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暁の皇子  作者: さら更紗
Ⅳ 運命
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Ⅳ 運命 -1

 まさか本当に本人の希望だとは思わなかった。

 ユースティスは、傍らで美味しそうに果実水を呑んでいる、少女を盗み見した。

 アラン大公から正式にサボン家に打診があったのは、つい二週間前だ。といっても、いきなり婚約云々という話ではない。公女ターシャの話し相手に、訪ねてきてくれないかと言われたのだ。

 もっとも、これはよくある婚約に至るプロセスのパターンだ。格上の家が、格下の相手の家の人間を見初めた時、何かと理由をつけて家に呼ぶ。その時点では、好きだの婚約だのとは言っていないので、断るわけにもいかない。

 ユースティスも、大公に呼ばれて断るわけにはいかない。

 仕方なく、話し相手になりに、公舎に参上したわけである。

 かつて後宮と呼ばれた宮の中庭で、ターシャは待っていた。

 驚いたことに、周りに使用人らしき者もいない。庭に出されたテーブルで、彼女は本を読んでいた。侍従に案内されてきたユースティスを見ると、本をぱたりと閉じ、立ち上がった。

「はじめまして。ターシャと申します」

 そう、礼儀正しくお辞儀をすると、顔を上げ、ユースティスをじぃっと見つめた。

 人を凝視することは、礼儀に反する。しかも未婚の女性が、男性を見つめるなど、はしたないこととされていた。上流貴族の十歳となれば、そんなことはたたき込まれているはずである。

 ユースティスは面食らって、思わず一歩後ずさりしてしまった。しかし、名乗ってもいなかったことを思い出して、体制を立て直す。

「お目にかかれて光栄です。ユースティスと申します」

 ターシャはニッコリと笑って言った。

「来た甲斐があったでしょ?」

「は?」

 予想外の言葉に、ユースティスは思わず訊き返してしまった。

「驚くべきことがたくさんあったでしょ。これからまだ、あると思うわ。それを知れただけで、あなたは今日ここに来た甲斐があったと思うの」

 どう答えていいか分からず、ユースティスは沈黙した。

 ターシャは挑戦的な目で見上げた。

「わたしがあなたに会いたかったの」


 座るように促されて、ユースティスは唖然としたまま、椅子に腰かけた。

 確かに驚いた。予想していたものとだいぶ違ったからだ。

 何が?

 何もかもだ。

 姫と一対一だということ。

 姫が対等に会話をしてくること。

 姫が本当に自分に会いたがっていたということ。

 父と大公の陰謀だという思いは、どこかに飛んでいってしまった。姫は本気だ。

 だが、恋心というわけでもなさそうだった。

「なぜ、わたしを?」

 十歳の少女に真剣に質問するのは、なんだかおかしな気がしたが、ターシャにはそれだけのものがあった。子ども扱いを許さない気迫のようなものが、その大きな目に宿っている。

「もちろん、好きになったからよ」

 ターシャが父親にした返事と同じ答えを返すと、ユースティスはフッと笑った。

「恋心に関しては、あなたはまだ子どもですよ。わたしのことを本当に好きかどうかくらい、さすがに分かります」

 ユースティスがはっきりそう言うと、ターシャの顔が輝いた。

 今の自分の言葉のどこに、姫が気に入るところがあったのだろう。

 ユースティスは訝しく思ったが、ターシャは目をキラキラさせている。

「女は十歳でも、女です。まぁ、でもそうね。あなたの言う通り、わたしはあなたと恋愛ごっこをしたいわけじゃない」

「じゃあ、なんです?」

 大人のような口をきくターシャに、ユースティスも大人げなく挑戦的に返してしまう。

 この姫は面白い。

 次は何を言い出すか。ユースティスは興味深げにターシャを見つめた。

「打診した通りです。婚約して、結婚してほしいの」

 胸を張って言うターシャに、ユースティスは瞬きをした。

「……目的が分かりません」

 やはり子どもの戯言なのだろうか。

 ユースティスの目にそういう翳りが走ったのを、ターシャは見逃さなかった。

 それはそうだろう。この国の男は、分かりはすまい。わたしの落胆を。

 生まれた時から能力を封じられた、その虚しさを。

「わたしはこの国を治めたいの。だからあなたに大公になってほしい」

 ユースティスは、声もなくターシャを見つめた。

「……姫さまはご存じないかもしれませんが」

 ユースティスは低い声で話し始めた。ユースティスがターシャと結婚して大公になるのは、現実的ではない。

 アラン大公には娘が二人いる。息子はいない。つまり公女はいるが、公子はいないのである。

 この国では、家督を女に継がせることができない。大公も同じである、公子がいない場合は、大公の兄弟に継承権が移る。大公の兄弟がいない場合は、公女の夫が大公となる。

 ちなみに大公には兄が二人いる。人物に難ありで、閑職に追いやられているが、血統だけは保証されている。

 それにたとえターシャの夫に、大公の継承権が移ったとしても、それを現大公がユースティスに託すとは思えなかった。

「知っているわ」

 ターシャは挑むように言った。

「あなたが反大公の神殿勢力の頭だということでしょう?」


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