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03 自己紹介

 咲弥はあらためて、四人の冒険者たちと相対した。

 甲冑姿の若者は、甲冑を脱がされている。どうやら彼が身につけていた甲冑や長剣も魔法アイテムであったようで、使用者の魔力というものが尽きたならば見た目通りの金属の塊と化してしまうようであるのだ。それで体力まで尽きていたならば、身動きが取れなくなるのも当然の話であった。


 その魔法の甲冑の下に着込んでいたのは、ごわごわとした素材の装束だ。長袖に長ズボンであったのは幸いだが、それでもたいそう寒そうにしている。そしてやっぱりそれらの衣服も、咲弥の感覚から言うと中世から近世ぐらいの古めかしいデザインであるように感じられた。


 そちらの若者は、咲弥と同程度のお年頃であろうか。髪も瞳も茶色をしており、西洋的な彫りの深い顔立ちで、肌はいくぶん日に焼けている。なかなか凛々しい面立ちであるが、今は失意と寒さでしょんぼりしていた。


 いっぽう壮年の男性は、四十路前後に見える。若者よりは濃い目の茶色い髪と瞳をしており、背丈は低いが体格は逞しい。四角い顎には、立派な髭を生やしていた。


 修道服の少女は、まだ十代であるように見受けられる。金髪碧眼でほっそりとした体格をしており、いかにも可憐かつ清楚な風情だ。ただその白い頬には、まだ涙のあとが残されていた。


 魔女のようなとんがり帽子の女性は年齢不詳だが、きわめて仇っぽい美人である。オフショルダーの黒いドレスはタイトなデザインで、色っぽいプロポーションがあらわにされている。そして彼女は耳が長く尖っており、長くのばした髪と瞳は銀色、艶やかな肌は褐色で、ダークエルフという種族であるという話であった。


「……ということで、我はこの地で隠遁生活を楽しんでいる。中原の戦乱にも介入する意思は皆無であるので、今後はこの山に近づかないでもらいたい」


 ドラゴンが落ち着いた声音でそのように告げると、ダークエルフの魔道士が「ふん!」と威勢よく鼻を鳴らした。


「あんたの力が衰えてないってことは、理解したよ! それならまた、玉座を狙って中原に攻め込んでくるつもりだろ? 都の連中は、いつまたあんたが舞い戻ってくるかって戦々恐々なんだからね!」


