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02 和解の下準備

「とりあえず身動きを封じるために、石化の術式を施した。こうすれば、亜空間に封印して持ち運ぶこともかなうのでな」


 ドラゴンが落ち着き払った声でそう言うと、亜人族の兄妹は「ひゃわー!」とはしゃいでいるような声をあげながら木の棒で石像をつつき始めた。


「ほんとーにかちこちなのです! りゅーおーさまのまほーで、いしになってしまったのです?」


「うむ。痛みを感じることはあるまいが、あまり乱暴に扱わぬようにな」


 すると、ケルベロスの真ん中の首たるルウが感じ入った様子で息をついた。


「火竜族たる竜王殿がこうまで見事に石化の術式を使いこなすとは、驚きを禁じ得ません。私は心から感服いたしました」


「ふん! コカトリスやメドゥーサじゃあるまいし! 火竜族だったら火竜族らしく、こんな連中はケシズミにしちまえよ!」


「それでは、山にまで被害が及ぼう……こんな連中は、草一本を犠牲にする価値もない……」


 ケルベロスの意見は相変わらず三者三様であったが、咲弥としてはその前段階の部分に疑念を呈さなければならなかった。


「よくわかんないけど、この人らがドラゴンくんの財宝を狙って忍び込んできたってこと? それで、バトることになっちゃったの?」


「うむ。この者たちも人間族としてはなかなかの力量であったため、こちらも小さからぬ手間を負うことになったのだ」


 ドラゴンがそのように答えると、ケイは「何を言ってやがるんだか!」と悪態をついた。


「てめーがその気になったら、こんな連中は一瞬でケシズミだろ? それなのに、いらねー手間をかけさせやがってよ!」


「いらぬ手間ではない。山を守るために、必要な措置であったのだ」


 そう言って、ドラゴンは沈着なる眼差しを四体の石像に向けた。


「それに……この者たちは我が死滅したと誤認して、こちらの山に踏み入ってきたのだ。そこで我が姿を現したものだから、正常な判断力を失って襲いかかってきたのであろう。そのような者たちを無下に傷つけるのは、我の本意ではない」


「うんうん。それでこそ、あたしの見込んだドラゴンくんだねぇ」


 咲弥が笑顔を届けると、ドラゴンも嬉しそうに目を細めた。


「で、この人たちはドラゴンくんが死んじゃったと思い込んで、残された財宝をいただこうとか考えたってこと?」


「うむ。死滅した竜族の遺跡を発掘するのは、こういった冒険者たちの重要な仕事であるからな。おおよその竜族は財宝を収集しているため、遺跡を放置しておけば数々の財宝が土に埋もれてしまうのだ」


「にゃるほど。でも、どうしてドラゴンくんが死んじゃったなんて思い込むことになったんだろ?」


「それはおそらく竜王殿が、二年近くにわたって隠棲していたためでしょう。都の者たちは――とりわけ人間族というものは、竜王殿が血に飢えた暴虐なる存在であると思い込んでいるのです」


 ルウの言葉に、咲弥は「えー?」と眉をひそめることになった。


「それはとんでもない誤解だねぇ。どうしてそんな誤解を生むことになっちゃったの?」


「竜王殿は、火竜族としても規格外の力をお持ちです。弱き者が強き者を恐れるのは、この世の理なのでしょう」


「ふん……それは、浅ましき性根のあらわれだろうな……そのような恐れにとらわれる者こそ、強き力を得た際には誰よりも暴虐な真似に及ぶのだろうよ……」


 ベエは鬱々とした声音で、そのように言葉を重ねた。

 咲弥は「なるほどねぇ」と腕を組みながら、地面に積み上げられた石像を覗き込む。


「それにしても……こりゃまた剣と魔法の世界に相応しい人たちみたいだねぇ」


 その四体の石像は、咲弥と変わらぬ人間の姿をしている。ただその身に纏っているものが、いかにもファンタジー風味であった。


 咲弥と同じぐらいの年頃をした若者は、いかにも仰々しい甲冑を着込んで巨大な剣を振り上げている。その剣や甲冑ごと、灰色の石と化しているのだ。


 小柄だが体格のいい四十歳ぐらいの男性は取り立てて奇抜な身なりではないようだが、矢筒を背負って弓を握りしめている。それに、簡素な服の上に羽織ったベストやブーツなどの様式が、なんともレトロなデザインであった。


 残りの二名は女性で、かたや装飾の多い修道服、かたや露出の多い魔女のようないでたちで、どちらもごてごてとした杖を握りしめている。そして、後者の女性のみ、耳がぴんと長く尖っていた。


