Ⅳ 運命 -21
「姫様!」
キトが部屋に入って来た時、ターシャは出窓の縁に腰掛けて、足を外に付きだしてブラブラさせていた。
かつて後宮と呼ばれたこの建物の東側の最上階に、ターシャの部屋はある。ここの出窓からは、大公の私宮である四子宮と、後宮と四子宮の間にある庭がよく見える。
逆に言えば、後宮の最上階の窓から足を突き出していれば、向こうからも見えるということである。
「また、姫様はなんという……落ちても知りませんよ!」
怒りを容赦なくぶつけて公女を叱る乳母に、ターシャはやれやれとばかりに言った。
「キトが急に入ってきたから、驚いて落ちるところだったじゃない」
「姫様!」
頭から湯気が出そうな剣幕で怒鳴るキトに、本当に血管が切れてしまうかもしれないと思い直して、ターシャは窓から滑り降りた。
「ごめんなさい、キト」
愁傷に謝ったが、ターシャのごめんなさいがこの世で一番軽い謝罪だと知っているキトは、クドクドと説教を始めた。
ターシャは短くため息をつくと、「キト」と彼女の話を遮った。
「説教しに部屋に来たわけじゃないでしょう?何か用があったの?」
話を遮られて、キトは一瞬憮然とした顔をしたが、用事を思い出して、頷いた。
「そうです。そうです。母上様とミア様がお越しになるそうですよ」
キトが言い終わらないうちに、キトの背後から、クスクスという笑い声が聞こえてきた。
ぎょっとしてキトが振り返ると、ターシャの母親のタミア妃と姉のミアがそろって笑っていた。
「大変ねぇ、キト」
タミアが困ったようにターシャを見た。
「お二方様……ご案内申し上げると……」
あたふたするキトに、ミアが可笑しそうに言った。
「扉が開いていたわよ、キト」
ターシャはため息をついた。
全く、人に言う前に、自分のおっちょこちょいを直してほしい。
大方、扉を開けたら、ターシャが出窓に座っていたので、扉も閉めずに飛び込んできたのだろう。
ターシャは自分のことは棚に上げて、心の中でキトを詰った。
「ごきげんよう、お母様、お姉さま」
キトの陰から顔を出して、二人に挨拶をする。
「ごきげんよう」
ミアは朗らかに挨拶を返してくれた。ターシャの姉のミアは、ターシャとは真反対の性格で、常に朗らかでのんびりしている。ターシャにとっては優しい姉だ。小さい頃はよくターシャの世話を焼いてくれたが、いつしかターシャの方がミアののん気さを心配するようになった。
「ごきげんよう、ターシャ。またキトに叱られていたのかしら」
タミアは怒ったような顔を作って、娘の目を覗きこんだ。ターシャは肩をすくめる。
タミアは笑って、ターシャの頭を撫でた。
「キトをあまり怒らせては駄目よ。倒れてしまうわ」
「ええ、ごめんなさい、お母様」
薄っぺらな謝罪に、母はそれでも笑ってくれた。キトはますます渋い顔になる。
大公妃であるタミアは、大公である夫を出来得る限り立て、立ち振る舞いも上品で、言動も控えめな、大公妃として申し分がない女性であった。
しかしそれを娘たちに求めたりはしなかった。一応の礼儀作法は教えるように乳母に指示したが、奔放なターシャの行状も愉快だと思っている節がある。
「今日は三人でお茶をしませんか」
タミアが微笑んで言った。
「久しぶりですね」
ターシャが嬉しそうに応じた。
「実はもう中庭に用意をしてきたの」
ミアが思い出し笑いをする直前のような顔で言った。
「その時、この窓から足が見えたわ」
ミアは出窓を指さして笑った。
タミアは何も履いていないターシャの足を無言で見つめ、キトは長いため息をついた。




