Ⅳ 運命 -26
「え、ここ?」
良は戸惑って、足を止めた。
案内の男は、どう見ても森の入り口といった所で、立ち止まった。ついてきた昂と彩、それから数歩後ろで止まってしまった良を見やる。
「こちらでお待ちとのことでございます」
そう言って、下生えの茂みを覗きこもうとする。
「確か、この辺りに……」
何かを見つけようとしている男に、昂は声をかけた。
「分かりました。ありがとうございます。多分、行けると思います。俺が自分で行っていいですか?」
そう言うと、男はほっとしたような顔をして、頷いた。
「王妃様も、お客様がそうおっしゃるだろうと、仰せになられておりました。どうぞ」
そう言って、一歩下がると、恭しく一礼して、城に戻っていった。
「お、おい」
良が焦って呼び止めようと、昂が呼ぶ声が聞こえてきた。
「何してるの、良。行くよ」
良が声をした方に振り向くと、男が探っていた茂みとは違う茂みの中から、昂が顔を出していた。彩の姿はもう見えない。
「こっちこっち」
昂が手招きするので、半信半疑で近寄ってみると、なるほど草に埋もれた中にも、道が出来ている。彩は昂に手を繋がれていたが、絶えず自分にチクチク刺さる草の先に、顔を振っていた。
「良は森の道が分からない?森で育たなかったの?」
「育たなかったよ」
ぶっきらぼうに言うと、昂はそうか、と頷いた。
「そうなんだ。じゃあ、俺についてきて」
昂は彩を気遣いながら、草に埋もれた道を進んで行った。昂の足取りに迷いはなかった。彩を連れているから、ゆっくり進んでいるのだろうが、それでも良はついて行くのに必死だった。昂の姿ばかり追っていると、足元の根っこや穴ぼこに、簡単に足を取られてしまうのだ。
「気を付けてね」
「……」
なんとなくおもしろくない、と思いながら、良は昂の後ろをついて行った。
すると急に視界が開けた。
陽の光が開けた場所に差し込んで、その人を照らしていた。岩と言ってもいい大きな石に座っているその人は、三人の姿を認めるとニッコリと笑った。
「ねぇ、昂。この石、針森にある、川の側の大石と似ていると思わない?あの石、まだあるのかしら」
初めて会ったとは思えない気安さで話しかけるこの人が、凛だと昂はすぐに分かった。
「まだ、あります。俺がガキの頃、よくその石に上って、遊びました」
凛は嬉しそうに笑った。
「そうそう、わたしのお気に入りの場所だったの。懐かしいなぁ」
遠くに目をやり、故郷に思いをはせる凛は、文句なしに美しかった。キラキラと輝く瞳、美しく流れる黒髪。
これじゃあなぁ。
昂は燦の夢の中での姿を思い出して、燦の被っている皮の正体が分かった気がした。
昂も分かるのだ。出来すぎた親を持つと、子は苦労する。
その葛藤に打ち勝つのは、人が思うより難しい。もしかしたら一生勝てないかもしれないという恐怖とあきらめみたいなものと、常に戦わなければならいからだ。一時頑張ればいいというものでもない。
それは劣等感という名で、子どもを苦しめる。必要以上に自信を無くす。
あのバケモノの姿。
あれが燦の自分に対する評価なのかもしれない。
「可愛いのになぁ」
思わず呟いてしまい、昂は自分でぎょっとする。
「何か言った?」
いつの間にか、凛は石から降りてきていた。
良もぎょっとして昂を見ている。彩も見えない瞼を昂に向けていた。
「いや、あの、すみません。独り言です。貴方のことではなくて、いや、貴方はもちろん綺麗なんですけど」
しどろもどろになって、自分でも何を言っているのか分からない昂を、凛は急に抱きしめた。
「はじめまして、昂。すごく、すごく、会いたかったわ。蘭は元気?」
「はい、元気です。蘭も信も。俺の弟妹の陽も夕も」
こうやって抱きしめられると、急に凛を近しく感じて、昂の肩の力が抜けた。近所のおばさんたちの愛情の示し方と、何ら変わらない。それに蘭と同じ匂いがした。
「あ、そうだ。これ」
空からの預かりものを思い出して、昂が懐から取り出そうとしたのを、凛はやんわりと押しとどめた。昂を抱きしめていた腕を離す。
「それは後でね。先にこちらのお嬢ちゃんのことをききたいわ」
凛が彩の方に顔を向けると、気配を感じたのか、彩ははにかんで良の後ろに隠れた。
あまり物おじしない彩にしては、珍しい。
「彩といいます。玲様に頼まれて、あなたのところに連れてきました」
昂は何も言わない彩に代わって、彩を紹介した。更に、奏という双子の弟も一緒だったこと。奏は緑銅で狼公という人物に捕まり、アウローラ公国に売られてしまったこと。空が奏の居場所に見当をつけ、今、奏を助ける為アウローラ公国にいることを告げた。
凛は口を挟まず、最後まで聞くと、膝を折ってしゃがみ、良の背中から覗いている彩に目の高さを合わせた。
「大変だったわね、彩。よく頑張ったわ。おいで」
そう言うと、両腕を広げた。
彩は驚いたように、凛に顔を向けた。
「あなたが、凛?あなたが視えるわ」
信じられないと言う彩に、凛はただ笑って、頷いた。
彩はおずおずと凛に近づくと、その腕に身を委ねた。
凛が優しく抱きしめると、うっとりと頭を預け、そのうち泣き出してしまった。
「よしよし、大丈夫よ。彩はわたしのところにいればいいし、奏もちゃんと取り戻してあげる」
堰を切ったように泣きじゃくる彩を、凛はずっと優しく撫で続けていた。
やっぱり我慢していたんだな。
少し離れたところで、二人を見守っていた昂の側に、いつの間にか良が近寄って来た。
「なぁ、話を聞いた限りじゃ、王妃様とお前たちはその針森ってとこの、同郷ってことだよな」
声を潜めて訊いてくる良に、昂も小さな声で答えた。
「うん。会ったのは初めてだけど。王妃様は、俺の母親の妹なんだ」
「なるほど……」
良はもう驚きを通り越してしまったようだ。現実離れした現実として、納得し頷いた。
「で、嬢ちゃんは何なんだ。お前の妹じゃないんだろ」
「うん、違う」
そう答えて、昂も不思議に思った。彩と奏はなぜ、凛の元に行かされたのだろう。凛は別に戸惑っているようではなかった。当たり前のように彩を受けいれ、奏を取り戻してくれるという。そして、自分のところに二人が遣わされた理由を、凛は知っているように感じた。
それは一体……