「だから、そのような意思はないと述べている。我はただ、静かな余生を過ごしたいだけであるのだ」


「誰がそんなたわごとを信じるもんかい! 恐怖の百年王国を築いたあんたの悪名は、世界中に轟いてるんだからね!」


 ドラゴンは小さく息をついてから、ちらりと咲弥のほうをうかがってくる。

 咲弥は深い理解を示して、のんびり笑顔を返してみせた。


「ドラゴンくんは、ほんとに誤解されちゃってるんだねぇ。これは精一杯おもてなしして、誤解を解くしかないなぁ」


「……何が誤解だ? そもそもどうして、人間族や亜人族が竜王のそばに侍っておるのだ?」


 壮年の男性が、底光りする目を咲弥に向けてくる。

 すると、咲弥より先にケルベロスのルウが答えた。


「サクヤ殿は、竜王殿のご友人です。こちらの亜人族の兄妹は……配下と称するべきでしょうか?」


「配下ではなく、働き手であるな。畑の管理を一任し、報酬として作物を受け渡している」


「はいっ! りゅーおーさまのごゆーじんだなんて、おそれおーいばかりなのです!」


「はいっ! だけど、りゅーおーさまはおやさしいのです! わたしたちもさいしょはこわかったけですけれど、いまはおそばにいられてうれしーうれしーなのです!」


 咲弥が頭を撫でると、チコは「きゃーっ!」と嬉しそうに悲鳴をあげる。

 そのさまに、四人の冒険者たちはいっそううろんげな顔になった。


「さっぱり意味がわからん……竜王は、何を企んでおるのだ?」


「だから、何も企んでないってばぁ。まあ、難しい話はお腹を満たした後でいいんじゃないかなぁ?」


「うむ。そして、腹を満たす前に魔力を補充するべきであろうな。このままでは、食事ができあがる前に凍死しかねん」


 確かに四名の冒険者たちは、誰もが真っ青な顔で体を震わせている。体力が尽きているならば、山の冷気はいっそうこたえるはずであった。


「それもあって、この地を選んだのだ。水晶の泉に浸かれば、体温を保持できるぐらいの魔力はすぐさま補充できようからな」


「んー? ケルベロスくんのときみたいに、ドラゴンくんの魔力を分けてあげることはできないの?」


「うむ。人間族と魔族では、魔力の巡り方に相違があるのだ。魔族は魔力の中から生まれた存在であるが、人間族は後天的に魔力を取り入れた存在であるのでな」


 魔力の何たるかを理解しきれていない咲弥には、「にゃるほど」と答えることしかできなかった。


「じゃ、まずは温泉を楽しみますかぁ。テントとかは、このままで大丈夫かなぁ?」


「うむ。獣や魔物が近づかぬように、我が結界を張っておこう」


 ということで、キャンプメンバーと冒険者の混成グループは岩肌に沿って行進することになった。

 冒険者たちはまだ状況を呑み込めていない様子で、とぼとぼと歩を進めている。武器や防具はテントに預からせていただいたので、いかにも心細げな様子だ。入浴グッズを詰め込んだボストンバッグを手に、咲弥はそちらに呼びかけた。


「そういえば、まだきちんと自己紹介してなかったねぇ。あたしは大津見咲弥ってもんで、こっちはアトルくんとチコちゃんだよぉ」


「……オーツミサクヤ? 人とも思えぬ、奇怪な名だな」


 壮年の男性がうろんげに問い返すと、咲弥よりも先にドラゴンが答えた。


「オーツミは氏、サクヤは名となる。こちらのサクヤは、異界の住人であるのだ」


「……異界の住人だと?」


「うむ。現在この山は、異界と融合している。わけあって、我がそのような術式を施したのだ」


 すると、修道服の少女が愕然と声をあげた。


「や、山そのものを異界と融合させたなんて、とうてい信じられません! ……でも、この山は見たこともない植物だらけなのですよね……」


「うむ。べつだんそちらの術式に関しては、信じようが信じまいがかまわん。ただ、サクヤは異界の住人であるため、こちらの世界の偏った価値観などは受けつけぬものと心得てもらいたい」


 冒険者たちは、不審顔を見合わせている。

 そんな四名に、咲弥はのんびり笑いかけた。


「まあそんな話もおいおいでいいけど、とりあえずお名前を教えてもらえるかなぁ? 名前がわからないと、呼び方にも困っちゃうからさぁ」


 しばらく逡巡してから、まずは若者がしかたなさそうに口を開いた。


「……俺は剣士のミシュコだ」


「……射手の、テクトリ」


「そ、僧侶のトナです……」


 壮年の男性と修道服の少女もそのように答えてくれたが、ダークエルフの女性だけはつんとそっぽを向いている。その端麗なる横顔を見つめながら、咲弥は追及した。


「おねえさんは? 名前を教えてくれないなら、適当に呼び方を考えちゃうよぉ?」


「…………」


「うーん、何にしようかなぁ。魔法使いさんは長いから、まーさんとか? ダークエルフさんのダーさんとか、銀髪のギンさんとかも捨てがたいかなぁ」


「ああもう、うるさいね! あたしは、魔道士のウィツィだよ!」


「ウィツィさんね。どうぞよろしくぅ」


 そうして四名の名前が判明したところで、鍾乳洞の入り口に到着した。

 ドラゴンが大型犬サイズに縮小し、ケルベロスが三体に分裂すると、冒険者たちはたちまち惑乱する。その中で、剣士のミシュコが発言した。


「な、なんだよ、その姿は? お前たち、なんのつもりだ?」


「うるせーなー。バラバラにならねーと、入りにくいだろ」


 素知らぬ顔で、ケイは狭い入り口をくぐりぬける。ドラゴンは青白い鬼火を生み出しつつ、冒険者たちを振り返った。


「こちらに魔力を回復するのにうってつけの泉が存在するのだ。其方たちも、進むがいい」


 冒険者たちは大いに思い悩んでいたが、やはり背に腹は代えられなかったのだろう。まるで絞首台に引き立てられる罪人のような悲壮さで、ひとりずつ鍾乳洞の暗がりへと足を踏み出していった。


