第2話 バスケ好きの夫婦
「お願いッ、カムバック王朝時代ッ!」
こんなにも素晴らしい一年があって良いのだろうか。
リビングにでかでかと置かれたテレビの前に座りながら石動利次は今年一年間を振り返っていた。
最高の一年は六月、彼とその妻の加奈子が応援しているNBAチーム『ゴールデンステイト・ウォーリーズ』がNBAファイナルを制したことから始まった。
そもそもNBAとは北アメリカの男子バスケットボールのプロリーグのことを指し、レベルの高さや規模から世界最高のバスケプロリーグと世間一般には解釈されている。
そして『ゴールデンステート・ウォーリーズ』とはアメリカ合衆国の29チームおよびカナダの1チームの計30チームからなるNBAに所属するチームの一つだ。
当然そこには実際に試合を行うプロ選手がおり、チームを応援するファンがいる。
俊次と加奈子は『ゴールデンステイト・ウォーリーズ』のファンだった。それもかなり熱狂的な…である。
どれくらいかというと長期休暇の際には必ずと言って良いほどチームの本拠地であるサンフランシスコまで飛んでいき、チームに帯同するかのようにしてアメリカ中を旅するくらいには。もうウォーリーズ大好き、バスケ最高。
しかし彼らが応援するウォーリーズはここ十年ほど長い長い低迷期に入っていた。
2014年~2018年の計4シリーズのプレーオフトーナメントにおいて三度も優勝し王朝時代を築いたウォーリーズ。しかし2018~2019シリーズのプレーオフトーナメント決勝での敗北から王朝時代は終わり、その後2021年~2022年シリーズに再びNBAファイナル王者に返り咲くも長続きせず。
それから十二年間、プレーオフトーナメントに出たりでなかったり。出たとしても一回戦突破できるかどうか。悪過ぎる訳ではないが王朝時代が眩い光を放っていたばかりにその影は目立っていた。
カリーがいなければ勝てないチーム。おんぶに抱っこだったツケが回ってきた。
バスケのセンター全盛時代を根本から引っ繰り返した革命的天才プレーヤーの引退後、他チームのファンから勝ち過ぎていたが故にそう言われ続けたウォーリーズとそのファンたち。
しかし昨年の2034~35シリーズにおいて、ウォーリーズは実に13年ぶりとなるNBAファイナルの舞台へと足を踏み入れた。そして三連覇を目標に掲げた強豪『ボストン・セルティクス』をなんと4-0のスイープと異次元の強さを見せ撃破、優勝。
今年は連覇を掲げNBAファイナルへ勝ち上がってきた。強いウォーリーズが帰ってきたのだ。
「お願いッ…勝ってッ!」
「頼むッ!」
必死に祈る妻に並んで同じように祈る利次。その間には見様見真似で目を瞑り両手の指を合わせる赤ん坊が。
熱狂的なファンにとって応援するチームが活躍する以上に嬉しいことなどそうそうない。しかし利次、加奈子にとってそれ以上に嬉しかったのがこの赤ん坊――俊哉の誕生だった。
「あいあいッ」
「トシちゃんも応援しましょうね~」
本人は両親を真似て『お願い』と言っているつもりなのだろうが、もう少しで一歳になる俊哉の口はただただ可愛い音を出すだけ。
それがどうしようもなく可愛くて、愛おしくて。母の加奈子と父の利次はテレビから目だけでなく意識まで息子に向けともに笑う。
利次がここ一年で幸福に感じた瞬間を数値化した場合、合計値の八割ほどはこの俊哉関連である。それでも残りの二割ほどがウォーリーズの活躍なので彼のファンとしての熱量はやはり相当なものだ。
ちなみに彼はついこの間、勤め先での昇進が決定したわけだが上記二つに比べれば味噌っかすに過ぎない。
「お、始まるぞ」
「トシちゃん試合見ましょうね~」
「みう!」
三人は揃ってテレビに映る天才たちの一挙手一投足に釘付けになった。
この後、4-2とNBAファイナル連覇を成し遂げたウォーリーズは王朝時代を築くことになる。
歓喜の沸くサンフランシスコの町。その中心にはアレン・バートという名前のNBAプレーヤーいた。
「あえん…ばーとぉ……」
静かにそう呟いた赤ん坊を知る者はまだこの世界のどこにもいない。
面白かったな、続きを読んでやってもいいぞ、と思う方はブックマーク・★★★★★で応援して下さるとうれしいです。執筆の励みになります。