第3話
その大きな体躯から放たれる一撃は、
恐ろしい速さと重さを備えており振り下ろされる度にそれを実感していた。
だが同時に、
(この体おかげで、問題なく避けられる)
と確信もしていた。
まるで鳥にでもなったかのように宙を舞い、
人狼のその一撃を間一髪で避け、鋭い爪は空を切らせた。
狼たちは一蹴の内に退けさせ隙があればナイフで突き刺し仕留めていく。
気付けば、狼は残りは2匹となっていた。
「あと2匹・・・・・・」
仕留めれば、状況は一気にこちらに傾く。
改めてナイフの柄を握りしめるとともに気を引き締める。
忌々しそうにこちらを睨みつけている人狼は、肺いっぱいに息を吸いこみ、
「ウォォォォォ」
と天に向かって遠吠えをあげる。
すると、あたりの森から同じような遠吠えがあちこちであがり始め、
駆けてくる音が大きくなり近くの茂みが揺れ数匹の狼が現れる。
地面を駆けるその足は気持ちが先行して、
ガリガリと爪が固い土を削りながら止まることなくこちらに猛進してくる。
目は血走っており、そのどう猛さが伺えた。
木々を駆け抜けたその勢いのままこちらに飛び掛かる。
その勢いは先ほどまで相手にしていた狼たちとは比べ物にならなかった。
なんとか間一髪で避け・・・・・・
「チッ!!!」
左腕に傷を受けてしまった。
狼たちは、人狼の元に集まっていく。
こちらの左腕から流れる血を見つめ人狼は満足げに口角を上げた。
「ウォォォォ」
とまた遠吠えをあげる。
今度は6匹のうちの2匹の狼が、
「ウヴヴヴヴヴヴヴ」
と叫びだした。
体が痙攣を起こすと頭の先から毛が逆立ち色が黒くなっていった。
目も血走り口からは泡のようなものが出ている。
一瞬のうちに先ほど森から出てきた獰猛な狼と化した。
幾度となく現れる森からの増援に、
「勘弁してくれ・・・・・・」
ついに、弱音を漏らしてしまう。
(ゲームに一体はいるだよな、こういううざいボス)
とうんざりとして気持ちで、心の中でつぶやく。
(ボス・・・・・・?)
一筋の光を見つけたかのように感じた。
人狼というボスがゲーム内にいたどうか思い出せないが、
(あぁ、対抗する手段は既に持っていたな)
一つの魔法を思い出した。
(アイコンは確か、紅い波動のようなものがからだに注ぎ込まれていくそんなイメージ。名前は確か・・・・・)
手を胸に当て、唱える。
「ヘイスト」
途端に体中に強い熱が駆け巡るのを感じる。
感覚は鋭敏になり体はより身軽さを感じて、
体の隅々までエネルギーが満ちて超人にでもなったようなそんな万能感があった。
そのまま敵中に飛び込んだ。
ナイフでの一振りが、複数の狼を引き裂いていく。
その様子に人狼も形振り構う余裕がなくなり、
自身が呼び出した狼ごとこちらを切り裂こうとしてくる。
それを死屍や土や血が四散しているなかで紙一重の回避を繰り返し、
ついには狼たちをすべて討ち倒し残るは人狼のみとなった。
戦闘のさなか、幾度もダメージは与えており、
一撃は小さくてもその積み重ねは決して軽くはない。
「グヴゥゥゥッ」
呼吸は荒く一息のたびに体が大きく動かしている。
(あと一撃、致命傷がどこかに入れば決着が着くはずなんだが)
だがそれが入らない。
人狼の外皮は思っている以上に硬く周りに生えている毛も同様だった。
それを切り裂くには鋭利なうえ丈夫な武器が必要だった。
(そんなもの今はないし・・・・・それに)
ヘイストを掛けてすでに数分は経っている。
この効果は、もうすぐ切れるだろうことは薄々感づいていた。
そして、ゲームでは次にヘイストを掛けるのにはインターバルが発生する。
そのため、持続している今のうちに倒したい。
だがここで、一つ大きな問題が発生した。
「ウォォォォォォォォォォオオッ!!!」
再び人狼が遠吠えをあげる。
それを見て森の狼たちに呼びかけているというより、
自分に気合を込めているようだった。
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴッッ!!!」
それは、先ほど見た、狼たちの獰猛化そのものであった。
「ヴァァァァァァァァァァッ」
より禍々しくなった人狼は、
地面を蹴り上げこちらに駆けてくる。
人狼は距離が空いているなかで椀を振り下ろした。
空気を切るその音とともになんと無色の斬撃を生み出した。
それも一つではなく、二つ三つと放ち続けている。
どれも正確にこちらに向かっていなかったが、
その威力は凄く斬撃が通った後は何もかもが引き裂かれていた。
無色ではあるものの視認することは可能であったため回避することができた。
だがその無数の斬撃は生み出され続けており息つく暇を持たせてくれない。
そして人狼は乱暴に腕を振り回しながらもこちらに接近してくる。
「ふぅぅぅぅぅぅぅー」
と手早く息を整えてから地面を蹴り上げ斬撃の中を駆け抜ける。
斬撃の雨を抜けたその一瞬の接近のなかでナイフの刃を人狼の脇に深く斬り込む。
「グゥゥゥゥゥ」
大きな血しぶきが舞い、人狼が膝から崩れ落ちる。
人狼が倒れるのを確認すると同時にヘイストが解けた。
その途端に力が抜け地面に膝をつく。
「グフゥゥ」
と未だ息のある人狼にとどめを刺さなければならないが、
息が切れてしまいなかなか立ち上がれない。
すると、遠吠えがあがる。
もちろん、目の前にいる人狼ではない。
「冗談だろっ」
新たな人狼が登場する合図であった。
傷ついた人狼より一回り小さいがそれでも人間より大きい。
傷ついた同胞をかばうように立ちふさがる。
こちらが立ち上がることができないことを確認すると、
その状況を察して新たな人狼はゆっくりと近づいてきた。
「・・・・・くそっ」
絶体絶命のピンチにあきらめかけたその時、
自身の影がウネウネと動き地面を這いはじめた。
そしてあちこちに転がっていた狼の死体にむかって伸び始めたのであった。