Ⅳ 運命 -20
朝食がなかなか喉を通っていかなくて、昂は自分が緊張していることに気が付いた。
ついにあの人がいる城に行く。
昂にとって「凛」は、幻の人、伝説の人に近かった。母の妹でありながら、一度も会ったことがなく、村の皆の話題にもあまり上らない。
実は王妃様だったなんてな。
村での存在の希薄さとは反対に、この国、こと全輪では、その存在感は大きかった。
数日滞在していただけでも、王妃様の話はよく聞く。もっとも、その王妃らしからぬ王妃様であることが、人気に一役買っているらしい。
王妃に会うから緊張しているわけではない。ただ、凛に会うことで、昂は自分の運命が決められる、または変わっていくような気がした。
もう迷ったり、悩んだりする猶予がない。そんな切羽詰まった気になるのだ。
昂は蜜茶を口に含み、隣の彩を見た。
彩は相変わらずよく食べる。
彩はすごいな。
いつもと変わらぬ様子に、昂は感心した。
彩は、玲に言われて、凛に会うためにここに来た。彩こそ、凛に会うことで何かが決まるのだ。
見られている気配を察して、彩は昂に顔を向けた。
「食べないと、もたないよ」
彩にそう言われて、昂は「うん」と素直に返事をした。
そう、これではもたない。しっかりしないと。
「おいおい、まだ食べているのか」
良はすっかり支度を終えて、食堂まで降りてきた。昂の顔を見ると、愉快そうに笑った。
「なんだよ、ビビってるのか?」
「いや」
昂は短く答えて、朝食の残りを、一気に食べた。幾分、胸のつかえがとれていた。
「良さーん、馬車来たよ」
女将の声が聞こえ、良は片手を上げてそれに応えた。
いくら王宮の販札を持っていても、みすぼらしいなりで、徒歩で門をくぐろうとすれば、あやしまれてしまう。
せめて馬車で向かおうと、良が呼んでくれたのだ。
昂は口を拭って立ち上がると、自分に気合をいれた。
「よし、行こうか」
「まぁ、そう肩に力を入れるな」
良は笑ってそう諭すと、女将に声をかけ、外に出て行った。昂も彩を促し、荷物を担ぐと、慌てて店の外に飛び出した。
「今更だけどな」
馬車の中で、良がこっそり声をかけてきた。
「お前たち何者なの?」
「……だから」
前回の嘘で押し通そうした昂の口を、良は右手でガッ抑えた。
「はじめてのお使いで、王宮に行かせるわけがないだろうが」
「……」
昂は頷いた。
いつまでもごまかせるものではないと、昂も分かっていた。
良の右手が外されると、昂は呟いた。
「俺たちだって、分からないんだよ」
彩は昂にもたれたまま、ウトウトしている。昂はそんな彩の寝顔を見ながら言った。
「ただ王妃様に会ったら、多分分かるんだと思う」
良の気が馬車の外にそれた。
昂も馬車に乗る時に、気が付いていた。自分たちのことを見張っている連中がいる。
良には嘘をついてごまかしたくはないが、全てを言ってはいけない気がした。昨日仕掛けられたことで、昂にも警戒心が芽生えていた。自分の知っていることに、知ると危険になることが含まれているのかもしれない。
昂には、どれが言っても良くて、どれが危険を孕む情報なのか判断がつかなかった。結果、あいまいな返答になる。
良は外を窺っていた首を戻し、昂をじっと見た。
「分かったよ」
そう言って、親指を立て、外を指さす。
「あいつら昨日の奴らかな」
昂は首を横に振った。
「分からない。でも襲ってきそうにはないね」
雑多な街並みを抜け、允と遜の館が立ち並ぶ壮麗な通りを抜ける。ふっと外の連中の気配が消えた。
視界を遮っていた建物が尽き、小さな馬車の窓から白水湖が見えた。
「見えたぞ。王宮だ」
良が知らせたのと同時に、昂の目にもその威容が飛び込んできた。
でかい
狼公の館も崑獏の館も、いい加減大きいと思ったが、王城は町一つあるのではと思うほど大きかった。
ガザ王、凛王妃、そして燦。
俺に何が待っているのだろうか。
緊張はいつしか昂りに変わり、昂は知らずに唇を舐めていた。
いよいよだな。
昂の身体に、武者震いのようなものが駆け上がっていった。




