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05 歩み寄り

 入浴を終えた一行は、キャンプスポットに舞い戻ることになった。

 髪を乾かすために魔法の温風を浴びせかけられた際には大騒ぎしていた四名の冒険者たちも、ひとまず人心地ついたようである。もう誰も寒そうにはしていなかったし、顔にも血色が蘇っていた。


 しかしそれでも、疲弊の陰はぬぐえない。とりわけ剣士のミシュコや僧侶のトナなどは、ぐったりした面持ちだ。それで咲弥が「大丈夫?」と顔を近づけると、ミシュコはいっそう頬を火照らせながら身を引いた。


「さ、寒さをしのげるだけの魔力は、どうにか補充できた。ただ……今日は朝から、何も腹に入れていないので……」


「そっかそっかぁ。それじゃあさっそく、食事の準備を始めるよぉ。ただ、ひとつお願いがあるんだけど……もし調理器具を持ってたら、貸してもらえないかなぁ?」


「……調理器具?」


「うん。冒険者だったら調理器具を持ってるはずだって話だったからさぁ。でかい鍋とかあったら、すっごく助かるんだよねぇ」


 すると、魔道士のウィツィが無言のまま、しなやかな指先を虚空に振りかざした。

 空中に青白い魔法陣が描かれて、その向こう側から巨大な鉄鍋が吐き出される。アトルが「はわわ」と慌てながら、それをキャッチした。


「おー、こりゃあ立派な鍋だねぇ。ありがたくお借りするよぉ」


 咲弥が笑顔を届けると、ウィツィは仏頂面で「ふん!」とそっぽを向いた。

 いっぽうアトルは両手で鉄鍋を抱えながら、きらきらと瞳を輝かせている。


「これはほんとーに、りっぱななべなのです! サクヤさまのなべよりも、ずっしりおもいのです!」


「うんうん。これならこの人数でも対応できそうだねぇ」


 そちらの鉄鍋は口の直径が四十センチほどもあり、咲弥のダッチオーブンよりひと回り大きなサイズであった。しっかり木製の蓋まで付属しており、咲弥としてはしてやったりの心境である。


 咲弥も温泉ですっかり温まったので、防寒ジャケットは脱いだまま、サロペットタイプのエプロンを着用する。そうしてスウェットの腕をまくりながら、咲弥は「さて」と宣言した。


「それじゃあ、始めよっかぁ。まずは、具材の切り分けだねぇ。あたしはお肉を担当するから、二人は野菜をお願いするよぉ。こっちの分はみじん切り、こっちの分は薄切りでよろしくぅ」


「りょーかいなのです!」と、アトルとチコもブッシュクラフトナイフを取り上げる。咲弥は祖父の形見である渓流ナイフで、カッティングボードは『プロフェーテースの黒碑』なる石板だ。


