Ⅳ 運命 -19
「あいつらが城に来る?」
城と裏の森の間を通る回廊で、櫂はひっくり返ったような声を出した。
「あれ?言っていませんでしたっけ?」
とぼけた顔で言う隼を殴りたい衝動にかられながら、櫂は押さえた声で言った。
「ちゃんと説明しろ」
部下としての心得をここで叩きこもうとしても、ただの徒労だ。空の部下だった者は、そういうものだとこちらが心得ておかないと、うまく使えない。
いや、王妃の部下か。
心の中で訂正した櫂に、隼は淡々と説明を始めた。
「そもそも昂たちは、王妃さまに用があって、全輪を目指していたんですよ」
隼は右手の親指で地面を指した。
「ここ、が目的地です。『凛』がこの国の王妃であることは教えられていなかったようですが、まぁ姫さまと一緒にいるうちに、気がついたんでしょう」
自分が彩に教えたことは黙っておく。
「こちらから招き入れることは出来ないと思いましたが、向こうから来るのを拒むのも逆効果です。なるべく特別関わりがないとみせたかったんですが……」
「が?」
櫂が続きを促すと、隼は頭を掻いた。
「氏族の方々も情報を持っているみたいですよ。はっきりではないようですが。昨日、允にちょっかいを出されました」
「げ」
櫂は大将にあるまじき、軽薄な声を漏らした。
「そりゃいよいよ、面倒だな」
氏族が、昂の生い立ちを知って関わっているとすれば、アウローラ公国を利用して、最終的にはこちらに仕掛けようとしてくる。
「でしょ」
隼がしたり顔で頷くと、思いもよらぬ方向から声がした。
「それはうまくいかないわね」
櫂と隼がぎょっとして声がした方を見ると、王妃が回廊の窓枠にもたれて、こちらを覗きこんでいた。
櫂がため息をついて言う。
「なんで貴方がここにいるんですか」
人目を避けてこんなところでしゃべっていたのに、一番見つかりたくない人に見つかってしまった。
凛は怪訝な顔で首を傾げる。
「あら、わたしがよく森でフラフラしているのは、櫂も知っているでしょうに」
その言葉に、櫂は眉を寄せる。
「それはそうですが、こんな早朝には行かないでしょう?」
凛は怪訝な顔を止めて、笑顔を作った。
「まぁね。正直に言うと、こんな時間に森の回廊に向かう二人を見たから、後をつけたのよね」
あっけらからんと言う凛に、隼は感心したように呟いた。
「全然気が付かなかった……」
櫂が隼の頭をポカリと殴った。
いてっと隼が頭を抱える。
「なんで王妃が、部下や隠密の後をつけるんですか……」
呆れたように櫂が言うと、凛は口を尖らせた。
「だって、あなたたち、ちゃんと全部教えてくれないんだもん」
「きちんと整理してご報告申し上げています。それに、火急であれば、すぐに参上しておりますが」
片眉を吊り上げて、説教モードに入った国王の片腕に、王妃は鷹揚に頷いた。
「ええ、もちろん。知っているわ」
でも、と続ける。
「整理されて落とされた情報に、重要なことがあるかもしれないのよ」
それからしばらく口をつぐむと、なんでもないことのように言った。
「昂は絶対に公国の大公にならないわよ」
え?と櫂と隼は同時に口を開け、そして同時にしゃべった。
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「なんで姫さまと一緒に来たのが、昂だって知っているんですか?」
「は?」
隼の言葉に、櫂が噛みついた。
「お前、姫さまが凛さまにしゃべったんだろ?」
「いえ、姫さまはしゃべってなかったんですよ、意外なことに」
そこまで聞いて、凛は声を上げて笑った。
「櫂、隼を信用しちゃ駄目だよ。この子は報告するかしないかを自分の感覚で決めるくせに、いつもとんちんかんなんだから」
「……よく分かりました」
ついに負けを宣言した櫂に、凛は優しく言った。
「いつも尽くしてくれてありがとう。でも、昂たちのことはわたしに教えて。あの子たちは針森の人間よ。あなたたちじゃ、分からないわ」