「その魔道士の娘は、ダークエルフであるようだな。ダークエルフが人間族とパーティーを組むというのは、なかなか物珍しい」


「うーん。あたしにしてみりゃ、みんな物珍しいけど……この人たちは、どうするの? まさか、一生このままってわけじゃないんでしょ?」


「うむ。無論、石化は解除する。だが……それで身柄を解放する前に、サクヤの料理でもてなしてもらいたいのだ」


「なんでだよ!」と、ケイがたちまちわめきたてた。


「こんなやつら、砂漠にでもほっぽりだしゃ十分だろ! なんでこんな盗人どもに、大事なメシを分けてやらねーといけねーんだよ!」


「この者たちは、すでに魔力も体力も枯渇している。この状態で砂漠に放置すれば、サンドウォームはおろかデザートリザードにもあらがうすべはあるまい」


「では、いささか手間となりますが、砂漠を越えた人里にまで送り届けては?」


 ルウが沈着なる声で述べると、ドラゴンは「否」と繰り返した。


「その前に、この者たちと和解をしておきたく思うのだ。この先の、平穏な生活を守るためにもな」


「……やはり、わからん……こやつらが報復を目論んでも、竜王の鱗に傷ひとつつけることはできまい……?」


「この者たちは、我が死滅していると誤認していた。であれば他にも、同じような考えを抱いている者がいるやもしれん。我はこの山で健在であり、なおかつ中原の戦乱に加担する意思はないものと、世間に触れ回ってもらいたいのだ。その伝達の役目を担ってもらうために、心を通じ合わせたく思う」


 そんな風に語りながら、ドラゴンはとても申し訳なさそうな眼差しを咲弥に向けてきた。


「しかしこの者たちは、我を暴虐な存在と思い込んでいる。こちらがどれだけ言葉を重ねようとも、心から理解することはかなうまい。そこで、我がこの山の隠遁生活に充足しているという事実を知らしめたいのだが……そのためには、普段通りの姿を見せる必要があろう」


「ふむふむ。それで、キャンプ料理を一緒に楽しもうっていうことかぁ」


「うむ。いつもサクヤには面倒ばかりかけて、心から申し訳なく思っている」


「そんな水臭いこと言わないでよぉ。ドラゴンくんのためだったら、そんなの面倒でも何でもないさぁ」


 咲弥は笑いながら、ドラゴンの雄々しい首をぺちぺちと叩いた。


「それに、そんな人らが続々と押しかけてきたら、あたしだって落ち着かないからねぇ。キャンプ料理のおもてなしで丸くおさまるんなら、いくらでも腕をふるうよぉ」


「我は本当に、サクヤの度量に救われてばかりである。この恩義には必ずや報いると約束しよう」


「だから、そんな水臭いことは考えないでいいってばぁ」


 咲弥が心からの笑顔を届けると、ドラゴンもようやく穏やかに目を細めた。


「では、こちらでは手狭なので、別の地に移動すべきであろうな」


「はいはぁい。すぐ片付けるから、待っててねぇ」


 咲弥はアトルたちの手を借りて、荷物を車に積み込んだ。

 その車と四体の石像を亜空間に封印して、咲弥たちはドラゴンの背中に騎乗である。


「そういえば、チコちゃんたちは巻き込まれなかったの?」


 飛行のさなかに咲弥が問いかけると、チコは「はいなのです!」と元気に答えてくれた。


「わたしたちもりゅーおーさまのごとーちゃくがおそくて、しんぱいしていたのです! でも、みなさんごぶじでなによりなのです!」


「ふん! 俺たちが、人間族なんざに後れを取るかよ!」


「ふむふむ。ケルベロスくんは、大活躍だったわけだねぇ」


「ケルベロスはずいぶん遠方で身を休めていたのだが、騒乱の気配を察知して駆けつけてくれたのだ」


 ドラゴンの言葉に、咲弥はにんまりと微笑んだ。


「ケルベロスくんは偉いねぇ。ごほうびに、モフモフしてあげよう」


「やーめーろー!」


 そうして咲弥たちが騒いでいる間に、ドラゴンは地上に舞い降りた。

 ここはつい先日にも活用した、温泉のある鍾乳洞から徒歩圏内のスポットである。下生えの草がぽつぽつと生えた空き地で、断崖に沿って歩くと鍾乳洞に行き当たる。断崖と反対側の面は、深い樹林に閉ざされていた。


「この者たちの石化を解除する前に、まずは設営を完了させるべきであろうな」


「りょうかぁい。ではでは、本日もはりきってまいりましょう」


 咲弥とアトルとチコの三名で、まずは二組のテントを立てる。その後はタープと『精霊王の羽衣』を張り、薪割りをして、『祝福の閨』なる台座の上に調理器具を並べれば、設営も完了であった。


