Ⅳ 運命 -18
「はぁ?」
不信感丸出しで、良は相手を見下ろした。
「だから、親父が入れてくれてたの。大事だからか知らないけど、底の方に押し込まれていたから、気が付かなかったんだよ」
昂はそう言いながらも、信じてもらえないのは分かっていた。昨日の騒動の後で、これだ。このタイミングで販札が出てきたと言っても、胡散臭いだけなのは、重々承知だった。何も良に信じて欲しいわけではない。周りを気にしての芝居だった。
この界隈ではどこでもそうだが、宿の洗面は外にある。ちょうど彩と二人で顔を洗いに出た時に、ひげを剃っている良がいたのだ。
食堂などで口論になり、あまり目立ちたくなかった昂は、今がチャンスとばかりに、良に話を持ちかけた。
王宮御用達の販札があったから、王宮に行こうと思う。心細いからついてきてほしい。
子どもみたいなお願いだが、子どもみたいなものだから仕方がない。確かに昨日のことがあって、彩と二人で王宮に向かうのは、実際心細かった。
「販札入れておいて、親父さんは何も言わなかったと」
呆れたように半目で言う良に、昂はこくりと頷いた。
「うん」
「それが何者かに襲われた次の日に見つかったと」
「うん」
「つくんなら、もっとましな嘘をつけ、馬鹿が」
「……一緒に行ってくれないの?」
愁傷に言う昂に、良はケッと悪態をついた。
「言ったろ?俺は誰かの言うことをきくのが、大っ嫌いなんだよ」
吐き捨てるように言うと、ノッシノッシと怒りを全身で表して、去って行こうした。
「王妃様に届けるものがあるのよ」
いままで黙っていた彩がボソリと言った。
昂はぎょっとして、彩を見る。
良は怪訝な顔で、振り返った。
「王妃様に頼まれたものを、今から届けるの。聞いてしまったからには、あんたにも協力してもらうからね、良」
可憐な少女から発せられた脅しに、良は驚いて、まじまじと彩を見た。
「今、しゃべったの、嬢ちゃんか?」
「そうよ。いたいけな少年が嘘ついてまで頼んでいるのに、四の五の言ってるんじゃないわよ。いいから一緒に来なさい」
「……いたいけなって、俺?」
昂が自分を指さした。
良はしばらくあんぐり口を開けて彩を見ていたが、やがて相好を崩して、大笑いし始めた。
「いいよ。いたいけな少年はともかく、嬢ちゃんの命令ならきいてやるよ」
そう言うと、大きな手で彩の頭をワシワシと撫でた。
昂は呆気に取られていたが、気を取り直すと、良に釘を刺した。
「俺たちの目的は他言しないでくれよ」
良は昂を一瞥すると「うるせぇ」と短く言った。
「言ったら、許さないわよ」
彩が念を押すと、今度は顔を緩めて、「分かった、分かった」と頷いた。
一体何なんだ。
昂は憮然としながらも、良が一緒に行ってくれることになったので、余計なことを言うのを止めた。
「ありがとう、良。じゃあ朝飯喰ったら、早速出かけることにしていい?」
しばらく、いたいけな少年でいたほうがよさそうだ。愁傷に礼を言って、良の顔色を窺う。
良は気持ち悪いものでも見るように、昂の顔を見ると、その顔のまま頷いた。
「ああ、いいぜ。俺は昨日ここでの仕事が終わったんだ。早い方がいい」
それから、昂をギロリと睨んだ。
「俺たちは商人だ。だから分かっていると思うが」
「?」
昂は分からず、小首を傾げる。
良がグイッと顔を昂に近づけた。
「手間賃は、きっちりもらうぞ」
いたいけな少年のふりは、意味がないようだ。昂は早々にやめて、鼻を鳴らした。
「人に使われるのは嫌なんじゃなかったか。それでは、俺があんたを金で使うことになるけど」
そう言うと、良はゴキンと拳を昂の頭に落とした。
「ガキが生意気言うんじゃねぇ」
いいか、と声を潜める。どうやら、彩には聞かれたくないようだ。
「俺は優しいから、お前らについて行ってやるんだ。お前はそんな俺に、礼をするべきだろ。それが手間賃だ」
良に頼んだことを少し後悔し始めた昂の後ろで、彩の澄んだ声が聞こえた。
「じゃあ、よろしくお願いしますね。優しい良さん」
彩は耳がいい。声を潜めたくらいでは、筒抜けだ。
良は目を白黒させながら、支度をしに部屋へ戻っていった。
そんな良を見送って、彩を見ると、彩は吹き出した。
「すごい足音。慌ててたね、良」
昂も吹き出す。
「ほんと、頼りになるなぁ。彩は」
大げさでもなく、冗談でもなく、昂はそう言った。
彩に助けられている。
村を出てすぐは、俺が守ってやるなんて、偉そうなことを言ったが、もし彩も奏も伴わず、一人で村を出ていたらと思うと、ぞっとする。俺は全輪まで、たどり着いてはいないかもしれない。
彩の口が妙な形に歪んだ。その瞼が開かなくても、彼女がはにかんでいるのが、昂にはよく分かった。




