Ⅳ 運命 -23
門番に販札を見せると、あっさりと通された。なんとなく拍子抜けな感じで、昂が良を見上げると、良は小声で釘を刺した。
「ホッとした顔すんな。これからだろうが」
昂は慌てて顔を引き締め、案内の男の後ろについて行った。
「こちらでお待ちください」
丁寧に頭を下げられ、一室に通される。昂も頭を下げながら、部屋に入った。座り心地が良さそうな寝椅子。テーブルには果物が乗っている。昂と彩が並んで椅子に座ったのを見届けると、案内の男はもう一度頭を下げ、出て行った。
「すげぇ。さすが王宮だな」
あまりの座りごことの良さに、逆に尻を浮かせながら、昂が見上げると、良は納得がいかないといった難しい顔をして立っていた。
「どうかした、良?」
昂が伺うと、良は首をひねった。
「ここは違うな」
「うん?」
「商人は普通、控室に通される」
「……」
どうしたものかな。昂は困った。確かにこの部屋は商人の控室というよりは、客人を通す部屋だろう。
城に来た商人というのが昂たちだということは、こちら側に伝わっていたのだろう。おそらく、隼が見張っていたに違いない。だからこの部屋に通された。
商人のふりをしなくて済んだのは有り難いが、一緒に連れてきた良に、なんて説明すればいいか。
だいたい、良と一緒に来いと言ったのは、隼だ。馬車を呼んでくれたのは助かったが、道中何もなかったのだから、結果的には、別に連れて来なくてもよかった。かえって、面倒なことになるのでは……。
その時、廊下から争うような声が聞こえてきた。やがて声は部屋のすぐそばまでたどり着くと、勢いよく、扉が開けられた。
「昂!彩!」
飛び込んできた少女の声に、先に反応したのは彩だった。
「燦!」
彩が駆け寄り、燦に飛びつく。燦はぎゅっと彩を抱きしめた。
遅れて、隼が部屋に入ってきて、ため息をつく。
「勝手に飛び込まないで下さいよ」
そう言って、良の方をチラリと見た。
良は隼など気に留めていなかった。燦をじっと見つめ、なんども瞬きしている。
「驚いた。王女様だ」
妙に平坦な声に、逆に良の驚きが伝わってくる。
隼は頭を掻いた。
「そうだよな。普通、分かるよな」
昂は彩に先を越されたので、なんとなく再会を喜びそこねてしまった。良のことが気になっていたこともある。王女様と知り合いだということは、やはり驚くべきことらしい。
燦を見ると、燦はすぐに昂の視線に気が付き、微笑んでくれた。
「昂、良かった。元気そうで」
その笑顔が少しはにかんでいたので、昂も照れてしまった。当たり前だが、王女なので豪華な服を身に付けている。金色の髪は三つ編みではなく、綺麗に結われていて、燦だけど燦ではないような、不思議な気分に昂はなった。
昂はぎこちなく笑って、両手を広げてみた。
「うん、おかげさまで。体も問題なく動くよ」
「よかった」
燦がそう頷いてから、良に目を向けたのを合図のように、良は頭を下げた。
「では無事、目的の方とお会いできたようなので、俺は帰ります」
そういうと、そそくさと退出しようとする。
その肩を掴んで、隼が引き止めた。
「待てよ、情報屋」
「へ?」
良がギクリと体を強張らせる。
隼は申し訳なさそうに、良を見ると、頷いた。
「すまないな、オッサン。俺、あんたを知ってるよ。流しの情報屋だろ」
良は何か言おうと口を動かそうとしたが、あきらめたのか、がっくりと頭を落とした。
「だから嫌だったんだ。王宮なんて」
そう言うと寝椅子にドサッと座った。王女様の存在は、頭から追い出したらしい。自棄ともいえる態度で、両手を広げ、天を仰いだ。
「さぁ、俺はどうすればいいんだ?」
隼が気の毒そうな顔で、良を見ている。
「良、情報屋だったのか?」
昂はただただ驚いていた。
良はあきらめたように頷きかけたが、思い直して、いや、と首を微かに横に振った。
「大したもんじゃねぇよ。商売柄いろんな土地に行くし、宿屋にしても、飯屋にしても、噂話には事欠かないからよ。それで使えそうなやつを、情報として売っているだけだ」
「でも、なかなかいいネタ持ってるって、聞いたよ」
隼は気の毒そうな顔を止めて、興味深そうに言った。良は、いやいやいやと大げさに手を振った。
「そうでもねぇよ。王宮とか氏族とか、大きなヤマは管轄外なんだ。下々の話を拾って、やれ何を買っとくと得だとか、それは今やめとけとか、そういうのだよ。あくまで副業だ」
そこで、またため息をつく。
「訳の分からんガキが王宮に行くっていうから、イヤな予感はしてたんだ。この前襲って来たやつらも、昂を狙ってたし」
そう言って、彩をチラリと見ると、またため息。
「血迷ったなぁ」
彩までがなんとなくしょげている。
燦は彩から手を離し、良の目の前に立った。
良はギョッとして体を起こした。椅子から降りて跪くべきか迷い、中途半端に腰を浮かせた。
「第一王女燦、と申します。昂と彩を連れてきて下さって、ありがとうございます。お名前は?」
燦は少し中腰になり、腰を浮かせた良と目を合わせた。良は腰を浮かせたまま、器用に体を後ろにそらせている。
「り、良と言います」
先ほどまでの態度は一変し、良は声まで高くなってしまった。
燦は頷き、秘密を打ち明けるように言った。
「では良。ここだけの話ですが、昂と彩は、わたしにとって大切な友人です。あなたは意に沿わないのに、良くして下さった。とても信用ができます。これからも、わたしと友人二人の為に、働いてもらえませんか?」
「え?あ?」
良はポカンと口を開け、燦を見つめた。
「姫さま、それって……」
隼が困ったように、燦を見た。
燦は微笑んで頷いた。
「わたしが貴方を雇いたいのです」
良はしりもちをつくように、腰を椅子に沈め、脱力した。
「勘弁してくださいよぉ」
良の哀れな声には、誰も応えず、その嘆きはむなしく空気に溶けていった。