「りゅーおーさまのおもーしつけで、しゅーかくぶつをたくさんもってきたのです!」


「うんうん。いきなり四名もゲストが増えるわけだもんねぇ。あたしも追加分のお米を準備したところだったから、ちょうどよかったよぉ」


 それらの食材も台座に並べてから、咲弥はドラゴンのほうに向きなおった。


「とりあえず、準備は完了だよぉ」


「承知した。では、石化の術式を解除する」


 四体の石像は、テントから少し離れた場所に並べられていた。

 甲冑姿の若者は焦りの表情、弓を手にした壮年の男性は無念の表情、修道服の少女は恐怖の表情、魔女のような女性は怒りの表情――誰もが、きわめて生々しい表情を浮かべている。

 そして、ドラゴンが巨大な尻尾をひとふりしたならば、冷たい灰色をしていた姿に色彩が蘇り、それらの表情に人間としての熱が回帰したのだった。


「おのれ、竜王――!」と、甲冑姿の若者が身を起こそうとする。

 が、彼は甲冑の重さに負けた様子でへたり込み、その手の長剣も取り落としてしまった。


 いっぽう軽装であった壮年の男性は弓を捨てると同時に腰の短剣へと手をのばし、魔女のような女性はねじくれた形状の杖を振り上げたが――ケルベロスのルウが「およしなさい」と静かにたしなめた。


「もはやあなたがたには、魔力も体力も残されていないはずです。武器を収めて、竜王殿のお言葉に耳を傾けなさい」


「ふん! ふざけるんじゃないよ! 誰が魔族なんざの――」


 魔女のような女性がそのように言いかけたとき、ひゅうっと三月の寒風が吹きすさぶ。それと同時に、そちらの女性は「ひいっ!」と縮こまった。


「あなたがたは魔力で体温を保ち、肉体を強化していたのでしょう? 竜王殿の慈悲を乞わねば、凍死しかねませんよ」


「や、や、やかましいよ! こ、これしきの寒さぐらいで……」


 などと言いながら、魔女のような女性はがたがたと震えてしまっている。彼女はとんがり帽子にオフショルダーの黒いドレスのようないでたちであったので、ことさら寒さがこたえることだろう。

 いっぽう甲冑姿の若者は地面に倒れ込んだまま、じたばたともがいていた。


「くそっ! 動けん! トナ、魔力の補充を頼む!」


「む、無理ですよぉ。魔力なんて、ひとしずくも残されていません」


 修道服の少女はへたりこんだまま、しくしくと泣き始めてしまった。

 そして壮年の男性だけが腰の短剣に手をかけて、物騒な感じに目を光らせている。ルウは静謐なる眼差しで、その姿を見据えた。


「比較的、あなたは体力が残されているようですね。なおかつ、寒さをこらえる気力もお持ちのようだ。……ですが、その状態で我々にあらがえるとお思いですか?」


「……竜王は、確実に力を落としている。でなければ、俺たちを相手にこうまで手こずることはあるまい」


 壮年の男性が低い声音でそのように応じると、ケイが「はん!」と鼻を鳴らした。


「そら見ろ! おかしな手間をかけるから、この馬鹿どもがつけあがってるじゃねーか!」


「まったくもって、愚かな限りだな……貴様らは、本気で我々と互角に渡り合えたと思っていたのか……?」


 ベエは陰気に光る目で、四人の姿を見回した。


「我々は、山を守ることに注力していたのだ……竜王から、そのように命令されていたのでな……」


「ええ。あなたがたの攻撃を魔力ごと受け止めて無効化するのは、大変な手間でした。しかも、あなたがたを傷つけることも禁じられていたので、なおさらです。こちらとしては、あなたがたの魔力と体力が尽きるのを待つ他なかったのですよ」


 甲冑姿の若者が「そんな馬鹿な……!」とわめきたてると、修道服の少女が「本当です……」と涙声をあげた。


「わたしたちの攻撃は、すべて魔力ごと呑み込まれていました……魔法の攻撃を無効化するには、膨大な魔力が必要であるはずなのに……竜王とケルベロスはわたしたちの攻撃をすべて無効化させた上で、まだこれほどの魔力を残しているのです……」


「おかげで私は、二割ほどの魔力を失ってしまいました。まあ竜王殿は、小指一本分ていどの魔力しか失っていないようですが」


 ルウがそのように答えると、壮年の男性もがっくりとうなだれて短剣の柄から手を離す。

 これでようやく、和解の下準備が整ったようであった。

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