 スキュラは姿を消してしまったが、五頭の一角ウサギは本日もつぶらな瞳で咲弥たちの姿を見守っている。そちらに笑いかけてから、咲弥は作業を開始した。

 まずはデザートリザードの肉塊を壺から引っ張り出して、ウォータジャグの水で砂を洗い流す。

 そうして咲弥がいざ渓流ナイフを構えると、ウィツィが「ちょ、ちょっと!」と悲鳴まじりの声をあげた。


「そ、その、肉を敷いてる石板……それって、『プロフェーテースの黒碑』じゃないの!?」


「ありゃ。ウィツィの姐さんは、こちらをご存じで?」


 ウィツィが驚愕の形相で絶句すると、今度はミシュコが「ぎゃーっ!」と雄叫びをあげた。


「こ、こ、これ! まさか、『聖騎士の槍』じゃないだろうな!?」


「や、や、屋根にされているのは、『精霊王の羽衣』のように見えるのですけれど……」


「……今さら何を言っておるのだ。それなら、そちらに置かれているのは『ウンディーネの恩寵』だし、そもそもこの台座は『祝福の閨』であろうよ」


 射手のテクトリがぶすっとした顔で応じると、ミシュコとトナも仲良く絶句した。


「やっぱ、見る人が見るとわかるんだねぇ。そんなお宝をキャンプギアに転用しちゃって、なんだか申し訳ない気分だなぁ」


「だ、だったらその手を止めなさいよ! その黒碑ひとつで、城が建つのよ!?」


「うーん。でも、ドラゴンくんのせっかくの厚意だからさぁ」


 というわけで、咲弥はざくざくと肉塊を切り分けていく。ウィツィは両手をもみしぼりながら、わなわな震えてしまっていた。


「道具とは、使ってこそ正しい価値が生じると判じてのことである。ことさら嘆く必要はあるまい?」


 大型犬サイズを保持したドラゴンがそのように呼びかけると、ウィツィは恨みがましい横目でねめつけた。


「……だからって、預言の石板をまな板がわりにするなんて、あんまりでしょうよ」


「うむ。本来の用途から外れていることは、否めまいな。それに関しては、返す言葉もない」


 と、ドラゴンは申し訳なさそうに目を細める。

 ドラゴンの態度は平常通りだが、それでウィツィと問題なく会話が成立しているのは何よりの話である。それで咲弥がひそかに心を和ませていると、ケイが「なーなー!」と呼びかけてきた。


「どうせそいつを仕上げるのには、めっぽう時間がかかるんだろ? 俺の胃袋は、そこまでもたねーよ!」


「あ、そっか。ケイくんも、おなかぺこぺこだったんだもんねぇ。すぐに準備できるのはバーベキューぐらいだけど、それでもいいかなぁ?」


「なんでもいいよ! でも、塩や胡椒を忘れんなよな!」


 威勢のいい面持ちでわめきつつ、その尻尾はぱたぱたと振られている。それでまた心を和まされつつ、咲弥はアトルを振り返った。


「じゃ、いま切り分けてもらったキノコとマンドラくんは、バーベキューで使っちゃおっかぁ」


「りょーかいなのです! では、ぼくがひをつけるのです!」


 アトルは嬉々として、焚火台に駆け寄った。

 その間に、咲弥は切り分けた肉をコッヘルの蓋に移していく。咲弥が持ち込んだ食材には限りがあったが、異界の食材はどっさり余剰が存在した。


 鶏肉に似たデザートリザードの肉、名も知れぬ巨大キノコ、ヤマイモに似たマンドラゴラモドキ――前菜がわりのバーベキューならば、それで十分であろう。二台の焚火台をフル活用すれば、それなりの人数に対応できるはずであった。


「よかったら、そちらのみなさんもご一緒にどうぞぉ。アトルくんとチコちゃんは、大丈夫?」


「はいなのです! しゅーらくであさのしょくじをいただいたので、まだおなかぺこぺこではないのです!」


 今日は昼過ぎにやってきたので、まだ午後の中途半端な時間であるのだ。ただし咲弥も簡単なブランチしか口にしていなかったので、ほどほどに空腹といったていどであった。


 いっぽうドラゴンとケルベロスは朝から重労働であったようだし、その要因となった四名の冒険者たちはいっそうくたびれ果てている。ここは誤解から刃を交えることになった者同士で、仲良くバーベキューを楽しんでいただきたいところであった。


「じゃ、アトルくんはそのままバーベキューをお願いねぇ。その間に、あたしとチコちゃんで下準備を済ませておくからさぁ」


「りょーかいなのです! しりょくをつくして、おやくめをまっとーするのです!」


 頼もしきアトルにバーベキュー係を一任して、咲弥は新たな肉塊の切り分けに取りかかる。

 四名の冒険者たちはたいそう悩ましげな面持ちであったが、やがて空腹感に負けた様子で焚火台を囲み始めた。


「……なんだ、この調味料は?」


 しばらくして、底ごもる声で発言したのは、テクトリである。

 咲弥が様子をうかがうと、テクトリは厳つい髭面に驚愕の表情を浮かべていた。


「そちらはサクヤさまがごじゅんびした、『ほりこし』なのです! なににかけても、おいしーおいしーなのです!」


「……塩や胡椒に、まったく見知らぬ香草が配合されているな。それに、これは……何らかの出汁が凝縮されているのか? 調味料だけを口にしても、肉の旨みが感じられる。……お前がこのような調味料を作りあげたというのか?」


