Ⅳ 運命 -15
ああ、驚いた。
寝台から身をおこした燦は、自分の顔をペタペタと触った。
自分の顔。平凡な顔に、金色の髪がのっかっている。父のような威厳も、母のような美しさも持ち合わせていない。
金色の髪だけが浮いて見える。
もったいないわねぇ。
そう女官たちに言われているのを知っている。
だから、せめて夢の中では化け物の皮を被っていたい。化け物の姿はおぞましいが、それが正しく化け物の姿であるから、安心するのだ。
燦はもう一度目を閉じ、夢を思い出そうとした。
皮をはがされそうになった衝撃だけ覚えている。本当の姿を見られそうになった恐怖だけが、生々しく体に残っていた。
誰がはがそうとしたのだろうか。
誰がわたしを見ようとした?
例え夢の中でも、自分では絶対にそんなことはしない。
それにあの手は覚えている。
そっと自分を撫でてくれた手の温かさ。
おぼつかなかった夢の記憶が、だんだん甦ってきた。
燦は膝を抱えて、顔を埋めた。
昂……お願い、わたしを見ないで。
「帰って来て、よかったな」
ガザ王炎は、隣に寝そべってくつろいでいる最愛の妻に声をかけた。
「そうね、ほんとよかったわ」
王妃凛は、気安く返す。
王妃が嫁いできて二十年近くになるが、この夫婦は今でも寝室を共にする。
扉の外に控えている不寝番が認めるほどの、仲の良さで有名だった。
これほどくつろいだ凛は久しぶりだった。体から力が抜けているのが分かる。
炎はいまだ艶やかな凛の黒髪を弄んだ。
「蒼碇で助けたという兄妹はどうなったんだろうな」
「さぁ、どうなったのかしらね」
凛が応じた。気持ちよさそうに目を閉じている。
炎は短く息を吐いた。
この可愛い妻は、夫によく隠し事をする。
「凛がそこを訊かなかったことが、俺は不自然に感じたんだが」
凛はフフフと笑って、目を開けた。
「じゃあ、炎が訊けばよかったのに」
そういう凛に炎はウッと詰まる。
「お前が知っているかと思ったんだよ。燦があえて言わなかったから」
「だから、あえて訊かなかったって?」
凛は呆れて王を見上げた。
全く、思春期の娘を持つ父親は、どうしてこんなに憶病なのだろう。
凛は故郷の父親を思い出して、心の中で笑った。そう言えば青も、言いたいことを娘に伝えることを放棄していたようなところがあった。最も、思春期真っただ中の十五歳で父親とは離れて以来、顔を見ることさえできていないが。
「わたしだって知らないわ。燦が言わないことを、わざわざ訊こうと思わないから」
伝えたいと思う時に伝えてくれればいい、と凛は思っている。こちらから聞き出した言葉は、真実が見えない。
消化不良のような顔をしている炎を見て、凛は笑った。
「あなたが気にしているのは、男の子だったからでしょう」
年頃の娘を持つ父親の、共通の悩みらしい。娘の恋人かもしれないという危惧である。
針森で育った凛は、その辺りの感覚がよく分からない。
十六歳は針森では大人になる年齢だ。
炎がバツの悪い顔をするのを不思議な気持ちで眺めながら、凛はうっかり口を滑らせた。
「燦は外ばかり見ているのよね」
炎の目が一瞬細くなった。
「隼は通り一遍の報告だけして、すぐに左岸に飛んでいったみたいよ」
炎はまじまじと凛を見た。
「お前、燦の隠密まで監視していたのか?」
凛は炎を睨んだ。形のいい唇がすねたように突き出される。
「人聞きの悪い。森にいたら、見えただけ」
普通は見えないけどな。
炎は内心突っ込み、退屈しない妻の唇に口づけた。




