Ⅳ 運命 -17
「……なにやってんの?」
部屋に帰って来た昂は、驚きを取り越して呆れた声で、侵入者に問いただした。
「なんで隼がここにいるんだよ」
「ちょっと、差し入れ」
昂が部屋の扉を開けると、隼と彩がお茶をしていた。部屋の小さなテーブルには蜜茶と、木の実と砂糖を固めたガトーという菓子がのっている。
彩は物も言わずに、もぐもぐと口を動かしている。
「お疲れ、昂。まぁ、座りなよ」
まるで部屋の主のように椅子を勧める隼に舌打ちしながら、昂は椅子に座った。
やり合って疲れた体は、容易に椅子に沈んだ。
隼が手慣れた様子で蜜茶を入れて、昂の前に置いた。
本当に誰の部屋だよ。
昂は内心苦々しく突っ込んだが、カラカラの喉を潤したくて、小さな声で礼を言うと、蜜茶をすすった。
「背中は大丈夫だった?」
隼が急に訊いてきたので、昂はお茶を吹きそうになった。
「お前、見てたのか?」
隼はあっけらからんと頷いた。
「昂、結構強いよね。あと、あのオッサンも!びっくりしたよ。誰なの、あれ?」
昂は痛む背中をさすって言った。
「見てたんなら、助けてくれよ。少々強くたって、素人なんだから。本気出されたら無理だろ」
昂がそう言うと、隼は嬉しそうに笑った。
「おお。ちゃんと力量もはかれてるんだね」
「あのな……」
昂はうんざりしてため息をつく。
隼は「ごめんごめん」と、全く悪いと思っていない謝罪をよこしてきた。
「俺の姿を、敵に見られたくなかったんだよ。昂と繋がっているって知られたくなかったからさ。昂とオッサンで何とかなりそうだし、見守っていたわけ」
まぁ、隼だって隠密だ。不必要に顔がばれるのは避けたいだろう。
理解はできるが、釈然としないまま、昂は尋ねた。
「あいつら何だったんだ?」
隼なら分かるかもしれない。
隼はため息をついて、困ったように言った。
「あいつら見たことあるよ。允の隠密だ」
「允?」
寝耳に水とばかりに、昂が繰り返す。
「こっちに来たのは間違いかもね……」
隼は独り言のように言った。
「なんで?」
昂が素直に疑問を挟むと、隼は急に「ああっ、もうっ」と叫んで立ち上がった。彩が驚いて、ガトーの皿を持ち上げる。
「めんどくさっ」
隼はそう大声で言うと、昂を睨んだ。
「もういいから、早く城に来いよ」
隼にそう言われて、昂は面食らう。
「城にって、なんで……」
「お前らが会いに行くのって、王妃様だろ。凛王妃。姫さまの母上。お前が気づいているのも知っている……早く来いよ」
命令口調で言われて、昂もムッとする。
「お前に関係ないだろ。こっちにだって、いろいろあるし、だいたい王宮においそれとは……」
昂が突っかかるように言うと、隼は懐から何かを取り出し、昂の手に押し付けた。
「これをやるから、早く来い。いや、明日来い」
押し付けられたものを見ると、王宮御用達の販札だった。
「姫さまも待っているからな、明日来い」
「……おまえが連れていってくれればいいんじゃないか?」
販札を眺めながら、昂は思いついて言った。隼に連れて行ってもらった方が、絶対に話は早い。
隼は馬鹿にしたように、昂を見た。
「俺はお前といるところを見られたくないの」
そう言って、さっさと窓に近づいた。当たり前のように、窓枠を跨ぐ。
そこから来たのかと、昂が呆れて見ていると、隼はいいことを思いついたという顔で、振り返った。
「うまいこと言って、あのオッサンと一緒に来いよ。そうしたら、道中安心だろ」
言うだけ言うと、隼は窓の向こうに姿を消した。




