Ⅳ 運命 -13
「だからな、王宮へ何を売りに行くかは知らんが、のこのこ行って、おいそれと入れてもらえるもんじゃないんだよ。もし昔からの御用商人なら入れてもらえるが、それだって専用の販札がいる。それにどう見たって、お前ら……」
こんこんと説教を垂れていた良は、大人しく話を聞いている昂と、隣で満足そうにうつらうつらしている彩を見て、ため息をついた。
「そんな大層なところの坊ちゃまじゃないだろ」
御用商人ともなると、貴族と言っていいほど金持ちだ。立派な邸宅に住み、使用人をたくさん抱え、上等な服を着ている。破れかかったくすんだ色の服を着ている昂が、そんなところの子息なわけはなかった。
獏の館で着せられたあのヒラヒラを、持ってくればよかったかな。
昂はチラリとそう思いながら、周りを見た。
あの夜から、良は暇を見つけては、昂に商いについて講釈を垂れるようになった。それがそのうち説教になるのは毎度のことで、昂はうんざりしていたが、何も知らない自分を自覚してもいたので、ありがたく拝聴していた。
どうやら、全輪で商売するには、販札と呼ばれる許可証のようなものが必要らしい。なくても出来ないことはないのだが、得体が知れないということで、販札なしは敬遠されることが多いということだった。しかも王宮は特別で、王宮には御用商人がべったりと付き、彼らにしか王宮の販札が下りない。それは崑や遜、允の氏族が御用商人と繋がっており、利権を得ているためと言われていた。
食堂のどこにも、上等な服を着ている者はいない。昂よりはマシといった程度だ。
「では、みんなは普通のお店に売るわけだ。その為に、販札を持っている」
昂が確認すると、良は頷いた。
「普通ったって、全輪ほどの都になると、その規模はでかい。人口が多いからな。御用商人じゃなくたって、大店は沢山ある」
だから、全国各地から商人が集まる。売り込みは激しく、販札を得る競争も激しい。
「ふうん。じゃあ、御用商人はどうやって品物を集めるんだ。やっぱりあんたたちみたいなのから買うのか」
昂が考えながら訊くと、良は首を横に振った。
「違うな。大体は全輪の大店から買う」
言われて、昂は首を傾げた。
「じゃあ、王宮は直接、大店から買えばよくないか?」
もっと言えば、普通の商人から買えばもっと効率的だ。
良は口を歪めて、馬鹿にしたように笑う。
「馬鹿か。そしたら、御用商人は上乗せ金を稼げないし、氏族は利潤を得られないだろ」
「……すっげぇ、無駄じゃないか?」
頭を押さえながら昂が言うと、良は両手を広げた。
「そうさ、大いなる無駄さ。それがこの国の権力バランスだ。崑たちは力を蓄え、王宮は金がなくなり、その分民から取る税金が高い」
「馬鹿みてぇ」
昂が呟くと、良はあきらめたように笑った。
「だろ?しかも、こんなの、ごく一部だ」
で?と続けて、良が促す。
「お前は何を売りに来たんだ?」
「薬」
昂があっさり答えたので、良は面食らった。
「そうか、薬か。だから荷が小さかったんだな。薬問屋なら、俺もツテがある。引き合わせてやるよ」
胸を叩いた良に、昂は首を横に振った。
「いや、これは王宮に届けるよう言われてるんだ」
「いや、だからな……」
俺の話を聞いていなかったのか、と怒りかけた良を残して、昂は立ち上がった。
「教えてくれてありがとう、良。いろいろ分かって良かったよ」
昂はそう礼を言うと、彩に声をかけ、二人は上に上がっていった。
ポカンと口を開けて見送ってしまった良は、我に返ると、飲みかけの水をごくごくと音をたてて飲んだ。
しゃべりすぎてカラカラになった喉に、水はじんわりと沁み込んでいった。




