「コノイワ、ミツド、ヒクイ……ミズ、シミコム」


「左様であるか。ひと口に岩と言っても、さまざまであるのだな」


「……ワガハイ、イッペンノイシ、サイゲン、カノウ……サマザマナイシ、アツマルバショ、ノゾム」


「さまざまな石であるか。であれば……川辺であるな」


 そうして腰を落ち着ける間もなく、また移動である。

 次に到着したのは、スキュラと出会った日に釣りを楽しんだ川辺であった。


「こちらには、さまざまな種類の石が堆積しているように見受けられる。水仕事の器具に相応しい石はあろうか?」


 ゴーレムは何も答えず、丸い穴の目で石敷きの川辺を見回していく。

 そして、足首から先しかない足でペンギンのようにぺたぺたと歩を進めて、ひとつの小石を拾いあげた。


「リソウノイシ、ハッケン……レンセイ、コノバショ?」


「否。荷物が増える前に、帰参するとしよう。ユグドラシルの根城の庭先であるので、其方もそこでくつろいでもらいたい」


 あまり事情も把握できていないまま、咲弥は諾々とドラゴンの言葉に従った。

 ロキの使い魔にして分身たるゴーレムは寡黙であるし、顔にも穴の目しかないため内心もうかがえない。いつもの調子で語りかけていいものか、さしもの咲弥も迷ってしまっていた。


(無口な相手に無理やり話しかけるって、あたしの趣味じゃないからなぁ。なんとか頑張って、仲良くなりたいもんだなぁ)


 そうして咲弥が思案している間に、目的の地に到着した。

 昨日の日中にテントとタープを設営した、ユグドラシルの住処の庭先だ。太陽の位置の関係か、朝方にはあの壮麗なる木漏れ日の演舞も見られず、ひっそりと薄明るい様相であった。


「おお、ようやくお帰りかの。うぬとロキでは悶着の起きようもなかろうが、何をしておるのかと案じておったぞい」


 そのように呼びかけてくるユグドラシルの姿に、咲弥は思わず「うわあ」と感嘆の声をあげてしまう。彼女は枝と枝の間に蔓草でハンモックを作り、そこで優雅に横たわっていたのだ。


「いいないいなぁ。気持ちよさそうだなぁ。ハンモックなんて買ったら一日中寝ちゃいそうだから、あたしは自重してたんだよねぇ」


「ほほほ。なんなら、うぬの分も準備してやるぞい」


「いやいや、今はやることがあるからさぁ。でも、あとでお願いできたら、嬉しいなぁ」


 そんな風に答えてから、咲弥はふっと斜め上方に目をやった。

 予感の通り、ゴーレムが二メートルの高みから咲弥を見下ろしている。そしてやっぱり穴だけの目では、まったく内心が知れなかった。


「ごめんごめん。寝たりしないから、どうか協力をお願いねぇ」


「では、我は見回りに出向こうかと思う。ユグドラシルよ、後のことは頼めようか?」


「ほほほ。ロキの使い魔が相手では、なんの手間もかからなそうじゃの」


 ドラゴンは「うむ」とうなずいてから、咲弥の耳もとに口を寄せてきた。


「サクヤよ。其方は何も気を張らず、普段通りに振る舞うがよいぞ」


「うん、まあ、そうなのかもしれないけど……迷惑がられるのは、避けたいんだよねぇ」


「それも、サクヤの優しさなのであろうな。しかし、サクヤが遠慮している限り、ロキに近づくことはできまい。好くも嫌うも、まずは相手を知ってから――というのが、咲弥の身上であろう?」


