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#1 ファイン

砂漠の向こうへ。

#1

 図書館の窓辺の席から見えるファインの世界、それは何処までも何処までも地平線の彼方まで続いている。物体や世界を遠くはっきり見ることができるか示すものを「視程」と呼ぶそうだ。

 視程は空気の透明度も表す、視程がいいと空気の透明度が高く遠くを見れて、砂嵐や霧で空気の透明度が低くなると視程が悪くなる。

今日は遠くの砂漠まで見えるので視程がいい。


 この世界を人々は「ファイン」と呼ぶ、名前の由来や意味はよく分からない、ファインは物作りが盛んで町中に職人達の工房や工場がある。街を歩くと感じられるファインの空気、通りはいつも賑わっていてショーウインドには最新作のからくり時計や間接人形、何処からともなく聞こえてくる鉄槌の音や煙突から立ち込める煙、窓から漏れる蒸気、櫓を組む巨漢の大工たち。そんな喧騒の中を歩いたり、図書館の窓辺から見下ろすのが好きだ。

ただファインは北を崖に、南を砂漠に挟まれていて少し窮屈だ。


 図書館からファインを越えてもっと遠くの砂漠が見える。果てに何がるんだろう?そこを目指せたらどんなに楽しんだろう窓辺の席に腰掛ける度にそんな思いが心の中で大きくなる。


「おはようジュラ」

アリアは向かいの席に腰掛け、僕の読んでいる本を興味ありげに眺める。図書館の副館長の制服、リボンのついたシャツに三つボタンのレザーのジャケットを上から着て、シルバーの眼鏡をかけている。縁が細いこの眼鏡がここまで似合う人は、アリアぐらいだと思う。

「お父さんとは相変わらず?」

 父親とは良好な関係と言えない、仲が悪いと言えばそうだけど、それよりもずっと深刻だ、父はオルゴールを作る職人でずっと工房にいる、食事の時すら工房にいるからほとんど顔を合わせない、だから当然会話もしない。

 僕には義理の弟がいる、正確には父の妹の子供で血縁的には従兄弟に当たるけれど、物心ついた時から共に生活してきたので弟みたいなものだ。

僕、弟、父さんの3人で、工房兼自宅に暮らしているんだ。


 父さんと仲が悪い理由は、僕の学校でのことと将来でのことだ。父さんは仕事を僕に継がせる気で、学校を卒業したら父の工房で働かなくちゃいけない。けどそんなこと絶対に嫌だ、だって工房を継ごうにもそれだけのスキルも情熱もないんだ、僕は手先が不器用だし地味なオルゴールにどうしても興味が持てない。

 父さんのオルゴールは長年の伝統があるから売れるけれど、ほとんどは付き合いのある知人や、誕生とかクリスマスの贈りものに作る地味でありふれた曲のオルゴールだ。そんなもの僕は作りたいとは思わない、街で人気の宝石をあしらったものや、演奏量が倍の24小節オルゴールに比べたら、父さんの作るオルゴールはやっぱり地味すぎるんだ。



アリアに向かって苦笑いを浮かべた。

「学校も似た様な感じよね、だからここへ来てるんですもの」

僕の通っている産業工学機械学校は機械についてや物作りについて勉強する。けれど真面目に勉強していない僕の成績は平均よりずっと下の方で、今から勉強したってもう遅すぎてろくな仕事に就けない、かといって父さんの仕事を継ぐのは嫌で、将来が見えない漠然とした中で勉強したってなんの意味があるの?と開き直っている始末、だから学校をサボって図書館に通っているんだ。


「そんなに毎日ここに来て、本を読んで楽しい?」

アリアは頬杖を付きながら尋ねる。

「うん、すごく」

僕は天気についての物語を読み進める。

 本を読むのは楽しい。本を読むことは本の世界に入り込むと言うこと、読書はそれが許される至福のひととき、現実の世界から物語の世界に入り込むとき、家のことも学校のことも忘れさせてくれる、そんなひとときが僕を作っている、そう思う。


「私もジュラぐらいの歳の時も図書館に通ってたなぁ」

 これはアリアの口癖だ、アリアはお昼休憩になると決まって僕の所へくる、そして図書館の前のカフェや公園でランチを食べる。僕が学校に行かずに図書館にいる事を誰も咎めないのは、アリアのおかげだ。

初めて学校をサボった時、先生が父さんに連絡して図書館に父さんが来て大変なことになった、けど学校でモノ作りがあまりにも出来ない僕を見て先生も不憫に思ったのか、いつから父さんに連絡しないでくれている。


 学校をサボるずっと前からも図書館に通っていたからアリアと顔馴染みだった、学校の時間に僕がきて初めは驚いていたけれど。

「ジュラは図書館で勉強をしている、私が見てますから」

そう先生に言ってくれた、と言うことがあって僕が学校に行かず図書館に行くのを先生は黙認してくれている。アリアのおかげだ。


 まだ学校に通っていた時期、授業を放棄し不良のように過ごしているかと言われれば逆で、授業に出れば真剣に物作りに向き合おうとした、けれど実際は周りにどんどん置いて行かれて、挙句みんなが僕の作品を作るのを手伝ってくれる、そんな時に優しさを持ってそうしてくれるのはほんの一部で、大半は憐れみや見下すような空気だった、それに僕自身も手伝ってもらうのは申し訳なかった、嫌々優しくされても心良く受け入れられない自分にみんなが呆れるように、僕自身も僕に呆れ、なんだか息が上手くできなかったんだ。


 そんな学校も今年で卒業する年だ、学校の子達の大半は卒業したら親の工房に就職するか頭のいい子はファインの機関に就職する、機関って言うのは銀行員や郵便局とか役所、大きな町工場なんかだ。けれどファインの噂で本当はもっと下の仕事があるらしい、下の仕事の意味は分からない。

僕と言えば。

「店をいずれお前に継がせる」

と父さんから耳にタコができるほど言ってこられた、正直学校を卒業したくない。もちろん学校は嫌いだけれど授業に出ずに図書館で本を読んで過ごすのは好きだ、春になるとみんな一斉に働き出し僕の店にもたくさんのお客が来るのだろう。父さんは僕が学校で真面目に勉強してモノ作りのスキルを学んでいると思ってるし、なのに僕は毎日図書館で本ばかり読んで、スキルが一切上達していないと知られたら、、考えただけでも恐ろしい。父さんに物が作れないことをバレたくない、それが僕の一番の悩みなんだ。


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