表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の皇子  作者: さら更紗
Ⅰ 孵化
8/151

Ⅰ 孵化 -8

 


 薬室の入り口に垂れている(すだれ)が微かに動いて、一瞬、風が入って来たのを空は感じた。

 顔を上げて振り向くと、豊かな髪を波立たせた美しい人が立っていた。

「こんな夜中にどうしたの、蘭?誘いに来た?」

 冗談めかして空が言う。

 蘭は微笑んで、薬室をぐるりと見回した。

「変わってないわね」

「蘭が綺麗に整えてくれていたからね。変えない方が、使いやすかった」

 空がいない数年間、蘭は織師でありながら、父親の薬師の仕事も手伝っていた。

 薬師の修行をしたわけではないが、子どものころから薬師の仕事が好きで父親を手伝っていたので、薬草摘みや基本的な作業は難なくこなした。

 村人からも薬師助手として頼りにされていたが、空が帰って来ると、あっさりその立場を明け渡し、薬室には二度と来なかった。

 おかげで空は、村人からだいぶ嫌味を言われたものだ。

「昂をガザに連れて行ってくれるって?」

 突然言われて、空は蘭を見返した。その目は怒っているようでも、喜んでいるようにも見えなかった。

「ついでだからね。生業で迷っているようだから」

「何か言われたの?」

 かぶせるように言われて、空はため息をついた。探りに来るかなと思ったら、直接聞かれた。様子見も何もあったもんじゃない。

「言われてないよ。でも、知ってる。だから、ガザに行った方がいいんじゃないかって思ったんだよ」

「……」

 蘭は無言で空を見つめた。瞳は空に向いているが、恐らく意識は蘭自身の中に向いているだろう。

 しばらくして、ポツリと言った。

「うまくいかないものね」

「何が?」

「針森に帰って来て、信と結婚して、三人子どもが生まれた。その事実で、すべてがうまくいくと思った」

「昂が村を出るかもしれないから、うまくいかなかったと思うの?」

 空は作業に戻り、手を動かしながら言った。

「蘭だって、柳と青さんの子どもでしょ?それで、自分の家族は失敗だったと思うの?」

 そう言う空に、蘭は笑って首を横に振った。

「そうね、ごめん、混乱してた」

「大丈夫だよ。昂だって、蘭と信の子どもだ。昂がどういう人生を送っても、それは変わらない」

 それに……と空は続ける。

「みんながみんな、村の生業につかせるのは、もう限界に来ていると思うんだ。村の外に世界が広がっているのを、みんなもう知っている。外もみせてやらなきゃ」

 蘭は空に向けて頭を深く下げた。

「ありがとう。昂をよろしくお願いします」

 空も作業を止め、蘭に向かってきちんと姿勢を正す。

「はい。承りました」

 空がそう言うと、蘭は気が済んだようだった。簾を上げて出て行こうとする。

「あれ?せっかく夜中に来たのに、泊っていかないの?」

 空が慌てて、蘭を引き止めに行く。

「ごめんなさい、年下は趣味じゃないの」

 ニッコリほほ笑む蘭に、空は口を尖らせた。

「……俺、アラン大公と同じ歳だけど」

 蘭はまじまじと空を見た。

「……空、いい人いないの?結婚すればいいのに」

 空は掴んでいた蘭の腕を放した。面白くなさそうに、ため息をつく。

「結婚しちゃったら、気軽にあっちに行けないからさ」

 遠い目をする空に、蘭も内心ため息をついた。この子もやっかいな恋をしているな。

 世の中ままならないことの方が多い。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