 確かに咲弥は数日前、冒険者のひとりであるミシュコにそんな啖呵を切った覚えがある。彼がコメコ族を見下しているような発言をしたので、ついつい腹を立ててしまったのだ。

 咲弥はしばし考え込んでから、「うん」とドラゴンに笑いかけた。


「わかったよぉ。まずはロキくんのことを知るところから始めてみるねぇ」


「うむ。サクヤの健闘を祈っている」


 ドラゴンもまた優しげに目を細めてから、雄々しい首を起こした。


「では、我はこれにて失礼する。太陽が中天にのぼる頃には戻るので、ロキもよろしく願いたい」


 ゴーレムは無言かつ不動であったが、ドラゴンはかまわず飛び去った。

 後に残されたのは、咲弥とゴーレムとユグドラシルの三名だ。ハンモックのユグドラシルは安らかな面持ちでまぶたを閉ざしてしまったので、咲弥はゴーレムに向きなおった。


「それじゃあ、お願いできるかなぁ? ……って言っても、何をどうするつもりなのか、あたしにはさっぱりわかってないんだけどねぇ」


「……ワガハイ、ナガシダイ、レンセイ、ネガワレタ……バショ、ココ?」


「石で流し台を作ってくれるんだよねぇ? じゃ、場所はこっちにお願いしようかなぁ」


 ここは樹木に囲まれた円形の空き地であり、その片隅に二組のテントとタープが張られている。咲弥はそのテントからほど近い空き地の端に、ゴーレムをいざなった。


「この、なるべく草の生えてない場所でお願いねぇ」


「ほほほ。そうまで精霊たちに気をつかう必要はないぞよ。如何なる巨岩に押し潰されようとも、最後に打ち勝つのは草木のほうじゃからな」


 咲弥がびっくりして振り返ると、すぐ近くの樹木の間でユグドラシルがハンモックに揺られていた。ユグドラシルが操る蔓草は、木々の間を自由自在に移動できるのだ。


「わかった、ありがとねぇ。……それじゃあ、ロキくんもよろしくぅ」


 ゴーレムは無言のまま、丸太のような右腕を前方に差し伸べた。

 その先端には指も存在しないが、丸みを帯びた表面がわずかに変形して、うっすらと緑がかった小石をつまんでいる。


 そうして咲弥が、黙って見守っていると――やがてゴーレムの巨体が、小石に触れている部分からじわじわと淡緑色に染まっていった。

 小石の色合いが、ゴーレムの巨体に広がっていったのだ。そうしてゴーレムの巨体がすべて淡緑色に染めあげられると、その背中から暗灰色の卵のようなものが吐き出された。


 卵といっても、直径四十センチはあろうかという巨大な球体である。

 その球体はころころと地面を転がり、淡緑色に染まった本体のほうはいきなりぐしゃりと潰れてしまった。


 咲弥が呆気に取られている間に、本体も球体もうねうねと動いて変形していく。

 そうして先に動きを止めたのは、暗灰色の球体のほうであり――そちらは、ミニチュアサイズのゴーレムができあがった。


 体長二メートル強であったゴーレムが、アトルたちよりも小さな体に縮んでいる。基本の造形はこれまでと大差なかったが、いっそう頭身が縮んでぬいぐるみのような愛くるしさだ。咲弥は再び、「うわあ」と感嘆の声をあげることになった。


「こりゃまた、かわゆい姿だねぇ。みんな最後にはかわゆくなって、まいっちゃうなぁ」


「……レンセイ、セイカ、イカガ?」


 相変わらずロボットのように無機的な声で、ゴーレムはそう告げてくる。

 それで横合いに向きなおった咲弥は、さらなる驚きに見舞われることになった。淡緑色に染まった本体のほうは、四角い姿に変じていたのである。


 基本は横長の直方体で、横幅は百八十センチ、奥行きと高さはそれぞれ八十センチばかりもあるだろう。そして上面は、まさしく流し台のように十五センチほど四角く窪んでいた。


「すっげー……これが、ロキくんの魔法かぁ」


「うむ。大地の精霊の力でもって、石の道具を錬成したのじゃな。実に見事な手際じゃわい」


 ハンモックに揺られながら、ユグドラシルは楽しげな声をあげる。彼女は彼女で樹木の精霊の力でもって、そのハンモックを作りあげたわけであった。


「……レンセイ、セイカ、イカガ?」


「あ、うん。これって、微調整とかできるのかなぁ? もしできるなら、いくつかお願いしたいんだけど」


 ゴーレムは無言のまま、丸い穴の目でじっと咲弥を見つめている。

 その無言を了承の返事と解釈して、咲弥は提案を申し上げた。


「まずね、今は上面が全体的に窪んでるけど、奥側の三十センチぐらいは平面で物を置けるようにしてほしいんだよ。……あ、三十センチっていってもわからないかなぁ? ちょっと待っててねぇ」


 咲弥はテントのほうに取って返して、ウォータジャグを持ち運んだ。


「これを置けるぐらいの場所が欲しいの。あとは……窪みの底は真っ平じゃなくて、真ん中が一番深いすり鉢状にしてほしいんだよねぇ。そんな極端な角度じゃなくて、水が流れるていどの傾斜が欲しいんだよぉ」


 ゴーレムはやはり無言のまま、長い腕をのばして流し台の側面に手の先を押し当てる。すると石造りの流し台がぶよぶよと蠢動して、咲弥のリクエストの通りに変形を果たした。


「おー、すごいすごい。それじゃあお次は、全体的に角張ってる部分にほんのちょっとだけ丸みをもたせてもらえるかなぁ? 石の硬さだと、ぶつけて怪我をするかもしれないしねぇ」


 ゴーレムは手の先を押し当てたままであったので、すみやかに次の変形が開始される。直角であったすべてのへりが、つるんとなだらかな丸みを帯びた。


「……レンセイ、セイカ、イカガ?」


「うん。ちょっと確認させてもらうねぇ」


 咲弥はまず、丸みを帯びたへりの具合を確認させていただいた。

 理想通りの丸みであるし、いざ触ってみると普通に石の質感だ。硬くて、ひんやりしており、最前までうにょうにょと動いていたのが信じられないほどであった。


 さらに咲弥は平面のスペースにウォータジャグを設置して、少しだけ水を流してみた。

 ちょろちょろと流れた水は、なめらかな表面を伝って中央に向かっていく。そこに魔法陣を描いてもらえば、汚水は『貪欲なる虚無の顎』に転移されるはずであった。


「いや、ちょっと待てよ……ねえ、ロキくん。もうちょいややこしいお願いをしてもいいかなぁ?」


「…………?」


「あのね、このくぼんだ場所に小さな穴をあけてもらって、その行き着く先に小さな壺を設置できるようにしてほしいんだよぉ。その壺を持ってくるから、ちょっと待っててねぇ」