 テクトリに鋭い視線を向けられて、咲弥は「いやいや」とナイフを握っていないほうの手を振った。


「それは、市販品だよぉ。あたしも大のお気に入りなんだけど、お口に合ったかなぁ?」


「……お前の世界では、このように立派な調味料が道端で売られているのか?」


「道端では売ってないかなぁ。誰でも買えるけど、売ってる店は限られてるって感じだねぇ」


 きっと魔法文明の社会というのはずいぶん生活様式が異なっているのであろうから、咲弥はなるべく混乱を招かないように言葉を選んで説明した。

 それで納得したのかどうか、テクトリはむっつりと押し黙る、その間に、他の冒険者たちが騒ぎ始めた。


「た、確かにこれは、まったく見知らぬ味だ。ちょっとした料理店にいけば、これぐらいの料理は珍しくもないだろうが……野営の場で、こんな料理を味わえるなんて……」


「ほ、本当ですね! すごく美味しいです!」


 と、はしゃいだ声で言ってから、トナは眉尻を下げた。


「で、でもこれ……いったい何のお肉なのでしょう?」


「そちらは、デザートリザードのおにくなのです!」


 アトルの元気な返答に、トナは真っ青になってしまった。


「デ、デザートリザード? それは、人喰いの獣ではないですか!」


「うむ。しかし、この近在の領地ではデザートリザードに対する備えも万全であろうし、この砂漠に足を踏み入れるのは腕に覚えのある冒険者と行商人のみであろうな。無論、この砂漠に住まうコメコ族も、デザートリザードに後れを取ることはあるまい」


 ドラゴンが、穏やかな声音でそのように語った。


「神職にある其方は、人喰いの獣を口にすることを禁忌としているのであろう。この砂漠のデザートリザードは数世代にわたって人喰いに及んでいないはずであるので、神の怒りには触れまいよ」


「はあ……あ、あなたは神職の禁忌についてまでご存じなのですか?」


「いちおうこれでも、かつては王たる身であったのでな。また、こちらで食事に招いておいて禁忌を破らせるような真似はできまいよ」


 ドラゴンのそんな言葉に、トナはごにょごにょと口ごもってしまう。

 きっとドラゴンはドラゴンらしく振る舞うだけで、誤解を解くことができるだろう。そんな思いを新たにした咲弥は、いっそう胸を弾ませながら肉塊を切り分けることになった。


「よーし、こっちはこんなもんかなぁ。チコちゃんは……おー、ガシガシ進んでるねぇ」


「はいなのです! うすぎりがかんりょーしたので、みじんぎりをかいしするのです!」


「うんうん。それじゃあさっそく、チコちゃんの成果を使わせていただこうかな」


 咲弥はそのように考えたが、八名の混成グループはまだ熱心に二台の焚火台を取り囲んでいる。人数が人数なので、なかなか十分な量が行き渡らないのだろう。この状況で焚火台の片方を取り上げてしまうのは、いかにも忍びなかった。


「うーん。ここはまた、火元を別に準備しますかぁ。いったんこっちの屋根を片付けさせていただくけど、お気になさらずねぇ」


 そうして咲弥が『精霊王の羽衣』を張っていたロープに手をかけると、トナが大慌てで向きなおってきた。


「あ、あの! いったい何をされるおつもりでしょうか?」


「うん? 地面で火を焚こうと思ってさぁ。でも、直火だと地面に悪い影響を与えちゃうから、こいつを敷かせていただくんだよぉ」


「せ、『精霊王の羽衣』の上で、火を焚くおつもりですか!? 駄目です、そんなの! わたしが許しても、神が許しません!」


 トナが真っ青な顔で腕を振り上げると、ケルベロスたちがそれぞれ鋭い眼差しを向けてくる。が、トナが行使したのは亜空間の扉を開く魔法であり、そこからはらりと降ってきたのは一枚の織物であった。


「こ、こちらは『ウンディーネの羽衣』です! 如何なる熱も通しませんので、こちらをお使いください!」


「えー、いいのぉ? これって、マントか何かなんでしょ?」


「せ、世界の至宝を敷布に使われるよりは、よほどましです!」


 地面に落ちた『ウンディーネの羽衣』とやらは、きらきらと水色に照り輝いている。フードや留め具も見受けられるので、やはりマントの類いであるのだろう。それを拾いあげながら、咲弥はトナに笑いかけた。


「わかったよぉ。大事に使わせていただくねぇ。トナちゃん、ありがとう」


「あ、いえ……自分の所有物でもない宝を守りたいというのは、わたしの都合ですので……」


 と、トナはまたごにょごにょと口ごもってしまう。

 咲弥もドラゴンと同様に、こうして一歩ずつ歩み寄っていくしかないのだろう。最後は笑顔でお別れできるように、咲弥も力を惜しむつもりはなかった。

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