Ⅳ 運命 -8
ラウル・サボンの来訪を告げられて、アランは思わずため息をついた。
用件はターシャとユースティスのことに違いないが、アランはまだ心を決められずにいた。ターシャの真意は分からないし、十歳の娘を後戻り出来ない政治の渦中に放り込むことに、どうしても抵抗があった。いずれ避けられない定めだとしてもだ。
情けないが、話を向ける方向さえ決まっていない。
国の為政者としては、果断の王と称えられる彼であったが、娘が絡むと形無しであった。
「お通ししてもよろしいでしょうか?」
返事をしないアランに、侍従がおずおずと窺う。
まさか、どうしゃべっていいか分からないから帰れというわけにもいかない。しかもラウルはサボン家当主として、重要な地位にある。
「通せ」
アランは短く命じた。
侍従が取って返し、ラウルと共に戻ってくるまでのわずかな時間、アランは指をせわしなく動かし、考えをまとめようと試みた。
「お連れいたしました」
侍従と共に入ってきた男は、親しげな笑顔を浮かべて、大公に相対した。
臣下としての挨拶を済ませると、ラウルはますます笑顔を深くして、口を開いた。
「ターシャ様とうちの愚息は、どうやら馬が合っているようですな」
その物言いに、アランは内心イラっとしたが、そんなことはおくびにも出さず、笑顔を作ってみせた。
「ユースティス殿が合わせてくれているのでしょう。ターシャはまだ十歳の子どもです」
「いやいや、ターシャ様の博識ぶりに、ユースティスは毎度舌を巻いているようですよ」
ラウルはそう返すと、わずかに顔をアランに近づけた。
「婚約などと聞いて、わたしも幼い姫の戯言だと思っておりました」
父親であり大公であるアランに確認することもなく、幼い公女の戯言を事実として息子に伝えたことを棚に上げて、ラウルはいけしゃあしゃあとそう言った。
「それが、なかなかどうして。ターシャ様はよく考えておられる」
ターシャを品定めするような言いように、アランは腹が立ったが、何も言わなかった。ラウルがこの話をどうとらえ、利用しようとしているのか、様子を見なくてはいけない。
「ヨギ様とシオン様のことはお耳に入っておりますか」
ラウルが訊くので、アランは頷いた。二人ともアランの兄だ。アランに公子がいない今、第一継承権を持っているのがヨギ。第二継承者がシオンだ。二人とも母が違う異母兄弟で、二人ともあまり政治に興味がない。
二人の母親はいわゆる国王のお手付きで懐妊したに過ぎない、身分の低い女性であった。王の子を為したということで、妃の位は得られたが、その子が黒髪だったことで、皇子が生まれた後は、かえって日陰の身となった。金髪の皇子しか王になれなかった当時は、本人たちも自分に継承権がまわってくることがあるとは、思いもよらなかった。
皇子の身分だけをせいぜい食いつぶす、そんな人生に甘んじていた。
それが大公になれるかもしれない。
彼らは心を躍らせたが、だからと言って本人が上物になるわけではない。若い時代を無為に過ごした二人は、自分たちではどうしてよいか分からなかった。
無防備にはしゃぐ二人に、周りはこぞって付け込もうとしてくる。こんなに傀儡に適している者はそういない。取り込んで、自分の言うことをきくように仕向ければ、自ら大公になれなくても、大公を操ることができる。
「前王の時と同じ匂いがしますよ」
ラウルの言葉に、アランはギクリとした。アランの父である前王の死には、痛い思い出がある。
「まさか、カエルムか?」
慇懃な態度を捨てて、アランが囁くように訊くと、ラウルは勿体ぶるように首を傾げた。
「確認は出来ていません。ただ、ヨギ様の側でよくカロイを見ます」
そう言って、ニヤリと笑う。
「彼らは前科がありますからね」
その笑みにアランは嫌悪しか感じなかった。ユースティスと親子だとは信じがたい。どうやったら、こんな嬉々として濁を好むような俗物の父親から、あんな潔癖な息子が生まれるんだ。
ラウルは明らかにこのネタに喜んでいた。そんなラウルの目論見通りに、このネタに喰いつかなくてはならない自分に、アランは嫌気がさした。
そうか。こんな父親だからか。
ふいにアランは納得した。そう言えば、自分もそうだった。決して父親のようにはならないという反発心は、もはや強い信念となってなった。それが今の自分を形作っていると言ってもいい。
「なるべく早く確認させよう。それにヨギ殿とシオン殿を牽制しておくのも必要だな。継承が確実だと思ってもらっては困る。国をつぶすわけにはいかない」
継承者と言ってはいるが、ヨギとシオンはアランよりだいぶ年上だ。順当にいけば、アランより先に死ぬ。しかし、彼らが欲を出せば、順番を覆そうとするかもしれない。
「ターシャとユースティス殿の話も、形だけ進めておくのはいいかもしれない」
サボン家のユースティスはただの名家の長男ではない。有力者であり、実力者だ。だから、反大公の旗頭に名前が挙がる。
それが大公の側で睨みを効かせれば、兄二人には圧力となるだろう。
わたしが望んでいるんです。
アランは胸の中で娘の言葉を反芻した。
ターシャがそう言ってくれなければ、アランもこんなことは言えなかっただろう。
一番有効だと思っても、踏み切れなかったに違いない。
「では、そのように」
ラウルがゆっくりと深く頭を下げた。その顔にどんな表情がうかんでいるのか、アランには見えなかった。
ターシャに動かされている。
ラウルの言葉を聞きながら、アランはふとそう思い、ぞくりと背中が震えた。