 咲弥はもういっぺんタープの下まで取って返して、宝箱の中に保管されていた『貪欲なる虚無の顎』を引っ張り出した。

 高さも幅も十五センチていどの、ころんとした真っ黒の壺だ。しかし表面にはびっしりと奇怪な紋様が彫刻されており、この口の中に投じられたものはすべて塵と化して消滅し果てるのだった。


「この壺を収納できるように、流し台の裏に穴をあけてもらえるかなぁ?」


 ゴーレムは無言のまま、暗灰色の手の先をぺたりと流し台に押し当てる。

 硬い石造りの流し台がぷるぷると震えて、さらなる変容が果たされた。


 咲弥は流し台の裏に回り込み、その真ん中にあけられた四角い穴に『貪欲なる虚無の顎』を設置する。

 そうしてウォータジャグの栓を開くと、そちらにあけられた直径三センチていどの穴に水が流れ込み、とぽとぽと音をたてて『貪欲なる虚無の顎』の中に流れ込んだ。


「うん。これでばっちりだねぇ。どうもありがとう。これで思う存分、洗い物ができるよぉ」


「……ソウ」と言ったきり、ゴーレムは動かなくなった。

 まるで石像に戻ってしまったかのようだが、何とはなしに黒い穴の目の向こう側に無機物ならぬ気配を感じる。これまでは二メートルの高みにあったため、咲弥には感じ取れなかった気配であった。


「それじゃあ、さっそく使わせていただくねぇ。なんのためにこいつを作ってもらったのか、ロキくんもその目で確かめてみてよぉ」


 咲弥はゴーレムに笑いかけてから、すべての洗い物を流し台に持ち込んだ。

 昨日の夕食と今朝のモーニングコーヒーで使用した、食器類と調理器具である。昨日の内に洗浄を済ませたのは錆びつきの懸念がある鋳鉄製のダッチオーブンとスキレットおよび刃物類のみで、あとはまるまる本日の仕事として持ち越されていた。


 ドラゴンとおそろいであるチタン製のマグカップとスポーク、皿として使用したメスティンおよびコッヘルの蓋、二枚のカッティングボードと『プロフューテースの黒碑』、調理に使用したレードルやしゃもじやホイッパー、米がこびりつかないように水を注いでおいた二組のメスティンと兵式飯盒、アトルとチコの持ち物である木彫りの食器類、ドラゴンから借り受けた銀の食器類――何せ八名分の食事の洗い物であったので、大変な質量であった。


 それらのすべてをざっと水にひたしてから、咲弥は食器用洗剤をプッシュしたスポンジでわしわしと洗い清めていく。

 それから再びウォータジャグの水を掛けると、洗剤の泡も細かい残飯もすべて穴の底に吸い込まれていった。

 ウォータジャグの水が尽きたら、『ウンディーネの恩寵』で補充をする。

 そうして咲弥が粛々と作業を進めていくと、ハンモックのユグドラシルが笑いを含んだ声を投げかけてきた。


「人間族の食事には、そういう手間が生じるのじゃな。呑気に過ごしているのが心苦しくなってきたぞい」


「いやいや。昨日まではユグドラシルさんもキバジカを追っかけてたんだから、遠慮なくくつろいでよぉ」


「なるほど。そのように申されると、多少ながら心苦しさが安らぐのぉ。やっぱりうぬは、心優しき娘御じゃな」


「そんな大した話じゃないさぁ。ドラゴンくんたちだって、今もお仕事を頑張ってるわけだしねぇ」


 そんな風に答えながら、咲弥は背後のゴーレムに呼びかけた。


「そういえば、一番東側の峰はロキくんが管理してくれてるんでしょう? ドラゴンくんたちみたいに、お山を見回ってるの?」


「……ツカイマ、ウゴカシテイル。ワガハイ、ウゴカナイ」


「ふむふむ。やっぱりロキくんは、ずっとあの場所に座ってるの? 何年も同じ場所にいて、飽きたりはしないのかなぁ?」


 その質問には、答えが得られなかった。

 咲弥はすみやかに、話題を転換する。


「お昼になったらドラゴンくんたちも戻ってくるはずだから、そうしたら一緒にランチだよぉ。ロキくんは、そのゴーレムくんが代わりに食べるのかなぁ?」


「……ソウ」


「そっかそっかぁ。ちなみに、苦手な食べ物とかあるのかなぁ?」


「ニガテ……ヨクワカラナイ」


「にゃるほど。じゃ、いろいろ試してもらうしかないねぇ。お気に召したら、夕飯もご一緒しようよぉ」


 すると、ゴーレムはまた口をつぐんでしまった。

 しかし、気が向けば咲弥とも言葉を交わしてくれるのだ。あとは一歩ずつ、距離を縮めていくしかないようであった。

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