第3話 育成開始
例えばもし自分の知人が『ゲームをしていたはずなのに気が付けばそのゲーム内の世界で生まれ変わっていたんだっ、信じてくれ!』と必死に言ってきたとしよう。君ならどうする?
俺?そりゃもちろん…――
は?お前なに言ってんのぉ?
――…と間違いなくそいつの正気を疑うだろう。少し距離を置くだろう。それでもなお言い寄ってきた場合は縁を切るまである。
何を言いたいか。ゲーム内転生なんていう願望は軽い本の中だけに留めておけよ、そういうことである。
「まぁんまっ」
「きゃ~ッ、今ママってママって言った~!」
「俊哉!次はパパ、パパって言ってくれ!」
「パぁぱ」
「うおー!天才だぁーー!」
…もっとも。今では俺が正気を疑われる立場になっているのだが。
◇◇◇
「もうほんっと、バート最高ぉ~」
「彼が来てからウォーリーズは生き返ったからな」
自分が『実況ウルトラプロバスケ』の世界に転生したことに気が付いたのは一歳を目前に控えたある日の麗らかな昼下がりだった。
リビングのど真ん中に鎮座するテレビを食い入るように見つめる両親と二人の口から聞こえてくるアレン・バートというNBAプレーヤーの名前。
全てを知った今なら『流石主人公の実家、両親揃ってバスケ好きなんだなぁ』と思い、自分も見ると言ってテレビの前に移動するわけなんだが、当時意味も分からずに赤ん坊をやっていた俺は大きな衝撃を受けた。
何故ならアレン・バートという名のNBAプレーヤーなど存在しないのだから。
いや、厳密には『現実世界にはいない』が正しいか。
テレビに映るアレン・バートは多くの欧米報道陣に囲まれながらも一切怯むことなく、お前新人か?と疑いたくなるほど堂々と余裕をもった受け答えをしている。
210㎝を超える身長にがっしりとした身体つき、肌の色は焦げ茶で綺麗なスカイブルーの眼を持った丸坊主。内外関係なくどこからでも得点を取るプレースタイルで、お家芸はブロックの遥か上を通るレインボースリー。
そんな個性の塊に俺は見覚えがあった。
どこで見たか…ゲームだ。
『実況ウルトラプロバスケ』で育成を行う際によくデッキに組み込んでいた二頭身のデフォルメキャラ『【世界制覇】アレン・バート』がリアルになったらこんな感じになるんだろう。それがテレビの中にいる巨人。長年低迷していた嘗ての王者ウォーリーズを再びプレイオフ二連覇に導いた若きエース――アレン・バート。
そう、彼は現実ではなくゲームの中の人だった…はずだった。
あれ、もしかして俺…ウルプロの中に転生しちゃってる?
俺の記憶は彼がゲームの中の一キャラに過ぎないと主張してくる。しかしアレン・バートがゲーム内のキャラならそれを現実でテレビ越しに見ている自分はいったいどちら側の人間なのか……そりゃもちろんゲーム内の人間である。
名前は前世?と同じ、育成前に入力した石動俊哉。
「あえん…ばーとぉ……」
この日、俺は自分が世界の主人公であることを自覚した。
◇◇◇
自分が世界の主人公であると自覚した……は、なんか自分で言っていて恥ずかしいからゲーム内に転生した日にしようか―――それから月日は流れ、俺は九歳になった。誕生日は四月二日、そして今日から小学校の新学級が始まるので学年は三年生ということになる。
「トシくん、道具箱と防災頭巾持った?」
現在は始業式当日の朝。玄関で靴を履いていると後ろから持ち物チェックの声が掛かった。一応リュックの中を確認してから持ったよと言いながら振り返るとそこには一眼レフカメラを構えた女性が。
「何やってんの、母さん」
「きゃ~カッコいい!バートみた~い!」
そう、カメラ越しでも分かる満面の笑みを浮かべ黄色い声を出しているこの女性こそ今世の母親――石動加奈子だ。
今年で33歳、身長は158㎝と日本人女性の平均、髪は黒色の肩に届かないくらいのショートヘアで優しそうな顔をした何処にでもいるような女性。
ただしその肩書は結構すごくて学生時代は国体バスケ選手だった。
前に家のアイパッドで『石動加奈子 バスケ』と調べたら当時のプレー映像が出て来てびっくりしたね。アシストとロングシュートが武器の選手でした。
「ねぇ聞いてる?」
「あぁ…可愛いッ」
