Ⅳ 運命 -12
「隼!隼!」
呼ばれて、隼は上を見上げた。
はるか頭上、城の高窓から、手が降られるのが見える。
隼が気付いたのが分かると、その手は手招きに変わった。
「こっち来て!」
一応、声は潜めたいらしい。かすれたような声が聞こえてきた。
高窓の下、城門へ続く小道を通っていた隼は、げんなりしながら、了解するしかなかった。ぶつぶつ文句を言いながらも、塀やら木やら足場を見つけ、ひょいひょいと上っていった。
最後に、なじみの木を上りきり、呼びつけた主の部屋の高窓の外に腰掛けた。
「……なんで、俺は毎度こんな泥棒みたいなことをしなきゃならないんですかね」
隼がそう抗議しても、燦はどこ吹く風。ねぎらいもせずに、隼に突っかかった。
「隼が報告に来ないからでしょ」
どうしてこの姫は俺に対してだけ、こうも遠慮がないのか。他の人には人一倍気を遣うくせに、その半分でも、俺に気を使ってほしい。
隼は恨めしく思いながら、これ見よがしにため息をついた。
「で、昂と彩は?全輪に来た?」
哀れな下僕のため息は聞こえないらしい。燦の容赦ない詰問に、しかたなく隼は業務報告に移った。
「少し前に全輪に入ったようですよ。今は左岸の宿にいるようです」
二人が全輪に来たと聞いて喜びかけた燦は、そのままの顔で眉をひそめた。
「宿にいるの?何日くらい?」
「三日くらいですかね」
「三日?何をしているの?」
「王宮への商いの段取りをつけているようです」
隼も不思議だった。崑とのいざこざがあった以上、右岸を避けたのは合点が行く。
しかし「凛」に会うことが目的である以上、王宮へまっすぐ来ることが最短だし、最善だ。彩には「凛」が誰だか伝えたし、昂は教えなくても分かっていたと隼は思っている。
燦というつながりを得られた以上、直にここに来ると思っていた。
だが先日宿屋の食堂で、販札も知らずに王宮に商いに行くと言って、ひと騒動起こしたらしい。今は正体不明の商人に付いて、いろいろ商売のことを教えてもらっているようだった。
昂たちが商売をしに来たわけではないことを、隼はよく知っている。
燦という渡りをつけられたことに気が付いていないのか、いや、そんなに頭の鈍い奴ではなかった。
隼としても、探りにくかった。あまりしつこく昂の動向を訊くと、どうしてそんなにあんな少年に興味があるんだと、向こうに興味を持たれてしまう。全輪は各地各国の隠密が集まって情報を探っている。目立つことは出来なかった。
「金髪の皇子かもしれない少年」がここにいることは、隠しておかなくてはならない。
しかし王宮に連れてくることも、憚られた。厄災の種を自ら連れてくるわけにはいかない。本人が知らずに城に来るのと、城の者が自ら連れてくるとでは、後々意味が違ってくる。
「姫さまは陛下や凛さまと話は出来ましたか」
無言になった燦を見て、隼は話題を代えた。親子三人の時間を、隼はもちろん見ていない。
燦は頷いたが、隼をチラリと見て、意味ありげに笑った。
「昂と彩のことは言ってないよ」
「え?」
驚いて、隼が聞き返すと、燦は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「おまえ、わたしが何も知らずにしゃべっちゃうと思っていたでしょう」
「……思いました」
隼は素直に認めた。昂と彩が針森から来たことは、本人たちが言っていた。凛王妃がアウローラ公国の巫女姫だったことは公表されているが、針森出身であることは知られていない。王妃自身が針森に災難がふりかかることを恐れて、公表しないよう命じているからだ。
だが、知っている者は存在するし、娘である燦にまで、隠し通しているとは思えない。
燦が母親である凛のことを、「母上」ではなく、「凛」と名前で呼ぶのは、まさしく針森の風習であることからも、それがうかがえる。
「凛」という人を昂が探していると聞いて、母の縁の人だとは思ったかもしれない。だが、母の姉である人のことは、燦も知らないはずだ。
だから、燦は母の故郷である針森からの友人を得て、喜んで報告すると思った。その者が凛を訪ねてくると聞けば、陛下も王妃もピンと来るだろう。
隼はそう筋書きをたてていた。
だが、燦は言わなかったという。緑銅で知り合ったとだけ言った、と。
「でも、なぜですか?」
心の底から、隼がそう訊ねると、燦はフフフと笑った。
「昂は凛に近い人でしょ。何か、この王宮、この国の台風の目になる人のような気がするの。昂は多分そんなこと望んでいないはずなのに。大人に昂の存在を伝えて、彼の意思に反して、王宮で彼ががんじがらめになるのが嫌だった。だから言わなかった」
「……でも、彼は自らここに来るんでしょ?」
その為に、全輪を目指すと言っていた。
「昂が自分の意思で来るのは、仕方ないわ」
複雑な顔で言う燦に、隼は呆れた。
それは俺が先ほど考えていたことではないか。
「詭弁ですね」
隼が評すると、燦は笑って、あっさり認めた。
「まぁ、そうね」
「昂に伝えましょうか?そういうわけだから、王宮には来ない方がいいって」
返事は分かっていたが、少し虐めるつもりで、そう言ってみる。
途端に、燦の顔が曇る。
「それは……でも昂たちはその為に旅をしているのだし……」
予想通りに応えるので、隼は笑ってしまった。言い訳じみていると燦も思ったのか、言葉が途切れてしまう。外で得た友人を、燦が手放したくないと思っているのは、一目瞭然だった。
なんのかんのと言っているのは、大人たちに昂を取られるのが嫌なだけかもしれない。
「とんだ、お姫様の我ままだ」
あてこすると、燦はギロリと睨んだ。
「隼、櫂には報告したんでしょ。時間の問題じゃないの」
能無しめ、と罵る声を聞きながら、隼は慌てて姿を消した。
やれやれ、こんなに気を使っているのに、誰からも能無し扱いだ。やっていられない。
燦が隼の姿を見失って数分後、隼は見晴らしのいい城壁の縁に立っていた。左岸の町がよく見える。
「まぁ、とりあえず、姫さまの為に見守っておくかな」
そう独り言ちると、城壁の外へ、姿を消した。




