Ⅳ 運命 -11
食事が終わり、楊枝で歯をほじっていた男が、入り口でキョロキョロしている昂と彩を手招きした。
「ここが空くから、座りな」
ありがとうございますと昂が言うと、男は破顔した。
「ぼうずたち、初めてのおつかいらしいな」
女将との会話を聞いていたらしい。
「それでどこに何を持って行くんだ?」
好奇心を覗かせて訊く男に、昂はしかし困った顔で応じた。
「それはベラベラ知らない人にしゃべってはいけないと、親父にきつく言われていて」
それを聞くと、男はバシッと昂の背中をたたいて喜んだ。
「その通りだ」
満足したような男を見ながら、昂はいつ席を譲ってくれるのだろうと思った。男は一向に立ち上がる気配がない。先ほど叩かれた背中が、ジンジンしていた。
「詰めてやろうか」
テーブルを挟んで反対側の男が、指示を出し始めた。どうやら昂と彩の為に場所を開けてくれるらしい。
近くに座っていた男たちは、大人しく、自分の食事を抱えて、少しずつ寄った。ゆとりはないが、どうにか昂と彩が座れる隙間ができると、椅子がどこからか持ってこられて、二人は座らされた。
結局、席を譲ろうとした男の横に、二人は落ち着いた。男も、まだ話し足りないのか、席を立とうとはしなかった。
「とりあえず……」
皆に注目される中、昂は隣で押し黙っている彩を気に掛ける。彩はお腹がすくと、黙り込む。空腹が苛立ちに代わると、動きまで止まる。
人形のようになっている彩から無言の催促を感じ、昂は苦笑いしながら男たちに言った。
「飯を食わせてもらえますか。妹が腹を空かせてるんでね」
それからは大騒ぎだ。皆が口々に、あれがうまいだの、これを食ってみろだの、てんでバラバラ勧めてくる。結局、昂たちは、自分で注文することなく、あちこちのテーブルから持ってこられたものやら、おごってやると勝手に頼まれた料理が二人の前に並んだ。
彩が昂に伺いを立てるように、耳を傾けた。
「食べていいよ」
昂がそう言うと、彩は嬉々として、料理を貪るように食べ始めた。どう見ても、たくさん食べそうにない少女が、みるみる料理を腹に入れていくのを見て、周りの男たちは驚き、やんやの大喝采を送った。
「いやぁ、気持ちいいね。嬢ちゃん」
どこで食べても言われる言葉に、彩はもう慣れたもので、嬉しそうに笑顔を作ってみせた。
そんな彩の成長を横に見つつ、昂は切り出した。
「……で、景気はどう?」
急に大人びたような口を利き始めた少年に、熱心に彩に料理を勧めていた男が、オッという声を小さく上げ、面白そうに昂を見た。
「初めてのおつかいのくせに、生意気なこときくねぇ?」
彩を前に、デレデレしていた顔とは違う顔で、男は昂に相対す。
生業を決められずにフラフラしていたとはいえ、昂は織師の母を見て育った。織師はもちろん職人であるが、キースをはじめ、買い付けに来る織物商人たちと、交渉しなくてはならない。
その交渉術は歴戦の商人たちとも渡り合える鋭いものだと、キースは言っていた。
本当に柳さんと母娘だねぇ、とキースがしみじみ言っていたのを思い出す。蘭は拾い子なので、柳とは血はつながっていない。村の外ではそれが大事らしく、それでも似ているということは、キースにとっては驚きのようだった。
「お前、名は?」
男はここで初めて昂の名を聞いた。
「昂。妹は、彩。あんたは?」
「良」
言われて、昂は吹き出しそうになった。そういう反応には慣れているらしく、良は素知らぬ顔だ。
「なんというか、意外だった」
商人にしては強面の男に「良い」という呑気な字は似合わない。
良は気にしたふうもなく、説明を付け加えた。
「親が楽観主義だったのさ。お陰で俺も楽天的に育って、護衛もつけずに商いをしている」
なるほど、自分で対処できるほど腕は立つ、というわけだ。
なんとなく他の商人たちとは違う雰囲気に、昂は納得した。
「そうだよ、こいつは強いぞ。俺の護衛に欲しいくらいだ」
反対側の男が、赤ら顔で声を上げた。
良はうるさそうに手を振る。
「誰がお前の下で働くか」
嫌そうな良の言い方に、周りの男たちはギャハハと笑い声を上げた。
「本当に『良』って名前かい?その欠片も人間性に現れてないなぁ」
「うるせぇ」
どうやら、このやり取りはお決まりらしい。良も周りの人間も、本気でやりあっているようではなかった。
良は口の片方を引き上げて苦笑いしながら、昂を見た。
「最近、上の連中がごたついてるようでよ、物の通りが悪い」
「上の連中……王宮?」
良は少し目を見開き、笑いながら首を傾げた。
「そこまで上は分からんが、氏族の連中が、なんかごたごたしているみたいだぜ。何か悪いことが起こると、物流は二通りに分かれる。流れなくなるか、何かが大量に流れるかだ」
「今回は滞ってるな。新規のもんは見てももらえん」
別の男が面白くなさそうに呟いた。
「まぁ、でもお前さんたちは、販札持ちだろ?だったら大丈夫だと思うが」
「販札?」
昂が素直に呈した疑問に、テーブルの男たちがざわついた。
「お前、持ってないのか?ていうか、販札を知らないのか?お前の親父は何を考えて……どこに売りに行くんだよ?」
呆気に取られて続けざまに言葉を繰り出す良に、昂は押されたように呟いた。
「……王宮」
テーブルのざわつきが、今度は一瞬でしぃんと静まり返った。
彩が顔を上げた。
「ばかか、お前は!」
良の大声が、昂の頭に落とされた。




