Ⅳ 運命 -4
広大な領土を有する大国ガザ。その王城の露台から、国王炎は自分の国を見渡した。
そこから見えるのはしぃんと水を湛えた湖、白水湖。
自分が治める領民の暮らす町などは、点のようにしか見えない。
この国の王城は、王が何代代わっても、何人もの王が何度改築をしても、この白水湖の上にあり続けた。
白水湖が王家のシンボルとなっている。
代々の王はこの湖と左右に分かれる岸を見て、何を思っただろう。
王としての誇りか、手に入れた驕慢か、それとも己の無力か。
馬鹿馬鹿しい。
現国王の感想は、この一言につきた。
何も見えない城。
形ばかりを映す湖も、容易に城下に下りられない城の在り方も、右岸と左岸に無用に分かれた全輪の町自体も、代々の国王たちの無能ぶりを誇示する代物としか思えなかった。
そういう炎も、さしあたっては王城を移す気はない。遷都は莫大な資金と人力がかかる。資金を必要としている所は、他にたくさんあった。
この使い勝手の悪い城を、無能な王なりに使いまわさなくてはならない。
右岸に崑。左岸に遜と允。これに王族の全を加えた四氏が、ガザにおける四大氏族であった。王都全輪では右岸と左岸をそれぞれ支配し、地方においてはそれぞれの大公と婚姻関係を結び、勢力を広げていた。
あの反乱に近い玉座奪取から、二十年。当時炎に従い、共に戦った大公の中にも、崑や遜、允の縁の者もいた。あの時は炎に味方した大公たちも、それぞれの氏族と治める領地に有益だと思った者に、付いたにすぎない。
理由や機会があれば、反旗などすぐ挙がる。
そういえば、あの城からは城下がよく見えたな。
炎は十数年前に招かれたアウローラ公国の城を思い出した。アウローラ公国は炎にとっても、妃の凛にとっても、縁が深い国だ。
炎が玉座に就く直前に、支配下に入れた国だ。和平交渉も、当時は城まで行く時間すら惜しみ、戦地で交わした。ガザに取って返して、玉座を獲ったのだ。
数年後に、ガザ王としてアウローラ公国に入った時は、感慨深いものがあった。
一緒に行った妃の顔を見て、大公がはっとしたのを、よく覚えている。
その国と裏でつながろうとしている輩がいる。最近もたらされた情報に、炎は首を傾げた。ガザの王族を牽制するため、他の氏族が諸国と関係を結んでおこうというのは、何も新しいことではない。しかし、かの国はもともと国を閉ざしていたこともあって、氏族とのつながりはなかった。それに、あの国に裏工作したところで、あまり利はない。
ガザ王妃凛は、当時太陽国と呼ばれたアウローラ公国の巫女姫であった。それを炎が半ば強引に妃にしたのだが、王妃が公国の巫女姫であったことはガザ国内でも知られていることであった。なにより、王妃は外から来たにも関わらず、国民に絶大な人気があった。彼女の祖国を乗っとれば、必ず彼女の怒りに触れる。
それはうまくない方法だ、と思うのだが。
それとも、また継承権云々が関係するのだろうか。
あの国は歴史的に王の継承資格が厳密で、それが争いも不幸も呼び寄せてきた。獲ったもの勝ちのガザとどっちがマシか分からないが、少なくとも現大公はその楔を断ち切るために、太陽王を廃し、自ら大公となった。
だがやはり、敬虔な太陽神信者は、金の髪の王を求めるのかもしれない。
信仰心とは厄介なものだ。利があるから考えを変えるということを、悪ととらえてしまう。理屈が通じない。
炎は和平交渉の場に現れた少年王を思い出した。覚悟を決めた少年の顔は、淡い金色の髪のせいで余計悲壮に見えた。
そして、炎自らの髪を触る。豊かな金髪。四十代半ばに差し掛かっても、その豊かさは健在だった。
便利ではある。
炎は自分の髪をそう評している。
見た者の印象には残る。だが、所詮ただの体の一部だ。
意思の強い目で人々を魅了する、黒髪の王妃は、確実に自分より、国民に愛されている。
「陛下」
呼ばれたが、炎は振り向かなかった。
この場所に誰の案内も請わず、ズカズカと入ってくるのは、妃以外には一人しかいない。
「おい、王さま」
返事をしないと、侵入者はだんだん狂暴になってくる。炎はイライラしながら振り向いた。
「うるさいな。今考えごとをしている」
目が合った相手は、露ほどもひるまなかった。
「姫が戻りましたよ」
櫂は端的にそう言った。それから、首を傾げて見せる。
「会われるのは、考え事が終わってからにしますか?」




