Ⅳ 運命 -14
化け物の燦は森の中を彷徨っていた。
もう自分を見つけて食べることも、食べられることに怯えて逃げることもせずに済んだが、そうすると、どうしていいか分からなかった。
やることがなくて、薄暗い森の中をズルズルと動き回る。時折、森の切れ端に、明るい光を感じることがあったが、そこには怖くて近寄れなかった。
森はしぃんと静まり返っている。
他に生き物の気配は感じなかった。
永遠に見続ける、同じ森と化け物の夢。
もしかして、ずっとこの中を、一人で彷徨わなくてはならないのだろうか。
燦の身体はゾワリと震え、醜い体毛がゾワゾワと蠢いた。
ふと呼ばれた気がして、燦は止まった。
キョロキョロと辺りを見回すと、手招きする腕が見えた。
腕はおいでおいでとするように、燦に向かって手招きしている。
燦はソロリとついて行ってみた。
おいでおいで ズルズル
おいでおいで ズルズル
ふと、手が招いている先に何があるか、燦は気が付いた。
光だ。
イヤだ、怖い。
燦は止まり、震え出した。
しばらく腕は待っていたが、やがてあきらめたように燦のところに戻ってきた。
震える燦をその手が優しく撫でた。
その手は温かくて、燦は次第に落ち着いてくる。気持ちがトロンとして来た時、撫でてくれていた手が、そっと化け物の皮を引っ張った。
皮をはがされそうになっていることを悟って、燦の身体に衝撃が走った。
ダメ!
「昂!」
彩の叫び声と、夢の中の衝撃を同時に感じて、昂は飛び起きた。
横の寝台で寝ていた彩が、恐ろしい顔で睨んでいる。瞼が下りてその目は見えなくても、怒っていることはありありと分かった。
「夢の中の燦に手を出したら駄目だよ」
言われて、昂は認める。
「ごめん、つい」
化け物の中の燦を見てみたくなった。どんな顔をしているのか、そもそも本当に燦なのか。安心して、自分の手に身をゆだねる化け物に、今なら皮を脱がせることができるのではないかと思ってしまった。
昂はまじまじと自分の手を見た。
あの衝撃。全身で拒絶されてしまった。
「まずったなぁ」
昂が呟くと、彩は自分の寝台を降りて、昂の側に近寄ってきた。
「燦が自分で脱がなきゃ意味ないよ」
七歳の少女に宥められて、昂はますます落ち込む。
全輪に入ってから、地理的に近くなったからか、燦の情緒が不安定なのか、燦の夢はより鮮やかになって、昂たちの夢と繋がるようになった。干渉しようとすれば、今日のようにこちらから手を出すことも可能なほど、近くに感じるようになった。
それで、ついだ。
「まぁ、わたしも視たいけど……」
切なそうに彩が言った。
奏が側にいない今、彩は現実の映像は視ることができない。だが、夢は視覚的に見ることができる。夢の中では、燦の顔を視ることができるのだ。彼女が化け物から出てきさえすれば。
昂は彩の頭をポンポンと優しく叩いた。彩が我慢しているのに、こらえきれなかった自分が情けなかった。
「ごめんな」
昂はもう一度謝り、寝台から出た。
「そろそろ燦のところに、行ってやるか」
「どうやって?」
商人としては王宮に入れないと、耳にタコができるほど聞いたではないか。
昂は考えるふりをしてから、笑って言った。
「結局、正面からかな」
「……最初からそうすればよかったね。時間の無駄……」
ぶつぶつ言う彩に笑って、昂ははっきり言った。
「そうでもないぞ。いろいろ聞けたし……この国のことも、燦の親のことも」