しかしそんなファンタジスタも今では立派な親馬鹿。
前世の記憶のお陰か将又そのせいか、世間一般的な赤ん坊と比べて色々と初めてが早かった俺を天才と称える母さんの撮影会がなかなか終わらない。割としょっちゅうあることなのでもはや慣れっこなんだけど、今日だけは勘弁してほしかったなぁ。
現在の時刻は午前八時十五分。
始業式自体は九時半頃から始まる予定だから余裕あるんだけど、そもそもの登校時刻は八時二十五分。走れば五分くらいで着く距離ではある。が、今日は新学級初日ということでクラス替えがあるから少し余裕をもって行きたい。とどのつまり時間がやばいんですよ。
しかし「はい、おしまい!」と俺が切り上げてしまうと母さんはそりゃもう分かりやすいように落ち込むため困ったもんだ。
前世ではあまり良い息子じゃなかった自覚があるのでせめて今世の母にはという想いが強く、同居する幼心も母の悲しむ顔は見たくないと言っている。どうしたものか。
「ママ、そろそろ行かないと遅れちゃうよ」
そこに現れた救世主!ピシッと決めたスーツ姿でこちらに歩いて向かってくる男性こそ今世の俺の父親――石動利次だ。
つい先月35歳になったばかりで黒の髪は眉上ほどの長さ、髭を生やしたりお洒落な眼鏡を掛けているわけでもないこれまた何処にでもいるような男性。
ただし母さんのように実はすごい…という人で現在は大手企業の出世コースに乗れているらしい。また家にいるときは母さんの代わりに家事をする姿をよく見かける。つまりは一家の大黒柱として文句のつけようがないパパである。ただ文句を一つ付けるとしたらその身長か。
163㎝――もうちょっと身長あってもいいんじゃない?と思うんだけど、167㎝って能力期待値を設定したの俺なんですよねぇ。子供の身長の八割は遺伝であることを考えると父さんの低身長は多分俺のせい。
ということで実質文句の付けようがないパパである。
「俊哉、学校に遅れるとどうなる?」
「新学級早々に注目の的になるね、悪い意味で」
「お~それは困ったな。新しい友達が出来づらくなる」
「そしたら俺、学校に行きたくない!ってなるかもしれないよ」
「…わ、わかったわよ~。二人ともいってらっしゃい」
そんな我が家自慢の父さんと即興で一芝居打つと母さんは渋々と言った様子で見送ってくれた。
「「いってきます」」
玄関から一歩出るとそこはすぐ外だ。父さんは車を出してくると家横にあるガレージへ駆け足で向かい、乗せてもらう気満々の俺はというとほんの少しの待ち時間を使って我が家を見ていた。
いやぁ、何度見ても立派な一軒家ですこと。流石は未来の大企業幹部候補の居城だ。
見た人に近未来感と懐かしさ、相反する感想を抱かせる在りそうでない唯一無二のデザインは見るからにお金がかかって良そう。けれども清潔感を主張する壁の白と温かみを感じさせるところどころの茶色のお陰で成金のような厭らしさが一切ない。
「う~ん、完璧だなぁ」
「お~い俊哉、乗るだろう?」
ついでに言うと車は白のベンツ、ベンツの何かは知らん。
窓を開けて呼びかける父さんに甘えて乗せてもらい学校へ向かう。
「頑張れよ~」
「は~い、いってらっしゃ~い」
そして着いた小学校。遠くなっていく車を見送ってから校門を潜ると何処からともなく音がした。
てれててってて~~♪
いまならオレ、なんでもできちゃいそうなきがする…!
ピーマンだってにんじんだってたべられる!
そうか、やっとわかったよ。ママ、パパ!
オレが…俺こそが天才だったんだー!!
『天才』として覚醒した。
『バスケセンスがよく』なった。
『シュート』が6上がった。
『パワー』が6上がった。
『スピード』が6上がった。
『スタミナ』が6上がった。
『ジャンプ』が6上がった。
『テクニック』が6上がった。
『ディフェンス』が6上がった。
何かの偉業を成し遂げた時に聞こえてきそうなゲーム音と子供らしく自分は天才だと誇る馬鹿の声、そして能力値の上昇を知らせる無機質な機械音。
「よし来たッ…」
ウルプロの『育成』開始を告げるアナウンスを聞いた俺はニヤリと笑った。
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