表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の皇子  作者: さら更紗
Ⅳ 運命
74/151

Ⅳ 運命 -2

 


「さて」

 アウローラ公国大公アウローラ、通称アラン大公は、執務室の窓から目を離した。

 この窓からは公国城下が一望できる。

 行き詰った時、考えをまとめる時、アランはよくこの窓から城下を見下ろした。一人一人の表情は見えないが、それでも町の雰囲気は何となく見て取れる。その人生が自分の肩に乗っていることも、実感できる。

 はるか昔、友とこの町を見下ろした時、アランは友のために何もしてやれなかった。あの時の無力感を、最近よく思い出す。

「どうしたものかな」

 自身に娘しかいないのは、やはり痛かった。

 ガザに侵攻された時は、国を守るだけで精いっぱいだった。後継に関しての取り決めなど、後々のことだ、と高を括っていた。実際、血というものに翻弄されてきたアランは、自分の血筋を残すということに無頓着だった。自分が、公国の道筋を立てれば、後は誰が継いでくれてもいいと思っていた。最初の妃との間には子は出来ず、今の妃との間に二人の娘が生まれた時も、男だったらとは思わなかった。

 かえって、金髪の皇子(みこ)でも生まれてきたら、厄介だなと思っていたくらいだ。また太陽神の息子として祭り上げられたら困る。

 だが大公の子ども以外が、大公を継ぐとなると、いろいろ周りに付属物がついてくる。実際、アランの二人の兄の周りには、得体のしれない者たちが言い寄ってきているらしい。しかも、兄たちはまんまと甘言に乗せられるタイプだ。彼らが大公になった途端、国は壊れていくだろう。

 それでターシャはあんなことを言い出したのだろう。

 もしかしたら自分より聡い娘の顔を思い出して、アランはため息をついた。


 しゃべり始めた頃から、口癖のように父上の跡を継いで「たいこう」になると言っていた。そんな娘を、アランも周りも微笑ましい気持ちで見守っていた。早いうちに止めておこうと、ターシャが七歳の時、やんわりと女は大公になれないと告げた。

「嘘つき!」

 ターシャは唇をわななかせ、涙を溜めた目を大きく見開いて、叫んだ。その目にはありありと絶望の色が浮かんでいた。

 ターシャは本気だったのだ。

 だが、アランは王ではなく、大公だ。王ほど絶対的な権力はなく、自分の都合の為に、女にも継承権を与えるなどと言えるわけもなかった。明らかに自分の娘を大公の座につけるためだ。反発されるのは必至だった。

 ターシャは絶望を胸に秘めたまま、規格外の姫として、それでも大人しく成長してきた。

「ユースティス・サボン」

 なぜ彼なのだろう?

 確かに有能な青年だ。精神も潔癖。

 そう、潔癖すぎる。

 彼は敬虔な太陽神の信者だ。この国の成り立ちを考えれば、それは健全で自然なことだ。

 だが、アランは一体化しすぎた政治と太陽神とを引き離した。太陽神の息子とされたかつての太陽王自ら行った政教分離に、公国の人間は驚き、(おそ)れた。しかし太陽王だった大公が行ったことにより、なんとか国の人間も納得し、動揺は収まった。

 しかし、もちろん反発する人間もいる。

 ユースティスもそうである。幼いころから太陽神を信じていた少年は、神殿を弱体化させたアラン大公に不満を抱いた。大公が、政教分離させてどうしているかというと、神の為でなく、自身の為に政治を行っている。太陽王はガザに下り、穢れてしまったと思った。

 青年になったユースティスは、もともと太陽王の元で重鎮だった父のおかげで、半ば公然と神殿の権威回復を唱えていた。

 反大公の急先鋒であった。



 自分の館に戻ると、ユースティスは執務室の椅子にどさりと座った。居室の柔らかな長椅子より、こちらの方がユースティスには心が安らぐ。

 体から一気に力が抜ける。

 ユースティスは長く息を吐いた。

 どう思い返しても、混乱するばかりだ。

 たかが十歳の少女の考えていることが分からない。

 ターシャは、ユースティスが父親に敵対していると知っていた。

 その意味も呑み込んでいたと思う。

 その上で、自分と結婚し、大公になってほしいと、言う。

 やはり大公の差し金だろうか。反対勢力の旗頭になるであろう自分を、取り込むための?

 そこまで考えて、ユースティスは頭を振った。それは相手にとって危険すぎる。それに……

 ターシャの強い目が忘れられなかった。

 彼女自身が、何かを渇望していた。

 彼女自身が、私を欲していた。


 コトリ

 音がしたので目を向けると、机の上に茶器が置かれていた。湯気がゆらゆらと立っている。

 側にはナルが立っていて、じっとユースティスを見つめていた。

「ああ、気が付かなかった。ありがとう」

 そう言っても、ナルは立ち去らない。

 ユースティスが首を傾げてみせると、ナルは茶器を指さし、ユースティスの口元を指さした。

「飲め、ってことか」

 ユースティスはそう独り言ちて、茶器を手に取った。豆茶の香りが鼻腔をくすぐる。一口飲むと、体の中心がじんわり温かくなった。

 ほうっと思わず息をつく。

 ナルはそれを見届けると、さっさと部屋を出ていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