Ⅳ 運命 -10
「へぇ、緑銅からねぇ。あんたたち二人で?」
宿の女将は、物珍しいものを見るように、昂と彩を代わる代わる見比べた。
「初仕事なんです。いつも叔父が運んでいるんですけど、今回は手が足りなくて」
考えていた言い訳をつらつらと並べると、女将は片眉をあげて、不審な表情になった。
「そんな小さい妹連れてかい?」
「父が優秀な護衛をつけてくれたので」
慌てて昂が付け足す。
「で、その護衛はどこさ」
「別の宿に」
事情がなければ、護衛は護衛専用の宿に泊まる。その方が、雇い主は掛かりが少なくて済むし、護衛も気楽だ。仲間同士で情報交換もできる。
女将は鼻を鳴らした。
「あんたたちみたいなのを二人だけで泊まらせるなんて、ロクな護衛じゃないね」
昂は曖昧にほほ笑んだ。もちろん護衛などいない。しくじったかなと思いながら、昂はとりあえず笑顔で乗り切ることにした。この成功率が意外にいいことは、この旅で学んだ。
「俺も妹を守れるくらいは使えるので、大丈夫です」
そして、とりあえず自信をもって接する方が、信じてもらえる。
「面倒はごめんだよ」
そう言いながら、女将は鍵を渡してくれた。
部屋へ向かう間、すれ違った人がもう一度振り返ったり、ひそひそと話したりしていることに昂は気が付いた。何を言っているのか分からないが、幼い二人連れはやはり目立ってしまうのだろうか、と昂は落ち着かない気持ちになった。身を固くして、少し速足になる。
「あの人、素敵ね。何歳くらいかしら。あんた婚約者がいるじゃない?見るだけならいいじゃないの。それに颯爽と歩く姿もかっこいいわ」
急に彩がしゃべりだしたので、昂はギョッとして、横を歩く彩を見た。彩は昂と手を繋いで、何食わぬ顔で歩いている。
「何?」
昂が訝しがると、彩はフッと笑った。
「さっきすれ違った女の子たちの会話。わたしには聞こえたから。みんな、昂があまりにも綺麗な顔をしているから、振り返っているみたいよ」
最後は明らかに大げさに言って、昂をからかっている。一瞬、ポカンとした昂は、その事に気が付いて、繋いでいる手とは反対の手で、彩を小突いた。
「あんまり兄ちゃんをからかうな」
彩は照れたように笑い、少し遅れたのを取り戻そうと小走りで追いついてきた。
全輪の町は歩いていると面白かった。美しかったのはあの馬車を降りて、白水湖と王城を眺めた時だけで、あとは歩けば歩くほどごやごちゃとしていった。一面の畑が広がる農村を通り抜けると、職人町がある。そこは簡素な石造りの家が並び、その奥が作業場になっているようだった。同じ職種で固まっているのだろう。針森と少し雰囲気が似ている。家の前では、子どもたちが遊び、その母親たちは何か繕い物や、手作業をしながら、子どもたちの子守りをしていた。
職人町を通り抜けると、商店や食堂、宿屋が立ち並ぶ。この地域が恐らく一番広いだろう。ただ人や店が多すぎるのか、店も人もひしめき合っているように見えた。職人町に近い方が庶民向けの店で、遜や允など官僚が多く住む上の町に近いほど、高級な老舗が整然と並んでいた。
もちろん、昂と彩が入った宿屋は、職人町に近い庶民向け、もっといえば行商や全輪へ地方の品を運んできた商人が、よく泊まる宿屋であった。
部屋に荷物を入れると、二人はさっそく食堂に下りていった。食堂はもうすでに一杯で、酒の入った赤ら顔が賑やかに食事をしていた。全輪はほとんどの商人にとって、目的地であるから、ようやく無事に着いて一杯やりたくなるというものだ。だが、商人は出先では深酒はしない。納品がまだであればもちろんのこと、全て終わった後も、翌日には帰路に発たなくてはならない。酔いつぶれることはできなかった。
翌日までは残さないが、その時は思いっきり陽気に酔える。それが商人たちの飲み方だった。