 そうしてその最果てに到着したならば、感嘆の声が響きわたる。水晶石で出来上がった温泉は、本日も幻想的な威容をさらしていた。


「おやおや。ついにこんな連中まで引き込むことになったのかァい。つくづく酔狂なこったねェ」


 と、頭上から妖艶なる笑いを含んだ声が響きわたる。

 そちらを振り仰いだ魔道士のウィツィが、眉を吊り上げながら両手の指先を奇妙な形に組み合わせた。


「あ、あんたはスキュラだね! 畜生、やっぱり罠だったんだ!」


「おやおや、見栄えはいいのに品のないダークエルフだねェ。あたしに牙を剥くってことは、魚の餌になる覚悟が固まってるってことかァい?」


 温泉の水面から盛り上がった水晶石の天辺で、スキュラがくつくつと妖しい笑い声をこぼす。ドラゴンは苦笑をこらえているような目つきで、それをたしなめた。


「この者たちは、敵意をもって踏み入ってきたわけではない。其方が心が通じ合わせる必要はないが、無用の騒ぎは控えてもらいたく思うぞ」


「ふふん。騒いでるのは、そっちの連中だろォ? あたしの知ったこっちゃないねェ」


「うむ。魔道士よ、其方も短慮はつつしむがいい。魔力が枯渇した状態でスキュラに立ち向かっても、身を危うくするばかりであろう」


 ウィツィは唇を噛みながら、のろのろと両腕を下ろした。

 ドラゴンはひとつうなずいてから、咲弥に向きなおってくる。


「ところで、サクヤも湯に浸かるのであろうかな?」


「もちろんさぁ。みんなが温泉を楽しんでるのを眺めてるだけなんて、殺生だよぉ。……仲良くなるには、裸のおつきあいも有効だろうしねぇ」


「うむ。では、そちらはサクヤに任せるとしよう」


 ドラゴンは優しく目を細めたのち、光のカーテンを張り巡らせた。

 ウィツィは再び眉を吊り上げ、剣士のミシュコは「な、なんだ?」と惑乱の声をあげる。上手い具合に、男性陣は結界の向こう側に追いやられていた。


「裸身を隠すための措置である。其方たちの流儀は知らぬが、この場では従ってもらおう」


「ら、裸身? 裸身をさらして、この泉に浸かるということですか?」


 こちらでは、僧侶のトナが赤くなったり青くなったりしていた。

 咲弥は「そうだよぉ」と応じながら、手本を示すべく防寒ジャケットを脱ぎ捨てる。


「この温泉は魔力ってもんが溶け込んでるから、普通の倍ぐらいのスピードで回復できるって話だよぉ。そうでなくても体を温めたほうがいいだろうから、ご遠慮なくどうぞぉ」


「で、でも……湯あみなんて、幼子のすることですし……」


 と、トナはもじもじと身をよじり始める。

 咲弥はスウェットのトップスを脱ぎ捨ててから、小首を傾げた。


「そんじゃあトナちゃんたちも、普段は魔力で汚れを吹っ飛ばしてるの?」


「ト、トナちゃん? ……はい。身の汚れを払うのは、魔法の初歩の初歩ですし……湯あみで身を清めるのは、魔力を扱えない幼子ぐらいだと思います」


「なるほどぉ。まあ、今回は緊急事態ってことで、試してみなっせ。何にせよ、気持ちいいことは保証するからさぁ」


「あ、あ、そんな……そんなあられもない姿を……」


 咲弥が服を脱ぎ捨てるごとに、トナは羞恥に頬を染めていく。

 すると、ウィツィは魔女のようなとんがり帽子を打ち捨てながら、「ふん!」と威勢よく鼻を鳴らした。


「こっちだって、魔力を回復しないことには立ち行かないよ! トナ、あんたも覚悟を決めることだね!」


 かくして、スキュラにも負けない肉感的な肢体をさらしたウィツィの手によって、トナの修道服も剥ぎ取られて――一行は、温泉の心地好さを分かち合うことに相成ったのだった。

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― 新着の感想 ―
魔族がそうでしたので人族もそういう方法で汚れ落とせますね。それはそれで便利そうですけど、冒険者たちにもお風呂の良さ分かるといいですね。
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